第2話:遥は頭が良すぎる

 神庭かんば 紀一郎きいちろう、これが俺の名前。


 俺の名前を下の名前で呼んだ遥は、許嫁いいなずけということになっている。いまどき、許嫁もあったもんじゃない。うちは一般家庭で俺は金持ちのボンボンではない。


 許嫁と言っても親同士が仲が良いので、将来子供たちを結婚させよう的に冗談で言った程度のもの。ところが、俺が解消を申し出ても却下されてしまった。たぶん、遥が言えば了承されるはず。


 そんな事を考えているうちに、またさっきの屋上前の踊り場に来てしまった。別に俺はここが好きという訳じゃない。


 踊り場まで来たら、先に歩いていた遥がくるりとこちらを向き、ほぼ無表情で聞いた。



「なんで? なぜ?」



 とにかく遥は頭がいい。他人の思考が読めるというか、時々心が読めるのではないかと本気で思うことがある程だ。


 こいつが「なんで?」と聞いたということは、俺のさっきの行動は全てバレていると考えてまず間違いないだろう。


 鈴木を呼びだして、ボコられた偽装をして戻したこと。ただ、この場合「どうして?」と聞くはずだ。しかし、遥は「なんで?」と聞いた。つまり、この事は既にお見通し。


 田中にいじめをやめさせた理由を聞きたいのだろう。



「クラスにいじめっ子は俺一人で十分だ」


「だから、それはなんでって聞いてるんだけど?」



 ああ、もう一歩先でした。それに関しては複雑な事情が絡まり合っている。初めから話し始めたら、2年前のことから話さないといけないのか? いや、最初からとなると10年以上前のことから話さないといけなくなる。


 めんどくさい。そんな時にはいいフレーズがあるのだ。



「お前には関係ないだろ」


「ずっと思ってたけど、紀一郎は私のために嫌われてるでしょ? それはなぜ?」



「なぜ?」の方はそっちでしたかー。一言だけ聞いて、ここまで予想できる人がいたら見てみたい! 遥はとても美人で髪もきれいなのだけど、頭が良すぎて周囲からは少し浮いていた。美人なのに表情があまりなく、そこもちょっともったいないところ。


 昔はよく笑っていたのに、高校になってすぐに笑わなくなってしまった。まあ、彼女の笑顔を奪ったのが、他ならぬ俺なのだけど。



「お前には関係ない」


「関係ある」


「許嫁だって言うなら、早く両親に行って解消してもらえ」



 俺はそれだけ言うと、教室に先に戻ることにした。足音から察するに遥も後からついてきている。これ以上、会話を続けても彼女の欲しい情報は出てこないと踏んだのだろう。


 実に頭がいい。たしかに、俺はそれについて話すつもりはない。それは、俺のためであり、彼女のためなのだ。


 教室に戻り、ドアをガラガラと開けると、教室ではひそひそと話をしているヤツが多かった。あからさまに俺の方をチラチラ見ている。気分が良くないな。なにがあると言うのか。



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