16 者語0

前書き

者語シリーズはテンションを上げる為の話なので、本編とはできるだけ関わらないようにします

(あくまでできるだけです)


本文

 授業も終わり、放課後。

 家に帰る時間帯だ。


 ゴミは震えていたが、誰かに喋らないよう命令してあるので、体調が悪いのかと疑われても、大丈夫ですとしか答えなかった。



 予言者が訪れていても、その知識が広まらなければボール程度の支配ですら抗う事はできない。今回はまだなんとかなったが、いつかは知識が広まるので、あまり迂闊な行動をするべきではない。死ぬ以外で解除する方法はないが、融合されているかどうかを知るのは簡単だ。もっと慎重に行動しよう。


 さて、そんな反省をしたところで、俺がこれから向かうのは警察署だ。捜索願を出していたので、事情を説明せねばならない。

 あまりにも面倒臭い。




 そんなつまらない時はどうするか?




 中二病ならば、カッコうぃポーズを取るのが当然の流れだ!


『カッコうぃ·····?』


 カッコいいかは兎も角として、ポーズを決める。


 片足立ちになり、右足で全体重を支え、左足を折り曲げる。両手を120度の角度で開き、手も下方向へ折り曲げる。最後に、顔だけはいかにも真剣そうにキリッとさせて完成だ。

 これが世に言う荒ぶる鷹のポーズ。獲物を捕らえたら逃がさないような捕食者としての尊厳と、重々しくて立派な雰囲気を醸し出している。

 これは歌舞伎で言うところの三枚目にピッタリだ。見事な表紙で見る者全てを爆笑の嵐に包み込んでくれるだろう。




「ぷっ」




 名前も知らない赤の他人である通行人が、荒ぶる鷹のポーズを見て笑った。やはり、世間一般でこのポーズはカッコうぃものではないらしい。


 窓の向こうには、一人の警察官が俺の方を指差して、何人かの警察官がその方向に目を向けた。


 さて、荒ぶる鷹のポーズを警察署前でやるとどうなるか?

 その問いには、警察官がやってくるという、ごくごく当たり前なアンサーが返ってくる。


「君、中学生かな?こんな所にいないで、早く家に帰った方が良いよ」




 意外、だった。

 というのも、俺は警察に対して悪いイメージしか持っていない。何故なら、110に電話をしてもイタズラ電話などと言われて、助けてくれないからだ。税金泥棒、この言葉がお似合いの組織だと思っていた。

 だが、その認識は改めなければならない。通信指令室のオペレーターがクソなだけで、警察官は何も悪くないらしい。それどころか、変なポーズをしている人に優しく声をかける事ができるのだ。何が悪くて何が良いのか、その区別は大切なのだと思い知らされてしまった。


「いえ、すいません」


 今まで偏見を持っていた反省の意味も込めて、俺は敬語を使う事にした。


「捜索願を出していたんですが、無事に戻れたので······」

「ああ、なるほど ふぅ」


 何か、溜め息を吐いている。疲れているのだろうか?


『変なポーズしてたせいだよ』


 なるほど。じゃあ仕方ない。


「では、付いてきてくれるかな?」

「はい」


 


