15 どうやら弱者を痛めつけるのは楽しいらしい
前書き
腕ニー回
本文
長い道のりだ。果たしてこんなに遠かっただろうか。
こんな感覚に陥るのは、やはりワープの使いすぎだからだろう。一瞬で目的地に辿り着くというのは達成感こそないが、学校へ行く為に達成感は必要ない。こんな無駄な時間を省く為にこそ、予言者は知恵を与えたのだ。
しかし、だ。便利ではあるが、生憎とこの時代遅れの星では微塵も普及していない。目にするのはせいぜいアニメや漫画といった作り物・・・ぐらいだ。
こんな公の場で使えば、ネットにでも晒されるだろう。一般人とはなんでもかんでも撮影したがるものだ。そうなれば、テレビや新聞といったうざいマスコミやら、地球にいるかもしれない謎の組織やら、予言者やらが飛んでくるだろう。予言者以外殺すのは容易いが、まだ多少なりとも良心を持ち合わせているつもりだ。いや、嘘だ。予言者が何者か分からないからリスクを冒したくないだけで、別に人のプライバシーを侵害してくる輩やからの命なんてしったこっちゃない。ま、吸収をするのも記憶が流れ込んできて嫌という理由もある。自分とは違う方向性の屑の考え方など知りたくもない。
「おや、元気そうだね。見つかってよかったよ」
近所のおばさんだ。
「元気?何を言うかと思えば、つまりない冗談だなんて、くだらないな。まったくもって笑えない。ハッハッハッ」
「笑ってるじゃないか。本当に元気がないんだね」
もしも元気なら、下手くそなスキップとオンチな鼻歌でルンルン気分を満喫しながら、刑務所みたいな学校へと登校しただろう。
だが、俺はあの日から頗るすこぶる気分が悪い。心にポッカリと穴が空いたあと、べちゃべちゃの泥で無理やり塞がれた感じだ。
「じゃ、学校だから」
「ああ·····うん」
なんて声を掛ければいいのか、あるいは余計な事をしない方がいいのか。選ばれたのは後者だった。
心の籠っていない応援や励ましは、反論されてお互いの心が怪我をするだけだからだ。このおばさんは余計な事を言うことが多く、好感度が低いがそのぶん経験もある。その経験が珍しく役に立ったようだ。
暫く道を進み、学校へと来てしまった。
まずやる事といったら、玄関で上履きを履き替える事だ。運動部のせいで、充満した汗臭い中を、呼吸を止めながらなるだけ早く履き替える。
そして、階段を上がり、自分の教室へと入っていく。久しぶりのクラスメートだが、これといって感動みたいなものが込み上げてくるなんて事は一切ない。一瞥し、あるいはされて終わりだ。会話なんて耳鳴りのするうるさいものはない。
孤高、そして孤独。それがボッチに与えられし二つ名だ。二つ名なんてのは中二くさいし、ダサいと言う者もいるが、突き詰めればなんでもギャグになる。そのうちピエロにジョブチェンジするだろう。別にピエロになりたいわけではないが、それが摂理というものだ。
流れるように、机の中から図書室で借りてきたライトノベルを取り出す。昨今の図書室には少ないながらも、ライトノベルやら漫画やらといった崇高な書物が置かれている。ちょっと昔の作品なんかは本屋に売ってない場合もあり手が出しにくいものだが、学校の図書室のおかげで知ることができた。図書室の存在は偉大だ。これは自慢なのだが、一年生の時は一日一冊を目標に読み、一年で最も多く読んだので図書カードを貰えた。この図書カードで新たに本を買う。良い循環だ。この制度は俺の為にあると言っても過言ではない。
さて、このライトノベルは既に読み終わっているし、絵やあとがきもしっかりと拝見させていただいたが、本というものは何度も繰り返し読む事で新しい発見があるものだ。今の俺と過去の俺は確実に価値観が変わっている。だからこそ、主人公の気持ちが理解できたり、できなくなったりするものだ。
パラッ
ページを捲めくる音が聞こえる。何でもかんでも電子版になってしまう世の中だが、この音は電子版では聞けない。いつか紙は廃れてしまうのだろうか。少しセンチな気分だ。
