12 不意打ち

〈獣人〉


 胴体はグレイの特徴的な細身の身体だ。しかし、五体 頭と両腕と両足は違う。獣の鋭利な爪や強靭な足が付いている。知的生命体が獲得した物を持つ能力が完全に失われているのだ。そして、特筆すべきはその頭だろう。完全に獣のそれだ。当然、言葉を発する事はできない。舌と喉の構造が喋る事に適していないからだ。にもかかわらず、以前と同じレベルでものを考える事ができる。過去の記憶もある。己が完全なグレイであった時の記憶だ。明らかに不自然極まりない。




 これらは全て狂気にまみれた王国が作り出した遺産だ。立憲君主制は憲法が頂点にあるが、この国は違う。全ての民の行動も思想も支配する完全な絶対王政だ。そんな異常な国の実験の結果誕生したのがアンバランスな生き物 獣人。


 


 当然フェーズ3の融合形態で完全に支配されている。身も心も鎖に繋がれた奴隷だ。でなければこんな失敗しそうな実験に参加する事はないだろう。


 何もできずに時間だけが流れていった。




 時間も分からなくなった頃、宙賊という他人から物資を奪う連中がこっそりと侵入した。宙賊は支配する前に逃げ出せたグレイや滅んだ星の亡命者の集まりがほとんどだ。グレイの集まりだったなら哀れな獣人を救出してくれたかもしれないが、今回は恨みを持った亡命者の集まりだ。物資を盗み、即座に基地を破壊した。


 天井が落ちてきた。逃げる隙も与えず、プチっと音をたてながら幾つもの研究者や実験動物達が死んでいった。しかし、この哀れな獣人は頑丈な身体で崩壊に耐えきった。全身血だらけで、毛はベタついている。それでも、生きてこの場所にいるのだ。普通ならここで逃げ出そうと考えるが、獣人は違う。身も心も鎖に繋がれた完全な奴隷だ。解放された今、獣人もまた命令に従わなければならない。宇宙上にいる全ての生き物を根絶させるという気の遠くなるような作業を達成しなくてはならない。しかも、再開の日までという期限付きだ。


 とは言え、一人でできるものでもない。獣人のように支配された同士を見つけた方が効率良くkill数を稼ぐ事ができる。そして、武器や船も必要だ。扱い方ぐらいは分かるが、ゼロから作るなんて事はできない。そんな事ができるのは偉大な予言者様くらいだ。


 崩れた瓦礫を一つずつどかしていく。支配されている奴隷だ。どこに何があるかなんて何も知らない。手探りというわけだ。そこで、この身体が役に立つわけだ。獣の手をしているので重い物を簡単に持ち上げる事ができる。


 瓦礫を持っては放り投げ、持っては放り投げ、そんな作業を繰り返すが、壊れたガラクタしか出てこない。突然支配された一般ピーポーである獣人に修理するなんていう技術は持ち合わせていない。しかし、その中に入っている機械にはその程度の情報は入っている。不幸な事に部品は足りないが、このまま作業を続ければいつか立派な武器と船が手に入るという事だ。




 ギュゥー




 大きなお腹の音が鳴った。実験されている時以外は貴重な赤い液体の中にいたので久しく忘れていた感覚だろう。動物は食べないと死んでしまうのだ。王様的にはむしろ大歓迎といった所だが、支配している者が無駄に死ぬのは良くない事だ。魂だけを外し弾丸として飛ばせば回避困難防御不可能の必殺技になる。当たれば選ばれし者と予言者以外は死ぬ凶悪な兵器だ。そして、回避は一応可能ではあるが選ばれし者と予言者以外は見る事ができない。不可視の弾丸という事だ。極めつけは生物のみに干渉するという事だ。魂の入っていない物体にぶつかればすり抜ける。


 獣人は他の動物を狩る為に森へ移動した。瓦礫の撤去は後回しだ。




 いくら獣人になり身体能力が上がったとはいえ、簡単に獲物を狩ることができるわけではない。百獣の王 ライオンですら25%だ。胴体がグレイなので、元の動物よりも狩りができなくなっているのは明白だ。


 その代わり、グレイであった頃の記憶と頭脳がある。指の可動範囲が狭いので罠を作る事はできないが、知的な作戦くらい立てれるはずだ。石を使って追い込んだり、木で壁を作って道を塞いだりすればなんとかなるはずだ。


 そんな安易な考えのもと、グレイは行動を開始した。








  ▽






 