 案内された部屋は、ドラマで見るような取調室ではない。校長室のような、長い机と椅子がある部屋だ。俺は犯罪者ではないので、この部屋になるのも当然だ。


『······?』


 なんやねん。


『いやぁ~、別にぃ~』


 あそこは学校という名の無法地帯なんだから、何したって良いんだよ。


『ハイハイ、分かりましたよ』


 こんな小さな事で突っかかってくるとは······。

 さて、気持ちを切り替えてっと。


 警察の人が座ったので、俺も反対側に座った。


「まずは、名前から」

「サ······藤 蓮です」


 危ない危ない。


『やい中二病』


 ほいほ~い中二病だよ~ん。


『気を付けろ~ん』


 分かったよ~ん。




「佐藤蓮さんですね?」

「はい」


 俺は背筋を伸ばす。


 それから、住所やら年齢やら職業やらと、細かい質問を受けた。中にはよくわからない質問もあった。


「朝食は何を食べましたか?」

「朝食?えっと···米です。あと味噌汁も飲みました」

「そうですか」


 何かの紙にメモをしている。


「どうして、朝食なんて聞くんですか?」

「ちゃんと食事ができているのかと思って······」


 少し裏がありそうな気もするが、ただの親切な気もする。人と会話するのは本当に大変だ。何を考えているのかが、まるでわからない。

 ともかく、わからないという程の質問ではなかったようだ。


「それで······」


 さあ、ここからが山場だ。何と答えるべきか、上手く伝える事も出来なさそうだが、その場その場で誤魔化しながらやるしかない。


「誘拐された状況を教えてほしいんだけど、何か犯人の特徴とかは分かるかな?」

「犯人の特徴ですか?目に白目の部分がなく、真っ黒で大きいですね。そして、腕や足といった四肢は細いです。どうして立っていられるのか不思議なくらいに。あと、一番印象に残っているのは、その大きな頭です。人間の数倍の長さはあると思います」


 警察官が、走るペンを止めた。


「ちょっと待って」


 右手も言葉に連動して、止まれのジェスチャーをしている。

 やはりと言うか、なんと言うか、理解できなかったのだろう。一般人が宇宙人と関わる事なんて、そうそうあるものではないのだから、仕方ない事ではあるのだが。


「何ですか?」


 さすがに能力は使いたくない。ボールくらいなら出してもいいが、他の能力を見せるのは危険だ。見せるのは支配すると決めた時だけだ。


「人間の数倍って·········人間じゃないのかい?」

「俗に言う、宇宙人ってやつですね。UFOに吸い込まれた時はどうなるかとヒヤヒヤしました」


 能力は見せないが、宇宙人の話はしてもいいだろう。どうせ信じないだろうし、何かで役に立つかもしれない。


「ハァッ······」


 信じていないようだ。信じても信じなくてもいいが、どうしようかな。適当な話をでっちあげるにしたって、それっぽい根拠を持たせなければならない。用意しようと思えば用意できるが、そんな事をしてまで警察官を騙しても、なぁーんの利益もありゃしない。


「一応、本当に念のために聞くけど、何か証拠はある?身体にチップが埋め込まれているとかは?」


 信じてはいないが、話は聞いてくれるようだ。変人呼ばわりしないので、この人は良い人なのだろう。色々と損をしていそうだ。

 しかし、残念な事に身体に埋め込まれたボールは破壊済みだ。それに、そもそも見せられるような代物でもない。


「いえ、そういうのはもうありません」

「もう?」

「壊してしまったので······何が起こるかわからないですからね」

「どうやって壊したんだい?皮膚の中には機械の破片が残っているのかな?」


 どうやってと言われても、身体の中にビーム撃ち込んだだけだからな。消えた部分を再生すれば元通りだ。

 上手く説明できるかな。話だけなら証拠もいらないし、適当にでっちあげていいかな。


「腕を切り落として、赤い液体をかけて腕を再生させたんです。切った腕は叩き潰したので完全に壊れたと思います」


 だいたい合ってるな。


『どこがだよ』


 壊したところと、再生させたところ。


『そうだね』


 納得してくれたようで、良かった良かった。 


「証拠は無いのか······嘘吐いてない?」

「まさか!そんな事をするはずがありません!」


 少しだけ嘘は含まれているが、大筋は間違っていない。


「う~ん。食事はどうしてたんだい?二週間もの間、何も食べていないという事はないだろう」


「宇宙人に誘拐されたあと、違う宇宙人が攻めてきてどこかの星に不時着したんです。その不時着した星で食糧を探して食べました。そのあとは、ワープして帰ってきました」


「ああ、うん。ワープね~」


 あれ?なんか真面目に聞いてないっぽいな。ま、普通の人は宇宙人の話なんか信じないよな。


「それで、お腹は壊さなかったかい?」

「壊しませんでした」

「病気は?」

「大丈夫です」


 この吸収能力があれば、病気なんかも飲み込んで丸ごとエネルギーにする事ができる。食べ過ぎればお腹も壊れる可能性はあるが、今のところは大丈夫そうだ。上限はまだ見えない。


 


           あ!


