10 殺意拒否
前書き
一ヶ月に一回は投稿します(目標)
本文
俺とダレスはある部屋を目指して歩みを進めた。
ふと、疑問に思った事がある。俺と一つの身体に存在しているレセクタは予言者を探す為に色々な星の生物に寄生させ情報を収集させた。そして、予言者の居場所を居場所が地球であると分かった今、生かしておく必要はない。それにも関わらず、どうして俺と融合させたのだろうか?
『きっと、ダレスもこんな感情を抱いたんだろうね』
全ての生物を不老不死にしようと考えていた頭のおかしな奴を吸収した事でその答えは明らかになった。
何て事はない。このインセクタも作られた存在だったのだ。そして、費用が無駄になるからという理由で従順に従う兵士を製造していたわけだ。しかも、今まで吸収してきた情報をエネルギーのある限り再現できるオマケ付きだ。
『でもまあ、確かにこれなら抵抗している勇敢な同士達の中にも簡単に紛れ込めるし、死形態なんていう自爆でもすれば星の一つは吹き飛ばせるからね』
避難民だと思ったら急に死ぬなんて、なかなかにエグいな。善意を持った心優しき者が阿保みたいに魂と解離するなんて、実に憐れな事だ。
『そして、その死形態とやらから更に変化した時、新しいステージに昇る事が出来るのかな?』
安直にネーミングするならフェーズ5といったところだろうか。いくら生物の如く変化、変貌する事をモチーフで作られたフェーズだからといって、さすがに死は越えられないだろ。
『いいや、分からないよ。宇宙の形が生物の脳みたいだ、何て言う人間もいたわけだし、案外世界そのものになれるかもしれないよ。世界になれば、もしかしたら死を回避できるかもしれないし』
何ともまあ壮大な話だ。不老不死の次は世界だなんて、馬鹿げたもんだ。そんなもん無理に決まってんだろ。大体、不老不死になった後はどうするって話だ。そこまでして生きる価値があるのかね?
『まあ、分からないけど不老不死になれば永遠に研究を続けられるし、世界になれば時間を巻き戻せるかもしれないよ』
つまり希望的観測というわけだ。あるいはただの当てずっぽう。適当な事ばっかり言って楽しいかよ。
『楽しいか?違うね。こんなに溺れそうになるほど苦しい世界なんだ。ちょっとくらい楽しいと思わないと。いや、そう錯覚しないと生きていけないだろ』
麻薬とかアルコール依存性みたいなもんか。でも、何かに縋る事が正しいとは限らないぞ。
『正しい?何言ってんだよ。大きいとか小さいと違って、そんなもんは常に主観的だ。客観的な正しさなんてないんだから、そういう時は自己中心的な考えで行動しても良いと思うよ』
一つの身体に魂が二つ存在している事を忘れているのか?思考が共有されているんだからもっと遠慮とかをしろよ。
『良いだろ、別にちょっとくらい楽観的になったって』
ネガティブとポジティブのどちらが優れているかは分からないが、そういう事を考えるのは全ての事が終わってからでも良いだろ。これから行く部屋は、お前に関わる事だ。それに、わざわざ歩いて進むって事は、怖いんだろ。思考が分かるんだから、隠せないぜ。
『全く、俺を作った奴は相当間抜けなようだね。こんな感情がなければ、完璧な兵器として活用できただろうに』
感情がなければ騙せないだろ。相手は知的生命体なんだ。常に考えて行動しなければならない。
『教育次第では詐欺師がわんさか生まれそうだね』
実際、詐欺師の役割も期待されていたんだろ。そのくらいの能力がなきゃ、他の星に侵入する事は不可能だ。
『意味を持って生まれるというのも楽じゃないね』
自分で探した方が楽しいのかもな。もちろん、見つからなくて自殺するような人間もいるわけだが。