5ページほど読んだところで、独特なチャイムが学校中に響き、先生が教室に入ってくる。
その後は朝の会と呼ばれるものが始まる。皆が立たされ朝の挨拶をし、健康観察をし、朝の連絡を先生がする。
だが、これで終わりではない。
「乾布摩擦!」
先生が声高々にそう言うと、同級生達は上半身に身に付けている衣類を全て脱いだ。男子も、そして女子もだ。
まさしく男女平等の理念に基づいた悪しき虐待行為だ。
一枚のタオルを両手で持ち、背中に当て
「イッチ! ニ! イッチ! ニ!」
「「「イッチ! ニ! イッチ! ニ!」」」
掛け声に合わせて強く擦り付ける。
そこには思春期の男女のあられもない姿があった。
自律神経鍛錬、体力向上、風邪予防、免疫力を上げる、などとメリットいったメリットは確かにある。確かにあるが、これはやりすぎだ。
「乾布摩擦終わり!」
先生がそう言うと、皆はホッとし、そそくさと服を着替えた。
最後は礼をして終わりだ。
「起立! 礼! 着席!」
授業の準備をし始めたところで、先生に呼ばれた。つまり俺の読書タイムは意図も容易く奪われてしまったということだ。これが教師が持つ絶大な力なのか。読み終わっていなかったら発狂していたぐらいには酷い事をする。
「何ですか」
仕方なく俺は先生のところに向かった。
先生にはどこにいたのか、とか、怪我はないのか、とか色々聞かれた。宇宙人の話をしても信じてもらえないだろうし、力を見せるのもリスクが大きいので、覚えていませんと分かりませんの二つで対応した。
学校が終わったら警察に行くが、またこんな質問をされると思うと憂鬱だ。非常に面倒臭い。
だいたいの質問が終わったところで、俺は席に戻された。
その後は一時間目だ。二週間ほど居なかったので、授業の内容が全然分からないかと思ったが、そんな事はなかった。やはりコピーにクラスメートのノートを盗撮させたのは素晴らしい判断だった。すらすらと頭の中に授業内容が入ってくる。これはインセクタと融合している影響だろうか。凄く便利だ。
独特なチャイムが鳴り、一時間目は終わりを迎える。
「ふぁ~あ」
久しぶりの授業で疲れたのか、欠伸が出てしまった。
腕を上に伸ばし、肩をコキコキと鳴らす。
こうして考えると、人の身体というのは非常に不便だ。かといって、ボロが出る可能性が高いので、中身だけ別物にするという事もできない。困ったものだ。
机の中にあるノートと教科書を机の上に出し、元々あったノートと教科書をしまう。鉛筆と消しゴムはそのままだ。
簡単な動作だ。何の面白みもない。
身体に染み付いてしまった、本を取る動作を行い、6ページ目に目を通す。両肘を机に乗せて、両手で本を持っている状態だ。
そこに忍び寄る不穏な男が一人。
その同級生は、背後から近寄り、まるでそれが当然であるかのように俺の消しゴムを手に取って立ち去ろうとした。
立派な犯罪行為だ。人というものは、殺人さえしなければ何をやっても許されるという考え方をしている人が多いが、俺は違う。俺に危害を加えるような人間は、この世にいちゃあいけないんだ。
俺は、俺の消しゴムを握っているその左手を、がしりと右手で掴んだ。
「うっわ!何コイツ気持ち悪ぃ!触るなよ気持ち悪ぃ!さっさと手を離せ!」
全くもって、矛盾を抱えた頭のパッパラパーな奴だ。俺含めて人間というのはこんなのしかいない。何で学校とかいう変な場所に戻ってきてしまったのだろうか?自分の行動は完全に間違っていた。
「気持ち悪い奴の物に手で触れるんじゃねぇよクソマゾ野郎!本当に気持ち悪いのはどっちだ!ゴミが!ゴミにゴム手袋も着けず触れちまったじゃねえか!ふざけんなよゴミ野郎!さっさと俺の消しゴムを返せ!」
何もせず暇している左手で開けようとするが、力を込めているせいで一向に開く気配がない。
ああ、もう本当に面倒臭いな。何でこんな波長の違う屑がたくさんいるんだろ。力、使っちゃおうかな。宇宙人のせいで手に入れてしまった能力で、細胞一つ残さず身体を消し去ってやりたいな。