 


 そう言えば、ダレスはどうだろうか?お腹は壊すし病気にも罹る。ゲロだって吐く。最悪、ダレスと両親だけなら簡単に治せるが、病原体が日本中に広まったら大変だ。

 いや、この星には今現在、予言者がいる。予言者が頑張ってくれればなんとかなるだろう。未来が見えるのだから対処可能なはずだ。


「そのワープってのは今も繋がってたりする?」

「いえ、もう塞がってます」

「ま、そうだよね」


 空間の歪みを閉じないとサルバスが地球に来てしまう。本物の宇宙人は、地球人には刺激を強すぎる。恐怖で失神してもおかしなくないくらい、二足歩行のトカゲはインパクトがでかい。


「もしかして、真犯人を庇ってたりする?何か弱みを握られてるのかい?」


 そういう結論になってしまうのか。気持ちは分かるのだが、少し寂しく感じる。


「いえ、犯人は宇宙人です」


 言い切った。だって事実だから。


「ハァッ」


 溜め息を吐かれてしまった。


「もう帰って良いよ」

「これで、もう来なくても良いんですか?」

「それは、どうだろうね」

「わからないんですか?」

「犯人が宇宙人だなんて書くわけにもいかないからね」

「それなら来た方がいいってことじゃないですか」

「さあ、君が無事で犯人も知らない以上、君に訪ねても仕方のないことだ。それに、もう関係ないし」

「関係ない?」


 ハッと、何かしてしまったような顔をする。


「た、担当が変わるってことだよ。さっ、荷物を持って帰って帰って」


 急かされながら、俺は警察署を後にした。








   ▽






 夕方の薄暗くなる、昼と夜の移り変わる時刻。魔物やら厄災やらに遭ってしまう恐ろしい時分だ。

 ちょうどあの日もこんな空だった。俺はUFOというそれはそれは摩訶不思議な存在と遭ってしまったわけだが、果たして、次の犠牲者は誰なのやら。

 きっとこれは宿命的な出会いだったのだろう。これは、甘酸っぱい恋やら、競い高め合う宿敵やらではなく、悪魔と契約者による魂で結ばれた破滅の始まりだ。




「こんなところで何やってるんですか?」




 悪魔のような存在である俺は、見れば何をしようとしているのかをすぐに理解したにも関わらず、あえてその男に敬語で話しかけた。



 バッ


 音が出る程速く、その男は振り向いた。


「近づくなっ!」


 声を掛けただけで、移動なんかは一切していないが、黙ってその指示に従う。


「わかりました。俺は近付きません」

「俺は・・?他にもいるのかい?」

「いいえ。俺一人です」


 首と腕を振って大袈裟に否定する。

 そう、確かに俺一人だ。どこかに他の警察官が隠れているなんて事はない。


「もしも邪魔するなら······今すぐ」

「まさか!俺がわざわざこれから死のうとしている人の邪魔をするわけがないでしょう」

「じゃあ何しに来たんだ。そもそも、何で分かったんだい」


 何で気付かれたと聞かれて、全人類を監視しているから、と答えるわけにもいかない。

 とりあえずの言い訳を考えて、と。


「それっぽい言動で何となく分かったんです。俺は、あなたの話を聞きにきました」

「話?」

「ええ。これから自殺する人が、何を経験し、何を考えて死んでいくのか、単純に興味があります」




 ここは建物の屋上。そして、その男は柵を乗り越えて、向こう側で下を眺めている。人の通りが少なく、落ちれば確実に地面と接吻する事になるだろう。五階の高さからのキッスとは、なかなかに珍しい経験だ。まさしく、人生に一度の経験となる事間違いなしだ。




「······下らないとか言って馬鹿にしないんだね」

「自殺を否定できるほど素晴らしい世界ではないのでね。車の前に飛び込むとかだったら、さすがに止めましたよ。運転手が可哀想ですからね。でも、あなたが死んで困るのは全くの無関係な人でもないんでしょう?誰かが歩いているうちは落ちないでしょうし」

「はっ!誰も困らないさ。親が泣いてくれるかもしれないが、それだけだ。こんな職業だと、恋人なんかも作りにくいしね」


 いくら治安が良い国といっても、それは周りの国と比べただけだ。連続殺人事件だってごく稀に起こるし、無能だといって恨まれる事もある。そんな職業が警察だ。恋人なんてものになるのは、余程肝の据わった人だろう。探すのに苦労しそうだ。


