第4話:身から出た錆

 昨日、俺が机を蹴飛ばして早退した後、教室内ではちょっとしたトラブルがったらしい。


 教室に来ると、遥の右頬にシップの様なものが貼られている。何があったのか。


 昨日の鈴木を再度とっ捕まえて、屋上前の踊り場まで連れて行き、昨日俺が帰った後の事情を聞き出した。


 俺が鈴木をボコっていない事実が、クラスのグループチャットに流れてしまってから「俺は実はいいヤツ」みたいな噂が流れ始めてしまった。


 それを見た須河内すがうち陣内じんない安彦あびこのクラス内のイキったヤツらが「神庭かんばは勢いだけのヘタレ」と騒ぎ出したらしい。


 クラスの男子何人かを脅したり、叩いたり始めたらしい。……小学生か。そして、遥はそれを止めに入ったらしく、3人のうちの誰かの肘が当たってしまい頬が腫れたのだそうだ。


 俺は黙って教室に戻った。まだ朝のホームルームも始まっていない時間。歯を食いしばりすぎて顎が痛いくらいだ。


 俺が席につくと見計らったかのように須河内、陣内、安彦の三人が俺の席に寄ってきた。



「なあ、ホントはいい子ちゃんのヘタレくんなんだろ? 残念だったなバレちゃってぇーーー!」



 安彦が俺に肩をがっしり組んで言った。なぜ、舌が出ている。犬か、こいつは。



「ちょっと、お勉強に行こうかぁー!」


「いっしょにおいでー!」



 須河内、陣内も一緒になって俺の背中を掴んで連れて行こうとする。



「ちょっと!」



 遥がこちらを振り向き止めにかかった。


 俺は遥の目を見て、一瞬だけ首を横に振った。頭のいい遥だからこれで彼女は止まった。



「あーん? 井口ちゃーん? 一緒に遊びたいのー?」


「また肘が当たっちゃうかもー!」


「井口ちゃん美人だから、俺 一回遊びたいと思ってたんだー!」



 陣内が遥の腕を掴んだ時には、もう我慢できなかった。


 俺は陣内の手首を握り締めていた。健のうまいところを握ると、人の握力はかなり下がる。遥でも陣内を振り払えるほどには俺が強く握りしめた。



「いだだだだだだ! 離せ!」



 離してやるもんか! 何ならこの腕 握り折ってやろうか!



「おい! 離せって言ってるだろ!」



 安彦が俺に殴りかかろうとする。どうやら、こいつらはそんなにケンカ慣れてしていないらしい。こいつが殴りかかってきたポイントは顔だ。素人が殴りかかってくる時はだいたい顔を狙ってくるからだ。


 狙ってくる先が分かれば避けるのは簡単だ。時速150kmの球を見ても縫い目が見える俺の動体視力はそこそこ健在らしい。


 安彦のパンチを避けて、ヤツの脇の下にパンチを1発お見舞いした。



「ぐあっ!」



 安彦が痛がって身体を捩った。その隙に陣内の足を払って転ばせた。傍観していた須河内の首を握り適度に力を入れたところで止めた。



「まだ続けるか?」


「いっ、いや! ご、ごめん!」



 俺の握力を体験させれば「こいつは俺よりも強い」と本能が感じる。本能的に勝てないと思った相手にはどうやっても勝てない。心の奥底で既に負けを認めているのだから。


 俺はまだ須河内の首を離していない。



「誰だ?」


「ん?」


「誰がやった?」


「な、なに……」


「誰が遥を殴った⁉」


「!」



 安彦が怯えた目で後ずさりした。どうやら、こいつらしい。


 ドンッとへその当たりを突き上げるように殴り上げた。



「がっ、がはっ!」



 安彦がその場にうずくまる。



「紀一郎!」



 遥が俺を制した。俺は遥が殴られた意趣返しをしたかったのか? その場合、俺は遥の関係者ってことになる。俺のテリトリー内に遥がいるってことになる。違う、俺は既に遥を失っているのだ。


 安彦の手を引いて起こしてやると、無言のまま怯えていた。結果的に俺はいじめっ子として残留できたようだ。

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