「手に汗が付いちゃうだろうが!さっさと手を離せ!」
この悪党が、抵抗してきやがった。俺は利き手じゃないから相手の方が有利だ。
くっそ。何もしてない俺に危害を加えてくる宇宙人みたいな奴め。宇宙人は支配されている理由があるが、こいつはただ単純に反応を楽しんでいるだけだ。ちょうど赤い宇宙船に乗る宇宙人と同じ、根っからの犯罪者だ。
「そんなに嫌なら、もっとべちゃべちゃにしてやろうか!天の邪鬼のツンデレ野郎!いい加減に俺の消しゴムを返せ!」
「うわっ。汗を付けるな!本当に気持ち悪ぃ!」
「気持ち悪い奴に自分から関わりに行くマゾが!ドMが!二度と俺に関わるんじゃねぇ!あと、さっさと俺の消しゴムを返せ!それはゴミ箱に入れる物じゃないんだよ!まだ使う予定がぎっしりと詰まっているんだ!」
仕方がないので、左手で右手の人差し指を掴み、本来曲がるべきではない方向に力を加える。
「あたたたた。······やりすぎだ!骨折してるんですけど!どうすつもりだ!慰謝料払え!」
「マゾはこのくらいやらないと満足しないだろうが!それに骨折してないだろ!嘘ばかり言ってるお前の言葉には信憑性の欠片もないんだよ!日頃の行いのせいだなぁ!オオカミ少年!」
更に力を加えてやる。
「痛い痛い痛い。やりすぎなんだよ本当に!やっていい事と悪い事があるだろ!」
「お前が持つ節穴の眼球と歪んだ脳ミソじゃあ、その違いを知る事なんてできないだろうがよぉ!でなきゃ俺の消しゴムを強奪するなんていう悪行を積み重ねるはずがない!」
「本当に痛い!マジで痛い!暴力に訴えて人から物を奪うのがいいと本気で思っているのか!暴力反対!暴力では何も解決しない!」
「こっそり奪うのがスマートでカッコうぃと思っているなら、それこそが大いなる勘違いだぜ!だいたいにして、その消しゴムは俺の物だろうが!俺の消しゴムとお前の指の価値なんて比べるまでもない!もう少しで使い終わりそうな小っさい俺の消しゴムの方が、どう考えても上に決まっているなぁ!暴力はお前のような生まれついての害悪を処分する為に存在しているんだよ!」
「指を折る方が悪に決まっている!さては馬鹿だな?気持ち悪ぃ」
「そうだとも!俺も所詮は受動的な邪悪だ!俺に危害を与えた奴を痛ぶる事に愉悦と快楽を感じる変態だ!俺もお前も、その本質は変わらない!能動的な事と受動的な事、どっちの方がより悪いか、ディベートでも繰り広げてみるか!」
「痛い!痛い!痛い!本当に折れるって。ごめん!ごめん!ごめん!」
痛みのあまり人の話を聞いていなかったようだ。いい加減に俺の消しゴムを返せよ。
「お前が俺の物を盗むのも、これで3回目だよなぁ!反省のない謝罪を繰り返して、どうせお前はまた盗むだろうが!こんな指!もぎとってしまった方が俺にとっての利点が大きいだろ!いらないだろ、こんな······俺に迷惑しかかけない指なんてよぉ!」
「何言ってんだ!この異常者が!そんな事していいわけがないって分からないのか!」
「まるで自分は異常者じゃない、みたいな言い方をするのは止めて頂こうか!ここには頭のおかしい人間しかいないんだよ!もっと自分の行動を振り返ってみろ!消しゴムを盗む事だってやっちゃいけない事なんだよ!この、クソ犯罪者が!」
「指を折る方が犯罪だ。何言ってんだ気持ち悪ぃな。理論が破綻しているんだよ!気持ち悪ぃ」
「ここは、隠蔽大好き学校!110に電話して、法律の番人が現れる事は決してない!実際にこなかったのはお前も覚えているだろ!つまり、ここは法律の適用されない無法地帯だ!」
「なら、尚更俺は犯罪者じゃないようだな!さては馬鹿だな?」
「ああ全くもって俺は馬鹿だな!指摘してくれてありがとう!自分の過ちに気付く事ができたよ!良かったな!人の役に立てて嬉しいだろ!」
人じゃないけど。
「お詫びと言っては何だが、この指を折ってやるよぉー!」
「どこがお詫びだ!バッカじゃねぇーの!?あー!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!」
