夜風に当たりながら

「売り物はー? 昨日の書き込みでも怪しそうなこと言っちゃって」

「あれから徹夜でなんとかしたよ。あとはどれだけ作れるかってとこ」

「デュプり地獄かー。手伝えることあったら言って」


 デュプる。というのは、デュプリケーションのこと。完成したファイルをディスクにコピーする作業だと、ネットの書き込みで見た。


「そっちは作れた分だけでいいから大丈夫」


 ニルさんはそう言って椅子から立つ。


「今日は暑かったでしょ。お風呂入れてくる」


 念のため昨日家を出る前に入ったが、一日飛ばしたようにも感じられる。そう考えると、変な臭いになってないか少し心配だ。


「あー、ありがとー」


 部屋の外に向けてお礼を言ったお姉さんは、にやにやしてこちらを向く。


「一緒に入る?」

「入りません」


 かっと顔に血が上った感じがする。そういうのにはまだ早いというか、刺激が強いというか。そもそもムードも何もない。馬鹿。

 すぐにニルさんも戻ってきて、言う。


「で、ふたり一緒に入るの?」

「入らないよー」

「入りません」


 元に戻りかけたわたしの顔がまた赤くなった気がした。

 結局、わたしが最初、お姉さん、ニルさんの順番でお風呂に入る。そして部屋着に着替えると、すっきりとした気分になる。


「生き返ったー」


 扇風機に当たりながら、お姉さん。いつものことだが、この人は結構老けたもの言いをする。


「暑いでしょ。上はクーラーあるから」


 ニルさんに促され、わたしたちは階段を上る。

 上がってすぐのところに家具を入れてない小さな部屋があり、その向こうはパソコンと本棚、そしてベッドにタンスと、生活のほとんどが詰め込まれているような部屋になっていた。

 エアコンはつけっぱなしになっていたようで、ひんやりと心地よい。

 小さい方の部屋に入ったところで、足元ににゃあという声。


「おー、グーだ」


 お姉さんが手を出すと、グーと呼ばれた白黒のぶち猫は顔をこすりつける。ニルさんは飼い猫のについても書き込みをしていたので、知ってはいるが猫とも初対面だ。


「この子はいつも書いてるグー」


 ニルさんが紹介をしてくれる。わたしも手を出すと、顔をこすりつけてくる。人慣れしている。


「二階も適当に来ていいよ。PC見たり使ったりしたいときは声かけて」

「そーいや、タバコ吸うのは?」

「猫がいるし私は吸わないから外でお願い」

「はーい」


 お姉さんが喫煙者なことについては特にツッコミがないので、わたしも余計なことは言わないでおく。


「寝るのは、ちょっと手狭だけどエアコンに当たりたいなら二階になるから」


 押し入れから薄手のマットレスが二組出される。何から何まで準備されているようで少し悪い気もする。

 雑談をしつつ明日のサークルを見ると、小説の他にも、少女漫画、芸能全般もある。


「JUNEって何ですか」

「ジュネって読むの。やおいって言ってわかるかな」

「男と男の恋愛みたいなー」


 わたしが質問すると、雑談していたふたりから説明が返ってくる。そういうジャンルの雑誌があって、それがジャンル名になっているらしい。

 結局、カタログをつまみ読みし、いつも読んでる小説のサークルもあることを確認するとそこをメモするくらいで、気がつけば十時を過ぎていた。


「そろそろ作業するわ」

「じゃー、あたしはヤニ吸いに」


 お姉さんは外に出て行った。わたしもなんとなく、その後を追う。

 玄関先で空き缶を灰皿にタバコを吸っているお姉さんの横にわたしはしゃがむ。


「休んでなくていいの?」


 首を振る。あなたの隣にいる方が安らぐと、この人は知っているのだろうか。


「あたし、苦手なんだよね。人と話すの」


 しばしの沈黙の後、お姉さんが口を開く。ニルさんと話してる時、少し様子がおかしかったので、なんとなく感じてはいた。


「自分から言いたいこととかあまり無いし、挨拶くらいして終わりってーか」

「わたしと初対面の時はものすごく喋ってましたよ」

「うん。自分でも不思議」


 空中に煙がたなびく。


「同類と思っちゃったのかなー。それとも、一目惚れ?」


 昼間の話も合わせると、お姉さんはわたしに過去の自分と似たものを感じたのかも。


「どっちでもいいですよ」


 タバコが空き缶の上でくしゃっと潰れ、そのまま飲み口へ落ちる。


「ありがと」


 お姉さんの両腕がわたしの肩に回った。タバコの匂いに、お姉さんの匂いも混じる。


「どうしたんですか、いきなり」

「なんかさー。改めてあたしの中で君の存在が大きかった」


 面と向かって言われると少し恥ずかしいが、やっぱり嬉しい。


「帰るまでエスコート、お願いします」

「へーい。それじゃ、そろそろ戻ろうか」


 ふたり腰を上げ、家の中へ戻る。今日はまだ一日目、旅は始まったばかりだ。

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