13 物は物らしく自爆する(珍回)

 サ・レセクタ達が研究員を皆殺しにして過去に浸っていた頃、コピーは呑気に道を歩いていた。


 そして、アリアンというグレイと、人格や記憶を完全にコピーした紛い物はご飯を食べていた。




 ご飯と言えば何とも可愛らしい響きに聞こえる。あるいは、某人気漫画に出てくるイキっちゃう息子を思い浮かべる人もいるだろう。サ・レセクタもそのタイプの性格をしている。 


 だが、今回登場するのは可愛げもカッコ良さも味もないゼリー状の物体だ。色々な物が混ざっているので最低限の栄養は確保できるが、あくまで最低限。使い捨ての奴隷に費用を削る方が無駄というものだ。








 ヂュウゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーウ








 阿保な面つらして皆が皆、ストローを口に入れて勢いなく吸っている。あまりにも気が抜けすぎている。が、それも仕方のないことだ。この時間こそが彼ら彼女らにとって至福の時間の一つと言えるのだから。


 感情だけは残っているが、それだけだ。殺したくないのに勝手に身体が動き、考えたくないのに思考が上書きされてしまう。偉大なる予言者様は「祈ったところで神様が助けてくれるわけねぇーだろ」とおっしゃられるし、実際に救いの手は差しのべられていない。自らの努力でしか明日を変える事はできないのだ。しかし、その努力すらできない。明日には死んでいるかもしれない。果たして希望はあるのだろうか。いいや、あとはこき使われて死ぬだけだ。食べている時と眠る時のみが、彼ら彼女らに与えられた唯一無二の癒し。だから堕落してしまう。足掻く事すらできない死を待つだけの家畜。国民とは名ばかり。実際は使い捨ての奴隷だ。明日生きる事さえ苦痛に感じる。




 食事が終わった後は赤い液体に入れられる。あの貴重な赤い液体に入れば、身体が綺麗になるからだ。しかし、入る時間は決して長くない。むしろ、囚人の方が長いのではと思うほどだ。その時間はたったの1秒。猛者ならば癒しとのたまう者もいるが、あの二人はまだその領域には到達していない。まだまだ未熟者だ。




 そして、第二の癒し 就寝時間だ。


 おねんねタイムという素晴らしい時間だが、ベッドや布団といった贅沢品は存在しない。キャンプで使うような寝袋すらない。


 あるのは箱だ。体育座りで中に入って寝る事になる。身体を痛めてしまいそうだが、彼らは嬉々として中に入った。この痛みすら心地よいと感じられるほど窮屈な世界にいたのだ。無理もない。




「ねぇ、寝た?」




 記憶を入れられた動く人形が語りかけた。


 この箱は防音ではない。この程度の物にエネルギーを使うほど贅沢はできないのだ。悪の組織もどがつくほどのケチだ。そもそもが戦争というお金のかかる行為をしているのだから、当然ではあるが。




「···いや」




 修学旅行のような下らない質問にアリアンははっきりと応えた。




「明日、死ぬかもしれないよね」




 嘘である。明日は絶対に死なない。何故なら、この人形には錯乱の為に自爆するという目的を与えられている。近くにいる意思を奪われた奴隷が生存する確率は0だ。しかし、そこは魂の宿らぬ機械。記憶を元に最適な言葉を選択できる。あたかも明日も生きる事ができるように話す。