「馬鹿の消しゴムを盗んだらどうなるか、その身をもって黄金体験させてやる!なかなか味わえない珍しい体験だな!謹んでお受けしろ!」
「謹んでお断りするわ!ちょっ!痛い!痛い!痛い!痛い!」
「断るなんて、なんてもったいない事をするんだ!」
「逆に、同じ事を言われたら受けるのか!?」
「受けないが······?」
「何がもったいないだ!本当に、気持ち悪ぃな!」
「気持ち悪い奴に自分から関わりに行くお前の方がよっぽど気持ち悪いわ!よぉーく自分の行動を一からゼロまで振り返ってみたらどうなんだ!クソマゾ野郎が!」
言っている事もだんだんと繰り返されていく。
まるで埒が明かない。
妥協点を探り、解決策を模索するのが会話だが、そんな簡単に上手くいくはずもなく。
「気持ち悪い」を連呼するゴミが、何を思って俺の消しゴムを奪ったのかは定かではないが、反省する気は全くないようだ。
話し合えば解り合える、というのが理想とまでは言わずとも、誰とでもは無理だ。何故なら、人間は自己中心的に物事を考える奴が多いからだ。
さて、人の皮を被った化物である俺も、自分の思い通りになるよう行動しようではないか。
「もう、いいや。疲れた」
俺もきっと、どこかで解り合えるという馬鹿な期待をしていた。だが、それは完全に間違っていた。
いや、別に期待なんてしてないな。前からわかってた事だし。
きっと謎パワーに頼らず解決したかったんだ。無理だったが。
「疲れたって何だ·········えっ?」
切られた断面から、血が滴したたり落ちていた。
代わりに、俺の右手には、指先から筋関節までの部位が握られている。
「あっあっ、腕が······何で、どうして······」
痛みに耐えきれないのか蹲り、左腕の切断面からこれ以上出血しないように、右手で必死に押さえている。
何が起こったのかも分からず、ただただ困惑していた。呼吸も荒くなり、動揺も激しい。
異変に気付いたのか、周囲にいるクラスメート達もざわつき始めた。
「よくよく考えてみたら、今まで折ろうとしていたのは逆の指だったよな!いやはや、いやはや、申し訳ない!」
そう言って、ぺこりと、大袈裟に、正体不明の化物は頭を下げた。
「な、何を言ってるんだ?まるで腕を切った犯人みたいな言い方をして、·········この異常者が」
考えて、考えて、考えて、その結論に辿り着いてしまったようだ。残念な事に鈍感ではないらしい。ま、俺が腕を握っているんだから当然か。
「まさか、俺が腕を切ったとでも?相変わらずクソつまらない冗談しか言えない口を持っているな!そんな口、いらないんじゃないか?」
腕を押さえていたのに、慌てて口を覆った。これから口が失くなってしまうとでも思ったのだろう。そんな柔らかい手では何も守る事ができないというのに、無駄な行動をするものだ。
「ほら!」
右手を上げて、
「エクスカリバー!!!」
勢いよく振り下ろす。
ゴミは、恐怖で目を瞑った。何も見たくないようだ。
その身体は小刻みに震えている。生まれたての小鹿よりも、ブルブルと震えている。
数秒後。
自分の身から血飛沫が上がっていない事に疑問を持ったのか、ゆっくり、ゆっくりと、その重たい瞼を開けた。
「だから言っただろ?俺がやったわけじゃないって」
ニヤニヤと、笑っている。
偶然にも強大な力を持ってしまった弱者が、悪意の塊である人間と関わってしまったら、こうなるのは必然だ。ここには予言者や、予言者から知識を教えてもらった者はいない。
悪い癖が、でてしまっている。調子に乗り、傲り高ぶるという振る舞いで、何度も失敗してしまっているのに、気持ち良さを優先させてしまっている。
『何やってるんだよ!時間をかけるなよ!その行動のせいで悪い方向に転がる事だってあるんだぞ!』
それを制したのは、唯一無二の相棒だった。
ハッと、我にかえる。反省したつもりで、できていなかったようだ。何度も何度も同じ過ちを繰り返してしまう。本当に悪い癖だ。
すまなかった、相棒!