『宇宙にいる全ての生命の中でも、進んで自殺するのは人間だけだろうからね。でも、俺は最後まで足掻くよ。そっちの方が楽しそうだからね』
しょうがない。満足するまで付き合ってやろうじゃないか。止まるんじゃないぞ、相棒。
『任せてくれよ。面白いものを見せてやるさ』
だんだんと俺達は狂っていく。
「パパ、本当に誰もいないね。ロボットとかも全部吸収したの?」
「ん?ああ、そうだな」
どれだけ道を進んでも、魂を持つ者は一向に現れない。コピーに与えた目的はしっかりと遂行されている。抵抗すらさせず、後悔すらさせず、気付く前に魂と肉体は離れている。
そして、一つの扉の前で足を止める。
「ここだ」
俺が手を触れると、ドアは自動で開く。まるでそこに壁などなかったかのように進むべき道が現れた。
その部屋には赤い液体で満たされた容器がいくつもある。そして、その中には魂を持つ生命体が入っていた。場所を取らないようにするためか、足を折り畳んで身を小さくしている者もいる。
「さて、助けるとかいう、柄にもないことをやりますか」
「別に柄にもないことではないと思うけどね」
コピーを新たに作り出して、液体を抜くという目的を与える。コピーがシステムを操作したおかげで数十秒後には全ての液体が抜けた。中に入っていた者達は、意識がないのか底で踞っていた。
「ほら」
俺はダレスに鉛筆の代わりに刃が付いたコンパスを渡す。ダレスはそれだけで意図を読み取ったのか、特に質問もなく容器にひびが入らないように穴を空けて中にいる者達を助けた。
俺も同じように穴を空けて中にいる者達を助けた。
「ふー、面倒臭いな。コピーにやらせるか」
穴を空ける時に破片が飛び散って要救助者に怪我をさせてしまっては駄目だ。それ故に慎重にならざるを得ない。そして中に入って要救助者を出す。この流れがかったるい。
一連の流れを目的として与えたコピーは一瞬で全員を救出した後、エネルギーの消耗を抑える為に俺に吸収された。ダレスは何とも歯痒そうな表情を浮かべた。
「ん?何か、変だな」
魂に何かが絡まっているように見える。それが何かは分からないが、とても不気味だ。何とも不思議なのが一部の者には付いていないという事だ。
その中にいた者達は気絶している。動けないはずだ。それなのに、何事もなかったかのように、悠然と立ち上がった。
「クソ!これは、最悪だ」
「失敗、か」
俺達が来る前に、既に融合されていた。こうなってしまったら、助ける手段はない。あるいは、探せば見つかるのかも知れないが、俺にはやる気も根気も能力もない。ゴリ押ししか出来ないただの馬鹿なのだから、彼らはここで倒さなければ、ならない。
あの科学者の記憶があるのに、どうして見落としていた?いや、別の事に気を取られていたからだ。俺は本当に間抜けだ。
俺は吸収する為に触手を伸ばした。躊躇すれば、結末は悪くなると、自分に言い聞かせながら。しかし、触手は彼らに当たる事はなかった。
「な!は?え?」
何故こんな事が起きているのか理解出来ない。エネルギーは足りているはずだし、もっと伸びるはずだ。それなのに彼らを攻撃する事が出来ない。
攻撃?何か、見落としている気がする。
『俺は同種を殺せない。殺意を持った攻撃が止まったという事は、彼らは俺達と同じだ』
そういう事か。それならば違う事をすれば良い。
触手を魂が絡まっていない者に伸ばしこちらに引き寄せようとする。しかし、二重の意味で融合している者達はそれをよしとしなかった。
腕を刃物のように変形させ俺の触手を切り落とした。その衝撃的な行動に俺は反応が出来なかった。
「いつぅ」
