11 過去から紐解く暗い現実

前書き

こんにちは


本文

 もしも自分が兵器として戦うために生み出されたと知ったら、どんな行動を取るだろうか?


 道具として使われるか。それとも、反逆するか。あるいは、逃げるか。


 王道を選ぶなら反逆だろうか。かの最優秀悪役賞を受賞しそうな主人公も、最初はそんな始まり方だ。




 しかし、世の中はそう上手くはいかない。 


 例えば、戦争で親が殺されたとしても、誰がやったかは分からないし、誰が悪いのかも分からない。


 そもそも大抵の場合は草食動物のように逃げることしかできない。何もできずに無駄な涙が流れ落ちるだけだ。




 もしも、そんな障害を乗り越えたとしよう。最後に待ち受けるのは犯罪者として虐げられる運命だ。絶大な不幸を知らない人間は、殺しはいけないことだと騒ぐだろう。


 


 復讐をしてもしなくても、待っているのは地獄だ。


 ああ、かの偉大な予言者もこの世界こそが絶望の地だと嘆いていた。故に平和を求めるとも言っていた。




 争うことでしか生きられない世界。


 勝者のみが頂点に君臨する世界。


 


 まだ誰も、この絶対的な法則を打ち破った者はいない。








〈インセクタ〉


 寄生する生き物の出産は少し特殊だ。


 交尾をして妊娠した後は、宿主を探して卵を産みつける。


 地球にいる動物の中で例を挙げるとするならばカリヤサムライコバチやアワカワアリヤドリバチだ。




 これだけでも中々エグいのだが、寄生バチはあくまで成長するまでの安全を確保する為であったり、安全に餌を手に入れたりできる程度だ。


 だが、この生き物は違う。一度寄生したら相手の意識を乗っ取り殺してしまう。そして記憶と生物の情報を奪い、完璧に擬態してしまうのだ。更に、他の生き物にも寄生できる。この無限のサイクルを行えば、寿命を無視して行き続ける事が出来る。なんとも異常な能力だ。




 


 俺もどっかの家庭の子供に産みつけられた。


 そして、俺は目を開けた。実に不思議な気分だった。何も知らないのに記憶はあるし、自分の身体ではないのに動かせた。俺が何者なのか分からない。怖かった。




「おお、無事に産まれたか」




 俺は赤ちゃんだが、身体はある程度成長している。話は理解できるし会話も出来る。経験が伴っていない不思議な状態だ。


 俺の周りには二人いた。男に寄生しているのが父親で、女に寄生しているのが母親だ。これが俺の最初の記憶だ。






 それから数日が経った。


 記憶があるおかげだろう。周囲に違和感を与えることなく生活できている。この頃の俺は本当にヤンチャだった。いや、今も十分ヤンチャではあるが、この時はこの時の悪さがある。




「おっ!こいつは初めて見るな」




 ひたすら他の生き物に寄生し、情報を得ては最初の身体に戻る。生き物としての性さがが俺をそうさせた。




 周りとは違うが、それが俺にとっては当たり前だ。他の生き物を殺す事に罪悪感を覚える事はなかった。そもそも、植物ですら生存競争を繰り広げている。悪いことだと思って止めたら、俺達は生きていけない。




 散歩をし、日が暮れれば家に帰る。


 家に帰れば、そこにはいつも親がいた。




「ただいま」


「「おかえり」」




 なんという事もない普通の挨拶。


 本来、挨拶なんてのは無駄の固まりだ。実際、アメリカなんかには「いただきます」や「ただいま」といったものは存在しない。だが、無駄だからといってやらないと、怪しまれる。いつ誰がどこで見ているかなんて分からない。その地域の文化を尊重する事が周りに溶け込む上でかなり大切なことだ。




「今日は毛がいっぱい生えててウニョウニョした奴を採れたぜ」




 男というものは中二病になる前の時期から、ずっと自分がカッコいいと思った行動を取り続ける。これは人間だろうが他の生き物だろうが関係ない。モテたいという生きる為に必要な欲求から来るものだ。この頃の俺は「ぜ」を語尾に付けていた。考えてみるとダサい気もするが、これも大事な経験というやつだ。




