関帝廟でお参りを

 電車を降りてそのまましばらく歩くと、通りには中国の灯籠みたいな街灯や、赤い柱が目立つようになってきた。


「ここが関帝廟。三国志の関羽を祀ってるとこよ」


 ひときわきらびやかな建物の前でニルさんが解説してくれる。


「へー。あっちじゃ商売の神様だっけ?」

「そうそう。そろばんを発明したとか言われてる」


 関羽の名前は知っていたけれど、それは初耳だった。この人たちはどこで知ったのだろうか。


「そういうの、どこで知るんですか」


 思わず訊ねてしまう。


「んー。あたしは神話とか伝説をいろいろ書いてる本とか?」

「私もそんな感じ。興味あるなら帰ってからちょっと見てみる?」


 妙に食いつきがいい話題だ。


「そいやニルちはそういうの好きだったねー」

「まあ、小説書いたりしてると」

「作家さんなんですか」


 ちょっと驚きだ。


「いや。趣味よ。ネットに上げてるだけだよ」


 と思ったら、そうではないらしい。でも、何かを作っているのは素直にすごい。


「賞とか応募したらいいのにー」

「前はちょっとね。だめっぽいから最近はしてない」


 あまり訊かない方がよかったのだろうか。


「へー。まあ競争率高そうだしねー」

「だから趣味でいいかなってね。あまり向上心ないから」


 笑いながら話しているが、これはちょっとした挫折の話なんだろうか。


「ニルさんの小説、今度読んでみます」

「ありがと。掲示板に書いてるのと、まとめてダウンできるようにしたのがあるから、今度ヒダカちゃんにでも印刷してもらってって、ヒダカちゃんプリンター持ってないんだっけ」

「うん。場所取るからいるときは学校で印刷してる」


 言われてみれば、お姉さんの家にはプリンターは無かったが印刷した紙はあった。そういうことだったのか。


「そういうのは学生の特権ね。私もだけど」

「だねー」

「ニルさんも学生だったんですね」

「そうだよ。って、ヒダカちゃんから聞いてなかったの?」

「受験でお世話になったって聞いてたから、もっと上の人だと思ってました」

「まあ、私の家に泊まらせてホテル代浮かせたのはお世話した関係だけど。もうちょっとちゃんと説明するように」


 まさかそれだけの関係だったとは。いや、お世話になってはいるのだけれど。


「ちゃんと説明してくださいよ」

「実際お世話になったもん。おかげでプレステ買えたし」


 やっぱりそんなことにお金を使っている。


「こういう奴なのよ」


 と、呆れたようにニルさん。だが、その顔には笑みがある。そういうところも含めて友達なのだ。多分。


「まー、言われたからやったアリバイ受験ってえか、受かっても行く気はなかったから、無駄金使いたくなかったの」


 お姉さんの方にもちょっとは事情があったようだ。こちらの学校を受験しても地元の学校に通っているので、彼女としては計画通りなのだろうか。


「明確に行きたいところあるのにそれだとね。反抗というか無駄なことはしたくないのはわかる」


 そこはニルさんも共感しているらしい。

 それにしても、つかみどころが無い、悪くいえば何も考えてないふうなお姉さんが、進路をちゃんと決めていたのは驚きだった。


「なんだか意外です」

「えー。あたしだってそれなりにこだわりはあるの」


 そうか。こだわりだと考えると、お姉さんは大概強い方だった。


「確かに、こだわりは強いですよね」

「そーそー。だから君も何かこだわれることを見つけたまい。なんちて」


 ふざけているのかもしれないが、わたしにとっては結構重い言葉である。

 特にこだわりや好きなことは無い。

 強いていえばお姉さんと一緒に過ごす時間くらいだ。

 まるで恋にすべてを持って行かれた人のようだが、わたしは強いこだわりや好きなものが無い。

 そこにお姉さんが現われたので、わたしのこだわりはお姉さんになってしまっている。

 困ったものだ。


「そういえば、お参りとかできるんですか」


 頭が熱くなってきたので、誤魔化しがてらニルさんに訊いてみる。


「奥でお線香買うんだったかな。あまり来たことないのよ」

「ニルちジモティーなのに」

「横浜市って言っても広いの。それに地元の観光地ってあまり馴染みなくない?」

「それは確かに」

「わかります」


 地元だからって地元の観光地によく行くわけではない。

 わたしの地元はそんなに観光地があるわけではないが、そのわずかな観光地にも学校の遠足くらいでしか行ったことがないので、そこはよくわかる。


「道ばたで話してばかりもなんだし、折角だからちょっとお参りする? 明日の夜に帰りなら、今日くらいしか観光できないだろうし」

「お、いーねー」

「行きましょう」


 連れ立って関帝廟の門をくぐる。日本のお寺や神社とは雰囲気が違う厳かさがある。石造りの建物が赤と金で彩られている。

 受付でお線香を買い、係の人の説明を受けて火をつけ立てていく。それが終わると建物の中に案内される。

 本殿の中は金の装飾がわずかな光を反射して赤を照らし、薄暗いのにきらめく不思議な空間だった。そこに置かれた像に祈り、お参りは終わる。

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