ハンバーガーショップにて
「ハンバーガーでいいですか。あそこなら駐輪場も喫煙席もありますから」
「そのチョイスが若い子って感じだねえ。あたしだと焼き鳥とかになっちゃうから」
「中学生が入るのはまずくないですか」
「まあねー、大人になればわかるさ。なんつって」
そんな話をしながらお姉さんは錆びた鍵を自転車にねじ込み、ふたり連れ立ってハンバーガーショップへ入る。
駅まで流れてきた下校途中や仕事帰りの人たちで結構混雑しているけど、喫煙席ならまだ割と余裕がある。
わたしはアップルパイと氷抜きのコーラ、お姉さんはハンバーガーのセットを頼んで、コーヒーに入れる砂糖とミルクをごっそり貰っていた。
席を確保したお姉さんは、その砂糖とミルクを一気にコーヒーの中へ入れる。
「入れすぎじゃないですか」
「普段は缶コーヒーだからさ、甘さに慣れきっちゃってて」
「砂糖水ですよね、それ」
「んだけど、タバコに合うんだなー」
灰皿を引き寄せ、咥えたタバコに火をつけ、煙を吐き出す。両親ともに吸わないので、その光景がなんだか珍しい。
「なんだよー、ジロジロ見ちゃって。あ、ポテト勝手に食べていいから。中坊が夜そんだけなのはよくないよ」
周りに煙をまとわせながら凄く甘そうなコーヒーを一口。そして二人用テーブルの向かいに座ったわたしの方へポテトの容器を向けてくる。
「あ。ありがとうございます」
アップルパイをかじりながら、ぺこり。頭を下げる。
正直なところ、中学生のお小遣いで週に何回かファストフードへ通うのは割ときつい。
友達と話すための場所代と割り切って二百円くらい出しているけど、お腹を膨らませるところじゃない。
そんな訳で、この申し出は嬉しいものだった。
「たまに食べる分にはこのジャンクさがいいんだなー。ペラいパティとか」
ハンバーガーを食べながら、褒めてるのか貶してるのかわからないことを言っている。
わからないことはない。
こういう店なりの味があり、そういうのもたまにはほしくなる。というのは自然なことだと感じる。
タバコも吸いコーヒーも飲みながらのお姉さんより早くわたしはアップルパイを食べ終わり、ポテトを何本か摘まませてもらうとバッグから教科書とノートを出す。
帰宅前にテスト勉強を少しは進めておきたい。
「中学はそろそろ中間か。懐かしー」
カウンタまでコーヒーのおかわりを取りに行っていたお姉さんが戻ってきて、また大量の砂糖とミルクを投入しながらわたしの様子を見る。
「はい。ここなら勉強もできますから」
「うるさくて集中できなくない?」
「家でやるよりは気が楽です」
言って気づく。ちょっと素を出してしまったかもしれない。
「そっか」
だが、お姉さんはコーヒーだったものをかき混ぜるのに夢中なのか、眠そうな瞳でそう気の抜けた返事をするだけだった。
試験勉強といってもうちの学校は必死になる生徒はそこまで多くない。中高一貫だからよっぽど悪くない限りは次に進める。赤点を取らなければいいという意識の子が多いので、公立校や進学校のような臨戦態勢になる校風ではなく、のんびりしている。
高校になると大学受験もあり、そうでもなくなるらしいけれど。
温存しておいたコーラでたまに喉を潤しながら、教科書とワークブックの練習問題を進める。
「そこミスってる。χはマイナス」
「あ、ほんとだ」
書いた途端、指摘が入る。よく見たら確かにその通りだった。
「これでも大学生だかんねー」
あの不可解な笑顔で自慢げに顔を上げられた。斜め上に向かってタバコを吹かしながらだったのに、こっちまで観察されていたのには驚く。そんな目で見ていたのに気づいたのか、更に言葉を重ねてくる。
「観察力はある方だって言われてんの。それを有効に使えてる気はしないけど」
「使えてますよ」
少し緊張したのでコーラを口に含む。
「だけど観察したところで意味かわかるかどうかは別問題だし」
お姉さんは新しいタバコに火を点ける。
「わかっちゃっても、どうにもなんないことってあるわけだしさー」
大きいため息と一緒に、煙を吐き出す。
「難しそうですね」
わたしにはよくわからない。だけど返事をしないわけにはいけない気がするので、中身のない返事をするしかない。
「そうでもないよ。あんたみたいな面白い人がよく見つかるんだわ。だから、面白い」
面に薄く出てきた彼女の笑みを見て、わたしの感情は反転する。観察でもしてるつもりなのだろうか、だとしたら悪趣味。
「趣味悪いです」
