親子の会話
わたしにはあまり欲がないかもしれないと、時々感じる。
与えられたものがあれば、だいたいはそれで足りてしまうからだ。
恵まれすぎているともいう。
わたしとしてはかなり甘やかされている自覚があるが、親としてはあまり甘やかしがいがない種類の子かもしれない。
「行くことになって、足りないようだったらちゃんと言いなさい。迷惑になるからな」
「そうそう。宿代もただでいいって言われたけど、お世話になる分はお礼をしないと」
それは確かにその通り。
あの日の夕方、わたしが帰る前にお姉さんがパソコン通信のホストを確認したら、泊まっていいし、宿泊費はただでいいとメールが届いていたのだ。
しかし、数日間泊めてもらうだけなのは気が引ける。
「一応、お礼にいくらか渡そうと思ってる」
東京までの交通費と向こうに行っている間の生活費を引いても、お金には少しの余裕がある。
「向こうがお金はいいって要ってるなら、お土産のほうがいいかもね」
確かに。そのほうがお互い気を遣わなくてよさそうな気がする。
「ありがとう。そうしてみる」
「しかし、お前に先輩後輩の付き合いがあったとはなあ」
母にお礼を言うと、父が感慨深げにそんなことを言ってきた。
昔から家で友達のことなんか碌に聞かなかったのにな。などと続く。
そもそも親密な友達がいなかった小学生からの付き合いは中学受験で失われたし、その中学校でも寄り道をする程度の付き合いは維持して極端に孤立しないようにはしているが、それだけだ。
用もないのに電話をかけたり遊びに行くような友達は、お姉さんが初めてといっても過言ではない。
「わたしだって変わってるんです」
「いいことだと思ってるよ」
父は新聞を開き、わたしの顔を見ずにそう言う。娘の親離れより、社交性のなさが心配なのだろうか。
だが、それ以上何も言われなかったので、わたしも何も言わない。
「そういうところはお父さんそっくり」
黙り込むわたしたちを見て、母が苦笑する。
「そうかな。率直なところは君譲りだと思うよ」
母はきちんとものを言う方だが、わたしはわからない。
どちらかといえば、流されるままになっている方だと思っている。
お姉さんからここぞというところでちゃんと言える子だと評価されたのにも、少し反発感があった。
頭の中で考えていることに比べると少しだけしか話せないのに、ちゃんと言える子だなんて。
「あら、それは褒め言葉ですか」
「そう受け取ってくれると嬉しいね」
顔を上げないままそう答えた父に、母は喜んでみせながら、テレビのスイッチを入れる。娘の前だからかはわからないが、仲がいい。
バラエティ番組を数時間眺めながら両親と雑談した後、お風呂に入り、ドアを開けっぱなしにしていた自分の部屋に戻る。
部屋に扇風機はあるが、この季節は居間のエアコンから冷気のおこぼれをもらった方が、俄然快適だ。
だから、プライバシーを義性にしてドアはできるだけ開けている。
親がいるとお姉さんに電話するのも気が引けるので、ベッドに寝転がり、枕元に置きっぱなしの本をめくりながら、今後のことを考える。
親との交渉がまとまれば、あとは行くだけ。
なんとなくお姉さんと離れたくない、一緒にいる時間がもっとほしくなり、その場の勢いでどこかへ行くことを提案してしまったが、まさか東京旅行になるとは。
お姉さんはわたしの思い切りのよさを褒めるが、わたしからすれば、お姉さんからは何が飛び出すかわからない。
だが、よくわからないところへ連れて行かれるものの、そこの居心地は決して悪くない。
だから、今度の旅行も、行ければ多分楽しめるはずだ。
自然と顔がゆるんできているのがわかる。誰からも見られてはいないが、本で顔を画しておいてよかった。
それに、今のうちから行けると決めてかかるのもよくない。
やっぱりだめと言われる可能性もゼロではないのだから。
だが、お姉さんとのことを考えると、いつも考えが楽観的になってしまい、困る。
あちらは自覚してかふざけてなのかデートやお姫様という言葉を軽々しく使ってくるが、こちらとしてはかなり本気で好意を抱いている。
今まで考え、接してきた友達というもの以上には。
それがよくいわれる本当の友情というものなのか、恋なのかはまだよくわからない。これからわたしの中で決められていくのだろう。
本をめくりながらそういうことを延々考えていると、いい時刻になっていた。明かりを消し、あらためて横になる。
明日の昼間、両親が仕事に行っている間にお姉さんへ電話をしよう。
母と会うときの打ち合わせをしたいし、さっきの電話で何を話したらああなったのかも知りたいし、何より声を聞きたい、どうでもいい話をしたい。
今は午後十一時。お姉さんはそろそろ活動を始めるはずだ。
わたしは逸る心を抑え、眠りへと落ちるのを待つ。
明日電話に出てくれるといいな。そんなことを思いながら。
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