「ああ、あれか。何か面白い発見でもあったかい?」




 いつも決まった文だ。父親は常にその疑問を投げかけてくる。




「別に、普通。何も特別なことはないぜ」




 振り返ってみると酷いものだ。当時の自分は気づかないが、年月が経つにつれ、あの時の行動に後悔がこもる。


 過去を変えることなんて並の生き物にはできないだろうから、俺には未来を見るという選択肢しか残されていない。




「そうか」




 いつも通りの会話。


 それは失って初めて知る。あの時は幸せだったのだと。


 だって、幸せは相対的なものだから、ついつい誰かと比べちゃう。ついつい昔と比べちゃう。そして、知らない幸せも世の中にはある。




「ああ、そろそろ違う星に行くから準備しとけよ」


「え?どういうこと?」


「この星の生き物はだいたい知っただろ」


「いや、俺は全然だけど」


「まあ、大した奴はいなかったから問題ないだろ。それに、伝統行事もやっとかないといけないからな。良かったなインセクタ。これでお前も大人だ」


「本当!?やったぜ!」




 たいていの子供は早く大人になりたいと願う。その辛さを知らず、ただそのポジションがカッコいいからという理由だけでなりたいと思う。


 大人になるということは親から離れ自立するということだ。自分で食糧を採取し、自分で寝床を確保しなければならない。


 だが、そういう決まりがあるわけではない。この生き物の場合、一人前になるという意味であって、一人で生きていくというわけではない。だからこそ気楽だった。






 そして、宇宙船に乗った。


 初めて見る広大でどこまでも続く宇宙。


 青や赤といったカラフルで綺麗な星々。




 こんな時にこそカッコいい言葉を言いたいものだが、そんな余裕はなかった。文字通り言葉を失っていたのだ。俺はこんなにもちっぽけな存在だったのかと嘆きたくなる。


 同時に宇宙よりも大きくなりたいと思った。子供の考える下らない夢だ。ヒーローになりたいとか魔法少女になりたいという夢となんら変わりない。




「いた。あれだ」




 宇宙船が少し進んだところで、それはいた。


 空気のない場所に生命体、あるいはそれに似た何かが漂っていた。決まった形を持たず、液体のようにフワフワ浮かんでいる。




「あれが前に言ってた奴か」


「ええ、そうよ」




 無口な性格の母が珍しく口を開いた。それほど大事な儀式なのだ。少なくとも、文化とか伝統とかが無駄だと思う俺の考え方を、僅かばかり変える程度には重要だ。




「で、どうやってあれに触るんだよ?」




 宇宙の中をふわふわと漂っているのだ。宇宙船を飛び出て気軽に触ろうものなら、魂は遥か彼方へと解き放たれるだろう。そんな目に遭うのはごめんだ。




「自分で考えてみな」


「···は?」


「無理なら無理でいいさ。まだ一人前とは呼べないってだけで何か問題があるわけじゃない」


「何だよそれ」


「まあ、インセクタがどれくらい柔軟な発想ができるか試してるのさ。なに、高い所に吊るされた石を台を使って取る程度の問題だ」




 何だ、簡単そうじゃないか。そんなものすぐ終わらせてやろう。




「何にも情報なしってのはキツイから、ヒントを教えよう。宇宙では絶っっっっ対に触るな」


「ヒントってよりもクリア条件に近いんじゃないか」


「そうだな。あれは死体だから宇宙で寄生すると死ぬんだ」


「え?じゃあ何で宇宙を漂ってるんだよ」


「死体でも能力が消えないんだよ。だからああやって宇宙に廃棄してるのさ。迷惑なことだ」




 違法放棄と言いたいところだが、これをやった国では正当な行為だ。まさしく『国家ぐるみの犯罪は犯罪にならないゾイ☆』という奴だ。他の星にも被害が出るのでたまったものではない。しかし、この国としてはそれで十分目的を達成できる。実にイヤらしい。