瞬間、紙で指を切ったような痛みがして触手を元に戻した。
彼らは俺を普通に攻撃出来るのか?何か、ロックのような物でも解除された状態にいるのか、既に死んでいて無理やり身体を動かされているのか。その答えはあの科学者の記憶を探った事で分かった。ようするに、殺意がなければ良いのだ。過失やフェーズ3の状態なら同種でも殺せる。
「何!?一体どうなってるの?」
ダレスは今、完全に回復している。俺には殺意を消すなどという高等技術は持ち合わせていない。しかし同種ではない、他種のダレスの刃なら届くはずだ。
『あぁ』
相棒は拒否とも同意とも取れるような返事をした。どうしようもない状況とはいえ、嫌なのだ。何か助ける方法は無いかと考えてしまう。心は既に、ボロボロだ。
それでも俺は、無情に、無慈悲に、返答した。
「捕縛を···いや、駄目だ。いいか、ダレス。俺は攻撃できないから、ダレスが止めをさせ」
一瞬、迷ったが諦めた。永続的に捕まえておく事が出来ないし、逃げられたら困る。
「えぅ···。分かった」
短い文だけでは伝わらない。それでも、俺の命令を聞いてくれた。そして、ダレスは銃を構えた。
相手の人数は8人。そのうち、2人は融合された感じがしない。横たわったままだ。
何故か、もう一人のリザードマンに似た、二足歩行のトカゲのような宇宙人の子供に既視感がある。これは誰の記憶だろうか。
最初に行動したのは、光の速さで動ける馬鹿みたいな能力を持った男だ。記憶を探る限り、彼らは阿保みたいな能力を保有していないので、彼らは一切反応出来ていない。やはり、単純なゴリラの押しこそが脳筋にはちょうど良いのだ。
伸ばした触手を6人に巻き付け行動不能にする。彼らも同じ能力があるので吸収しようとするが、反発しあって上手くいかない。
「今だ」
合図と同時にダレスは引き金を引いた。同じ能力ならば、こちらに出来ない事はあちらにも出来ない。一撃必殺ではないが、ビームならば確実に相手を削る事ができる。ビームは吸収できないからだ。
彼らは身体を大きな盾のように変化させる。一人が犠牲になる事で他の者を守るという面倒臭い戦術だ。盾使いだけがダメージを受けるが、他は特に何ともない。
他の6人は身体をスライムのように変化させ、触手の縄をニュルんと抜け出す。そして、身体を刃物に変え触手を切り落とした。
今回は、触れても吸収できない。おまけに生み出した奴のせいで殺意を持って攻撃できない。今までのパターンが一切通用しないのだ。想定はしていたが、対策は完璧ではない。頭の中で、逃げるという選択肢が現実的になってきた。しかし、逃げた場合は更なる強敵として再び現れるだろう。
相手は攻撃手段のない者よりも、ある者を倒した方が早く終わると思ったのかダレスに視線を向けた。
それは必殺技。今までサ·レセクタという男がやっていた触手による全方位からの攻撃だった。5人がそれぞれ伸ばした触手はダレスには回避出来ない。いくら見えていても、それを掻い潜る隙がないのだ。どうしようもないピンチ。人質にして終わり。そんなどこぞの馬鹿と同じような慢心が、同種である彼らにもあった。
ザシュッ
一振で何本かの触手を切り落とし、無理矢理こじ開けた穴を通って、ダレスは当たれば死ぬ攻撃を回避した。そして、標的を失った触手は宙でぶつかりあった。
彼らは何が起こったのか理解出来ない。否、どうして切られたのかが理解出来ない。触れれば吸収されるはずだ。それなのに、出来ない。困惑と恐怖が彼らの中に生まれた。自分の意思とは関係なしに殺さなければいけない無念と悲嘆が、完全に塗り変わった。
何故、吸収できないのか?答えは簡単だ。サ·レセクタが作った武器だから反発し吸収できないのだ。