「ごめん、語弊があった。そんな人たちと、そうだねー、話したりするのが面白い」
そんなことを言われると、気になってしまう。
「わたしは、面白いんですか」
そう問いかけると、お姉さんはタバコを灰皿に置き、眉根に皺を作った。
「わかんない。一見ふつーに見えるんだけど、壊れ物みたいな感じもするし。作為のある普通?」
ぎくりとした。確かにわたしは自分が普通であろうと努力している。
緊張したわたしをよそに、お姉さんは言葉を続けた。
「ただ、あんな場末のゲーセンにひとりで入ってテトリスやるなんて時点で、割と面白いよ」
お姉さんがくいっと背中の向こうへ指を指した先には、窓の向こう、煌々と明かりがついた駅前のゲームセンターがある。
こっちには友達と連れ立って何度か入り、クレーンゲームやメダルゲームをしたこともある。
「ふつーの中坊はだいたいあっちだもん」
そんなものなんだろうか。わたしは誘われないとああいうところに行かないので、店ごとに客層があるというのも今日まで知らなかった。
「それなら、わたしからもいいですか」
言われっぱなしの中でちょっと思いついた、反撃。
「お姉さんだって、あんな場末のゲーセンで遊んで、わたしみたいな中学生に声かけてる時点で変な人ですよ。初対面なのに食事にまで付き合って」
彼女の頬が一瞬膨らみ、ぷっと吹きだす。その童顔も合わさって、一瞬同年代みたいに感じてしまう。
「そりゃそーか。それじゃ、お互い変な子ってことか」
言ってはみたけど何か釈然としない。変な子はこの人だけ、わたしは普通のはずなのに。
「わたしは普通です」
「そっかなー。割と無理してる気はするけど。ま、初対面の変な子に言われる道理もないよね」
言ってお姉さんは最後に残っていたポテトを食べきると、またコーヒーのおかわりを貰いに行った。もちろん、大量の砂糖とミルクも一緒に。
その間に、わたしは教科書やノートを片付ける。時刻はそろそろ八時になろうとしている。長居しすぎたかもしれない。
「ん、そろそろ帰る? そんじゃこれは帰りながら飲むか」
わたしの片付けを見ながら砂糖とミルクをかき混ぜてそう言ってくれているけれど、本当は帰りたくなんかない。
何も問題はないはずなのに、心が拒絶する。
ただ、あの家以外、わたしに帰る場所はないのも事実。
わたしの動きがちょっと止まってしまった隙に、お姉さんはテーブルの上に置いていたペンケースから勝手にボールペンを取り出し、書きづらさそうに紙ナプキンに数字の列を書いていった。
「あのさー」
わたしのペンケースにボールペンを戻し、ナプキンを差し出してくる。受け取ってはみたが、これは何なのか。
「あたしも大学生だし、付き合いでポケベルとか持たされてるの。で、これベル番」
お姉さんの顔が微妙に上気してるように見えるのは気のせいではなさそう。さっき吹き出したときといい、感情を表に出すと、この人は幼く見える。ちょっとかわいい。
「遊びたいときには、適当に連絡くれていいから」
悪い人ではなさそうだけど、やっぱりちょっと変な人だとは確信できた。
「あ、ありがとうございます」
かといって、わたしもどう反応していいのやら。一応受け取り、バッグにしまう。
そんな妙なやりとりをして、店を出た。まだ少し冷たい夜風の中、お姉さんはまた強引に自転車の鍵を外した。
「飲まなきゃ乗れないか。仕方ない」
彼女は結局残ったコーヒーを店先で一気飲みして、ゴミ箱へ。
「もう夜だし気をつけて帰んなよ。んじゃーね」
どんな挨拶をすればいいのか迷ってるうちに、さっさとママチャリに乗って行ってしまった。
わたしも駅に向かう。幸い五分と待たず電車は来て、十分もかからずに自宅の最寄り駅に到着する。
午後からさっきまでの出来事が嘘だったかのように、いつも通りの風景が広がっている。
ただ、いつもと少し違うのは、わたしの制服に残るタバコの残り香。わたしとあのよくわからないお姉さんが数時間を過ごした証拠。
親には喫煙席しか空いてなくてそこでテスト勉強をしていたと言えばいい。嘘ではないのだし。
だけど匂いは消臭剤と夜風で消されることになってしまいそうで、それが少し残念。
顔に袖口を近づけ、そっと嗅ぐ。次に会うことがあれば、またこの香りに染められるのだろうか。
そんなことを考えながら、あまり帰りたくない家路を辿る。
帰ったらナプキンに書かれた番号を手帳に写さないと。そう考えながら。
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