ゲーセンからの帰り道

「すみません。次やりますか」


 待たせてたのかもしれない。


「いやー、いいよ。最初はあんなだったのに、二度目であれだけ適応するのやるじゃん。ってこと」


 天井に向かって煙を吐きながら、気のない声がふわりと抜けていく。


「それにさ、あたしはあれだから」


 笑ってるのだろうか、口の端をちょっと上げて指差したゲームの画面では、まねき猫を背景に武士らしきキャラが斬り合っている。格闘ゲームだろうか。いぶかしんでる間に彼女はタバコを灰皿で揉み消し、こちらへ向かってくる。


「だけど中坊がテトリスなんて渋いね。今の子は大体格ゲーなんだけどなー」


 椅子に座ってるわたしに目線を合わせると、にいと悪戯っぽく笑う。さっきのあれも笑いだったことが、これで理解できた。


「これしか知りませんから」

「そんな子がこんな店に来るのかー。それならここもしばらく安泰かもね。んじゃ」


 変な人はそのままさっき指差していたゲームに向かうと、コインを入れた。しばらくすると画面の中では小坊主のようなキャラが低い声で戦い始めた。そういう格闘ゲームなんだろう。

 わたしもまだ小銭があるのでテトリスを再開する。今度は積み方を考えていく余裕もできてきて、さっきよりは粘れた。組み立て方は同じだから、操作に慣れればまだいける気はする。

