早朝のモノローグ

 違う家の香りで目が覚めた。


 一学期の中ほどに知り合うよくわからない大学生のお姉さんと、夏休みに東京まで遊びに行くと春先のわたしに言っても、多分信じないだろう。

 思えばあの頃、わたしの世界は学校と家だけだった。


 それが今はお姉さんに連れ回され、地元の街でもパソコンショップやホビーショップのような今まで知らなかった場所を知り、パソコン通信の世界にも少し知り合いがいる。

 お姉さんがそういう場所にわたしを連れて行くのに気が引けると言うのは、わからなくもない。

 近寄りがたい熱気があるオタクっぽい世界に興味のなさそうな顔をしているわたしを連れて行って退屈しないだろうかとか、悪い影響を受けないだろうかとかを心配しているのだろう。


 図々しいようで、意外と気を遣う人。いや、他人との接し方が不器用な人なのだ。


 そう思い、横で寝ているお姉さんの顔を覗き込むと、彼女はまだ寝息を立てていた。

 パジャマ代わりに着ているグレーのタンクトップが静かに上下している。

 丸めの顔にまつげの長い目。くしゃくしゃの時が多いが艶のある黒髪。ゆるい口元も、優しい感じではあるから、ちゃんとメイクをして、黙っていれば美人なのだ。


 つまり、寝ている時はそれなりに美人なのである。

 わたしがお姉さんを好きだからかもしれないが。

 そう、好きなのだ。

 だけどわたしはその好きがどんな好きか、実のところ自分ではよくわかっていない。


 お姉さんがわたしと遊ぶことをデートと呼んだりしたから、それなら恋人になってと勢いで言い、お姉さんもそれを認めたものの、はたしてそれで恋人なのかはよくわからない。

 その場を納めるためのものだったかもしれない。


 それに恋人といってもお姉さんはわたしにそういう意味で手を出さないし、こちらから何かするのもお姉さんの反応が怖い。

 そんななので、わたしはこの感情をどうすればいいのか少し持て余しながら抱えたままにしている。


 今のままで悪くないのも大きい。なんとなく一緒にいるだけで楽しいから、何もなければ今のままでいい。

 友達とも恋人ともつかない、ぬるくゆるい関係。

 わたしたちに準備されていた部屋に敷かれたマットレスの上に座り、お姉さんの寝顔を見下ろしながらそんなことを思う。


 家主のニルさんは続き部屋のベッドで寝ているはずだ。昨日、わたしたちが寝ようとしていた時も、コミケで売る物をフロッピーにコピーしていた。

 昨日はニルさんのパソコンで行きつけのネットに繋ぎ、コミケに参加した人たちの報告書き込みを見たり、自分たちのことも少し書き込んだりした。

 ニルさんがコミケで売る物を完成させたという書き込みには数時間後『今回は前日や当日じゃないとか』のような、いつも大変らしいことをうかがわせる返信がついていた。

 いつも間に合うからいいのと本人は言っていたが、余裕は持った方がいいと思う。


 そんなことをしながら、日付が変わるくらいまでニルさんが録画していたふしぎ遊戯やガンダムWを見ながらお菓子を食べ、いつもネットでしているような話をしていた。

 わたしは話に入れるほど詳しくもないので自分から話を振ることはほとんどなかったが、ふたりがよく喋るから聞いているだけでも面白い。


 そして喋り疲れてなんとなく寝ることになり、今は七時少し前。ふたりはまだ起きていないので、枕元に置いておいた着替えを持って一階へ降り、歯磨きと洗顔、着替えを済ませる。

 まだ夜気のなごりがあるのか、エアコンのないこちらでもほのかな涼しさがある。

 上はエアコンをつけっぱなしで寝ていたから快適だったが、こういう涼しさもいい。

 勝手に飲んでいいと言われていた麦茶を冷蔵庫から取り出してコップへ注ぎ、ダイニングセットの椅子に腰掛ける。


 こうしてひとりになると場違いな遠いところまで来てしまった感慨がどっと押し寄せてしまい、少し不安になる。

 今日も含めてあと二日、大丈夫だろうかとか。お姉さんもニルさんも信頼できる人だし、取り越し苦労ではあるのだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る