 結論から言おう。···無理でした。




 そもそも獣の身体なのだ。理性よりも本能で動いた方が上手くいくに決まっている。逆にグレイであった事が枷になる。そして、このグレイ自体が狩りというものを知らないのだ。知識ぐらいはあるが、何をどうするのかが全くわからない。今までの生活だって発達した社会で勉強だけしてきただけだ。お店に行けば食べ物なんて簡単に手に入る。それに野生動物を殺す事は犯罪になる。普通の生活を営むものであればそんな馬鹿な真似はしない。


 要するに情報不足だ。




 しかし困った。これでは腹が満たせない。


 そんな中、ふとある物が目に映った。虫だ。虫が地面に列を成して歩いているのだ。そこは文化人の端くれ。さすがのグレイも躊躇った···ようにみせかけて普通に食べた。それがさも当たり前であるかのように、舌で何匹も捕まえて飲み込んだ。噛み潰すと緑色の液体が出てきて不味いので噛み潰さずに飲み込んだ。


 あの逃げたライオンの王も虫を食べた時期はあるのだ。何も不思議ではない。三大欲求のうち食欲と睡眠欲は我慢する事ができないのだから、このくらいはピンチになれば誰でもやるだろう。ちなみに、性欲は邪知暴虐の王により無理矢理抑制されているのでどんな事があっても興奮しない。たとえ目の前に美しい裸の異性がいても一切欲情しない。




 虫を食べ、腹を満たした獣人は元の場所に戻り瓦礫の撤去を再開した。


 延々と続く作業。たまに血と肉が飛び散っている所をひっくり返ししまうが、不衛生だと思う程度の感情しか湧いてこない。苦痛だと感じる事もなく、ただ瓦礫をどかす。


 


 


 反射的に手で目を隠した。何故か光が獣人の目に的確に突き刺さったのだ。違和感を覚えた獣人は、光が出る方向へ目を向けた。そこには上半身だけが露出している実験体らしき者がいた。手には鏡のような物を持っている。嫌悪感はないので哀れな被害者だろう。獣人はすぐに助けようと上にのる瓦礫をどかそうとしたが、獣人はプロではない。助ける手順なんて知らないし、どんなリスクがあるかも知らない。身体の中にある機械も同様だ。目的を考えても、助ける方法を入れられているわけがない。




 ガラガラガラッ




 丁度難しい配置だったこともあり、ちょっと鉄屑を抜いただけで簡単に崩れた。


 獣人はすぐさま要救助者を引き抜き、崩れる瓦礫から守った。守ったはいいが、獣人は物理的に酷く傷ついた。結果としては仲間が増えたのだから、この程度の怪我は先行投資のようなものだろうか。この投資が更なる利益をもたらしてくれる事を祈るばかりだ。




「あ···ありがとう、ございます」




 そこにいたのは、地球の生態系の頂点に君臨する王 人間だった。性別はメス、腹部の膨らみから妊娠している事が分かる。予言者を見つける計画の為に、あえて性欲をおさえつけられていないからだろう。かといって自分からヤったわけではないだろうが···。




 フェーズ3 融合形態のおかげで言語が分かる。つまり意志疎通ができるという事だ。




「そんな事よりも、怪我は大丈夫か?」


「いえ、大丈夫じゃない、です」


 


 酷く怯えている。それは当然の反応だ。いくら助けてもらったとはいえ、目の前にいるのは獣人。化物だ。だが、獣人からしても目の前にいるのは得体の知れない体毛の薄い生き物だ。お互いにびびっている。




「そうか。我慢しろ。医療品は何もないからな。あの瓦礫の中から自分で探してくれ」


「わかり、ました」




 自分で探せとは言ったが、さすがに妊娠している実験体にそんな重労働をさせるのはよろしくない。もしも、予言者の転生体だったら大惨事だ。




「やっぱり、適当に休んでいてくれ」


「そう、ですか」




 そう言って木の影の方へ転ばないように慎重に歩いていった。


 獣人は再び瓦礫をどかし始めた。いい加減疲れてきたかが、こればかりは仕方ない。


 そんな時に···。




「うぅぅ」


 