「俺が泣きましょうか?少しですが会話したので、悲しくなるかもしれませんよ」

「いいよ別に。人が死ぬのは当たり前の事だ。泣かなくても良いよ。学生なんだから、勉強に集中した方が有意義に時間を使えるはずだ」

「そうですね」


 よくもまあ他人の勉強の心配なんてするものだ。


「さて、そろそろ話してくれも良いんじゃないですか?どうして魂と肉体を離そうとするのか、その理由を」

「独特な言い回しだね」

「話を逸らさないでください」


「ハァ~ア」


 深く、重い溜め息だ。

 何秒かの沈黙が場を静寂で包み、ようやく、その重たい口は開かれた。


 その男の言葉は、一つの視点から見たものに過ぎず、偏見にまみれている。それでも、俺は確信せざるを得なかった。

 正義なんてものが負けるという事を。

 何故アンパンのヒーローが登場する架空の物語が人気なのかを。

 勧善微悪や因果応報が当たり前ではないという真実を。

 嫌というほど突きつけられた。




「子供の頃、ヒーローに憧れていたんだ」




 俺が求めたから、その男は正義の仮面を脱ぎ捨てて、語ってくれている。


「その情熱が冷める事はなく、悪い奴をブッ飛ばしたいとか、困っている人を助けたいとか、いつまで経ってもそんな事ばかり考えていた。その為に体を鍛えたり、何かの役に立つかもと勉強を頑張った」


 努力してきたのか。もっと凄い人がいて挫折したのかな?


「身近には悪い人はいなかったけど、困っている人は意外といかたら、できるだけ助けてたんだ」


 俺の身の周りには、俺含めていっぱいいるのに、環境に恵まれるなんて運が良い人だ。


「困っている人がいたら助けるなんて、凄いですね。俺には真似できません。大抵は見なかったことにしてしまいますよ」


「大した事じゃない。バスの中でヘルプマークを着けている人に席を譲ったり、重い物を持っている人を手伝ったり、友達に勉強を教えたり、そんな感じだ。君にもできるよ」


 いいや、絶対にできない。

 優先席でもないのに席なんて譲りたくないし、わざわざ重い物を運ぶのなんて嫌だ。勉強は教えるというよりは、教えてもらう側だ。

 俺は「ありがとう」を言われる側ではなく、言う側の人間だ。


 ただまあ、そんな事をこの人には馬鹿正直に答える事もできず。


「席を譲るくらいなら、まあそうですね。機会があったら」

「ありがとうって感謝されるのは中々に気持ちいいよ」


 ウッソだぁ。

 言葉で言われた程度でなぁにが気持ちいいだ。感謝は行動で示さないと伝わらないんだ。言葉なんて何よりも薄っぺらい。


『ま、言葉だけで満足する人もいるってことだよ』


 はぇ~。世の中には色んな人がいるんやな。


「中々に充実した人生を送っているじゃないですか?逆に感謝されなかった事とかはありますか?」

「ああ、ある。たくさんある。余計な事をして、むしろ怒らせてしまうなんてザラだ。でも、どんな事があったかは言わないよ?黒歴史だからね」


 ならば仕方ない。これ以上追及するのは良くないだろう。質問でも変えるか。


「それが自殺する理由ですか?心無い言葉をかけられたとか」

「最初に失敗した時こそ、それはもう傷付いたけど、それは関係ないよ。あくまでヒーローに憧れたのであって、人を助けるのは手段とか過程なんだ。少しくらいなら大丈夫」


 ありふれるほどに余計な事をしたと言っていたので、少しではない気もするが、ここはつっこまない方が良いか。


「理由か······。そうだね。突然、宇宙人に誘拐されたと言われるよりは、ありふれた話なんだけどね」


 おっ?煽ってきますねぇ。

 別に嘘なんて吐いてないのに、何でこんなに言われなきゃいけないのかな。宇宙人に誘拐されたのは本当の話なのになぁ。


『嘘を混ぜたせいだよ』


 嘘なんて、あってもなくても信憑性ゼロでしょ。


 とまあ、考えてもわからない事はさておき、俺は耳を傾ける。


「夢に、疲れちゃったんだよね」


 夢、ねぇ······。

 俺の子供の頃の夢は何だったかな。ここまで情熱を燃やせるほど、大したものでもないか。燃え尽きて、灰だけが残ってる。灰かぶり姫シンデレラだ。


『何がシンデレラだ。姫でも何でもないよ。だいたい男じゃないか』


 夢とロマンス。魔法頼りの物語。

 俺も相棒頼りだ。


『あんまり関係ないやん』


 うっせぇ!

 細かい事は気にしなくて良いんだよ!

 何でもかんだも突っ込んでくるな!