「まあ、生きてても長い間宇宙にいる事は不可能なんだけどな。さて、どうする。使用可能なのはこの宇宙船だ」


「それしか持ってないだろ」


「そうだな。じゃ、あとは頑張れ」


「ああ」




 さてと、どうやるかな。とは言ってもチンパンジーがバナナを取るくらい簡単な事だ。悩む必要性なんざない。


 まず手頃な星に下りて空間を歪ませる。次に空気があるところで触る。それだけだ。なんて単純明快。散々馬鹿だと自虐してきた俺だが、今回は調子に乗らせていただくぜ。




「速攻で終わらせてやるぜ!」




 俺はキメ顔でそう言った。




「気を付けるのよ」




 母が心配した表情で声をかけた。


 何だか急に不安になってきた。




「えっと、そんなにヤバイの?」


「そうね。環境に優しいゴミ掃除の伝統だと思ってかかると痛い目を見るわ」


「ちょっとそれは言い過ぎじゃないか」


「だって」


「信じてあげよう」


「···そうね」




 父まで会話に参加しだした。この伝統には隠された何かがあるのか。嫌な話だ。さっきまで調子に乗っていたのに、調子から降りなきゃいきないではないか。




「じゃ、もう始めていいよね?」




 俺の問いに両親は頷いて肯定を示した。


 俺は赤い液体の中に入り宇宙船を動かした。手頃な星に下りるとは言っても生物が住める星というのはそう多いものではない。ただ、あの死体を廃棄しているのだから当然近くに都合の良い星がある。




「おい、気を付けろよ」




 赤い液体の中なので声を出す事はできない。なのでインセクタは首縦に振った。


 死体を廃棄しているヤバい連中がいる星だ。バレたら攻撃してくる事は目に見えて明らかだ。インセクタは人がいなさそうな森の中に着陸した。そこにはミステリーサークルと言うべき円ができた。今回は大丈夫だが、ただの遊び心なので作るできではない。




(よし。あとは空間を歪めるだけだぜ)




 稲妻が迸り宇宙空間と森を繋いだ。そんな事をすれば空気が抜けてしまいそうだが、その程度の調節は可能だ。もうお茶の子さいさいだ。


 死体は歪みを通りこちらにやって来た。そして、落下した。重量に縛られているのだから当然の結果だ。しかし、その後の展開は違う。地面に着いたと同時に土を吸収して奥へ奥へと深く入り込んでいった。


 俺はすぐさま赤い液体から出て廊下を通り外に出た。その頃には5メートルもの深さの穴ができていた。




「今回は弱い奴か。運が良いな」




 一緒に着いてきた父がそう言った。


 個体差があるのは当たり前だが、これよりも上があるというのは恐ろしい。こんなのを宇宙に廃棄するとか馬鹿なのではないだろうか。




「これ、本当に大丈夫?」


「大丈夫ではないが、死にはしないさ。何だ?怖じ気づいたのか?ここまで来たのにそれはないなぁ」


「ムッ!」




 この頃の俺は安い挑発に乗る単純な男だった。


 いや今もだわ。




 そんな事はともかく、俺は死体に手を触れ乗り移った。さっきまで使っていた身体は死体に覆い被さり吸収されそうになったが、間一髪のところで父が止めた。




「爪が甘いな。いや、挑発したのがいけなかったか」




 その通りだ。もっと反省して欲しい。


 だが悲しいかな。口がないので喋る事ができない。というか記憶が流れ込んできてそれどころではない。


 


 今だからノホホンと思い出す事ができるが、当時は本当に気持ち悪かった。純愛だと思った漫画がNTR寝取られ系だったという衝撃展開の100倍くらい辛かった。漫画は自分の話ではないから正気を保てるが、今回は本当に危なかった。


 この死体が生きていた時、こいつが何かを感じるなんて事はなかった。痛みも苦しみも恐怖も怒りも恨みもなく、ただ虐げられてきたのだ。身体を端っこから食いちぎられているのに何の抵抗もできず眺めている事しかできない。




