ネットでの付き合いだった人と
その後も何軒か店を回る。ビルの数フロアに入っている店や、裏路地のような場所。どこもよくわからない怪しさを放っていた。
結局、店を回るだけで何も買わずに駅まで戻ってきてしまった。時計を確認すると、五時少し前くらい。
「なんとか間に合うかな」
来た方向に山手線で戻る。戻るといっても、土地勘がないのでどちらに進んでいるかはわからない。
電車に乗った時は座れたが、会社の終業とぶつかったみたいで、少し人が増えてきた。
「人、増えてますね」
「ねー」
恵比寿駅に着いてコインロッカーに預けていた荷物を取り出すと、次は別のホームで電車を待つ。
「これに乗れば乗り換えなくていいから助かったー」
見知らぬ土地で電車に乗るのはどこに行かされるか不安になるので、お姉さんみたいに案内してくれる人がいて、さらに乗り換えもないなら大助かりだ。
立ったままは少し辛いが、三十分くらいで横浜に着く。そしてその次が保土ヶ谷駅だったので少し驚いた。
スーツケースを抱えて電車を降りると、ローカル線というか、住宅地の近くに出てきた感じがする。
ホームから下の階へ行き、改札へ近づく。今までの駅とは違って改札も出口もひとつしかないので、迷いようがない。
ここに、今日泊めてくれる家の主が来ていると考えると、無意味に緊張してしまう。
既にパソコン通信では何度かやり取りをしている間柄なのだが。
横を見ると、お姉さんも顔がこわばっていた。
「緊張してるんですか」
「そりゃするよ」
「初対面じゃないって言ってたじゃないですか」
「そりゃ去年会ったけど。会ったけど、ネットの人にオフで会うのは緊張するの」
照れくさそうにぼやくお姉さんもかわいいが、緊張する。
オフとは、オフライン。つまり回線での通信意外で、という意味らしい。
そんな事情もあって極端に歩みが遅くなっていたわたしたちだが、無慈悲にも改札はやってくる。
「や。ヒダカちゃんと、そっちがゼロワンさん?」
先手を取られた。というか、先方はヒダカさんことお姉さんの顔はわかってるし、いかにも旅行客の姿をしているふたり組なので、ごまかしようもないのだが。
そもそも、逃げ隠れするような話じゃない。
声がした方には、髪をショートボブにした人がいた。
背丈がわたしと同じか少し低いくらいなせいか、くりっとした感じが強く出ている。そして黒地に蛍光グリーンの血飛沫がかかったようなTシャツ。
お姉さんの関係者はみんなこんなTシャツが好きなんだろうかと少し疑いを持つ。下は普通のジーンズにスリッパ。散歩の人みたいだ。
「初めまして。ゼロワンです」
お辞儀をする。しかし、初めてやってみてわかるが、この名前を自分で名乗るのは少し恥ずかしい。
パソコン通信を始めるとき、本名じゃない自分で名乗るハンドルネームが要ると言われたので、本名を色々といじって決められなかったところを、お姉さんに手伝ってもらって決めたものだ。その時お姉さんは、特撮がどうのとも言っていた。
「ハジメマシテ。ひだかデス」
「それこの前もやったでしょ。ちょっと背伸びた?」
ぎこちなく挨拶をしているお姉さん。
わたしと最初に遭遇した時はずけずけと踏み込んでくるくらい神経の太い人かと思ったら、今日はこんなに緊張しているのがとても意外に感じられる。
「緊張してんの」
そんな柄ではなさそうなのに。また解らないことが増えた。
「相変わらず。ゼロワンさんはメールで言ってたけど中学生?」
「はい。お姉さ、ヒダカさんの」
ちょっと言葉に詰まる。やはりここは友達と言うのが無難か。
「友達です」
「えー。他人行儀ー。いつもあんなに愛してくれてるのにー」
お姉さんが横から入ってきて口を尖らす。さっきまでおどおどしていたのに、謎だ。
そして、そんなことを言われたわたしは何と言っていいかわからなくなり、焦る。
「困らせない困らせない。まあヒダカちゃんの後輩でしょ」
「そうでーす」
まだ焦っていて口を開けそうにないので、うなずいて返事をする。
「で、私はニルです」
迎えに来てくれたニルさんも名乗り、お辞儀をする。
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