 うめき声が聞こえた。


 聞こえた方に目を向けると、さっきの体毛の薄い生き物が苦しんでいた。




「大丈夫か!」




 近くに寄ると、お腹を抱えて横たわっている姿が確認できた。




「お腹が、痛い」




 おそらく、出産というものをするのだろう。だが、獣人は何もできない。こういう時にどう対応すれば良いかなんて知らないし、そもそも別の生き物。対処の仕様がない。




「あ、あの!どこかへ行っててもらえませんか。後で呼ぶので···」




 無言で頷き、獣人は立ち去った。そして、瓦礫をどかす。めぼしい物は手に入らないが、それでも手を動かし続けた。


 しばらくすると悲鳴が聞こえてきた。すぐに向かうと、そこには痩せた人間とサッカーボールほどの大きな卵があった。


 |Homoホモ sapiensサピエンス 真核生物動物界脊椎動物門哺乳網霊長目ヒト科ヒト属ヒトは子宮の中でこそ受精卵という卵を有する事はあるが、基本的にはへその緒を通じて栄養や酸素を受けとる事のできる子宮の中で育つ。大きな卵として体外に排出されることは異常な事だ。そもそも哺乳類の中で卵を産むのはカモノハシとハリモグラの2グループのみだ。生物として間違っているが、無理矢理受精させた精子が他の生物のものならば起こりうる事だ。ゲノムの数が一致しなければ受精できないので、身体をいじられまくったのだろう。結果として卵が出てきたという事だ。




「私の、子供?」




 既に心は壊れていた。どんな日常を送っていたかは定かではないが、今よりは遥かにましだろう。それがぶち壊されたのだから、頭が多少おかしくなってしまっても何の不思議もない。




 虫を食べて腹を満たし、交代で卵を温めこと88日。遂に卵が割れ、中から河童のような見た目の小さな子供が出てきた。まさしく2回目の誕生日といえるおめでたい日だ。見た目は、小さな水掻きが両手両足にあり、背中に甲羅はなく口が嘴ではない。頭にお皿のようなものがあり、周りに生える髪は黒い。そして、股間には成長途中の小さな一物がある。つまり男だ。




 本来であれば、産まれてきた子供に対して強い嫌悪感を抱くはずだ。従来までならばお腹の中にいる状態でフェーズ3を行うのは不可能だった。しかし、選ばれし者が肉体が生物となる条件を見つけたのだ。


 哺乳類のようなお腹の中で子供を育てる場合、魂は不安定な状態でくっつく。自分でお腹を蹴るといった行為はするが、あくまで親と繋がっている為、一つの生命としてカウントされる事はない。


 しかし、卵の場合は別だ。卵の中で身体が作られるので、既に魂は融合している。つまり、一つの生命としてカウントされる。だから融合形態で支配する事ら可能だ。




 




   ▽






 色々あったが、予言者ではなかった。予言者ならば産まれてすぐに言葉を話し始めるが、この子供は何年か経過してからだった。




 そして今、獣人と河童は川に来ている。これは河童が遊びたいと駄々をこねたからだ。


 地球人は来ていない。心が壊れていて、日によって何もできない日があるからだ。突然壁に向かって話かけたり、鳴き始めたりする。今日がその日だ。




「おじさん!見てみて魚だよ!」


「そうか~」




 キュウリが好きだという情報は合っているが、それはそれとして魚も食べる。あくまで好みに過ぎない。




 獣人は空を眺めた。退屈な日々が続いていき、警戒心が薄くなっていた。だから、気がつかなかった。




 ゆっくりと河童は溺れていた。どれだけ泳ぎが上手くても所詮は子供。それに河童の川流れという諺もある。どんな達人でも、油断すれば危機に陥るものだ。




 しばらくして、獣人は気づいた。




「あれ?いない」




 獣人は慌てて川の中を探した。だが、必死な形相ではない。別にいなくても困らないからだ。他人の事を心配している余裕なんてない。獣人が置かれている今の状況は割とシビアだ。




「お~い!どこだ~!」




 できるだけ大きな声で叫ぶが、返事は返ってこない。溺死なら死体くらいは持ち帰れるかもしれない。獣人はそう考え、水の中に顔を入れた。ゴーグルを着けているわけではないので目に水が入り痛いことだろう。ちょっと入れただけですぐに顔を上げた。




「どうしたことか」




 河童がいなくなると、地球人がまた自分の腕をナイフで切り始めるかもしれない。無理矢理ヤられてできた子供なのに愛情が沸くなんて不思議だが、種族も性別も異なるのだから獣人も深くは質問しない。


 


 水の中は河童のフィールドだ。獣人は水で毛が濡れる不快感で辺りに注意を払っていない。だから、そーっと、ゆっくりと、慎重に近付いてくる一つの大きな影を知る事ができなかった。




 ズバァーッ!




 背後から水の音がし、獣人は振り返る!