『ハァッ』


 溜め息を吐かれた。

 そんなに呆れていたのか······。


「弟がいた・・んだ。そこそこ仲が良かったし、同じ職業になりたいって尊敬された事もある。そう!よく会話もしていたはずなんだ!なのに、分からなかった·········」


 過去形······。


 起こったり、悲しんだり、感情が忙しない。

 その瞳には、涙が浮かんでいる。


「見てみぬふりなんてしてないし、違和感もなかったはずだ。相談だってされた事はなかった······はず、なんだ」


 だんだんと「はず」が多くなってきている。

 記憶に自信のない人間の言葉はあまりにも信用したくないが、まだ邪魔はしない。


「何でかなぁ~?何でだろぉ~?どうしてこんな事になってしまったのやら。本当は何にも見ていなかったんだろうなぁ~。あぁーあ」


「それで、弟はどうなったんですか?」


「死んでいたよ。縄で首を吊ってね。自殺ってやつだ。

 ああ、そう。魂が離れたって事だよ。君風に言うならね。自分から手離したんだ。もう二度とくっつかない」


 その後を追うように、兄も死ぬのか。そんな風には見えないが、疲れちゃったのかな。もう何もかもが嫌になって、全てを投げ出したくなったのかな。


「机には、ノートが置かれてあった。きっと俺に見つけて欲しかったんだ」


 きっと、か。

 やっぱりあやふやで確証はない。

 でも、自然とそんな気がしてくる。


「内容は、苛められている事について、びっしりと書かれていた。どんな事をされたか、とか、死にたい、とか······。ノートに書くんじゃなくて、言ってくれれば良かったのに·········。」


「具体的に何をされたんですか?」


「それを聞くのかい?」


 確かに無神経だ。

 でも、どうせこの人は死ぬのだ。そんな薄っぺらい配慮なんて必要ない。

 いや、でも·········。


「言いたくないなら、別に良いですよ」


 いいや、良くない。滅茶苦茶喋ってほしい。本当はとっても気になる。倫理観や道徳みたいな、俺の事をただの一度も助けてくなかった価値観なんかを捨て去って、強引にでも知りたい。

 でも、それでも、俺の中にある欠片ほどの倫理観や道徳が、止めとけって呟いてる。


「·········お金を取られたとか、殴られたとか、端的に言うならそんな感じだ。ノートには事細かに書かれていたけど、これ以上は言いたくない」


 おお!教えてくれた!善くも悪くも優しい人だ。もっと聞けば教えくれそうだな。


「他には?兄であるあなた宛のメッセージはどんな感じでしたか?」


「何か楽しんでない?」


 おっと、目をキラキラと輝かせすぎたか。

 自分が何一つとして関与していない所で、誰かが一喜一憂するのは割りと楽しい。第三者の視点で見るからこそ、新しく発見する事だってある。

 しかし、自分が逆の立場になったらあまりにも不快だ。人と話した事が少ないせいか、やりすぎてしまった。この人に対しては気を付けるべきか。


「すいません。お詫びと言ってはなんですが、その苛めていた人を教え下さい。俺が懲らしめてやりますよ。あっ、それとも、もう少年院にでも入っていますか?」




「それこそ、君風に言うなら、魂が離れたってやつだ。いや、離したと言うべきか」


  