『本当に、一人で来なくて良かった』
全くだ。
ダレスが共に行動している最大の理由。それは、何とも情けない話だが、サ·レセクタがどうしようもないほど弱いからだ。何にも守れないからだ。守るべき存在に守られる程度には、雑魚なのだ。
自分達が狩られる可能性があるという恐怖により、彼らの攻撃手段は変化した。触れても武器を吸収できない。ならば、武器ごと本人すらも殺そうと決断したのだ。
元々、他の生き物に寄生して生きている生物。同種ならばともかく、他の生き物の命を優先するほど心は強くない。いくら操られていて、自由とはほど遠い状態だとしても、自己犠牲とか死にたいという感情は決して生まれない。そういう風に作られた生き物だ。あるいは、生き物自体がそういうものなのかもしれない。
一人が顔をティラノサウルスのように変形させてダレスに迫る。その力は六トン、自動車すら粉々にしてしまうほどの破壊力がある。
ガチッ
勢いよく顎を閉じるが、そこには空気しかなかった。ダレスは宙を舞い、身を翻しながら照準を合わせて狙い撃つ。
予測でもしていたのか、タンクの役目とも呼べる盾は射線を遮るが、弱い男の華麗なる殺意なきライダーキックが炸裂し、壁にぶつかる。そして、光る銃弾が恐竜頭にクリティカルヒットした。
「ぐうぁぁ」
恐竜頭は悶え苦しんだ。そう、このビームはとても痛いのだ。いくら痛みが減っているとはいっても、痛覚はある。反射できる壁も出せないような奴にこれを防ぐ術はない。
そのままダレスは連射した。恐竜頭は撃たれた所を回復させ続けるが、その速度は遅くなるばかりだ。エネルギー切れが近い。心苦しいが、こいつはここで終わりだ。
シッ
音を出さずに他の4人がダレスの攻撃を阻止しようと襲いかかる。阻止されると困るレセクタは、殺意が乗らない、死なない攻撃として、重力を操り4人を壁に押しつけた。
これで一人倒す事ができる。邪魔がなければ大丈夫。生物の生への異常なまでの執着を知っているのに、愚かにも彼は勘違いした。
恐竜頭は、顔を、身体をスライムのような粘りけがある姿を変化させた。もちろん、この状態でもダメージは受ける。だが、狙いはビームが当たる瞬間に身体に穴を開けるというシンプルなものだ。それは、未来を見るどこぞの餅のようだった。
撃ったビームは反射し、今撃ったビームとぶつかる。音もなく、ビームは消えた。
そこから恐竜頭の反撃が始まる、ように思えたが、ダレスは即座に離れた。臆病者から学んだ行為だ。
恐竜頭は、先に仲間を解放する選択を選んだ。口を開け、強烈な噛みつきを喰らわせる。しかし、レセクタはびくともしない。単純にエネルギーの総量が違うのだ。相手よりも多くエネルギーを使えば馬鹿みたいに身体を固くできる。星をまるまる一個飲み込んだ相手に勝てるわけもないのだ。恐竜頭はそのまま重力の方向と大きさを変えられて壁に押し付けられた。
今度こそ、終わり。ダレスがとどめをさすだけ。そんな雰囲気を醸し出していたが、違和感に気づいた。
「あれ?人数が足りない?」
タンクの役割をしていた奴がいない。ライダーキックで吹き飛ばした所には、くぼみしかない。
「もしかして、逃げられた?」
どんなに強大な力を持っていようが、扱う奴がクズなら何の意味もない。まさしく、豚に真珠。猫に小判。そして、能無しにチート。
だが、辺りを見渡すだけで、簡単に見つかった。
「いた!」
しかし、タンクの役割を持つ者は、誰かを二人ほど抱えている。見た目はパンダ色の二足歩行の犬、といったところだ。意識はない。
記憶を見る限りだが、支配されている感じはしない。
「言葉は、通じるな?」