「そんな暗い事言うなよ。相変わらずだな」




 その質問にアリアンは気丈に返した。




「死ぬ前に、やっておきたい事ってある?」


「そりゃあれしかないだろ?求めるものはたった一つだ」


「何さ?」


「ズバリ!童貞の卒業だぁ!!!」




 カッコ付けながらカッコ悪い事を言う馬鹿がここに一人。まさしくダサさの権化とでも言うべき衝撃的な遺言だ。どっかの地球人とそっくりだ。




「それは無理だね。ドンマイ」




 コピーはその縛りには入らないが、アリアンは支配された存在だ。完全に性欲が消されている。卒業というのも性欲からくるものではなく好奇心からくるものだ。憐れアリアン。




「もしかしたら、予言者様が助けてくださるかもしれないだろ?」


「期待、するなよ。予言者様は自分で努力しろとしか、言わないからね。反動ばかり、大きくなるよ」


「ああもう!もっと今の状況が変わりそうな事を言えないのかよ!」


「そんな事言われてもねぇ」




 既に確定している。死というこの世の理が。


 もう誰にも止められない。




「そう言うお前はどうなんだよ?何かやってみたい事とかはあるのか?」


「故郷に帰りたかった、かな。それだけ」




 帰りたかった、だ。二度と帰る事は叶わない。何せもう命がないのだから。願いは既に途絶えている。残るのは微かな記憶だけだ。その記憶さえも利用されているのだから救いはない。




「故郷、か。懐かしいな。覚えてるか?お茶を一気飲みした時に吹き出させた渾身のネタを」


「ちんこ···だったかな」




 何のひねりもないただの下ネタだ。それなのに、笑ってしまった。腹を抱えて床を転げ回りながら、二人で笑い続けた。そんな、もう二度とできない過去を慈しんでいた。




「それで、お前のお茶が俺の顔面にかかってびっしょびしょのびっちょびちょ」


「ごめんって、何度も謝ったじゃないか」


「その度に俺が自業自得だからって言ってたな。俺のせいだから甘んじて受け入れるしかない」




 箱の中で笑いが生まれた。




「今度はあの液体でやってみるか?」




 訪れない今度。未来の話をアリアンがする。




「もったいない。それに、もうその程度の下ネタでは笑わないよ。子供じゃ、ないんだから。もっと、そう高度なギャグでなきゃね」


「ほう?言ってくれる」




 挑発にアリアンは乗ってしまった。いや、挑発したコピーが悪い。訪れないと分かっているから強気に出すぎている。




「ふとんが吹っ飛んだ、みたいな言葉を掛けたものなら、僕の笑いを引き出せるかもね」




 果たして本当に高度なのだろうか?そんな疑問が沸いてくるが、ダジャレは繊細にして高度なギャグだ。ふとした瞬間に、全く意味の異なる言葉にも関わらず、同じ発音の言葉を並べられてしまったら感心してしまう。これは言葉を多く知っていなければできない上級者向けの芸当だ。誰も言った事のないダジャレはそれだけ価値のあるものであり、笑いを巻き起こす素晴らしい遊びだ。




「ところで話が変わるんだが、ちんこを蹴られそうに「ぷっ」なった······」




 確かにアリアンの耳はその声を捉えた。話している途中にも関わらず、言葉を描けていないにも関わらず、子供しか笑わないような下ネタに反応した決定的な瞬間を。




「今笑っ「笑ってない」た······」


 


 喋っている途中に反論するほど焦っていた。箱の中にいるからその姿を目で確かめる事はできない。それなのに、アリアンには汗だらだらの友達の姿がありありと見えた。




「······ちんこ」


「ふふふ」




 確実に絶対に間違いなく笑っていた。それもしょうもない下ネタで。




「ちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこちんこ」


「フッ···ふふふ  ゴクッ スゥー ふふふ」




 堪えようとして結局笑った。もうこいつは駄目だ。




「この程度の下ネタで笑うような奴だったのか。友達だけど、知らない事もあるんだな」


「ふふ 僕も、初めて知った ふふ よ」




 まだ笑いが止まらない。笑うせいで言葉は聞き取りにくくなっている。普段からおどおどしているせいで余計に分かりにくい。




「知っているのは側面だけで、全部を知るのは難しいんだな」


「ふふ そう、だね ふふ」




 家族がどうなっているか分からない。頼れるのはたった一人の生存が分かっている友人だけだ。多少重くなるのも仕方ない。




「フゥー よし、もう大丈夫」


「それは良かった。ちんこ」


「今、言っただろ。あの言葉を」


 


