日曜の昼下がり、喫茶店で

 腕時計を見ると、一時を回っていた。ただ、日曜のこの時間帯に空いてる店が見つかるかどうか心配だ。

 わたしたちは駅前に戻るルートを取り始める。来た時にも増してだんだん人が多くなってくる。

 手を繋いでいるお陰ではぐれる心配はないが、冗談半分で言った言葉通りにエスコートしてくれるなんて、この人は割と律儀なのかもしれない。


「あちゃー、満員だわ」


 この前来たハンバーガーショップの前で立ち尽くす。店の中には空席待ちをしている人もいるくらいだ。


「どーする、待つ?」

「別のところにしましょうか」

「だね」


 待ってまで座るところじゃないという認識は共通していたようで、そのまま駅前の広場を一周するが、なかなか席が開いている店は見つからない。


「あ、そーだ。空いてるかもしれない店あるけど、行っていい?」

「いいですよ」


 商店街の外れにあったパソコンの店へ行く道を戻り、別の道へ入ると、しばらく行ったところにレンガ造りで蔦を這わせた建物があった。


「空いてるかなー」


 わたしの手を引いたままお姉さんがドアを開け、階段を下りる。

 半地下の空間らしいそこにやってくると、そこはタバコの匂いがうっすらと漂い、薄暗い中に地上からの光が洩れてくる空間だった。

 かなり雰囲気がいい。


「何名様ですか」

「ふたり」

「あちらへどうぞ」


 ウェイトレスさんが手で指した先には、ふたり掛けの席がいくつか空いていたので、そこに座る。


「空いててよかった。っていうかこんないい雰囲気の店だったんだ。あ、吸っていい?」


 灰皿を見つけたお姉さんが、タバコの仕草をする。

 というか、知ってる店じゃなかったのか。


「いいですよ。知らない店だったんですか」

「知ってたよー。外からしか見たことなかったけど」


 そういうのは普通知らないという。


「色々連れ回したし迷惑もかけたんで、好きなの頼んでいいよん」


 そう言いながらお姉さんはわたしにメニューをすすめ、自分の分も開くけど、そこで笑顔が固まった。


「はは、まあ、千、五百円くらいまででかなー」


 そう言い足された。メニューを開くと納得。雰囲気に違わず、かなりお高い。普通の店より一回りか二回りくらい。


 言われないでも遠慮する。結局わたしはミックスジュース、お姉さんはブレンドコーヒーとエビフライサンドを頼み、サンドイッチをふたりで分けることにした。


「そういえば、何でわたしを連れ回したのに、買い物の内容については何も言わなかったんですか」


 ちょっと気になったので訊いてみる。他の友達がわたしを買い物に誘う時は、だいたいその商品のどこがいいのかを詳しく解説してくる。


「あー、うーん。なんつーの? わかる奴だけわかればいいっていうのとは違うけど、趣味は人に言うようなもんじゃないだろうしさー」


 なんとなく歯切れが悪いが、わかることはわかる。わたしも何かのよさを語る人達のテンションには、時々ついていけなくなることがある。


「だからさ。っと、美味いねこれ」


 サンドイッチの中のエビフライは、レタスと接している面はソースと絡んでしっとりしているが、もう片方の面はさくさくした感じを残している。

 そのギャップが口の中で混じり合う。お姉さんはそれを、この前ほどではないが砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーで流し込み、続ける。


「趣味なんてさりげなく見せて、それに食いついたときだけ語ればいいわけよ」


 確かにそういうべたべたしない関係はいい。だけど。


「そんなだからわたしたち、お互い何も知らないじゃないですか」

「えー、そーいう話? ただの一般論じゃんよー」


 灰皿にタバコの灰を落としながら、お姉さんは口を尖らせる。


「そういう話です。それに、わたしはお姉さんのこと気になりますから」

「気になるってもなー。あたし、そんなに隠すようなことないし」

「隠すも何も、まず全然知らないんです。そんな状態で」


 さすがに言いよどみ、ジュースを飲みながらごまかして続ける。甘酸っぱい。


「デートとか、おかしいじゃないですか」


 多分わたしの顔は真っ赤になってるだろう。お姉さんはいつもは細めの目を開き、きょとんとしている。


「お姉さんにとっては冗談かもしれなかったけど」


 テーブルの下でぎゅっと手を握る。言わせてやらない。


「わたし、額面通りに受け取っちゃいますよ」


 言ってやった。

 周りで食事の音や、話している声もあるのだが、そういうのは聞こえない。

 沈黙が痛い。


「こんな奴のどこがいいんだって話だけど」


 聞こえた。お姉さんの声だ。


「それじゃ、これからよろしく。何でも訊いてよ」


 にい。と密やかな笑顔がわたしの目の前にあった。


「もちろんです」


 目が潤むが、精一杯笑ってやる。

 これから喉が渇きそうだから、ジュースでは誤魔化さない。

 質問責めにしてやる。どこに住んでて、何が好きで、何をやっているのか。

 そうすれば、家に帰らないといけない時間までは退屈しないだろう。


「じゃあ、まずは」

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