よく見ると、首筋に刃を押し当てている。つまり、人質とい事だ。なるほど、これは困った。これから始まるのは単純な戦闘ではなく、交渉だ。
「はい、予言者様が統一してくれましたから」
敬語は相手の印象を良くする、らしい。
「そう言えば、次の転生する場所は地球だったか。そのくせに、簡単に捕まったのか」
「何年も前に技術を教えてもらった方々とは格が違うんです」
「それもそうだな。さて、本題に入ろうか」
唾を、飲み込む。
「こいつを助けて欲しければ、俺達の命を見逃せ」
「つまり、この壁にへばりついている方々と物々交換をする、という事ですか?」
「そうだ。お前だって、同族を殺したくないだろ?」
『······』
情に訴えるのは苦しい。気が狂った狂人か、大を生かす為に小をを捨てる諦めた者でなければ、心が締め付けられる。
「先に攻撃してきたのはそちらでしょう?」
「許しくてくれ。仕方ない事なんだ。俺達は既に侵食されている。命令には、逆らえないんだ。俺だってお前を殺したくない」
殺したくないけど、身体は勝手に動く。困ったものだ。それならば、子供を人質にするとか、親が子供を殺すとか、そういう事ができるわけだ。
「その命令は、宇宙の終焉までに全ての生物を絶滅させる事だろう?」
敬語は、止めた。
俺があの星を丸々飲み込んだのも、この命令の部分だけが残っていたからだ。王とかいうのは、本当に狂った野郎だ。
「っ!ああ、そうだ。だから」
「だから、今は見逃せるってことか?まだ、時間はあるから、そもそも殺せないから、逃げてくれということだろ?」
何故、全生物の絶滅を目論んでいるかはわからない。
何故、予言者を探しているのかもわからない。
『何で会話を、しちゃったんだよ』
さあ、何でだろうな。
「でも、お前に与えられた目的はいつか達成しなければならない。そもそも、この交渉自体が嘘かもしれない。お前がその命令に逆らえない以上、敵であり続ける。いつか、俺よりも強くなって全てを奪われるくらいなら、今この場でお前の未来を消した方がいい。俺は、臆病者なんだ」
「な、何故だ!お前は明らかに助けようとしていた。それは、紛れもない事実だ!分かっているのか?二人いるんだから、一人殺してしまっても良いんだぞ?」
「まっうぐっ」
ダレスが口を開こうとするが、俺が先に手を押し付けて黙らせる。ダレスは言葉を物理的に出せなくなるが、すぐに手を振りほどく。
「パパ、何言ってるの?あの人達は助けられるんだよ?今、助けられないと、殺されるんだよ?ねぇ、分かってるの!」
多分、目の前で亡くなる瞬間を見たことがあるからだろう。ダレスは異様に知的生命体人に対する情が深い。おそらく、閉鎖的な場所にいたせいで、命を奪われることを悪だと考えたのだろう。
人生を経験している途中の俺が、こんな子供に偉そうなことは言えない。何が正しくて何が間違っているかなんて、国や時代や世界が違えばマチマチだ。上手く説得できる訳がない。そもそも、俺風情が交渉するのが間違っているんだ。
「そっちの嬢ちゃんも言ってるだろ?そもそも、嬢ちゃんがいれば俺達と敵対しても何とかなるじゃない。今にこだわる必要はないだろ?」
「話を聞いていなかったのか?お前達は、俺と完全に同じ能力を持っている。成長する前の段階にやらないと、俺が殺されるだろ?何、簡単な話だ。全ての生物を滅ぼすんだから、お前自身も最後には死ぬ。それが、今か後かって話だ。フェーズ4、死形態。あるだろ?使えよ?」
「死んだ後の事を考えたことはあるか?」
「まあ、あるが」
「そっちの嬢ちゃんは?」
「···少しだけ」
なんだ。同情でも誘っているのか?
