ホビーショップというものへ
そして、日曜日がやってきた。
普段着のブラウスにジーンズをはき、デイパックの中には文庫本。この前デートとやらに連れ出されたときは読まなかったし、今日もそうかもしれないけれど、一応。
いつも学校に行くよりは遅い時間帯なので、余裕である。
電車で数分。学校の最寄り駅に着く。そういえば、この前の話で聞いたお姉さんの家は、わたしの学校からあまり遠くないところだった。
彼女が待ち合わせにこの駅を使うのも納得でき、わたしに気を遣っているわけではないとわかったので気が楽だ。
そんな自意識が過ぎたことを考えつつ、今日はわたしが先に来たので、ぼんやりと壁際で人波を眺めながら人を待つ。
「やー」
十分くらいでお姉さんもやって来る。いつも通り気の抜けたふにゃっとした声で、着古したTシャツにカーディガンを羽織り、年季の入ったジーンズ。
そして、煙草の香り。
「待たせちゃった? 悪いねえ」
「十分くらいですよ」
「そっかー、じゃ行こっか」
今日のはなくなるかもしれないからとか何とか続けながら、お姉さんは改札を離れて駅ビルから出ると、勝手知ったるといった感じで駅前通りを進む。
彼女は重心が安定しないような動き方をしているのに、不思議と歩みに速さがある。最初は戸惑っていたが、最近は割と慣れてきた。
「ついて来れてる?」
「あ、はい」
お姉さんのほうも連れと一緒に歩くことを気にするようになったのか、最近はたまに後ろを振り向き確認してくる。
手を繋ぐのはやめてほしいと言ったらこうなったので、意外と合わせてくれる人なんだと少し驚いた。
そのときに恥ずかしいんだなどと囁いてきたので、わたしは少し根に持っているが。
お姉さんは一見忘れてそうだけれど、約二ヶ月のつきあいから考えると、この人は割と鋭いし、いろいろ覚えている。だから、あまり藪はつつかないことにした。
恥ずかしいのはわたしだからだ。
そんなことを考えながらも、あの角を曲がり、この路地を入っていく。
そして今日も、以前とは違う雑居ビルの三階へやって来た。
このお姉さんが行く先はだいたいコンピュータかゲーム関係のショップだ。この辺にはそこそこ固まっているらしい。だから今日もそんなところだろう。
階段を上ったところにあったガラス扉の向こうにはいくつかの人影がある。
いつもふたりで行く店は閑散としているところが多いのだが、今日は違うみたいだ。
「先客来てるかー。まだあるかな」
「今日は何の店なんですか」
お姉さんはいつもわたしに何も言わず、自分だけでさっと用事を済ませてしまう。だから、今日は訊くことにしてみた。
「んー、おもちゃ屋?」
そう言いながらお姉さんが開けた扉の向こうに並んでいたのは、銃。と、箱、箱、そしてまた箱。といった感じの光景だった。かなり刺激的。いや、強烈だ。
「おもちゃですか」
「そー、おもちゃ。あれはエアガン。本物じゃないから」
わたしがちょっと固まってしまったので、お姉さんがフォローする。本物だったら大問題である。
ぱっと見た感じ、所狭しと箱が積まれ、その間に人が分け入っているという感じだ。
お姉さんは時々別の通路に入ったりして人を避けつつ進む。箱は書かれていることを拾い読むに、模型らしい。そして、それを前に物色している人たち
奥にはカウンタとレジがあり、初老といっていい白髪の男の人が座っていた。その奥にも棚と箱がひしめいている。
お姉さんが軽く会釈したので、わたしもぺこりと頭を下げる。
このお姉さんは妙に礼儀正しい。個人経営のような店へよく行くからかもしれないが、そんなことはないファストフードでも挨拶をするので、性分かもしれない。
お姉さんはそのままふたりほど話し込んでいる先客がいたカウンタ前のワゴンへ。ここでもお互い知り合いなのか、ども、などと言い合って会釈しあっている。
先にいた人たちが横へずれると、わたしにもそこが見えた。エアガンでもプラモでもなく、煙草くらいの大きさをした箱と、ビニールか何かのパックが並んでいる。
『お一人様二つずつまで』の注意書きつきで。
お姉さんはそこからいくつか取ると、レジへ。五千円くらい払っていた。
中学生にとっては結構な額だが、大学生にとってはどうなんだろう。
お姉さんは飾り気のない白いビニール袋に入った商品を受け取ると、それを見ていたわたしに顎と目線で合図を送る。
もう出る。ということだ。
お姉さんはこれから行く店が何なのか、何を買ったか、それが何をするためのものなのかをあまり語らない。
わたしが訊ねると、パソコンで遊ぶゲームだよ、みたいに曖昧な答えを返すが、わたしもあまり食いついていかないので、だいたいそこで話は途切れる。
お姉さん曰く、食いついてきたときだけ語ればいい。ということだが。
じゃあ、なんでお姉さんはわたしと一緒に買い物をするのだろう。
ビルの階段を下りながらそんなことを考える。
わたしと逢うための口実にしては本当に必要そうな、真剣な顔で買い物をしている。
だいいち、コンピュータショップやゲームショップなど、あまり女の子受けしない店ばかりだ。
失礼だが、友達は少なそうだ。
性格にはかなり難、もとい癖がある。
うえに、趣味が趣味だから学校のような閉じた環境では大変だろう。
わたしのように無難なひとりとして埋没するか、あるいは孤独なひとりになるか。
正直いって、埋没しているお姉さんは想像しがたい。わたしに接してくれるときのように、飄々とした存在でいてほしいと願うのは、惚れた欲目なんだろうか。
あるいは、これで割と奥手で、わたしを趣味の世界に誘っているつもりなのか。
そんなことを考えながら、お姉さんの髪に隠れたうなじを追って外へ出る。
「お疲れ。それじゃどっか行こっか」
ん、と伸びをしながらお姉さんがこちらを向く。
「つっても、今月は金欠だから、どこでも、とは言えないけど。座れるとこ行こ」
ビニール袋をちょっと差し上げてそう続けると、あの曖昧な笑みを見せる。大学生でも、一度に五千円は辛いのだろう。少なくともこの人にとっては。
「そういえば、わたしを連れてきたのはたくさん買うためなんですか」
お金のことをほのめかされたため、『お一人様二つずつまで』の張り紙を思い出し、質問する。意外とフェアな人なんだなと感心したのだ。
「いやー、そこまで意地汚くはないよ。君やらないでしょ、これ」
うりゃ。と言ってビニール袋をわたしの鼻先まで近づける。その隙間から、楕円に英語のロゴマークが入っているパッケージが見える。何なんだろう。
「英語、ですね」
「うん。まだ日本語で出てないからね。でも、これはくるよ」
「何なんですか、これ」
「ゲームだよー」
お姉さんが珍しく、笑ったことがわかるくらいにんまりと笑う。こうなったときは、かなり乗ってきているときだ。
「パソコンのですか。それともゲーム機の」
ゲーム。といわれたらそれくらいしか思い浮かばなかったが、目の前にあるこれはそのどちらとも異なっているように見える。
だが、空振りとはわかっていても、応えないと答えはない。
「どっちでもないんだな、これが。」
そう言ったまでは、お姉さんもそこで曖昧な顔を固めてしまった。
「どうしたんですか」
「いや。よく考えたらこれをなんと言っていいかわからなくてねー」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます