少女はコミックマーケットをめざす
東京に着いて
わたしとお姉さんは、東京に来てもハンバーガーショップを訪れていた。
確か初めて会った日もこうだった。
図書館の休館日になんとなく歩いて帰ろうと、学校近くの商店街をぶらついていたらゲームセンターで声をかけられ、話をしながら駅前のハンバーガーショップに入り、テスト勉強を見てもらい、別れ際にポケベルの連絡先をもらったのだった。
それから数ヶ月。
わたしはお姉さんとよくわからない関係のまま、つきあいを続けている。
わたしが通っている中学の卒業生だが、彼女はもう大学生なので先輩後輩というほどに意識はしていない。
たまに一緒に遊びに行くのをデートと言ってきたりするが、よくいえばミステリアス、悪くいえば適当なことばかり言うお姉さんだから、好かれているとは思いたいけど、本気なのかは半信半疑だ。
わたしとしては、何度か半泣きになるくらい感情を揺さぶられたのだから、彼女のことを嫌いではない。
でも、それはもてあそばれている感覚が嫌だったからなので、恋人として好きなのかどうかはわからない。
それ以前に、わたしはそれまでそういう風に他人をいいと感じたことがないから、比較する対象がない。
だとすると、これは恋なのかも。
泣くほど動揺させられ、もてあそばれているのならやめてほしいと感じたのだから。
そんなことを考えていたら、わたしの頭の中を占領している当の本人が口元の緩んだ笑顔で戻ってきた。
その手にはトレイに乗ったハンバーガーセットがふたり分。
「席取りありがと。トイレ空いてたよん」
高速バスで来るなら、適当な店のトイレで顔を洗ったりするといい。
泊めてくれる人にメールでそういわれていたので、新宿から恵比寿へ移動してコインロッカーに荷物を入れ、ここに来ていたのだった。
恵比寿からなら、宿にもコミケの会場にも乗り換えなしで行けるらしい。
新宿駅はとても広く、さまようような気分だったので、ここがそういう駅ではないのが助かる。
お姉さんは顔を洗ってメイクも整えている。長めの黒髪が艶めいている。
うなずき、入れ替わりでわたしも行く。顔を洗い、少しためらうが歯磨きもし、日焼け止めを塗ったりする。
少し違和感は残るが、すっきりした。
トイレを出て席に戻ると、ふたつのトレイにハンバーガーとポテト、ドリンクが分けられていた。
今日はわたしも、これから人が多いらしいコミケに行くし、高速バスではあまり食べられなかったので、ハンバーガーのセットにした。
お姉さんはいつも通り、たくさんもらった砂糖とミルクをコーヒーに入れている。
「いただきます」
「いただきます」
どちらからともなくそう言ってハンバーガーを口にすると、地元と変わらないあの味が口の中に広がる。
「んー、ファストフードは安定してるねえ」
そこまで言って、お姉さんははっとした顔になる。
「それともここならではって物の方がよかった? 旅だし」
「特にこだわりはないですね。今はお手洗いを借りるためですし、夜や明日ででも」
それに、東京ならではという物も思いつかない。雷おこしや東京ばな奈みたいな、お土産くらいしかない。
「そっかそっか。あたしも東京名物とかわかんないわ」
そう言って甘そうなコーヒーを飲んでいる。いいかげんだ。
「そういえば」
ハンバーガーを食べ終わり、ポテトを半分くらいつまんだところで、なんとなく切り出してみる。
「何?」
「コミケっていつくらいから行くんですか」
新宿に着いたのが十時前。腕時計の針はもう十一時をとっくに回っている。
「人多いし、午後に着くくらいでいいらしいよ。あたしら狙ってる本とかないし」
確かに欲しい物はないし、社会見学くらいの気持ちだ。
「まあ、昼休み前にここは出よっか」
「そういえば、今日って金曜でしたね」
「そーなんだよねー。夏休みだし旅行だしで、感覚がバグるっていうか、狂うよね」
そう言うと口元を緩めてへらっと笑う。目も細くなる。わたしはお姉さんのこういう笑顔が好きだ。
「お、どーしたの? いい顔しちゃって」
「いい顔だと思っただけですよ」
「誰がよー。あたし?」
またあの表情になる。そして、わたしはそれを見て笑顔になっているようだ。
自分の表情は特に意識しないほうだが、そう言われると悪い気はしない。
「そうです」
肯定したら、頬が緩んだ感覚。
こんな時は茶々を入れてこないお姉さんの間合いの取り方も好ましい。
そんな幸せを感じながら、ふたりはポテトの残りを食べ終えて席を立ち、JRの駅から少し離れた地下鉄の駅に向かう。
隣を行くお姉さんのジャンスカは、わたしが選んだブラウンのやつで、それもまたいい。
わたしもお姉さんから勧められたシュールな絵柄のTシャツを持ってきているので、旅行中に着たい。
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