 そして······






「うわぁぁぁぁああぁぁぁぁああぁぁぁぁああぁぁぁぁああぁぁぁぁああ!!!」




「ぎやぁぁぁぁああぁぁぁぁああぁぁぁぁああぁぁぁぁああぁぁぁぁああ!!!」




 突然の奇襲!


 すっとんきょうな声を挙げて逃げ出した。下半身が水に浸かっているので速く走れない。それでも必死に逃げて逃げて逃げて·······。




「あれ?」




 そこで獣人は気づいた。気がついてしまった。自分を驚かした正体に。そして、怒りがフツフツと煮えたぎってきた。


 すぐさま踵を返し怒号を飛ばした。




「お前 何やってんだよぉ!!!!」




 その正体は、河童だった。




「わーい!だーいせーいこう」




 九割九分九厘の男ならば、悪ガキ時代やっていたであろう悪行。無知故の無鉄砲さと好奇心が織り成す非道にして残虐な悪戯。そんな地球人の悪い遺伝子をこのアホ河童は持っている。こうなるのも当然と言えよう。




「全く、どれだけ心配したことか···」




 嘘である。この獣人、原子ほども心配していない。どこぞのアホ融合生物なら心配させるなと叱りつけるところだが、この獣人は純粋に驚かした事について激怒した。だが、その熱も一時的なものだ。地球人が今よりもダルくなるからそれよりはマシだと判断したのだ。




「ほら帰るぞ」




 どうやら熱は冷めていなかったようだ。


 河童が二度と悪さをしないようにと手を繋いだ。


 辛い経験が彼の心を貧乏にしたのかもしれない。






 ブシャッ






 そこに獣人の右腕はない。


 腕は血を撒き散らしながら、宙をクルクルと回っている。




「ウギャァァァアアアァァァ!!!!」




 この腕は獣人自らが切り落としたものだ。だが、痛いものは痛い。みっともなく叫んだ。それでも、興奮しながらなんとか距離は取る。




「ちっ」




 不快感を隠す事もない舌打ち。


 


「お前!何者だ!!!」




 鋭い眼光が河童ミムスを睨み付ける。


 しかし、右の一の腕がないので血がドボドボと流れている。なんとか左手で強く押さえつけているが、怪我はすぐに完治しない。獣人にとって非常にまずい状況だ。




「腕に流れ込んでくるような感覚······河童だけでなく俺の身体も奪おうとしたのか!」




 沈黙。河童ミムスが選んだのは会話の拒絶だ。無言でも情報を与えてしまうリスクがあるが、そんな些細な情報にさほどの価値はない。




「その身体から出ていく気はないのか?」




 念のため、相手の意思を確認しようとするが、再び沈黙。一切の言葉を引き出す事ができない。




「そうか。ならば、殺しておくか」




 バシャッ




 静止していた水が羽上がった。そして、鋭利な牙が河童ミムスの喉元目掛けて飛んでくる。




 ポチャンッ




 対して、河童ミムスはゆっくりと水の中に消えていった。ここは川。河童ミムスのフィールドだ。いくら血が混ざっていようが、魔改造された獣であろうが勝てるはずがない。




 バッシャンッ




 大きな水飛沫が起こる。飛び掛かったはいいが、空振りしてしまっては何の意味もない。




「クソッ」




 獣人はとりあえず川の外に上がる。川の中で捕まれば引きずり込まれてゲームオーバーだ。


 獣人は犬のように身体をブルブルと震わせ水を飛ばす。そして、左手で近くにある手頃な石を持ち、川を睨み付ける。




「どこいった」




 ピチャッ




 影が、川の中で確かに動いた。そこ目掛けて全力で左手を振る。




 ボシャンッ




 石は水面にぶつかり大きな音をたてた。そして、獣人は体勢を崩して倒れた。右腕がないのだからバランスを崩すのは当然だろう。


 その隙を見逃すはずもなく、華麗に避けた影は獣人に迫り来る。


 絶体絶命!ここまでか。そう思ったが、川の向こうに別の影が見えた。獣人は石を再び掴み取り、投げつけた。しかし、コントロールは最悪だ。寝転がっている状態では命中精度も悪い。石は木にぶつかった。




「きゃっ」




 女の声だ。その悲鳴を聞いた瞬間、影の動きが鈍くなった。それを見て、獣人は近くにあった木の棒で川の中を叩きつける。手で攻撃すれば身体に侵入される恐れがあるので、この判断は正しい。何度も何度も何度も叩きつけた。