 そして、ふと思ってしまうのだ。どうして自分はこの世に生まれてきてしまったのだろうか、と。


 生きている以上、争いを避ける事はできない。動物は当然のように食う食われるの激しい弱肉強食競争を常日頃繰り広げている。植物は一見して平和な日々を送っているように見えるが、そんな事は決してない。動物に食べられたり、他の植物との栄養の争奪戦があったりする。この世界は争いに満ちている。


 一つの種族が生態系の頂点に君臨したとしても、争いは終わらない。今度は助け合うべき同族同士で争い始める。いつになっても終わる事はない。


 ただし、争いを嬉々として好む者もいるだろう。それはある意味で救いなのかもしれない。


 しかし、争いには勝者と敗者が同時に生まれる。引き分けなんてものはミニゲームだけの話だ。勝者になれば全てを手に入る。実に素晴らしい事だ。その代わり敗者には何も残らない。跪き地べたを舐める事しか許されなくなる。そんな敗者はこの世界におびただしいほど存在する。


 どうしてこんなリスクを背負ってまで争い続けるのだろうか。生き続ける事はどうしてこんなに苦しいのだろうか。老いに怯え、病に悩まされ、死への恐怖に真っ正面から立ち向かわなければならない。自ら魂を肉体と切り離す行為は、生の苦しみから解放される正当な手段なのかもしれない。


 しかし、これはあくまで敗者の話だ。




 仮にだ。もしも勝ち続けたとしよう。その先に待っているのは希望だろうか。いいや、この世界にそんな物が永遠に与えられる事はない。


 結婚して順風満帆な生を謳歌するものでも、必ず苦しむ時がある。それは愛する者と別れる苦しみだ。どれだけ人生の勝ち組であろうと、交通事故や雷といった唐突な死は回避できない。唐突でなくとも、後悔のないようにお別れの言葉を伝えあった最期だとしても心に穴が空いた状態になるだろう。どれだけ言葉と行動で愛を表現しようとも、心が離れ不倫されるなんて事はある。心がここにないような悲しみを経験する事になるだろう。愛がありすぎれば、心を抉られることもある。


 誰かを蹴落として上に進めば、敗者は怨み憎む。もしも敗者が勝者に会ったのならば、包丁を手に取り命を奪うだろう。ここで立場は逆転する。元敗者は苦しみを捨て、新たなステージで躍り狂い、笑いながらこの世界を満月するだろう。だが、元勝者を愛する者達、あるいは元勝者の恩恵で生きていた者達は元敗者を怨み憎み再び包丁を手に取る。それは決して終わる事のない連鎖。生きているが故に、心を持ってしまったが故に止まる事なく縛られ続ける。


 例え全てを倒した勝者でも、手に入らない物はある。どれだけ世界を探しても、どんな強大な力を手にしても、海水を流しているように決して潤う事はない。永遠に渇き踠き苦しむ。求める物が思うように得られない苦しみを味わうだろう。


 そして肉体と精神は思うがままにならず朽ち果てていく。




 もしかしたら、欲がなければこんな思いをしなくて済むのだろうか。


 お金は増やそうと思うから駄目なのだ。どれだけ手元にあっても、例え世界一になっても金の執着心が失われる事はない。最初から持たなければ得ようとする苦しみはない。


 愛という偽りにまみれた物も捨てるべきだ。繁殖しようとするから、生殖するから、気持ち良くなりたいと思うから副産物として苦しみながら生きる子供が生まれる。人為がなければ偽る必要もなくなるだろう。


 そして、生を諦めれば苦しみから解放される。いずれ訪れる世界の終わり、再開の日は絶望ではなく希望。永遠と終わる事のない苦しみからの唯一無二の解放だ。煩悩に支配されたこの悪しき世界を、洗われるべきこの土地を、終わりが始まる特異点が包み込んでくれるだろう。


