どこに行こう
「そうかそうか。でも、あたしなんかで本当に」
「いいんです」
眉間に力を入れてお姉さんの言葉を遮ると、お姉さんは目を見開いてから、徐々に穏やかな表情へと変化した。
「ありがと」
「事実ですから」
恥ずかしいので素っ気なく言う。この人のどこがいいのか、自分でもよくわからないからしょうがない。
「でもさー、行くってどこにさー。前も言ったけどあたしインドア派だぜ?」
そう言われると、わたしもちょっと困る。
こちらもプールとか海に行き、クラスメイトと鉢合わせたりは、あまりしたくない。
このつき合いは家や学校と切れているからいいのだ。
そうして考えると、親に会ってもらうのはかなりリスキーなのだが、それはしょうがない。
必要な代償というものだ。
「別に、ここでパジャマパーティとかでもいいんです」
素直に、なんとなく考えていたことを言う。
「ここで」
お姉さんはずる、ずると体をベッドの上に登らせ、座った。
わたしもそれに従う。
「パジャマパーティ、ねえ」
そう言いながら、お姉さんは頭をぐるりと巡らせる。わたしもそれに従って、部屋を見回す。
畳敷きで本棚やパソコン、ゲーム機、さまざまな物が雑然と積み重ねられた部屋。
確かに、パジャマパーティという言葉から連想される、かわいいとかおしゃれ、みたいな言葉とは無縁だ。
むしろその反対側にあるといっていい。
「いやー、それはちょっとねえ。第一、そこまで言うならちょっと訊いておかないといけないことがある」
脚を組み直し、少し真面目な声音になるお姉さん。
「君が前言ってたみたいに、家や学校にいたくなくて、それでここに避難したいなら、答えはノー。そーゆーのはこれも前に言ったけど、カウンセラーとか役所みたいなしかるべきところで適切に対応されるべきだかんね」
家や学校にいたくない気持ち。それがないと言えば嘘になるが、今回の動機は違う。もっと違うことがしたいのだから。
「違います」
だからちゃんと、照れずに言ってやるんだ。
視線をお姉さんの方に向ける。
「わたしはお姉さんと一緒の時間をもっと楽しみたいから、どこかに行ったり、ここに泊まったりしたいんです」
これまで言ってきたことの再確認なのだが、改めて明言してやった。
お姉さんの真面目な表情が崩れる。早い。
「わーかった。だからあまりこっちを見つめないで。恥ずかしい」
わたしも恥ずかしいので、目を逸らす。何をやってるのだろう。
恥ずかしい。
でも、ちゃんと言っていかないと伝わらないから。
そもそも、ちゃんと言葉にしても、お姉さんに受け入れられるかはわからない。
それでも、わたしから挑まないとこの人は察してくれない気がする。
こういうのが惚れた弱みなんだろうか。この場合、友達に対してなのだが。
「そーゆーことなら、安心した。あたしも親御さんに挨拶してやろうじゃない」
やっとゴールに辿りつけた。ふと壁の時計を見ると、話を切り出してから十数分が過ぎていた。
結構長く感じたのは、緊張のせいだったのか。
「ありがとうございます」
頭を下げてみて、あらためて自分たちがベッドの上で膝を突き合せているシュールな状況だったことを認識する。
「とりあえずさー」
「はい」
「床、座ろっか」
「はい」
お姉さんも気づいたらしく、お互い苦笑いしてベッドから降りる。
ともあれ、七月も最後になってしまったが、これで懸案は片付いた。
「そーいや、遊びに行くあてだけど」
散々インドア派と言っていたが、何か思い出したりしたのだろうか。キーボードを叩き、起動しっぱなしのパソコンを操作し始めた。
「一応、あるにはあった。パソコン通信の友達に呼ばれてるのだから、ふたりきりってわけじゃないけど」
ふむふむと頷きながら続きを促す。
「八月の十八日から二十日まで」
三日間。しかしお盆休みではないので、家の予定と被ることはなさそうだ。
「ただなー、場所がなー」
「どこなんですか。山とか海とか」
お姉さんが渋るということは、キャンプか何かに誘われてるんだろうか。
「いや、東京」
さらりと言われたが、それは厳しい。ここからだとどうしても泊まりがけだ。
旅費を考えるとかなり厳しい。しかし、貯金を使えばあるいは。
だが、親の許可を取れるかが怪しい。
そんな皮算用をしている横で、お姉さんは画面を見ながら次の言葉を紡いでいく。
「いちおー彼女ん家に何人か泊められるスペースがあるらしいんで、宿代は心配しなくていいはず」
宿代がいらないなら、かなり安くつく。それなら何とかなるかもしれない。
「それで、東京で何かあるんですか」
「あー、そーね」
椅子を回してこちらを向くお姉さん。
「コミックマーケット。って知ってる? あるいはコミケットとかコミケとか」
聞いたことがあるような、ないような。語感としては漫画の市場。
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