 まるで聞こえていなかったかのように発言した。




「何だその言い方?」




「フッ 何を言っているのかは知らないが、全ては無駄さ。今の僕に、言葉の暴力は意味はなさないよ。何と言ったって、手で耳を塞いでいるんだからね。もう聞こえないよ」


「な なんだと!?」




 それでは楽しい会話が生まれない。断固な拒絶。これを振りほどく方法をアリアンは持ち合わせていない。完全に詰みだ。




「ぐぬぬぅ」




 完全にアリアンの敗北だ。追い詰めるからこんな事になってしまう。もっと相手が何をするか考えるべきだった。




「終わり、か。寝よう」




 そう。終わりだ。会話もこの一つの命も終わり。可能性は0ではないが、二度と始まる事はないだろう。


 そして、瞳を閉じる。もう、開く事はない。




 遂に、目的を達成する時が来た。撹乱の為の自爆。たったそれだけの為に演技をし、アリアンという憐れな同胞を騙した。それも、もう終わりだ。




 ここには、幾つもの奴隷が寝ている。交代制なので全員が揃っているわけではないが、そこそこの戦力は削れる。


















            さあぁ!






       魂と肉体の解離が始まるぞ!!






   血湧き肉踊るフェスティバルの開催宣言だぁ!!!






















 ······始まる、はずだった。






 爆炎に焼かれて苦しむ奴隷達の地獄絵図がぁ!




  阿鼻叫喚に満ちた絶望の表情がぁ!!




   惨めな棺の中で広がっているはずだったのだ!!!






 それが···どうだ?


 転がっているのは首一つ。特徴的な大きな目に禿げた頭。しかし、それは王に支配された奴隷の頭ではない。侵入した復讐者が作った頭だ。


 コピーは失敗してしまったらしい。




 コピーはもう二度と開く事はないと推測した瞳を開ける。


 人形の人形の人形の目には、幾つもの宙を漂うボールが映った。




「友達に、向かって、何するんだよ」




 首と身体が繋がっていないのにも関わらず、その口は流暢に言葉を投げた。


 機械に心はない。だが、何が好きかは知っている。もちろん、その逆も······。




「友達じゃないだろ」




 その眸には涙があった。




「酷い事を、言うなぁ」




「だって、そうだろ?友達なら気付けたのに······。俺は気付かなかった」




「愛が···重いな。嫌われるよ?」




「もう嫌ってくれる奴すらいないじゃないか。お前だけだったんだぜ?なぁ、アミーガ」




 亡き友の名を口にした。


 もう魂も肉体も残っていない友の名を······。




「そんなに、後悔しているなら、あの世で謝るといい」




「あの世?どこの宗教だっよ!」




 光が目に映った時には、既に身体が破壊されていた。そして、破壊と同時に中にあった爆弾が起爆した。


 従来の兵器では硬い壁に傷を付けるくらいしかできない。だから、予言者様より授かった兵器が必要だ。




 その光は瞬く間に秘密基地を覆った。抵抗するボールの数々すらも飲み込んで。


 魂を解放し爆散した肉の破片を吸収し、あっという間に終わった。




 秘匿性に特化した反面、中にはあまり兵器がないのが弱点だ。今回のように位置が分かれば一瞬で終わる。


 陽動のつもりだったが、ここが弱すぎた。






 一人の男が膨張し続ける肉の塊に触れた。すると、男の手のひらに吸われていった。さながら、掃除機のように。


 後に残ったのは空っぽの秘密基地と複数の生命体だけだ。




「さてと、こいつどうすっかな」




 眠り続けたリザードマンを見ながら、口を開いた。


 人は案外薄情なものだ。どれだけ悲しい事が起こっても、目の前にやる事があったらそちらを優先させてしまう。それがどれだけ下らない事であってもだ。ああ、本当に下らない。何やってるんだろうな。






   ▽






 身体が鱗で覆われている地球外生命は、目を覚ました。




「ここは···どこ?」




「ああ、目を覚ましたか。ここは、限りある宇宙の端っこだよ少年。いいや、サルバスと呼ぶべきだったか。親にもらった立派な名前があるんだからな。すまない 許してくれ」




 開いた口が塞がらないとは、まさしくこの事らしい。


 