「ハァッハァッ ゴクッ ハァッ」




 動きがなくなったのを確認して、向こう岸の影がある方向を睨み付ける。だが、そこに影はなかった。その代わり、慌てて逃げたのか足跡が残っている。


 獣人はひとっ飛びで川を飛び越え、足跡を追った。




「クソッ!ハァッ ハァッ」




 その細身な身体に継ぎ接ぎした四肢。体力なんてあるわけがない。瞬間的な力なら凄いが、長距離は地球人に比べれば何段も劣る。


 


 だが···




「見つけた」




 尖鋭な左手の爪を引っ込め、棒を握り締める。




「きゃぁっ」




 凶悪な棍棒がぶつかり、正体不明の影はそのまま転倒してしまう。


 だが、ここで焦って首を噛み千切ろうとするのは悪手だ。あの河童ミムスと同じような事ができる可能性は高い。手で頭を守る正体不明の未確認生物を棒で叩きつける。だが、所詮は枝だ。限界がきたのか折れてしまう。




「クソッ」




 その隙を見逃さず、正体不明の未確認生物は獣人に襲いかかってくる。腕を触ろうとしてきたのだ。獣人はその動きをしっかりと見切り、同時に動く。狙うは目だ。いくら折れているとて、柔らかい部分を貫くくらい造作もない。




「ぎゃああぁぁぁあああぁぁぁぁ」




 目が潰れ、正体不明の未確認生物は叫んだ。醜い叫びだ。目からは血が吹き出し、両手で木を抜こうとしている。しかし、抜こうとすると痛いのか、更に悲鳴をあげる。その連鎖だ。


 しかし、獣人側にも有効な攻撃方法がない。そこで、首をブンブンと振り、手頃な石を見つけ手に取る。そして、頭蓋骨を割る勢いで石を振り下ろした。




「ウギャァァァ」




 叫んだのは獣人だ。何故か?さっきまで石を持っていたのに何があったというのか?


 


 答えは明瞭だ。河童ミムスが折れた木の先を獣人の腕に差したからだ。その痛みを耐えることができず、叫んでしまったという事だ。




 河童ミムスが、そのまま獣人の首を両手で締める。




「ウグッ グハッ」


 


 そのまま、身体を乗っ取られて終わり。ドンドンと変な液体が流れ込んでくる。それにつれて、獣人の身体の自由も失われていく。抵抗する左手の力もみるみるうちに弱くなっているのが分かる。


 そのまま獣人は死を悟った。そして、最後の抵抗だとでも言うように流れ込んでくる液体をチョン切った。そう、切れた。




「えっ!?」




 河童ミムスの力がなくなり、左手で突き飛ばした。




「ウオェッ」




 変な液体を身体から吐き出す。




「そんな!死ぬはずが···え?」




 理解できないのか、正体不明の未確認生物は困惑していた。お互いにピンチな状況。それ故に、どちらも攻撃しない。ここで、先に動き出した方の勝ちだ。




 そして動き出したのは······正体不明の未確認生物だ。




 一目散に逃げ出した。その姿を獣人は見ていた。だが、身体が思うように動かない。右目は見えないし、右耳も聞こえない。匂いはかぎ分ける事ができない。身体のどこかが完全にイカれていた。


 だが、立つ事はできた。ヨロヨロとした足取りで、なんとか追いかける。




 そこにあったのは巨大な円盤。求めてやまない宇宙船だ。それが、今にも飛び立とうとしている。獣人は最後の力を込めておもいっきり体当たりをした。設計上、軽い素材を使用していたのか、その衝撃は内部にまで伝わった。だが、伝わっただけだ。別にどこかが壊れるなんて事はない。


 むしろ、獣人の身体の方がヤバい。全身バッキバキのボッキボキだ。あばら骨も数本は折れただろう。




「痛っ あっ あっ」




 限界がきたのか、動けなくなった。そして、ゆっくり目を瞑った。








  ▽








「ここは······」




 すぐそばにあの女の地球人がいた。しかし、泣く音がうるさくとても話をできる状態ではない。女の膝には河童の死体が横たわっていた。




「ごめんね···ごめんね···」




 何度も何度も同じ言葉を繰り返している。それが贖罪にでもなると信じているように。全く悪くないのに謝るのは実に不思議な話だ。




 獣人は自分の身体の状態を確認する。右腕が新しく生えているなんて事はないし、右目と右耳も機能していない。匂いも分からない。不快感をこの上ないほど味わっていた。


 しばらくして、女が立ち上がりどこかへ行こうとする。




「待て!どこに行く気だ!」




「花を···摘みに」




 この女は用を足す時、このような言葉を使う。だが、今回は分からない。予言者の存在を信じていない他宗教の者なので、死んだ河童の為に花を摘むという無駄な行為をするのかもしれない。




