三人揃って宿へ
掲示板でのやり取りや、旅行することに決まってからのメールなど、ネットでは結構話をしているのに、実際顔を合わせるのは初めての人が前にいると、意識が宙に浮くような感覚になる。
いつも話しているのがお姉さんの部屋のモニタ越し、文字越しなので、場所が違う上に、声で会話している二重のギャップがあるせいかもしれない。
「これから三日よろしく。ところで、食事してる?」
「ごめん。秋葉寄ってたら食べ損ねちゃった」
ニルさんは的確に今のわたしたちに必要なものを当ててきた。
「夜はまだですね」
夏なのでまだ明るいし、食事をする暇もなかったから、なんとなくそのまま来てしまったが、迷惑ではないだろうか。
「帰り道に中華屋があるけど、食事時だしスーパーで色々買ってうちで食べる?」
「そーねー。待つよりは弁当とかで済ませようか」
「ですね」
なんとなく話がまとまる。駅のすぐそばにあるスーパーでお弁当とお惣菜、お菓子などをまとめて買う。お金は後で割り勘になった。
「コミケ、どうだった?」
「初めて行ったけど、すごかったねー。暑いし人多いし」
「予想以上でしたね」
昼間の感想を話しながら、ニルさんが先導して道を歩く。
駅の近くを離れたら、住宅が多い。所々に木立があり、緑も見える。
メールなどで横浜の次の駅と知らされていたので、もう少し都会っぽい場所を想像していた。
「はい到着」
ニルさんの家は、住宅地の一角にある一戸建てだった。ということは、家族もいるのだろうか。少し緊張する。
玄関を入ったところに、ちょっと広い空間があり、奥に階段。その右側にある部屋には流し台とコンロが見えるので、キッチンみたいだ。
荷物を持った三人は玄関に入りきれないので、順番に入る。
「スーツケースどうする? ここまで転がしてきたけど」
「そこの新聞敷いて上に置いて」
「りょーかい」
「はい」
荷物を階段の脇に置き、ようやく身軽になれた。
その間にニルさんはキッチンの明かりをつけ、窓を開けて扇風機をつけ、さっき買った夕食を並べ始めたので、わたしたちもそちらへ。
「それじゃあ、実は私も行ってたんだけど、コミケ初日お疲れ様」
ニルさんがそう言うと、なんとなく食事が始まる。並べられているのはスーパーのお弁当とお惣菜だが、打ち上げみたいだ。
「まー、あれじゃ会えるわけないよね」
お姉さんはそう言って笑いながらお茶で喉を潤している。
「すごい人出でしたからね」
「無線機使う剛の者もいるらしいけど、普通はねえ」
唐揚げをかじりながらニルさんが言ったことに驚く。そこまでする人がいるのか。
「まー極端な人らだよねー、それ。あたしら一般人ですから」
お姉さんは一般かどうか怪しいが、藪蛇になりそうなので言わない。
「で、何か買ったの?」
ニルさんに言われるが、ふたりで顔を見合わせる。
「カタログだけです」
「今日は社会見学だからさー」
そう言ったら、ニルさんはぷっと笑った。
「ごめん。いや、わざわざあんな所に行ってカタログ買うだけとか物好きね」
それはその通りである。
「通販で二人分買い忘れちゃってたんだよー。この子も持ってるほうがチェックしやすいでしょ」
あらかじめカタログを読み、興味のあるサークルをチェックするものだと、旅行前に聞いている。それならひとり一冊持っている方がいい。
その後はネットのことや、コミケの日程について色々と話をした。ニルさんが出るのは三日目の同人ソフト。新館の二階なので、今日わたしたちが最初に入った建物の上のフロアになる。
「私のとこ個人サークルだし、売り子手伝ってくれるならみんなで入る?」
「助かるー。あたしはいいけど、君は大丈夫?」
「サークルってのは売る側ね。会場へ先に入れるから、手伝ってくれるならみんなで行こうかって話。早起きになるけどね」
わたしがきょとんとしていると、ニルさんが助け船を出してくれた。そういう制度があるなら、利用させてもらおう。
「大丈夫です。物を売った経験はないですが」
力になれるかはわからないのが心配だ。
「トイレとか買い物の時、誰かいてくれるだけでも助かるのよ。いつもひとりだから、どうせ人が来ないと思ってても出づらくてね」
それなら大丈夫かもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます