お姉さんと買い物を

 親からはよそよそしいと言われ、学校では小学生の頃にからかわれ、努力してタメ口を使っているが、本当はこれくらいの敬語めいたもので話している方が楽なのだ。

 すると、お姉さんは突然にやにや笑いを浮かべ、お互い様だよなどと言ってくる。


「いつもと違う魅力があるのは本当ですよ。大人の魅力です」


 これは偽らざる本心。切り替えのできる大人なところを見せられ、そういう部分が堂に入っていたのだから。


「そう言われると悪い気はしないなー」


 いつもの笑い顔も、こんな姿だとあまり見せなさそうなギャップのせいか、妙になまめかしさを感じ、ちょっと体が熱くなる。

 何を考えているのだ、わたしは。

 この人に何らかの特別な感情を持っているのは確かだが、こういう肉体的な反応が出てしまうのは、自分で自分をコントロールできていない感じがして困る。

 そしてお姉さんの何がわたしをおかしくするのだろうと考えると、よくわからなくなるので、また困る。

 困って困って、わたしはこの人が好きなんだろうと考えを保留する。そうしないと、このよくわからないものを行動で示してしまいそうだから。


「ま、行けることになってよかったよかった」


 わたしが黙ってしまっていたせいか、ひらひらと手を振りながらお姉さんが言う。


「あ、はい」

「今度うちに来たら、お礼のメール書いてくれる? 君がID持ってるネットの人だから」


 お姉さんの家でパソコン通信をさせてもらうようになってから、数ヶ月が経つ。

 その間に、わたしはお姉さんに見てもらいながら、いくつかのネットで自分用のIDを取った。

 軽く自己紹介の書き込みをした後、お姉さんから通信の記録、ログを見せてもらう程度で、積極的に書き込んだりはしていないし、正直なところ話題もアニメやゲームなどよくわからないものが多かったが、同じところに参加している気分は悪くない。


「わかりました」


 これからお世話になるのだから、そういうことはきちんとしておきたい。


「君のことも説明してるけど、一応ね」

「なんて紹介したんですか」


 ちょっと興味が出た。


「正直に書いたよ。後輩って」

「そうですか」


 後輩。確かにその通りなのだが、もう少し近づきたい。

 お姉さんと一緒に過ごしたいのも、そういう動機がないとはいえない。


「ん、もっと別のを期待してた?」


 表情を読んだのか、また口角を上げながらそんなことを言ってきた。


「デート。してる仲じゃないですか」


 小声で少し詰まりそうになったが、言えた。

 色々あるが、わたしがこの人に好意を持っているのは確かで、それを認識してほしいと思っているから、言った。


「うん、まあ、確かに」


 お姉さんの顔が少し真剣なものになる。


「本気にしていいって、言いましたよね」

「言いました」


 言いがかりをつけているだけとは思うが、向こうが挑発してきたのだからしょうがない。


「そういう関係であることの自覚を持ってください」


 自分でも何を言ってるかわからないし、恥ずかしいが止まらない。


「ごめん」


 お姉さんはしゅんとした顔になった。


「わかればいいんです」


 感情をぶつけるのをやめ、椅子に座りなおす。

 お姉さんは顔を少し伏せたまま、手をもじもじさせている。


「どうかしたんですか」

「あたしと君の関係って、何なんだろねーって」

「それは」


 言葉に困る。ふたりで会うデートのようなことをして、たまにお姉さんの家を訪れているが、それだけだ。こういう場合、友達でいいのだろうか。

 親友。というのも何か違う。わたしが勝手にお姉さんを慕って、彼女はそれを受け入れているだけのような気がするからだ。対等という感じはない。

 これが年上に対する憧れなのか、それ以外のものなのかはわからない。

 しかし、友達以上の関係でいたいのは確かだ。口に出すのは少し抵抗があるし、お姉さんもどうなのかはわからないが。


「先輩後輩で、友達以上、恋人未満。とかですかね」


 色々と考えを巡らせた結果、曖昧で月並みだが、少し思い切った言葉が出てきた。


「そっかー。先輩後輩で、友達以上、恋人未満」


 繰り返されるとちょっと恥ずかしい。


「恋人、嫌ですか」


 思い切って訊く。今日は感情がおかしくなっていると、自分でもわかる。旅行が決まった嬉しさのせいだろうか。


「悪くないねー」

「わたしが女でもですか」


 ちょっと気になっていたところにも踏み込んでみる。わたしはなんとなくこの人がいいと思ってそうしてきたのだが、よく考えると変かもしれない。


「まあねー。君だからいいのさ。なんてね」


 軽い。だが、いいとは言われたのでよしとしておくべきか。


「それならよかったです」


 ほう。と息を吐く。言ってもらえるとほっとする。

 なんだかいつもこんなことを言い合っている気がする。これからも、行きつ戻りつ、同じようなやりとりを繰り返すのだろうか。

 照れ笑いのような、まんざらでもなさそうな顔をしているお姉さんを眺めていると、幸せな気分になる。


「どーしたのさー。にやにやしちゃって」


 わたしも顔に出ていたらしい。それをつつかれると、照れからか顔が熱くなる。


「言わせないでください」


 恥ずかしい。


「えっへへー。ところで、今日は旅行の買い物もするんだっけ」


 ちょっと無理矢理なところもあるが、これ以上はあまり話すようなことはないし、何より恥ずかしいので話題を換えてくれてるのは助かる。

 こういう間合いの取り方も、わたしがお姉さんを好きな理由のひとつ。


「はい。小さな物はもう買ってしまおうかなと思って」

「つってもだいたい向こうで買えるし。ないと困るのだと、歯磨きと洗顔くらい? お風呂関係は借りていいと思うし」


 言われてみれば、山や海に行くわけじゃない。


「服とかアクセとかも折角だし見ていこうかなって」


 ひとつくらいは新しいのを持っていきたい。


「ふーん。あたしも何か買おうかな」

「いいですね。選ぶの手伝いますよ」


 一緒に服を選ぶなんて、このお姉さん相手だと多分なかなかないチャンスだ。


「それじゃ、行こっか」

 それぞれトレイを片付け、デパートの中をぶらつく。この中には専門店街もあって、若者向けの店はそっち側に多い。


「んー。こっちに来るの久しぶりだなー」

「パソコンやゲームの買い物で結構駅前に来てるのにですか」

「だいたい買う物買ったら即帰っちゃうしさー。そもそもこーゆーところで買う物がないっていうか」


 そう口ごもられると、失礼だが確かにその通りだと思ってしまう。

 このお姉さんは、少し怪しげなところを猫背で蠢いてる方が似合っている。

 だが、わたしの精神状態を心配してくれたり、旅行に連れて行ってくれるにしても親と話をしたり、今みたいな服を着て真面目な顔もできるのが素敵で、そのよくわからなさに魅力を感じているのだから、わたしの惚れっぷりは重症なのかもしれない。


「服とか、中学ん時に買ったTシャツとかジーンズ、まだ着られるし」


 あのよれよれの服はそういうことだったのかと納得するが、少し反応に困る。


「そういうのは、ちょっとどうかと。それに、たまにはいいじゃないですか」

「そだね。君も一緒だし」


 どちらからともなく手を差し伸べ、繋ぐ。なんだかデートっぽい。

 そのまま雑貨や服を見て回る。今日はわたしが引っ張っていくのも、いつもと違って面白い。


「髪結んだりしないんですか、ポニテとか」

「んー、何度か挑戦したけど、首とか痛くなっちゃうんだよ」


 ヘアアクセサリの棚を通りながら訊くと、そんな返事だった。わたしはそこまで長さがないのでお姉さんならどうかと思ったが、それなら仕方ない。


「ねー、これどう?」


 お姉さんが足を止めて指したのは、黒地に蛍光色でよくわからないモンスターのような絵が描かれているTシャツだった。彼女がいつも着ている謎のTシャツと同じようなデザインなので、あまり代わり映えがしない。


「そういうの何枚か持ってるじゃないですか」

「えー、君が着るんだよー」


 それは考えてなかった。


「てっきり、お姉さんが着るのかと」

「あたしのと似てるし、ペアルックみたいな?」

「ちょっと、これは。それより、お姉さんこそいつもと違う感じの服にしたらどうですか」


 わたしには合いそうにないから慌ててそう言ってはみるが、今日着てきたのは特に特徴もない水色のジャンパースカートに白のブラウスだった。


「んー。ジャンスカ? いいかも。Tシャツでも合わせられそうだし」

「あれとか」


 ちょっと離れたところに、茶色いジャンパースカートが吊られていた。


「今持ってる服に合うかなー」


 そう言いながら胸元に当てたりしているので、ちょっといい雰囲気だ。別の色の物とも見比べていたりして、その様子を眺めるのが少し楽しい。

 いくつか見比べ、結局最初にわたしが見つけたものに戻ってきた。


「じゃ、今日はこれ買おっかな。自分のお金で服買うのとか久しぶりだよ。君もあれ買ったら?」


 割と気に入ったみたいでよかったと思ったところで、さっきのTシャツの話が蒸し返される。


「ううん」

「いいと思うんだけどなー」


 じっとこっちを見られる。わたしも服を勧めた手前、お姉さんの提案も聞いた方が公平だろう。


「わかりました。買います。こういうの初めてですよ」


 まんまと乗せられた気もするが、乗ってしまうのも悪くない。

 そこまで高くもないし。

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