 俺は黙り、そして理解した。

 だからこそ、この人が死ぬのは勿体ないと思った。


 俺は嗤った。自分に対して。


「復讐ですか?」

「そうだね」


 否定はしない。そもそも、宇宙人を殺してきた俺が、誰かに復讐は駄目だと説教する立場に立つなんて事は、永遠にない。


「気分は?」

「空っぽ。こんな事したって弟は戻ってこないんだからね。······それでも、やらないと気が済まなかった」


 俺の結末も案外こんなものかもしれない。何よりも大切な、かけがえのない者が蘇ることなんて有りはしない。

 だからと言って、このまま立ち止まる事も決して有り得ない。


 良いなぁ。既に終えた人の物語。もっと聞いていたい。俺の紡ぐ物語の参考にしたい。決して失敗しないように。二度と失わない為に。


 でも、止めておこう。質問しても、不快感を与えるだけだ。

 だから、これが最後の質問。


「それで、あなたの憧れるヒーローになれましたか?」


 原点。かつて、あるいは今でも、追い求めた理想。叶えるべき信念。


 その答えは·········


「弟も助けられなかった俺が、ヒーローなわけないだろ」


 駄目だったか。

 人の夢は儚い。


 ああ、でも確かに。

 大切な者も守れないのに、ヒーローだなんて大層な称号を名乗れるわけがないよな。

 痛いほど、分かる。


「しかし、あれですね。殺した事に対しては罪悪感とかないんですね」


 積もる後悔は弟の事ばかり。

 その職業に就きながら、まるで甘ったるい正義感を吐かない。

 不正をする人は絶対にいるだろうが、ここまで吹っ切れた人というのは珍しいと思う。

 どんなに罪があるとしても、初めてなら躊躇してしまうのが人間だ。その時はどんな風に思ったんだろうな。


「何で後悔する必要があるんだい?」


 しまった。

 最後の質問と決めていたのに、うっかりしていた。

 ほら、なんか怒っている。

 こういう所が駄目なんだよなぁ。


「罪悪感とか無いのかな、と思って······」

「ああ。なるほど。でもね、それはそれでダークヒーローみたいで、中々カッコいいと思うんだ」

「確かに、分かる」


 思春期で中二病だからこそ、そんな価値観に憧れる。

 特にダークという部分が素晴らしい。漆黒とか闇とか、そんな言葉が胸を熱くしてくれる。


「そんなダークヒーローが、自殺で終わるのも芸術的ですね。ところで、何で飛び下り自殺なんですか?弟みたいに首を吊った方が面白いと思いますけど」


「君······かなり酷いこと言うね。面白いって、やっぱり楽しんでるのか」


 確信に変わっちまったか。

 でも、実際


「そうですね。俺は基本的に他人とかいう何考えてるか分からない存在が嫌いなんですけど、あなたはもう死ぬからこそ本音で会話してくれるので、とっても楽しいです。人が歩んできたこれまでの物語というのは、実に興味深い。ええ、実に実に」


「よく頭がおかしいって言われない?」


「そう言われた時はいつも、お前がおかしいから理解できないだけだろ、と返しています」


「はは」


 乾いた笑い。

 本当に呆れているようだ。


「それで、さっきの質問には答えくれるんですか?」


 「そうだね。弟は嬉しそうな顔をしていたんだ。この地獄から解放されるのが、よほどたまらなかったらしい。でも、俺は違う。これは助けられなかった事への戒めなんだ。最後くらい痛い思いをして死にたい」


「本当のところは?」


「縄なんて用意するよりも、こっちの方が楽かなと······」


 生きている人が処理するとしたら、縄の方が楽かと思うが、死ぬ場合ならそっちの方が楽なのかな?

 どうなんだろ?分からない。


「それでは。長い間引き止めてすいませんでした」


「気にしなくて良いよ。珍しい体験ができて良かったね」


 どこか頭はおかしいが、世にも稀に見る善人だった。

 過去形。

 善人の、成れの果て。


 俺はゆっくりと歩みを進める。


 しばらくして、彼は落ちていった。

 遠い遠い遥かなる地へ。


 鈍い音と、通行人の悲鳴が耳に止まる。


 離れた魂がいつもの方向に還るのを見て、その死を確信した。


 


 俺は空間を歪ませた。


 彼は言った。君にもできるよ、と。


 ならば、確かめ見てるか。ちょうど困っている人なんて、世の中にはたくさんいるのだから。


 


 空間を歪ませた先には、加齢臭のしそうな中年の男性と、それに絡む複数のチンピラ。

 1996年くらいに流行ったらしいオヤジ狩りに似た構図だ。オヤジ狩りの厄介なところは、事件に気づいているのにも関わらず、近隣住民が巻き込まれるのを恐れて通報しない。ザ日本人という感じだな。悪いところが滲み出ている。


 今も乱闘しているが、警察が来る気配はまるでない。

 状況的にはオヤジの方が劣勢。というか負けそうだな。


 さてと、もしもの時の為に顔を変えておくか。

 ま、宇宙人の顔でいいか。演出の為にUFOを上空にちらつかせって、と。


「ババーン!!!俺、参上!!!」


 意表を突かれて度胆を抜く男性諸君。

 何が起こっているのか理解できてない様子だ。


「ワレワレは宇宙人だ!!!」


 定番のセリフ。

 ワレワレも何も一人しかいない。

 ただ言ってみたかっただけだ。


「はいバァン」

「うわっ」


 チンピラに向けてビームが放たれる。

 見事命中し、その左足は消え去った。


「ぎゃあああああ足があああああ」


「ひいっ」


 残りのチンピラ達は仲間を置いてけぼりにして、我先にと逃げ出した。小さな友情すらないとは、惨めな奴らだ。


「逃がすと思ったのか?」


 UFOより追撃のビームが放たれ、チンピラ共はみんなまとめて転げ回った。

 俺は中年の男に顔を向けた。


「あっ、ああ」


 この世の終わりみたいに絶望している。

 自分ルールをねじ曲げて、エネルギーをわざわざ消費してまで助けたというのに、何でこんな顔をされなければならないのか。

 でも何か既視感があるな、この表情。


『リミーに助けられた時にしていた表情とそっくりだ。つまり恋愛フラグだよ』


 そんなわけあってたまるか!