「あ   はい······あの、えっと、あなたは誰ですか?」


「君のお父さんに助けられた者さ。名前はサ・レセクタ」


「あの、お父さんは······」




 俺は少しの間沈黙した。そして、口を開く。




「彼は、勇敢だった」


「そんな、じゃあ······」


「恩は返せたと思う。君を救う事ができたからね」


「うっうぐぅっ」




 泣いてしまった。無理もない。父親が死んでしまったのに、悲むなという方がおかしな話だ。




「僕の、僕のせいで、こんな事に、あの時止めておけば」


「ああ、そうだよ」


「え?」


「君が間抜けにも捕まってしまったから、君のお父さんは自分から兵隊さんになって戦う覚悟をしてしまった。君の独善的な判断がこの結果を招いてしまったのさ。全部、君のせいだ」


「何で、お前がそんな事を言うんだよ!理不尽な力に虐げられている者を助けたいと思うのは当たり前の事じゃないのか!」


 


 少し考えて、




「いいや、全くもって。助けれそうなら助けるが、積極的に面倒臭い事をしたいとはこれっぽっちも思わないね。君を助ける為に無茶をしたのも、恩返しだからだ。何もしてくれない奴に何かをしようとは思わない。悪意は十割返ってくるが、善意は三割くらいだ」


「善意なのに何かを返してもらおうと思うのはおかしい」




 やっべ、言い返せない。話題をずらすか。




「まあ、そう熱くなるなよ」


「!お前が」


「お礼くらい言ってくれたって良いと思わないか?俺がどんな考え方をしていた所で関係ないじゃないか。恩返しとは言え、そこまで文句を言われるのも腹が立つ」




 サルバスは少し黙り




「遅れて悪かった。ありがとうレセクタさん」




 感謝を伝えくれた。




「頑張ったかいがあったというものだ。これからは自分の命を大切にしろよ?もう守ってくれる者は誰一人としていないんだから」


「ああ!ご忠告痛み入る」




 サルバスの父親を吸収したとはいえ、身体はグチャグチャで記憶も酷く曖昧なものだ。この勇気も無謀を履き違えた少年の過去を知る事は出来ない。


 それでも最後に言いたかった事だけは、この少年に伝えなければならない。




「最後に、遺言を」


 


 ごくりとサルバスは唾を飲み込む。




 両指でサルバスを指しながら、最大限の煽り顔をして






「それ見たか!いい加減自分を大切にしろバーカ」






 絶句してしまった。反論する事ができないようだ。




「本人がいたら、本当に無事で良かったと言って熱い抱擁をするところだが、悪いな」


「本当だ。でも、僕のせいだから文句は言えない」


「良かったぁ~。面倒臭い事言われると思って不安だったんだ。で、これからどうする?でっかい奴まで送っていこうか?それとも自分で帰る?」




 サルバスは天井を少しだけ見上げた後、答えた。




「自分で帰りたいですが、そうするとレセクタさんはどうするんですか?一機しかないなら、これを借りるわけにもいかないし······」


「そこの所は考えてあるから気にするな。あとさ、質問に質問で返したら駄目だろ?テストで点を逃しちまうぜ」




『ブーメランって知ってる?あと、鏡も?』




 もちろん!


 ブーメランは狩猟やスポーツに使われる棍棒の一種で、投げた後にある程度の距離を飛行した後、手元に帰ってくるのが特徴的だな。


 鏡は可視光線を反射する部分を持つ物体だ。




『つまり?』




 止めろって。分かってるから。




『なら良かった』




「自分で、帰る。あそこはあまり良い場所じゃないからレセクタさんに迷惑をかけてしまう。さすがにそれは僕の本意ではない」


「ほほぅ。殊勝な心掛けだな。それで、どうして良い場所じゃないんだ?」




 理由は知っている。数々の宇宙人を吸収して得た知識は無駄ではない。それでも聞いた理由は認識にズレがあるか確かめる為だ。主観も混じってしまうのであまり正しい事ではない。一つ言えるのは好奇心を抑える事は難しいという事だ。