『気にしてくれよ、本当に』
己を律する存在がいるのは、非常に有り難いことだ。
「いやいや、ごめんごめん。嘘吐いた。腕切ったのは俺。さっきまでのは、いわゆる冗談というやつだ。俺の気持ちは分かったか?つまらなかっただろ?」
「······やりすぎだ。蓮君はおふざけも分からないのか。それに、腕を持ってるんだから、犯人はすぐ分かる。で、どうやって切ったんだ?」
「普通に、めっちゃ早く腕を振っただけだよ。こんな風に」
血で濡れた眼球を、左手の人差し指と中指で器用に持っている。
「あっ、あっあ。うぅ~」
後悔でもしているのだろう。どうやったのかなんて、下らない事を聞いたから、目玉が丸々一つ無くなってしまったのだ。
「目が見えなくても、俺の物を盗む事はできないな!なんて素晴らしい発想なんだ!要因は一つ一つ潰していくに限る」
「待って!待ってください!お願いします!」
頭を地面につけている。これが日本に古来より伝わる土下座というやつだ。アニメや漫画、ラノベにゲーム。その光景はあまりにも見慣れてしまって、真新しさの欠片もない。反省の気持ちも全くない。その場しのぎのつまらない行動だ。
「お前さぁ、俺が盗むのは止めろって言っても、何度も何度も何度も、繰り返してきたじゃないか。知ってるか?俺は仏じゃないんだ。一回目で許さない。お前の結末は、既に決まっている」
俺の身体からボールが産み出される。
それの形は決まっておらず、宙に浮いていて不気味な雰囲気さえ醸し出している。
ざわざわ
野次馬と化していた名前も知らないクラスメート達の恐怖もピークに達したのだろう。逃げ出す者も現れた。
ドンドン
扉の叩く音が響く。うるさいはずの教室の中で。それほどまでに強く叩いたのだ。
「な、何これ!?」
逃げる事などかなわない。何故なら、俺が教室の中を覆ったからだ。ビームを反射する特徴を持つ、その強固な物質で。
「嫌だあああぁぁぁあああーーーここから出してぇええええーーー」
扉があった場所を叩きながら、そんな声が聞こえてきた。
しかし、声が外に届く事は決してない。俺が宇宙人に誘拐された時、音が光線の外に伝わらない技術が使われていた。今、それを使っている。空気の振動は強固な物質にも伝わらず、光線に波が触れた時点で消える。
「ば、化物め」
さっきまで土下座をしていたというのに、よくもまあ悪口が止まらないものだ。
その行動には、原子くらいの大きさの敬意を払わねばなるまい。
「化物の爪を一枚一枚剥いだ結果が今のお前だ。ちょっとした快楽を得る為に、下らない冗談を繰り返すべきじゃなかったな。俺は化物だが、こうなった全ての原因はお前にある」
その頭に指を指し、
「反省する事を脳ミソに覚えさせていないお前に、こんな事を言っても無駄なのは分かってはいるが、自分の行動をよく振り返ってみろ。お前が楽しんでいる時、相手は楽しんでいたか?」
パチンと弾く。
その言葉を最後にして、能動的な害悪との会話は終わった。
俺はボールに命令を与える。たった一つのシンプルな命令だ。それは、この悪に入る事だ。
ボールは頭目掛けて飛び掛かる。
「うわぁあああぁぁぁあああーーーなんだよ!なんだよこれぇええええーーー」
まるで液体のようにどろどろになりながら、その頭に引っ付いている。口から、鼻から、目から、そして皮膚から、じわじわとその身体を侵食していく。
文字通り必死になると思ったのだろう。必死な顔して、切られていない手と、切られた腕を使って掻き分けようとしている。
だが、それは逆効果だ。今さら手が抜けなくなり、手の皮膚からも侵入していっている事に気づいたようだ。今度は抜こうとしているが、力が足りない。むしろグニュグニュと引きずり込まれている。
「気持ち悪い」