 ブロックで埋まった画面を見ているわたしに、また背後から声がかかる。


「君、中学生でしょ。五時も過ぎたし悪いけどそろそろ帰ってくれないかな」


 漫画雑誌片手に店長らしき人が声をかけてきた。小太りだけど意外と声が高い、学校の社会科教師に似た声質。


「条例だと六時だけど、学校から色々言われてるわけ。まあそういうことだから」


 そう言われたならしょうがない。口答えをする理由なんてないし、バッグを持って立ち上がろうとする。


「あー、待っておっちゃん。その子あたしの連れ。後輩」


 さっきの女の人が瞳を画面に釘付けにしたままゲームを器用に操作しながら、声だけを店長にかける。


「んだから、あたしが終わるまでちょっと待たせてて。もーちょい」


 反論する暇もなく、わたしはあの人の連れということにされてしまった。おじさんはわたしとその人を交互に見て、口をへの字に曲げてカウンタへ戻っていった。


「遅くなるなよ」


 事実、それから五分もしないでゲームは終わった。謎の女の人はわたしの方を向いて片手を上げる。


「行こっか」

「あ、はい」


 流されっぱなしで危険な気もする。ナンパの手口もこういうのなのかもしれない。そんなことを考えながら、わたしたちはゲームセンターから出た。


「ちょっと待ってて、チャリの鍵開ける」


 太陽はまだ高いので面倒ではないはずなのに、黒いママチャリに屈みこんだ人影の

ところで何度か金属音が鳴る。それが続き、じゃりっという音がして鍵が飛び出る。というよりお姉さんが引っこ抜いた。多分、中で錆びてる。


「ちっくしょー。もう限界近いかな」


 言いながら自転車を引いてわたしの方へやってくる。


「寮生じゃないでしょ。そろそろ暗くなるし駅まで送るわ」


 確かに。寮生は門限が厳しいし、校外での遊びについては色々口うるさく言われるとは聞いている。だけど。


「何でわかるんですか」

「あたしがあんたの先輩ってのは本当だから」


 嘘じゃなかったらしい。お姉さんは自転車に乗らず転がしながら、勝手に話してくる。


「通学生はだいたいあの商店街使わないし、寮生はゲーセン来ないし。珍しかったのよあんた。で、何かの理由で駅まで歩いていく途中だったのかなってね」


 そんな名推理を披露しながらジーンズのポケットから無造作にタバコを取り出すと、一本取り出して咥える。


「ごめ。これないと落ち着かないからさ」


 頷く。歩きタバコなら注意するかもしれないけど、ただ咥えてるだけなら害もない。

 からからと自転車の車輪が回る音に合わせ、わたしたちは歩く。

 だらだら歩きながらも商店街を抜け、学生街と駅前繁華街の緩衝地帯になっているオフィスビルが立ち並ぶ地区へ入ってきていた。

 会社帰りの人たちがそこそこいるが、人通りは少ない。ひとりだと不安になってたかもしれないので、お姉さんについて来てもらったのは正解だった。


「あの」


 わたしは、意を決した。タバコを咥えたお姉さんの顔がこちらへ向く。


「ん?」

「何でわたしに声かけたんですか。それに、連れとか言い出して」

「あー」


 お姉さんは器用に口の右側でタバコを咥えっぱなしにして藍色になりつつある空を仰ぐ。


「渋くて面白いから。てのは冗談にしても、なんかね。ごめん、うまく言えない」

「なんですかそれ」


 わたし自身にも意外なことに、抗議するような声音。


「それだ、それ。今その声で安心したんだけど、ゲーセン入ってきたときのあんたには虚無感があった」


 そうなんだろうか。わたし自身にはまったく自覚がない。それに。


「それを言うなら、お姉さんだって。なんか気力が抜けてて、希薄っていうか」


 口を尖らせる。他人に向かって辛辣なことを言ったのはいつぶりだろうか。だが、彼女は口の端であの笑みを浮かべる。


「はは、言うじゃない、いい顔してる。あ、ちょっと待った」


 オフィス街のバス停にある灰皿の前で立ち止まると、お姉さんはタバコが入っていたのと反対側のポケットからライターを出し、一服始めた。


「まあさー、初対面の変なねーちゃんに言えとは言わないけど。スクールカウンセラー制度も始まったらしいし」


 この人に冗談でも自覚めいたものがあったのにはちょっと驚く。だけど、それは。


「言えない悩みもあるんです。だいたいうちの学校、まだそういう制度入ってませんから」


 わたしがそう言い放つと、無言で息を吸ってタバコを燃やし尽くすと灰皿に捨て、地面に向かって煙を吐く。それが終わったところで、相変わらず気の抜けた声。


「なんかごめん。詮索しすぎた」

「行きましょう」


 返事はせず、先を促す。わたしだって言いすぎた。

 お互い無言で歩いていくと、程なく群青の空を照らす駅前の賑やかな明かりが見えてきた。駅前広場の大きな時計を確認すると、まだ六時になるかならないか。電車に乗れば家まで三十分もかからず着いてしまうので、まだ少しは時間を潰したい。


 それに、わたしの中に割って入ってきたおかしな同行者にも興味がある。家族でも、学校の人たちでもない、異なる世界の人。


「あの」

「ん? どうしたのさ」

「親の帰りが遅くてご飯ないから軽く食べていくんですけど、一緒にどうですか」


 軽い嘘をつくのは日常茶飯事の癖に、妙に緊張する。


「ははあ。さてはあたしをナンパする気かなー?」


 顔に出ていたのか声の調子が変だったのか、お姉さんはママチャリのハンドルに手をかけたままややうつむき加減になってしまったわたしの顔を覗き上げてくる。


「そんなんじゃ、ないです」


 余計恥ずかしくなって、なんとかそれだけ口に出す。家族や学校の先生、友達でここまでわたしのペースを崩してくる相手はいない。お互い間合いをはかっている。この人には、多分そういうのがない。


「ん、いいよ。どこ行く? できればチャリ止められてヤニ吸えるとこ」


 わたしがそんなことを考えてる間にもう興味はどこで何を食べるのかに移ったのか、その辺りの店を眺め回している。切り替えが速い。

 わたしが今まで出逢ったことのない距離の取り方をする人なのかもしれない。そういう意味でも、観察したい気になってくる。

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