『ああ、どうしてこんな事をしなきゃいけないんだろ?もっと平和的な解決方法は、ないのかな?』
助けられないんだろ?俺達は平和の為に戦争をしているんだ。
『最強の盾と最強の矛だよ?』
どっちも砕けて終わりさ。
『バッドエンドじゃないか。仕方ない。まだ助けられるだけましか』
まだ、間に合うんだ。それも全てここ次第だ。
「なら、分かるだろ?魂は肉体から離れるんだ。そうしたら、今までの大切な記憶を忘れてしまう。美味しい物を食べた感動や、大切な者との思い出。お前達にもあるだろ?」
「大丈夫だ。選ばれた者は記憶を失わず、光の世界に行ける。不幸も幸福もない生活が待っているよ。だから、安心して死んでくれ」
「それはあくまで選ばれた者・・・・・だけだ。だが、俺は選ばれたとは思わない。そもそも、本当にそんな世界があると思うか?」
「あるんじゃないのか?魂だってあるんだし」
「魂?はっ!何言ってるんだ?見えないのに、よくもあるなどとほざけるな」
「いや、見えるけど」
だが、この能力はあの科学者を取り込んだ後に手に入れたものだ。もしかしたら、あの科学者だけは何か特殊な体質なのかもしれない。
「お前、おかしいんじゃ···。もしかして、お前が選ばれた者なのか?」
「いや、知らないけど」
「なるほど。だから、簡単に死ねなんて言えるのか。いくら作られたとはいえ、俺達は同種なんだぞ?そんな奴にそんな暴言を吐けるなんて、正気じゃない」
何言ってるんだ?こいつは。
「おいおい。俺の姿を見ても分からないのか?もしかて、知らないのか?」
「知るわけないだろ。なんだその生き物は?」
「人間っていう生き物なんだけどな。驚くことに、それらは簡単に死ねと言う。命よりも、金が重いと思っているような連中だ。ああ、はるか大昔には奴隷という、命に値段をつけられた人間もいたな。更に言えば、おかしなことに今でも自殺する人間はいる。いいか?誰かをかばって死んだんじゃない。自分から世界に絶望して命を手放すんだ。残念なことに、そんな連中の思考が俺の感情にナイフを突き刺してくる。正常な判断ができるわけないだろ?お前の前にいるのは、狂気に満ちた弱者だ。何をしでかすか、分からないぜ?」
ああ、本当に匿名を利用したネットの世界は、そんな言葉で溢れている。
怖いだろ?
「可哀想に。何者にも支配されていないのに、お前は狂っている。何がお前をそこまでさせたんだ」
「愛という名の幻想か、約束という名の牢獄か、復讐という名の渇望か。どれだと思う?」
「全てだろ。何故かは知らないが、お前はその嬢ちゃんと同じ目をしている。怨恨と慈悲と諦念だ。交渉決裂だな」
核兵器と火縄銃。弓矢と拳銃。銅と鉄。
圧倒的な力の差がある場合、勝敗は一目瞭然だ。弱い者が強者に勝つことなど不可能なのだ。しかし、強者が底無しの馬鹿で弱者が天を突き抜ける天才ならば話は別だ。力とは、自分が持つ全てだ。だから、頭が良い奴ならば相手すら利用する。
弱い者が強い者に勝つ方法の一つ。それは親しい者を人質にすることだ。そうすれば、ナイフで銃に勝てる。
タンクの役割を持っていた者は、パンダ色の犬人間に鋭い刃を刺そうとした。しかし、それが刺さることはない。ナイフを覆うように何かがこびりついている。どちらも吸収できず、ただ呆然とした。
単純な話だ。自分の身体が切り裂かれる前に、コピーにして目的を与える。今までの会話は全て時間稼ぎ。頭の悪い奴が思いつくような簡単な戦術だ。
二人の人質は解放されて終わり。そう考えていたが、生きることを諦めていない奴はしぶとい。それをまた、実感した。