 ああ、預言者様。ありがとう。終わりを教えてくれて。これで俺は救われる。俺は死ぬ為に生まれてきたのだ。




「ぉ~ぃ」




 何だ?何かが聞こえた気がする。しかし、この身体は死によって既に解放された後だ。五感という物はほとんど機能していない。つまり、さっきのは気のせいという事だ。


 あれ?そもそも何で俺はこんな死体に寄生しているんだ?いや、そうだ。この汚ならしい世界から解放される為に死の素晴らしさを学んでいたんだ。こいつが救われたように俺にも光が待っている。




 まさしく光が待っていた。宇宙船からビームが放たれ、俺は身体の半分を失った。  


 そして、俺は思い出した。取るに足らない、下らないと思っていた伝統に翻弄されていたという事実を。


 俺はすぐに死体から飛び出し、外に出た。しかし、そこには36メートルもの深さの穴ができていた。36メートル、36メートルだ。36メートルといったら、アルゼンチンで発見された地球史上最大の生き物アルゼンチノサウルスやパタゴティタンと同じくらいの全長だ。いや、恐竜の方が大きいかもしれない。なんたって全身の化石が見つかったわけではないから、計算である程度しか推測できない。100%確実かと聞かれれが、イイエと元気良く答えるだろう。だが、その深さは十分想像できるだろう。


 そんな深い穴の中にいるのだ。さて、どうしたものか。困ったものだ。もしも俺が一人だったのなら冷静さを失い恐怖で泣き叫んでいただろう。親でも友人でも恋人でも繋がりというもの大切だ。もちろん裏切られる可能性はゼロと言い切れないが、今回は大丈夫だ。親が裏切るのは大抵の場合、宝くじを当たった時か金銭的に生活できない時ぐらいだ。そう、お金って大事。


 


バチバチッ




 そして、空間が歪んだ。今の俺は風が吹けば死んでしまう貧弱な存在だ。自分の力で歩くなんて事はできない事はないがやりたくない。そんな事をしたら全身が筋肉痛になってしまう。そんなのはごめんだ。


 そして、俺が元々寄生していた身体が投げ込まれた。父親というものはどこの家庭でも適当なのだろうか。もう少し大切に扱って欲しい。


 そして俺は自由を取り戻し空間の歪みをくぐった。




「俺!復活だゼィ!!!」


「おー、それは良かったな。で、どんな感じだった」


「何て言えばいいかな。生きてるのが嫌になったぜ。最初に言ってくれれば、もっと耐えれたのに···」


「それじゃぁ駄目なんだよ」


「何が?」


「寄生する時に記憶を知るんだ。この先、あれよりも辛い事を知るかもしれないだろ?あれくらいは我慢できなきゃ一人前とは言えないな」




 なるほど。不幸の最低ラインがどんなものかは知らないが、争いに満ちた世界だ。不幸なんてものはザラだろう。そもそも幸せというものは相対的だ。ふとした瞬間に下らないと思う事だってある。知っていると言っても、所詮は他人の経験。俺の不幸ではない。




「大丈夫だぜ。本を読んでいるようなもので、感情移入はするけど、それだけだぜ!」




 実際は本を読んでいるなんて生易しい感覚ではない。その生き物に乗り移っているのだから、経験も本物だ。




「じゃあいっか」 




 軽く流された。こんな会話を続けても何にもならないと理解しているのだ。




 そして、宇宙船の中から母が出てきた。これが意味する事は、母が俺に向けてビームを繰り出したという事だ。衝撃的だ。普段から物静かなので、こんな苛烈な人だとは微塵も思わなかった。




「母が俺に撃ったの!」


「そうよ」




 平然と、それが当たり前であるように答えた。いや、俺が知らないだけで、それが当たり前なのかもしれない。あるいは撃つ前に葛藤したのかもしれない。


 まあ、そんな事を知らない俺は声を大にして非難した。




「何でそんな危ない事をするんだ!死ぬかもしれないだろ!」


「大丈夫よ。死んでないんだから」


「結果論じゃないか!」




 まるで事の重大さが分かってない。息子の事を大事に思ってないのか?愛はないのか?


 あれ?愛って何だ?コンビニに298円で売ってる食べ物なのか?