 そして、見えなくなると、悲鳴が聞こえた。おそらく転こけたのだろう。よくある事だ。注意力が足りない奴だから仕方のない事だ。死んだ者の為に嘆いているからそうなるのだ。死んだ者を気にしたところで何も元に戻らないというのに、阿保な事だ。




 しばらくして、女が戻ってきた。手には土が付着している。これは確定だ。そして、花も握っている。やはり、他宗教とは相容れないもののようだ。


 女は花を河童に握らせた。




「ねぇ」




 そして、何故か話かけてきた。一緒に祈りを捧げろとでも言うのだろうか。面倒臭いことこの上ないが、ここまで運んで来てもらった以上、断るわけにもいかない。もっとも、手は一本しかないのだが。




「子供 作らない?」




「は?」




 何を言っているのだろうか。そう思う獣人だが、冷静になって考えてみればこの行動は当たり前のものだ。この女に入っている機械にプログラムされた命令は予言者を見つける事だ。その為にこの女には性欲が与えられている。新しい子供を欲しがるのは当然なのかもしれない。加えて、今の子供がいなくなってしまったから精神を安定させる為に別の支えを求めているのかもしれない。


 理由は分からないが、今の獣人には断ることもできなかった。獣人に性欲はないから勃つかは分からないがし、一部だけがフサフサの生き物など好みではないが、暴れられても困る。流れに身を任せた。




「···わかった」




 そして、動けない獣人の代わりに女が上に覆い被さる。


 




 まず、接吻がされた。お互いの唇と唇が重なり、舌と舌が絡み合う。そして······あの液体が獣人の身体の中に流れ込んできた。




「むぐっ むぐっう」




 左手で必死に引き離そうと抵抗する度にあばら骨にひびが入る。




「ウグッ ウグッゥ~」




 両手両足を身体に巻き付け、一向に離れる気配がない。


 だんだんと意識は消えていき、やがて獣人は死んだ。




「結局、こいつは食べられる側だったのか」




 全身がボッロボロの身体から元の身体に戻り、宇宙船に乗ってインセクタは宇宙の彼方へと消えた。








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・








「身体は大丈夫?」


「ええ。ありがとう」




 インセクタとその母は宇宙船の中にいた。 


 母はたまに泣き出す事があるが、概ね平和だ。今はベッドの上で横たわっている。




「じゃ、俺は操縦室に行くから」




 母は無言で頷き、インセクタは部屋を出る。


 そして、あの赤い液体に身体を入れる。




「ん?何だあれ?」




 そこにはあの宇宙ゴミが散乱していた。くっつかれると厄介なのでビームを撃って排除する。実に単調な作業だ。ゲームならばここで変な敵が出てくるところだが、そんな事は·····あった。


 囮だとでも言うように宇宙船が背後から現れ、この船の中に乗り込んでくる。ロボットやボールを出すが、出る瞬間目掛けてすぐに潰される。侵入者は相当のプロだ。




「クソッ」




 そして、母のいる部屋に入られ、母にビームが撃たれる。身体にまん丸の穴が空いたのだ。死んだと勘違いしても仕方ないほどに大きな穴が。


 


 侵入者はその母の身体を盾に進んだ。守る事だけが命令にある以上、安易に攻撃する事もできず、多少の傷を負わせるだけでボールはポコポコやられた。




 ガラクタを掻き分け、遂にインセクタがいるところに到着する。




「クッ」




 赤い液体から出て相手に飛び付こうとするが、




「動くな」




 母の姿を見て、一瞬、ほんの一瞬足を止めてしまった。




「なっ、穴が」




 動揺したものの、怒りで身を奮い立たせ侵入者のグレイに襲い掛かる。


 だが、一瞬の隙を見逃してくれるほど優しい相手ではなかった。両足の太ももにビームを撃ち込まれ、簡単に移動能力を奪われてしまう。




「あ、足があぁぁぁあああぁぁぁ」




 あまりの苦痛にみっともない悲鳴をあげてしまう。それほどまでに身体が損傷しているのだ。


 


「あっ」




 頭を撃ち抜かれたのが、この時の最後の記憶だ。


後書き

過去編は一旦終了

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