誰かが呟いた。
俺とゴミ以外の生徒は壁の方にいる。避難している、という言葉が適切だろうか。
顔を背けて目を瞑る者、口に手を当てて呆然と眺める者、
口を開けたまま愕然としている者、友達同士で抱き合って震えている者、頭を隠して蹲っている者、必死に出ようとする者、スマホで撮影する者、多種多様な人がいる。面白いなぁ。
「ンーっ!」
言葉にならない声が聞こえてくるが、何も伝わらない。元より言葉が分かったところで、こいつが何を言っているかなんて理解できないし、こいつだって俺が何を言っているか理解できない。
話し合えば理解できる、なんていう言葉があるが、全員では決してない。ごくごく限られた一部の人だけだ。
もう、声も聞こえなくなってきた。意識もボンヤリとしてきているようだ。
ピクピクッ
魚に電気を流したように痙攣している。そろそろ終わる頃合いだ。
そして、ゴミは完全に支配された。身体も心も俺の思いのまま。
奴隷、家畜、玩具······いや、このゴミはこてこての漢字を使ってやるほど賢くない。おもちゃ、これが適切で相応しい。他人に害をなして楽しむこいつにはピッタリだ。遊ばれて、壊されて、捨てられる。まさしくゴミ。
「これが、フェーズ3 融合形態」
自分で使うのは初めてだ。上手くできているか不安だ。
よし、ここは安定の命令をするとしよう。
「三べん回ってワンと鳴け」
ゴミは二つの足でくるくると三回転し、
「ワンッ!」
とりあえず、簡単な命令には逆らわないか。
今度は裸にでもさせてみるか。いや、そんなものを見ても無駄なだけだ。まさしく損な物だ。
『つまらなっ』
駄洒落は地球外生命体には受けないっと。ま、これは面白くなかったから仕方ない。いつかギャフンと言わせてみせよう。
『ギャフンッ!』
さて、
フェーズ3の実験が上手くいって、相棒もご機嫌なご様子。さて、そろそろ終わりにするか。
「切られた左腕の断面に、右手の人差し指を突っ込め」
淡々と、残酷な命令を下した。
痛みも感情も残っているゴミは、嫌そうに歯を食い縛っている。
「っ!身体が勝手に!」
抵抗しようとして身体が震えているが、ゆっくりと指は確実に動いている。
そして、断面に触れた。
「痛っ」
性根がゴミなだけの中学生に痛みを堪えられるはずもなく······。
無慈悲なほどに、指は勝手に進んでいき、
ミチミチッ
骨を避けて、吸い込まれるように肉を掻き分けていく。
「ウグッ!クッ!うっ!」
痛みを堪えようとしているが、溢れる血がその無駄な行動を嘲笑い、更に苦痛を与えていく。
堪えようとしているが、堪えられず、目からは涙が止まらない。
「助けてぇええええーーーヴェぇええええーーーん嫌だあああぁぁぁあああーーー」
子供みたいに、というのは子供に失礼か。ただひたすらにみっともなく泣いていた。
しかし、そんな彼を助けようと手を伸ばす者はいない。壁の方には結構な人数がいるのに、だ。
きっと俺のようにボッチか、表面上だけの付き合いしかしてこなかったのだろう。真の友情を持っていなかったのだ。それも当然か。だってゴミなんだから。
「くっ······くくく」
ああ、そうか。そういう事だったんだ。
自然と口から笑いがこ込み上げてきた。
「はははははは!」
このゴミが人の物を盗む理由が、やっと分かった。
それは、楽しいからだ!
「はっはっはっはっはっはっ!」
現に、ほら!
俺に危害を与える人間に、苦痛で返すのがこの上なく楽しい!
俺達は形は違えど悪である事に代わりはない。だから、理解だけはできるんだ。この、自分よりも弱い奴を痛ぶる心地好い快感が!
「お前、こんな気持ちで俺の物を盗んでいたのか!今度は俺のターンだな!」
そう。まさしく、ずっとずっと俺のターン!
