第6話:神庭紀一郎の秘密
彼はいま、ショッピングモール内に併設された喫茶店「風と月」でバイトをしていた。彼は放課後、一旦家に帰ると前髪を上げてセットし直す。飲食店での勤務なので清潔感は大事だ。
彼がこの店でバイトを始めてから1年ちょっと。バイトで1年も働けば「バイトリーダー」のようになってしまう。
「神庭さん! 夕方のラッシュはじまりました」
「よし来た!」
この店では、喫茶店と言いながら、パンの販売が中心だ。イートインコーナーとしてカフェが併設されている。事前に夕方のラッシュに合わせて「夕方ランチ」のセットと各種スパゲティの材料の補充は神庭の指示で完了していた。
バイトも洗い場に1人、レジに1人、注文・調理に2人確保していて、この店の大きさならば十分に耐えられる体制を整えていた。
「
「はい!」
この店は、業種的に女の子率が高くて、人間関係が微妙なバランスで成り立っていた。別に人間関係が悪いという訳ではない。女子が多いと女子だけの世界と価値が生まれてくるのだ。これは男には分からない世界。
誰のいうことは素直に聞けるけど、誰の言うことは絶対に言われた通りにしたくない、そんな見えないカースト制度が出来上がる。
誰とは仲が良くて、それでも指示は受けない。
その複雑極まりない人間関係を何とかするのが神庭だ。彼は容姿の良さから全ての女子に悪い印象を持たれていなかった。清潔感もそれを助けていた。さらに、店で一番働いていたので、彼を悪くいう物はいなかった。
その上、一番長い期間 働いているので彼よりも店のことを知っている者は誰もいなかった。
地元のチェーン店なので、店長は雇われ店長。レストラン部門から来た店長などは、カフェ部門の勝手がわからず、神庭をはじめとしたバイトの期間が長い者から仕事を習うほどだ。
神庭もバイト期間が長いので混雑が過ぎるとどうなってしまうか知っていたので、仕事中でも柔軟に人的レイアウトを変え、弱いところに人員を注力していた。
その間も自分はレジを打ちつつ、ドリンクの準備をして、先ほど姪浜さんが抜けた洗い場に少しの間だけ入り、皿やコーヒーカップを下洗いしたら食洗器に叩き込み、またレジに戻ってくるという曲芸まがいな働き方をしていた。
***
午後8時を過ぎ客足が落ち着いてきた。バイトも1人帰り、3人体制になった。店長は既に帰宅している。レジ締めや閉店作業もバイトの仕事となっていた。
この日は、一つだけいつもと違うことが起きた。客だと思っていた3人組の一人の女性が名刺を出してきたのだ。
「あのー、私たち地元のテレビ局の者なのですが……」
「あ、はい……」
恐らく店の取材だろう。ショッピングモール内でもこの店は売り上げが良い方だから、たまに取材が来るのだ。
「地元の人気店を取材しているのですが……」
やっぱりそうだ。どうしよう。店長はもう上がったし、一応携帯の番号は聞いているので、連絡して取材許可を口頭でもらうか?
「その店のイケメン店員さんにお話を聞くという企画でして」
うちの店にイケメンがいただろうか? 夕方のバイトで男は俺だけだし、店長は女だし、昼担当か! 昼担当の室見さんは物腰が柔らかいけど、実はゲイなんだよなぁ。この間、本人が明かしてくれたし……
「えっと……」
「お仕事が終わってからで構いませんので、1時間くらいインタビューさせていただけないかと……」
「え? 俺ですか?」
「はい、他に男性の方はおられないと聞いてます」
「あ、はい……店長にOKか確認してみます」
「よろしくお願いします」
あれ? 何か変なことになってる? バイトの他の女の子二人は目をキラキラさせながらその話を聞いていた。
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