重力でおさえている連中。そいつらが俺に向けて針をマシンガンのように飛ばしてくる。圧倒的な物量だが、問題ない。圧倒的な速度のビームで全てを撃ち落とした。彼らを殺せるダレスが銃で牽制する。
無駄なあがき。俺達はそう思った。
二人はその一瞬、目を離したのだ。その一瞬で元タンクは動いた。
大事な役割を与えたコピーとはいえ、レセクタはケチだ。だから、コピーは反射する壁もシールドを展開するほどのエネルギーも、撃ち返すほどのエネルギーも持っていない。
人類を脅かす恐怖の生き物、蚊。だが蚊にも天敵はいる。例えば、トンボやカマキリといった肉食の虫だ。蚊も最強ではない。
コピーも当然のように二人を助けようとするが、何かに絡まり動けなくなる。会話という時間稼ぎの間に蜘蛛の糸を仕掛けていた。相手も同じ能力がある。ビームやら何やらが使えない程度では、負けない。
コピーがあてに出来ない以上、自分で動かなければならない。だが、一瞬遅れているのだ。光の速度で行動できるようになる前でも、音速程度ならレセクタは出せた。当然、相手も使える。
ここでは空間を歪ませることができない。だから、そのまま進む。しかし、そこには罠が張られている。同時にビームを放って蜘蛛の糸を破壊するが、大きな爆風で視界が遮られる。知恵を振り絞る敵は、小細工を仕掛けた。
何も見えない状況。それでも必死に触手を伸ばす。どちらかでも助けられれば良いという思いは届いた。一人だけ触れることができた。ザラザラとした鱗の肌触りから、リザードマンの方だと分かる。
しかし、その近くに他の人質はいない。
「クソッ。どこ行った」
嫌な予感がしてある方向を振り向いた。
そこは、インセクタの母親が捕らえられている場所だ。寄生しなければ生きていけないので、後回しにしてしまった。それが仇となった。
『容器ごと、外しておけば良かった』
どんな影響があるか分からないから、最後にしようと思った。こんな事になるなら真っ先に助けるべきだった。
現実から目を背けていたのか。どうしてあんな選択をしたのだろうか。
「数が増えただけ。だが、この人質は効くんじゃないか」
リザードマンを囮にした一瞬。その隙に全ては終わってしまった。人質は寄生され、リミットを解除するフェーズ3になっている。もう、助けることはできない。それどころか、敵として襲ってくる。
「あぅあー」
完全に覚醒していないのか、立ち上がるのが遅い。目も虚ろだ。壊れた人形のようにボーとしている。
今がチャンスだとでも言うようにダレスは地面を蹴り、一瞬で刃を首筋に押し付けようとする。気が付くと、俺はダレスの攻撃を止めていた。
「パパ?何やってるの!今しかないんだよ!」
耳にガンガンと鳴り響く。ああ、鬱陶しい。
「黙れ」
ダレスはビクッとして震えた。
助からないと分かっているのに、俺は何をしているのだろうか?簡単なことじゃないか。彼女を重力で縛りつけるだけで良いだろ。
手を伸ばしたが、光は出なかった。
『······』
おい、何やってるんだ?今やらないと···
『うるさい!うるさい!うるさい!』
今まで殺したのは他人。悪人でもないのに命を奪うのは心苦しいが、自分が死ぬのに比べれば相手の命は奪える。
だが、今回はどうだ?例えば、子供のことなんか考えてなくて、虐待や育児放棄をするような親だったら躊躇なく殺せただろう。でも、インセクタの記憶を見る限りでは愛情がある。信頼と呼べる繋がりがある。それを裁ち切れと、俺は言えるのか?