「いや、答えないよ」


「は?何でぇ?」




 無意識に口をポカーンと開けていた。




「僕を助ける事ができるくらい強いんだから、あそこに行っても大丈夫なはず。オススメはしないけど、できれば来てほしい。オススメはしないけど!」




 大事な事なので二回言ったようだ。




「なんだ'はず'って。危ない匂いがプンプンしやがるな。止めとく」


「賢明な判断だ。念のため聞くけど、レセクタさんの故郷には予言者様がいらした事あるよね?」


「絶賛今ご来訪中」


「えぇえー!!!」




 目玉と舌が飛び出るくらい驚いていた。いや、これはもはや飛び出ていると言っても過言ではないのかもしれない。トカゲ顔で表情が分かりにくいはずなのに、どれだけ驚愕しているかがひしひしと伝わってきた。




「ちょっと待ってちょっと待って!えぇえー!故郷って地球!?」


「そうだよ」




『俺は違うけどね』




 話をややこしくするなって。




「聖地だよ!聖地!是非とも、あの、私めを連れていってくださいませんか。予言者様の、その御姿をこの目に焼き付けなければいけません!たとえ眠っている時でもありありと思い出す事ができるようにしないといけません!はぁ、凄い。まさか、僕なんかが直接お会いする事ができるだなんて。これほど光栄な事が他にあるのだろうか。いいや、ない!もちろん許可して下さいますよね!レセクタさん!」




 怒涛の言葉のマシンガン。その一言一言から醸し出される尊敬の念と宗教の恐ろしさ。しかも、この宗教的な信仰心の裏付けには、未来を覗き見る能力と転生を繰り返すという明らかに異常な力を持った存在がいる。それは神と言っても差し支えないほどの能力だ。信者の前で安易に否定しようものならば、凄まじい勢いで拳を振り下ろしてくる事だろう。




「その質問に対して、俺は絶対に変える事のない返答をしなければならない。NOだ」


「ど、ど、ど、どうしてだあーーー!!!ふっざけた事をぬかしてるんじゃねぇぞーーー!!!いいからさっさと僕を連れて行けーーー!!!」




 期待が大きすぎたが故に、裏切られれば反動もまた大きくなる。まさしく激おこプンプン丸だ。仮にも命の恩人に対してこのような態度を取るなんて、親は一体どのような教育を施したのだろうか。きっと日本にたくさん生息しているモンスターみたいに放任主義という奴だな。




『いや、逆だよ。しっかり教育したからこうなったんだ』




 宗教関連は面倒臭いな。予言者が実在しているというのが余計に腹立たしい。 




「まあそう怒るな。理由はたくさんある。まずはお前のような宇宙人に地球人が慣れていないという点だ。地球では未だ予言者は成長途中だから画期的な知識が広まっていない。未だに地球人は自分達以外に知的生命体はいないと信じている」


「ふん!ずいぶんと遅れた星だな。予言者様はどうしてそんな星を御選びになられたのやら。いや、僕程度が予言者様ほどの深謀遠慮ならば仕方のないことなのか?きっと未来で重要な何かになるのか」




 故郷を馬鹿にされた。俺が思い出いっぱいの地球大好きマンだったら殴り飛ばしたところだぞ。命拾いしたな。




「サルバスは武器を持っていないからな。こんな未知の生命体なんかを連れていたら国の研究機関が来てお前を捕まえちまう。心を抉る実験パーティーの再開だ。人権も認められないだろうから、麻酔も使わないだろうな。何をされるか分かったもんじゃない」


「なんだ?僕の心配をしてくれていたのか?」


「一つ目の理由で分かってくれたか?」




 しかし、首を横に振り




「NOだ。僕個人の心配よりも予言者様にお会いする事の方が優先すべきだ。僕はこの世で何が最も大切なのかをキチンと理解している」




 俺は溜め息を吐いた。




「······二つ目の理由は、どこにいるのか分からない点だ。星と言うからにはそれなりの広さだからな。510065600キロメートル二乗 これが表面積だ。さすがにこんな所から探しだすのは骨が折れる」




