中古パソコンと、お姉さんの過去と
そしてまた歩き出す。セガのゲームセンターがある通りを渡ってしばらく歩くと、お姉さんがこっちを振り向き、わたしの肩越しに来た道を見つめる。
「あれ。こっちだったかな」
そう言ってまた道の先を見て、またこっちを見る。
「迷いましたか」
「どーだろ。だいたいこの辺だと思うけど」
そう言いながらバッグからくしゃくしゃの地図を取り出して確認する。
まさにおのぼりさんという状況になったので、わたしはなんとなく周囲を警戒するが、道行く人々はわたしたちふたりの事など眼中にない様子で行き交っている。
「ごめん、覚え間違ってた。もうちょっと向こうだった」
そう言って歩き出す彼女についてしばらく道を戻り、曲がってどんどん先へ行く。またごちゃっとした印象の店が多くなってきた。
「ついたよー。ここここ」
薄暗い店の中にはぎっしりと箱状の機械、パソコンの本体が積み重ねられていた。その間を人が行き来している。
「パソコンショップですか」
「中古のね」
値札を見ると、ほとんどが数万円の範囲内だった。家電店で売られているのとは桁がひとつ違う。
「や、安いですね」
「本体だけだからねー。使うならモニタも買わないといけないし」
パソコンはテレビには繋がらないので、それも買うとしたら十万円前後になるんだろうか。
「うちにはもうモニタがあるからさ、もう一台買うとしたらどんな感じかなって」
「なるほど。そういえば、わたしが買えそうなのってありますか」
今まであまり訊ねる機会がなかったので、思い切って訊いてみる。
パソコン通信をするにしても、お姉さんの家に行って交代してもらってなので、自分のがあるならとは常々思っていた。
「ちょっとゲームして通信するならまあ五万くらいからだけど、ゲーム機買う方が安いよ? モノを選ばなければもっと安くなるけど快適さがガタ落ちするし」
だいたいの相場感覚はわかった。
その後、パソコンは上も下も振れ幅が結構あり、とりあえず動くのと、快適に使えるの間にはとても深くて広い溝がある。というようなことも言われた。
「あとは、部屋に置くスペースかなー。あたしの部屋でも一式でかいっしょ」
そう言われると、わたしの机にはちょっと大きすぎる。特に本体、モニタとキーボードを並べたら奥行きがかなりある。
「色々と難しいですね」
「そーねー。それに秋ぐらいにウィンドウズの新バージョンも出るし」
分からない言葉が出てくる。
「うぃんどうず。ですか」
「ソフトを動かすためのソフトってーか、規格が更新されるのー。今マルチメディアとか言ってるのを、もっと推し進めるやつにね」
そう言われてもぴんとこないが、マルチメディアというCMのフレーズは聞いたことがある。
「音楽とか映像をパソコンでいじらせて一般化させたいんだろーけど、あたしゃ懐疑的かなー。そもそもの性能が足りないもん」
珍しくはにかんだ笑みを浮かべ、彼女は続ける。
「それに、あんまり広まっても、秘密の遊び場が荒らされるみたいな気持ちがあるわけよ」
遠くを見つめる目で語る。誰も知らない場所を守りたい独占欲。
わたしがお姉さんに対して思っているようなものを、お姉さんはコンピュータに抱いているのだろうか。
「今、いい顔してますよ」
「えへー。そう?」
「恋する乙女って感じです」
ちょっと妬けたので、からかってやる。
「恋かー」
意外にも素直な反応。
「近いもんかもね。あたしも初めて出会った時の君みたいな頃があってさ」
お姉さんと初めて会った頃、わたしは家にいると居心地が悪く、学校にも閉塞を感じていた。それを彼女が何も言わず、いてもいい場所をくれた。
「あたしの場合、じーちゃんの家とかもあったし、君ほどじゃなかったかもしんないけど、まあ、ひとりで居られる場所って要るからね」
うなずいて同意を示し、すれ違う人に道を譲り、またふたりでパソコンを触ったり、値札を見ながらぼそぼそと話す。
普通、こういう話は喫茶店とかでやるんじゃないだろうかと考えながらも、こういうのもわたしたちらしいと思う。
「何かを書いたり、作ったり。ゲームしたり。まーあとはネットか。だいたい遊んでばっかだけど、そういう没頭できることがあってちょっとは助かったわけ」
話し終わり、ふう。と息を吐いたのが印象的だ。
辛いことを話させてしまったんじゃないかと気になるが、それ以上追求する雰囲気でもない。
そのままゆっくり歩みを進め、出入口近くに来たところで、ごまかすかのようにお姉さんは言った。
「小さいのがいいなら、ノーパソもありかな。ゲームはかなり厳しめだけど、通信くらいなら」
ノーパソとはノートパソコンのことらしい。
大きめの教科書から、美術の授業で使うスケッチブックを少し小さくしたような物までが何種類か並んでいる。
「へえ」
「もろもろのコストもデスクトップよりかさむけど、それでも場所とか色々条件があるとねー」
ふたりで色々と見ながらそんなことを話し、店を出る。
「買わないんですか」
「んー。まあ見るだけ。ごめんね」
拍子抜けするが、安い買い物ではないし、お姉さんの色々な顔が見えたのでよしとする。
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