『そうだ!探せばいいんだ!支配している奴を殺せば、解放される。それまで、捕まえておけば···』
同じ種族だから吸収されることはない。そういう事も出来るかもしれない。
でも、あっちは何時でも親を殺せるんだ。死形態みたいな自爆をされたら、一溜りもない。
『分かってる!でも、何か、他に方法があるはずだ。このまま諦めろって言うのか!』
記憶を共有したせいだろうか。あるいは元来の性格か。どうしても見捨てろと言えない。今までは見捨ててきたのに、彼には言えない。どうやら命の価値を刻まれてしまったようだ。
無意識のうちに、リザードマンの子供を壁際に投げ飛ばしていた。
「うがっ!」
無数の刃が全方向から刺された。同時ではなく、タイミングがずれた事で、痛いという波が何度も押し寄せてくる。
「あああぁぁぁ」
たまらず触手を何本も再現して凪払う。だが、すぐに塵となって触手は消えた。
お互いの同意がなければ自由に身体を動かす事もままならない。何が魂が2つあるだ!ふざけやがって。何の役にも立たないじゃないか。俺達はどっちも賢者ではない。それどころか愚者だ。冷静な分析も最善の選択も出来るはずがない。
「クソッ!」
俺は一体何をしているのだろうか。何でこんな目に遭わなきゃいけないのだろうか。あの近所に住むおばさんの言う事を聞いていれば、こんな事にはならなかったのだうか。友達と一緒に帰れば、相談相手もできたのだろうか。
でも、友達は都合の良い言葉だから嫌だな。そもそも、努力でどうにかなるものとも思えないし、どうでも良いからボッチだったんだ。
「パ、パ?」
何やってんだろうな。ダレスに八つ当たりしたってどうにもならないのに、どうして無駄に大きな声を出したんだろうな。
「逃げるぞダレス」
「でも」
「駄目だ」
「っ、分かった」
反論しようとしたが、ダレスにはできなかった。
これは問題の先延ばしに過ぎない。いつかまた、同じ選択を迫られるだろう。その時に選べば良い。未来の自分に託そうではないか。そっちの方が素晴らしい答えが出るだろう。
「待て」
しかし、扉の前にタンク野郎がいた。外道で卑劣で姑息な奴。俺も同じような手を使うが、これは同族嫌悪だろう。例えるならPKプレイヤーキルするのは良いがされるのは嫌だ。そんな感じか。
「逃げるなら、お前のママが自爆するぞ?嫌なら、そこの嬢ちゃんを殺しな」
「あ?」
逆の立場だったら俺もそうしたかもしれない。なるほど。これほど不快なのか。
強烈な殺意を込めて睨んだ。どうしようもなく、歯を食い縛りながら睨んだ。
「殺される恐怖で枕を高くして眠れないだろ?あと、相談はなしだ。ほらカウントダウン。5」
無慈悲だ。神は死んだか。正義は滅びたか。異世界の神なんてもんを信じているが、そんなもんは死んだ後でしか会う事が出来ない。世の中はいつだって勝った奴が正義理論だ。
「4」
トロッコ問題。もしも現実に起きたなら俺はどうするのだろうか。
現実逃避。一秒で思考が明後日の方向に向かい始めた。
「3」
ふと、インセクタの母親を視界に入れた。さっきと違い、目はしっかりとこちらを捉えている。そして、ゆっくりと口を開いた。
「助、けて」
予言者が世界に広めた共通言語。それが俺の耳の中を揺らした。
俺は顔を歪ませた。目からは涙が流れ落ちた。自然と手が伸びていた。
「パ」
「黙れ。相談はなしだと言っただろ。2」
親を殺すか子供を殺すか。果たして誰が選べるのか。
「1」
ああ、もう終わりだ。母は死んだ。サ·レセクタはそう思った。
神か悪魔か予言者か。誰がそれをやったのかはまだ分からない。突然、強大なエネルギーで撃たれたビームは、この秘密基地を抉りながら8人をこの世から消した。
「ゼッ」
ジュッ
身体を構成している全ての物質が跡形もなく崩壊した。ついさっきまで悩んでいた事が嘘かのように、ただなす術なく一瞬で消滅した。
一体どうしてあいつらの位置を特定したのだろうか?まるで知っていたかのように撃ち抜いていた。今回は結果的に助かったが、次は分からない。本当に恐ろしい。ただ、今だけは名も知らぬ救世主に感謝しなければ。
「ありが···」
だが、途中で止めた。そんな事をする余裕がなくなったからだ。
インセクタの母親は爆発した。
「待って。やだ。いかない、で」
あいつらが死のうが生きようが関係ない。最初から望む未来を得ることはできなかった。そう感じた。
不思議なことに、その魂は今までとは別の方角に向かった。だが、彼らはその光景を見ただけで疑問に思わなかった。ただひたすらに過去を慈しみ、涙を流していた。
後書き
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