 嘘である。俺の能力を持ってすれば地球程度の広さならすぐに見つけられる。コピーに任せればちょちょいのちょいだ。  既に予言者が世に出ている可能性もゼロとは言い切れないが、それは考えなくてもいいだろう。




「その程度の広さなら骨が折れる事はない」


「なん、だと!?」




 サルバスは拳を握りしめ、言葉を放つ。




「なぜなら、僕は予言者様を信じているからだぁーーー!!!」




 それは狂気と言っても差し支えない。興奮で目は血走り、汗は垂れ流し。予言者という単語を耳に入れてから呼吸はずっと荒い。籠る熱気は部屋の温度を一度上昇させた。病気を疑うレベルの状態だ。いや、これはもはや一種の病気。予言者会いたい会いたい病だ。


 あ~恐ろしい。




「三つ目の理由は、おかしいとは思わないか?未来が見えると言うのなら、この戦争を回避する事だってできただろ。転生できるだけの詐欺師じゃないのか?」




 そして、狂気は怒りに変換された。




「貴様ぁ!予言者様を愚弄したのか!今の言葉を取り消し、謝罪しろぉ!!未開拓の野蛮民族め」




 オススメしない理由は意外と単純だ。彼らの根っこには予言者が訪れていない場所、自分よりも遅く訪れた場所を嘲笑う差別意識がある。サルバスとて例外ではない。




「未開拓の野蛮民族に助けられた無能が囀ずっているんじゃねぇぞ!俺に謝罪を要求する前に、質問に答えろ。納得のいく説明ができなければ、俺は引き下がらない」




「いいか!その耳が飾りでない事を信じて説明してやる。予言者様は平和を求め、その平和を実現させる事のできる選ばれし者をお探しだ!選ばれし者は予言者様と同等の力を持っているが故に未来を見通す事ができないのだ!」




「つまり、種の絶滅を幾度となく引き起こす王は、平和を作り出す救世主だとでも言うのか?」




「その通りだ!」




「ふざけるなぁ!何が平和だ!そんな物の為に俺やリミーやダレスが傷付く事が許されてまたるものか!俺達は予言者みたいに転生できないんだ!誰かの独善的な平和を実現させる事が救いだとでも言いたいのか!」




 熱が冷めたのか、冷静な返答がされる。




「平和には多数の解釈がある。選ばれし者だって複数人いて、誰が平和をもたらすかは分からないという説だってある。だから、僕は予言者様にその真相をお伺いしなければならない。だから、連れていってください。お願いします。そして、謝罪も要求します」




 そう言って頭を下げた。納得のいく説明をし終えたと確信した顔だ。結局のところコイツらも予言者に関しては全く分かっていない。予言者はそれほどまでに謎の多い人物だ。




「駄目だ!そんな危険な力を持った存在にお前を会わせて、万が一死んでしまったら、俺の恩返しだって水の泡だし、多少なりとも罪悪感が残ってしまう。俺の為にお前は元いた場所に帰れ」


「そんなのって、自分勝手だ!」


「当たり前だ!決定権は俺が握っている。お前の優先順位を守っている筋合いなんて何一つないんだ。俺は自己満足の恩返しがしたいだけなんだからな」


「僕の願いを叶える事が恩返しになるとは思わないのか!」


「思わない!お前の質問は俺が予言者を探しだして聞いとくから大人しくお家うちに帰れ。写真も撮っといてやるから安心しろ」


「どうやって予言者様を探しだすんだ!あと、どうやって僕にそれを伝えるんだ!」




 俺は手の中に発信器を作り出す。同時に小さいコピーを作り、サルバスの頭の周りを回るように設定する。これでコイツの位置がどこにいても分かる。




「これを持ってろ」


「何それ?」


「発信器だ。これがあればお前の位置が分かる。どこにいてもだ」


「!そういう物はな、悪用されやすいんだ!レセクタさんが殺されて、哀れな奴隷や宙賊が僕達の日常を奪いにきたらどうするつもりだ!責任取れないくせに適当な事を言うな!」




