二日目の旅立ち
ため息をついてよく冷えた麦茶を飲み、キッチンの外を見ると白黒のぶち猫、グーがひと声鳴いてさっと視界から消えた。
ニルさんの飼い猫はわたしたちを警戒しながらも、家の中を好きに歩き回っている。
しかし、わたしも昨日初めて顔を合わせた人の家で、いいとは言われているが勝手に冷蔵庫を開けて麦茶を飲んでくつろいでいる。
グーとそう変わることはないかもしれない。
なんとなく気が楽になったので、コップに残っていたものを飲み干して洗う。水がステンレスのシンクに当たって、結構大きな音が響く。
「おはよう。早起きね」
そんなことをしていると後ろから声がかかる。ニルさんだ。もう着替えている。
「おはようございます」
「ちゃんと寝れた?」
「はい。疲れも取れました」
そう言ったら、ニルさんは微笑む。
「コミケは体力使うから休息は大事」
確かに。炎天下を歩き回るからかなり消耗していた。
飲み物を飲む余裕も会場を出るまで無かったし、昨日は秋葉原にも行ったので食事もしてなかった。
「ヒダカちゃん、遊んでると食べるの忘れるから気をつけてやらないとね」
ヒダカというのは、お姉さんのハンドルネームだ。
パソコン通信で使う名前。わたしはゼロワンというのを使っている。
ニルさんもハンドルネーム。
「そういえば昨日は朝を食べたらあとはジュース飲むくらいでした。」
「あの子らしい。書き込みの持ちネタだしね、飲まず食わずでメガテンしてたとか。そういうわけだから、ゼロワンさんも気をつけてあげて」
わたしが遊びに行っている時はお菓子やジュースを持って行ってるので忘れがちだったが、お姉さんの掲示板への書き込みは食べてない自慢もあった。
気をつけないと。
「食べさせるようにします」
「あの子は見てあげられる人がいた方がよさそう。歯磨いてくるね。あと、彼女寝てたら起こしといて」
軽く笑いながらそう言うと、ニルさんはバスルームへ行った。
壁の時計を見るともう七時半を過ぎている。
コミケの会場には昼過ぎに着くとして、その前に外で食べるならそろそろ起きた方がよさそうだし、起きてなかったら起こした方がいい。
「起きてますか」
「んー、今起きたー」
階段を上りながら声を掛けると、返事が来た。
「ニルさんが様子見てきてって言われました」
階段をそう言いながら上がっていくと、衣擦れの音がしたので待っていると、Tシャツに昨日と同じわたしが見立てた茶色いジャンスカでお姉さんが出てきて、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「気にしなくていいのに」
「するんです」
しなくていいのにと言われても、わたしは着替えを見るのも見られるのも恥ずかしいので、自分が嫌なことはしたくない。
「見せるようなもんでもないけどねー。あたしも歯ぁ磨く」
笑うお姉さんと一緒に階段を下り、わたしは結局キッチンの椅子に戻ってきた。
「おはよー」
お姉さんはニルさんと入れ替わりにバスルームへ。しばらくしたらお姉さんも戻ってきて、椅子に腰掛けて麦茶を飲み始める。
「で、今日どうすんの?」
「私も午後から入れればいいから。品川で腹ごしらえすれば丁度いいはず」
「品川かー。アンミラあるんだっけ」
「ああそうね。行く?」
「入れそうなら行ってみたいなー」
アンミラ。確かアンナミラーズというレストランのはず。制服がかわいいらしく、掲示板でもたまに話題になっていた。
「それで行きましょう」
わたしも少し興味があるし、知らない土地なのでお任せにする。
「じゃあ準備して出発しましょ」
ニルさんがそう言って席を立ったので、わたしたちもそれぞれ準備に入る。
わたしは日射しよけに使うタオルをスーツケースから取り出してバッグに入れ、軽くメイクをする。
そうこうして全員準備を済ませ、家を出る。
もう日は高くなり、蝉も鳴いているので嫌でも夏を感じさせられる。
起伏のある入り組んだ細い道を三人で進む。
昔からの住宅地なのか、わたしの住んでいる家の近くよりもごちゃごちゃしている。
東京や横浜は都会のイメージが強かったので意外だ。
そういうことをニルさんに話すと、昔から街があるので古いところがそのまま残っている場所も多いと言われた。それもそうだ。
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