「でも、あのままだったら星を貫通していたでしょ?」


「?」




 何言ってんだ、このクソババアは。




「ほんの数分であの深さなんだから、危ないでしょ?」




 なるほど。確かにその通りだ。どのくらいの時間がかかるかは分からないが、どんどんと下に落ちていき、やがて貫通するかもしれない。 


 他の生き物に寄生する事で生きている俺達が、わざわざ自分の首を締めるような行為をするのはよろしくない。宇宙船があるから大丈夫だと油断していると簡単に滅んでしまう。星の数に比べて、生物がいる星の数はあまりにも少ない。そもそも星一つを気軽に失ってもいいなんて感覚が危ない。


 クソババアは言い過ぎか。




「でもさぁ、もっと他に方法があったはずだぜ」


「例えば?」


「···えっと」




 特に何も思い浮かばない。




「ないでしょ?」


「ぐぬぬ」




 考えて言葉を使わなければ駄目だ。そうでないと簡単に論破される。


 こんちきしょう。




「声が届かないからなぁ。ああするしかないんだ。俺達も親に撃たれた」




 父は母の肩を持った。




「まじか!撃たれてたのかよ。それなら、もっと痛くないように工夫とかできたはずだぜ!」


「どんな工夫よ?」


「端の方を撃てば痛くもないし、正気に戻れたはずだ」




 どうだ。今回は完璧に反論できたぞ。俺も一人前の立派な大人だ。いつまでも馬鹿なままだと思うなよ。




「それだとスライムの能力が残るじゃない。2発も撃つなんてエネルギーの無駄だわ」


「ケチ!」


「失礼ね。節約家よ」




 どっかの相棒と似たような性根をしていやがる。相棒はケチと認めるあたり少し違う気もするが···。


 気持ちは分かるし節約は心がけているが、納得できない。




「こういう時にこそ使うべきだろ!何の為に日々省エネ生活をしているんだよ!」


「いざとなった時に使う為よ」


「いざってなんだよ?」


「ヤバい国?から逃げる為よ」




 国というか、団体というか何と表現すればいいかは分からない。


 だが、何を言いたいかは分かる。あのスライムを開発して宇宙に棄て、他の星を消して回っているヤバい国だ。あの宇宙船で逃げ切れるかは定かではないが、エネルギーがあるにこした事はないだろう。




「納得したぜ」




 やっぱり命は大切だ。勝てない相手からは逃げる事も大切だ。意地やプライドでは何も残らない。




「話は終わったか?」




 父が話に混ざってきた。いつもは父が多く喋るが、今回は母が多く喋っていた。珍しい事もあるものだ。




「ついでだし、ここの星も散策しないか?」


「いいわね」




 父の提案に母は即答した。




「いわ、俺は止めとくぜ。さっきので疲れたからな」


「そうか。じゃあ宇宙船で休んでいるといい」


「分かった」




 俺は指示された通りに宇宙船に入り、寝転がった。




「ふ、ふふふ。ふはははっ!」




 自然と笑っていた。それほど嬉しかったのだ。大人になって何かが新しくできるようになったわけではないが、その称号と親と同じ目線にいるという事実が俺を高揚させた。




「これで俺も一人前だぜぃ!」




 気分は最高。分かりやすく言うならばチョモランマだ。地球一の山だ。普段から馬鹿な俺だが、この時の俺は更に馬鹿だった。あまりにも浮かれていた。


 そして、




 ニッ




 不敵な笑みを浮かべた。




 俺はすぐさま赤い液体がある部屋へと向かい中に入ろうとした。




「大人なんだから、別に良いよな」




 だが、ここで俺は躊躇った。普段からあんなにエネルギーを大切にしろと言っているのだ。こんな遊びで無駄に消費するのは良くないことだ。




「大人とは我慢するものだ」




 大人になったという自覚が阿保な行動を止めたのだ。




「あれ?」




 ここで一人前になったばかりの大人は一つの疑問を抱いた。


 どうして我慢しなければいけないのだろうか、と。


 考えてみればおかしな話だ。夜更かしできる大人が、我慢をしないはずの大人が、こんな下らない事で我慢を強いられているのだ。今まで想像していた姿とは何かが違った。




「もしかして、大人ってあんまり自由じゃないのか?」




 そうだとすれば俺は現実が見えていなかった馬鹿なガキではないか。良い所に目を向けていただけで、悪い所はちっとも知ろうとしなかった。メリットとデメリットの二つが同時に存在するのは良くあることだ。それを都合の良い事にしか目を向けていないなんて子供じゃないか。




「あれ?子供の方が自由だったんじゃないか?」




 なんて皮肉な話だろうか。憧れていたものの方が不自由で、昔の方が自由だったなんて。経験してみなけば分からない事だが、これはかなりショックだ。


 まあ、いきなり生活が変わるわけではない。気楽にいくべきだろう。




「大人って事は、俺も誰かと結婚するのか?」




 いや、それはない。起源がヤバい国で作られた兵器なのだ。この頃はまだ知らないが、親以外の同族とあったことは一度もない。いくら何でも、数が少ない事ぐらいは分かる。そもそも愛というのを理解できているようで理解できていない時期だ。友愛や恋愛が分からないのだ。偶然出会っても、そんな展開にはならないだろう。両親が帰ってきたら愛について聞いてみるか。




「あ~あ。暇だな」




 やる事がないと、こんなに退屈なのか。そうそう、そういえば前の家から持ってきたパズルがあったんだ。


 俺はゲームがある部屋へと向かった。




「これだ」




 ピースを繋げて一つの大きな絵を作る単純な物だ。確か完成すると国の地図ができるはずだ。




「······」




 割りとゲームは集中してやるタイプだ。友達がいないから遊び道具だけが俺の退屈を和らげてくれる。


 ボールが友達!とまでおっしゃるサッカー少年様ほどではないが、ゲームはとても大好きだ。




 さて、パズルの話をしよう。


 パズルを完成する基本中の基本として角と辺から探す、という事が挙げられる。初心者でも分かる簡単な事だが、これはとても大切な事だ。闇雲にそれっぽい所を繋げるだけでは決して完成しない。


 そして、角と辺が完成したら繋がる所を少しずつ探していくのだ。これがとても大変であり、パズルの奥深い魅力と言えるだろう。俺も初心者なので、もっと早く見つけられる方法があるかもしれない。だが、俺は今の状態で満足している。誰か競争相手がいるわけでもないのだ。のんびりと気ままに自分のペースで進めれば良いだろう。




 ズガンッ




 突如、宇宙船に衝撃が走った。




「あっ、あああぁぁああ」




 その衝撃のせいで今まで頑張って作っていたパズルが崩壊してしまった。見るも無残な状態になってしまった。ピースはあちこちに散らばり、俺の努力は泡のように消えた。




「ぐぬぬぬ」




 退屈しのぎと言えばその程度だが、それでも良い感じに繋がっていたのだ。完成にはほど遠いが、どんな地図なのか断片的でも分かるようになってきたのだ。


 それがいとも簡単にバラバラになってしまった。何という悪行。許されざる行為。絶対に一発ぶん殴ってやる。そうしなければ気が済まない。




 俺はすぐに操縦室に向かった。


 そこには赤い液体の中に母の姿があった。父の姿は見当たらない。トイレかなんかだろう。




「母!何であんな大きな振動がしたんだ!おかげでパズルがバラバラになったじゃないか!一体誰のせいなんだ!」




 宇宙船が飛び立つ時、あんな大きな衝撃はしない。つまり何か外部から干渉があったという事だ。そんな不届き者は成敗してやらなければ。




 母は赤い液体から出てきた。だが、様子がおかしい。鼻水は出ているし、手で顔を押さえているが涙がこぼれ落ちている。




「えっ」




 さっきまでの怒りが時空の彼方に吹っ飛んでしまった。




「な、何があったんだよ」




 母は、ゆっくりと口を開けた。




「お父さんが、殺されたの」




 この時からだ。俺が復讐の檻に囚われたのは···。


後書き

過去編 続きます

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