 いくら助けられたとは言え、俺が死ぬ可能性を想定している。この世に絶対はないからそういうものなのか。




「俺が死んだら爆発するように設定してあるから安心してくれ」


「爆発に僕が巻き込まれるじゃないか!」


「爆発する前にピーピーって音がなるからすぐに人がいない所に投げ飛ばすんだ」


「それなら、まあ······分かったよ」




 納得してくれたのか、しぶしぶ受け取ってくれた。




「あ!あともう一つ言いたい事がある」




 えー面倒臭いな。


 俺は嫌そうな顔をした。




「予言者様に様を付けずに呼んでいるだろ!なんたる不敬!死んで当たり前の事をしているのが分からないのか?今すぐその行動を改めて、予言者様に心の底から深く謝罪しろぉ!」


「嫌だ!」


「何だとぉー!何故だ!」


「予言者っていう奴が胡散臭いからだ。能力は本物と認めざるを得ないが、平和を求めているんじゃなく、知恵を与えて楽しんでいるのかもしれないだろ?イマイチ信用できない奴に敬意を払う事なんてできないね!予言者に対しては恐怖という感情しか抱かない」








 静寂が場を包み、








「ヌオォオオオー!」




 突然、サルバスは拳を硬く握りしめ、全体重をのせた渾身の一撃は放たれた。身体は鱗で覆われているが故に、その攻撃は人間よりも硬く、痛みを与える事に特化している。




「なっ!」




 だが、その拳は右に逸れた。いや、拳だけではない。身体ごとだ。重力の方向を操作され壁の方へと引き寄せられる。


 そこにすかさず別の拳が飛んでくる。レセクタの拳だ。本気を出して殺すわけにもいかないので、重力の方向を変え、力を重くして殴る速さを加速させている。当たれば気絶するだろう。




「てやっ!」




 乱入!レセクタの顔面に蹴りが炸裂した。咄嗟の事で対処できず、いや、あえてせずレセクタは吹っ飛ばされた。




「ひょあっ!」




 思わずすっとんきょうな声が出てしまう。




「何やってるの!?怪我人を殴ろうとするなんて、パパ以外の生き物は身体が脆いんだからもっと優しくしないと駄目でしょ!」




 そんな事ないと思うけどな。




「殴られそうになったから殴ろうとしただけだ。当然の事だろ?」


「まだ殴られてないじゃない。触手を伸ばして押さえつければいいでしょ?」


「言われてみれば、確かに!」


「もっと考えて!」


「感情に流される事だってあるんだろ」


「開き直んないでよ」




 呆れたように言葉を発した。乱入してきた謎の人物の正体はドライアダレス。耳の長い女の子だ。


 ダレスはてくてくとサルバスの元へ歩いていき、




「何でパパを殴ろうとしたの?」


「パパ?なるほど、いやどうでも良い事か。質問に答えよう。それは予言者様に様を付けず、あまつさえ愚弄したからだ。その事に対しての謝罪もしない。こんな事が許されてたまるか!」


「馬鹿にしてないって。可能性の話をしているだけだ。最悪、予言者が最大の敵かもしれないだろ?」


「そんな可能性を考える事自体が悪い事だと言っているんだ!あと様を付けろ!」




 ダレスは何度か頷き、俺の方を見て




「宗教って面倒臭いね!」


「そうだろぉ?」




 予言者があまりにも強大な力を与えたばかりに、与えられた者は心酔してしまった。そして、予言者を称え言葉と功績を次世代に残す為に闇教なるものまでできている。一説には予言者が自分で作ったとか、誇張されすぎているとか言われているが、真相は予言者しか知らない。


 信じる者は盲目になりやすい。俺だってそうだ。そういう奴と会話するのは困難である。




「予言者様に謝れ!」




 ギヤァギヤァ騒いでいるが、サルバスは重力に逆らう事ができず壁に立つ事しかできない。




「俺は地球に行くから、この宇宙船はあげる。返さなくていいよ」




 俺は空間の歪みを作り、地球とここを繋げた。




「またな。約束は守るから安心して待っててくれ」




 そして俺達は地球に足を下ろした。 


後書き

信じる者は怖い

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