二度と盤面は覆らない。救済は死のみ。予言者の言う通り、ここは地獄だ。皆が皆、苦しむ為に生を謳歌している。
「今はこのくらいで良いか。止めて良いよ」
そして、血塗られた指は抜かれた。
「······やりすぎだ」
小さな声で呟いていた。独り言だろうが、反応してやる。
「だって、悪を持って悪を叩きのめすのは楽しいんだもん。いや、むしろ正義だな。自分が正しいと信じた者の暴力は止まる事を知らない。ま、それ以前に、やりすぎも何もやっちゃいけない事なんだけどな。少しならやっていいと勘違いしているから、やり返されるんだよ」
今度は······この切った腕を使うか。
「動くな」
そう命令し、あの薬を注射する。俺も射たれた事のある、強制的に勃起させる薬だ。
俺は切った腕の断面に小さな穴を開けて差し出す。
「これを使って、マスターベーションをしろ」
「·········はい」
オカズもなく、その行為は始まった。
ヌチュッ!グチュッグチュッ
静まり返った教室の中で、嫌に規則的なメロディーが5分間流れる。
そして、最後フィナーレだ。
ドピュッ!ビュルッビュルッ
肉体的な苦痛と精神的な苦痛が男を襲った。トラウマ不可避。二度と忘れる事のできない貴重な体験になってしまった。
さてと、これでゴミの処理は終わりだ。
俺は人がたむろしている方を見る。
「ひぃっ」
何人かが反応した。どれも怖がる目か、変な物を見る目をしている。
「さてと、次はこっちか。結構多いな」
「待てよ蓮君」
「ん?」
おっとぉ?こいつは友達同士で石を投げ合う危険な遊びをしていた男だ。俺にも石がぶつかったから、石で殴ってやったんだった。
「君は、やられたらやり返す精神のはずだ。俺に恨みがあるのかも知れないが、もう十分やり返しただろ?止めて······ください」
俺の事をよく理解しているようだ。なんだか怖いな。
「だから、俺も心苦しいんだ」
ゴミならどれほど傷付けても楽しいが、壁にへばりついている奴らは完全に無罪。俺に危害を加える不届きな人間もいるが、既にやり返し終わっている。これ以上やるのはさすがに間違いだ。俺に対して何もしていない人間に危害を加えるのは、あのゴミと同じだ。そこまでの悪には落ちぶれたくない。
かといって、コイツらを放っておくわけにもいかない。俺が正体不明の化物という認識を与えてしまったし、実際に腕がなくなった生徒だっている。それに、ここにいるのは拡散大好き中学生だ。黙っていろ殺すぞ、の脅し文句が通用するとは思えない。
問題はもう一つある。教室の外で壁に疑問を持った人間が複数いるのだ。
さすがに俺個人のこだわりやプライドなんかを優先する事はできない。言われた通り、やりすぎてしまったようだ。
ならば、どうするか?答えはいたってシンプルだ。学校中、そして学校外の目撃者全てを支配し、記憶を奪えばいい。ゴミを除いて、いつも通りの日常を送る事ができる。ハッピーエンドってやつだ。
「フェーズ2移行」
教室を囲っていた壁は崩壊していき、代わりに無数のボールが出現する。
「うわぁあああぁぁぁあああーーー!!!」
「ひぃいいいいぃぃぃいいいーーー!!!」
「ぎぁああああぁぁぁあああーーー!!!」
「助けてぇええええーーー!!!」
ゴミがどうなったかを知っているからだろう。逃げ場のないクラスメート達は大声で叫んだ。
阿鼻絶叫。この言葉が状況を説明するのに相応しいだろう。
しかし、その声も聞こえなくなる。ボールが口から侵入していき、何も喋る事のできないまま支配された。
ゴミを完全に支配できたので、また確認する必要はない。
教室の外にいる人達は壁が消えてもスマホで撮影しているだけだった。ボールが近付いても呑気に撮影しているだけだ。悲鳴も上げず、一人目はあっさり支配できた。
何人か支配したあたりでようやく逃げ出したが、もう遅い。そもそも人程度の速さで逃げられるはずもなく、生徒も先生も融合された。
悲鳴を聞いて違和感を覚えた近隣住民もいたが、簡単に支配できた。お年寄りが多いので、動きも反応も鈍い。それでもスマホで撮影する馬鹿よりはましか。
ともあれ、これで見た者全員を支配でき、記憶の改変ができる。
悲鳴なんて無かった。
変な浮いている物体なんて無かった。
謎の空間なんて無かった。
元々腕と目は無かった。
授業が遅れたのは先生が遅れたせいだ。
俺に都合の良い世界の完成だ。覚えているのは俺とゴミだけ。
「はぁ~い席に着いてぇ~!遅れてごめんねぇ~」
クラスメート達はぞろぞろと動き出す。
「何だよ·········みんな、何で平然としてるんだよ······あんな事があった後なのに······」
何事も無かったかのように、二時間目の授業が始まっていた。
俺は赤い液体で目と腕の傷をふさいでやり、耳元で呟く。
「恐怖で眠れない夜を過ごすといい」
ビクッ
ゴミは大きく震えた。
ニコッ
最高の笑顔を見せてから、俺は消しゴムを持って自分の席に着いた。
後書き
蓮という人間の性格が少しでも理解していただけたでしょうか
基本的に短気です
あと、助けてもらうとコロッと懐きます
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