コミケに行った帰り道
「学校の話、やだった?」
繋ぐことを促すように、そっと片手が出される。
「なんだか、ちょっと」
お姉さんの顔を見てどういう表情になっているか察したくないので、顔を背けて手を取る。
まさかこんなに動揺するなんて。想像すらしていなかったから。
「歩こっか」
うなずく。
ちょうど建物の中に入るところだったので、ムードどころではなく繋いだまま中へ。熱気がすごい。
湿気が充満して建物の外より蒸している。
建物の中は余計なものがすべて取り払われたホールに事務机がずらりと並び、その上に薄い本や小物のようなものが乗っている。そして、それが見えないくらいにとにかく人が歩いている。
わたしたちもその波に乗らずをえず、ホールを流されていく。
「スラダンかー」
カタログをちらっと眺めたお姉さんが言ったように、机の上に置かれた本や、スーパーの広告みたいに目立つように立てられたイラストには、バスケのキャラの絵が並んでいる。しかし、わたしは読んだことがないので、作品そのものへの関心は少ない。
だが、そこに並べられている本やイラストへの力の入れ具合は、大勢の体温と夏の暑さが混じった幻想かもしれないが、気迫のようなものを感じる。
「一通り回ってこ」
言われるがままに、人の流れに乗ってホールの外周を歩き、適当なところで外に出て、隣の建物に入る。
「こっちはるろ剣とか他のジャンプのとか、ロミオの青い空なんかのアニメかな」
ちょっとは知ってる名前が出てきた。日曜日にちらっと観ていたことはある。
他のアニメも、お姉さんが観てたビデオを横目で眺めていたりして、知らないことはない。
だから机が並んでいる列の方へ向かい、それを眺めてみる。
同人誌は登場キャラが作品に出ていない時の姿を描いたり、友情や愛情を描いたものが多いと聞いていたが、なるほど。と納得できる雰囲気だ。
「若い子にはちょっと刺激が強いのもあるかなー」
「そういうのもあるような」
愛情。というからには当然、それを実践するシーンもある。
キスや抱き合うくらいならわたしでも見て大丈夫だろうと曖昧な結論を出し、眺めながら次々と見ていく。たまに見ていってくださいなどと声をかけられるので、曖昧に返事もする。
買ってほしい期待や情熱を感じながらそこから離れるのは心苦しいが、元の作品をよく知らないものを買うのも失礼だと思い、離れる。
お姉さんも冷やかしだけで、買ってはないようだ。
レストランが入っている建物を横にして歩いていると、アニメの仮装をしている人がいる。コスプレというらしい。それを見ながら端の建物に入ると、こちらもアニメ関係が並んでいた。
そこも一通り大きな通路を回り、壁際の人が動いてないところで少し休む。
「どーだった?」
「人が多くて。それに、わたしがよく知ってる作品でもなかったので」
ちょっと口ごもる。お祭りの熱気は伝わったが、そこで何がなされているかはまだピンとこない。
「それもそーだよねー。あたしもアニメは見てるけどーってやつが多かったし」
汗をタオルでさっと拭ったお姉さんは、何か考えてるようだ。
「じゃ、今日のとこはこれで撤退する? カタログ買ってさ」
時計を見るともう二時過ぎ。四時終了らしいので、もう帰ろうとしている人も多い。
「じゃあ、そうしましょうか」
「これだけ人数がいるから、多くならないうちに脱出したいしねー。そんで拠点に行かないといけないし」
そうだった。事前のメールなどで来た情報だと、宿は横浜らしい。
「そっちの方は緊張してる?」
「まあ、知らない人ですから」
「あたしが一回会ってる人だから悪い人じゃないと思うよん。多分」
肝心なところをいい加減に言っているが、お姉さんは断言したがらない人なので、おおかた安全な人なんだろう。
「じゃあ、恵比寿で荷物回収だねー」
そう言って帰りの人が出て行ってる出口へ向かう。
途中にある準備会ブースと言うらしい机に寄り、コミケの参加サークルや地図が掲載されているらしいカタログを買う。千三百円だった。
その後、午後の日射しにあぶられながら晴海通りを歩いて勝鬨橋を渡る。
お互い暑さに負けつつあり、言葉少なだ。
「そーいえばさ、東京名物」
朝のハンバーガーショップでそんな話をした。
「築地のお寿司ってどうかな。寿司屋とか多いみたいだし、よくない?」
「値段、大丈夫ですか」
「まー、帰り道をちょっと曲がるくらいなんで、見てから決めるってことで」
そんなに駅から離れてないなら、見てから決めればいい。軽い気持ちで築地市場へ向かうわたしたち。
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