悪だくみ

 わたしが思案してる様子を見て、お姉さんは言葉を継ぐ。


「じゃー、同人誌ってのは?」


 それは知ってる。


「美術部とか文芸部の子が持ってきてたりしてます。駅前の本屋にもあったような」


 漫画やアニメのキャラを元にして作る漫画や小説の本がある、ようなことは漠然と知っている。お姉さんは頷く。


「同人誌の即売会。まあフリーマーケットみたいなのね。それが東京であるの。この辺にも地元のイベントはあるけど、規模が違うからねー」


 まあ全国から色々なのが来るわけさとお姉さんはにやりと笑うが、すっと醒めた表情になる。


「つっても、ドがつくオタク向けイベントっていうかさー、人混みが酷いから来いとはいわれてもなかなか行く気になんないんだな」


 コミケが何なのかはまだよくわからないが、お姉さんはそれに行きたい半分、行きたくない半分で揺れ動いてるように見える。


「行きましょうか」


 ここはわたしからも攻めていった方がいいだろう。


「おっ。割と乗り気? もしかして何かヨイショしてるのがあるとか」


 首を振る。わたしはこれといって何かにはまったりしたことはない。

 だから、同人誌を持ってきたり作っている子たちも横目で見て、そういう文化があると知っているくらいだ。


「そっかー。今年のガンダムとか凄いけどねー」


 教室の喧噪で聞いたことはあるような話題だ。こういうところで世の中は繋がっているのか。


「パロディだけじゃなくて、自分でいちからやる創作とか、よくわからないのも多いのがコミケの魅力かなー。だから君にも何か見つかるかもしれないし、見つからないかもしれない」


 いつもの適当な調子が戻ってきた。これでこそだ。


「まー、ともかくさー。親御さんへの挨拶しないとどうにも進められないわけだし。煽ってくれた分、責任は取ってもらうよん」


 口の端を上げ、にいと笑うお姉さん。

 そうだった。行けるかどうかはまだわからない。


「そう、ですね」


 一気に現実へ引き戻される。しかし、これで当面の予定というか、目標は立った。

 行けるか行けないかは、うちの親次第だ。


「今年は色々あったし、親御さんが駄目と言ったら諦めること」


 確かに。今年は年明けから大地震や物騒な事件が立て続けに起こった。そのことが間接的に遠出を邪魔するかもしれない。

 それ以前に、うちの親は突然出てきたいくつも上の自称先輩に、はいよろしくお願いしますと娘を預け、東京まで行く許可を与えるのか。それを心配すべきだ。

 こういうことになるなら、もうちょっと早く、一学期中にでも親に紹介したほうがよかった。

 そうすれば、勉強を見てもらった実績などで、親に信頼してもらえたかもしれないのだから。

 とはいえ、その頃はまだちっともこんな話が出てきていなかったからしょうがない。

 お姉さんも、さっきそういえばと思い出したような話だし。

 そんなことを考えていたら、お姉さんがうなりながら口を開いた。


「うーん。しかし、どう説明したもんかなー」


 パソコン通信やコミケのことを親に説明するのは大変そうだ。

 しかも、理解されたからといってそれが認められるかはわからない。

 そんな偏見を親が持っているという偏見が、わたしにはある。


「向こうの友達に呼ばれて東京見物に行く。くらいでいいんじゃないですか」

「そこまで話をぼかすかー。なかなかの悪よのう」


 嘘にはしてない。お姉さんの言うとおり、話をぼかしているだけだ。

 しかしお姉さんは顔をちょっと真面目にして、釘を刺してきた。


「ただ、あたしの立場としては、できるだけ誠意ある説明をしたいし、親御さんの意向を汲む。こんなことで縁切りとか嫌だかんね。そこんとこは大丈夫?」


 言われてちょっと反省し、頷く。しかし、やはり変なところで誠実な人だ。


「しかしまー、こーやって何かする予定を立てるのはいいねー」


 特にあてのない無責任なやつほどいいと続けるのが、お姉さんらしい。


「遠足の準備が一番楽しい。みたいな話ですね」

「そうそう、そんな感じ。実際行くといろいろあるし疲れるんだよー」


 笑い合う。確かに、別にこれだけでも全然構わない。

 ここに来て、漫画を読んだりパソコンを使わせてもらいながら、とりとめのない話をする。そういう時間が、一番大切だ。

 そういう当たり前のことを再確認できたので、少し焦りから醒めてきた。

 旅行もいいけど、まずは目の前のことだ。

 とりあえずはうちの親とお姉さんが対面する場を、どうやって仕込むかが課題である。

 しかし、改めて考えてみるとお姉さんが今日言ったように、最初は電話で挨拶してもらうのが一番よさそうだ。

 いつもと同じように電話し、お姉さんが改めてご挨拶をしたいと言い出したていで話を取り次ぐのが自然だろう。

 これなら親が家にいれば、いつでもできる。

 そのときに電話のこちら側で旅行のことをわたしが切り出し、お姉さんが改めて説明するのがいいだろう。

 イメージができた。しばらく沈黙して頭の中でそんなささやかな陰謀を組み立てていると、お姉さんがこちらを見ていた。


「まーた何か悪いこと考えてない? 黙り込んじゃってさ」

「お姉さんをどうやって親に紹介しようか考えてたんです」

「ま、いいと言った手前、プランはそっちに考えてもらってもいいかなー。で、花束抱えてお嬢さんをくださいとでも言ってみる?」


 冗談だろう。いかにも冗談だというにやにや笑いを浮かべている。

 ただ、この人からはそれをやってくださいと言ったらやってしまいそうな、おかしな行動力も感じる。


「今度電話したとき、親が家にいたら挨拶してもらうだけです」


 そのとき旅行の話をされたって説明しますから。そう補足して伝える。


「ま、ふつーそうだよねー。いきなり顔を合わせるのも、先輩後輩の距離感だとおかしな話だし」


 そんなものなのだろうか。

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