 しかし、この中年。さっきから腰を抜かしたままで何もしないな。


「俺はお前を助けたんだ。ありがとうの一つぐらい言え。俺は感謝される為に助けたんだ」


「あ、その······ありがとうございます」


 なんかなぁ~。

 感謝されても気持ち良くないなぁ。

 何か無駄な事して終わったって感じだ。

 やっぱり人によって価値観なんてそれぞれだな。

 俺にはどうも理解できない。


 ま、ここまで来たんだ。傷くらい治しておくか。


「ほい」


 赤い液体を中年の男性にぶちまける。


「うわっ!何するんですか!」


 文句を言われたが、突然こんな事したら当然か。説明すれば良かったな。

 そうしている間にも、みるみるうちに身体が治っていく。


「こ、これは·········!!!」


 服が濡れたけど、そのうち乾くだろう。


「あ!」

「ひっ、な、なんですか?」

「いや、なんか撮影されてるから」


 通報なんてしない癖に、きっちりとスマホで撮影して、きっちりとSNSにアップするんだ。

 全くもって酷い奴らだ。許せない。懲らしめてやる。


「バァン」


 スマホだけを狙ってビームを放つ。精度は100%。こんな鈍い生き物に外すわけもなく、ガラスごとスマホは粉々に消え去った。


「当然の結果だな」


 いくら顔を変えていると言っても、細かい動作で正体に気づく人がいないとは限らない。もしもを考えれば、壊すにこした事はない。


「さてと、じゃあ俺はもう行くけど······俺と会ったことは誰にも言わない方が良い。言ったらどうなるか、聞くかい?」

「い、いえ。あの、助けていただいて本当にありがとうございました」


 重量を操ってチンピラ共をUFOの中に運び終え、俺が立ち去ろうとした時、


「あの、その人達はどうするんですか?」

「え?実験に使うけど」

「あ、そうですか」


 呼び止められたが、大した会話もせず終わり俺は去った。


 さてと、このチンピラ達、一体どうするか?

 とりあえず、ボール使って支配しておくか。安全の為にもなるし。


 ·········あれ?


 まずい。やらかしたかもしれない。ついでのように記憶を読み取ってみたが、悪いのはチンピラ共ではなく、あの中年の方かもしれない。


 もう一回あの中年に会う必要があるな。




「なあ」

「うわっ!さっきの宇宙人さん。どうしたんですか?」

「いや、何で頭に女性もののパンツ被ってたの?」

「趣味です」


 これは、あれか?チンピラの方がむしろ社会的には正しい可能性が出てきたのか?余計な事しちゃったか?


「あ、でも勘違いしないで下さい。これは私自らが購入した物であって、決して盗んだわけではありません。これが証拠です」


 そう言いながらスマホの画面を見せてくる。

 そこには、確かに購入履歴があった。確実な証拠である。

 他にも制服やら靴下なんかも買っていた。


「あ、まあ、うん。それなら、良い、かな?」


 パンツを頭に被る事が何かの法律に違反するかもしれないが、六法全書なんて読んだことない俺には分からない。

 チンピラ共が殴りかかった理由も、正義の為なんかではなく最終的にはお金を盗ることが目的だったようだし、今回は見逃してもいいだろう。


「じゃあ、今度こそ、バイバイ」

「はい。お元気で」


 正義とか悪とかは判別が難しいものだ。

 これからは助けでも求められない限り余計な事をするのは止めよう。

 自分の価値観を信じて撃退するかどうかを決めよう。

 そう心に誓わせてくれた出来事だった。


 チンピラ共は邪魔なので野に放った。外来種でも何でもないので、そのうち家に帰るだろう。


後書き

〈裏設定〉


弟はしっかり兄に相談していましたが、兄は後回しにしてそのまま忘れてしまいました

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