9 ワタシは宇宙人デス。アナタ達の味方デス(嘘)

前書き

10万字まで書きたかったのにスケジュールが空かない


本文

 宇宙船が中に入ると、扉のようなものは閉まり中に空気が満たされていく。そして、光が入らないのか夜のように暗くなった空間を明かりによって照らした。


 宇宙船を指定された場所に着陸させ、俺とダレスは宇宙船の外に出た。




 そこはとても大きな金属で覆われた箱のような場所だった。いくつもの宇宙船が都の建物のように綺麗に配置され、フェーズ1であるロボット達が点検や修理をしている。生命体らしき反応はなく、息のつまるような場所だ。


 俺達が降りると、すぐさまロボットが現れ宇宙船をチェックする。これがあれらに与えられた目的なのだろう。そして、圧倒的に足りない付属品のロボットやボールを補充したり、反射する壁を直したりした。




「行くぞ」




 ダレスは黙って頷き俺の後を追った。


 箱のような場所から出て通路を歩く。どんな国でも通路というのは曲がりくねっていて複雑だ。本当に止めてほしい。




「よう。大手柄だな」




 グレイは高らかに声をあげながら俺の背中を叩いた。


 この男の名はアリアン。俺が吸収した宇宙人の友達だ。なんとも、やりにくい。




「いやいや、偶然だよ。本当に、ただ運が良かっただけだから」




 俺が再現しているのは姿だけではない。記憶を知る事ができるから、その個体の性格や口調などを完全に真似できる。だから、いくらアリアンが親友でも正体がばれることはない。




「相変わらず謙虚だな。運も実力の内だ。もっと誇っても良いんだぜ」




 この男はとても軽快な奴だ。誰と会話するときでも壁がないし、脳筋みたいな思考でいつも笑わせてくれる。だから、気弱なこいつは感謝していた。




「性さがだからね。なかなか変えられないよ」


「そうか?まあ、お前はそういう奴だな」




 そう言って豪快に笑っていた。俺が偽者である事は一切考えていないのか、油断しきっている。俺の能力は実に危険だ。


 そんな俺達のやり取りをダレスは何も言わずに眺めていた。我関せずといった様子だ。




「で、そいつが例の子供か。初めて見たが、成長が早いな」


「でも、捕まるってことは、違うってことだよ」


「そうだな」




 アリアンはダレスを一瞥し、憐れむような視線を送った。




「しかし、こんな小さな子供が宇宙船に侵入したってのは、にわかには信じられないな」


「僕だって信じられないよ。でも、こいつのせいで機器はほとんど壊されたんだ。本当に、怖かったよ」




 追及されると困るので、話題を変える。




「薬なんかもぶちまけたのか。まさか、手錠なんていう前時代的な拘束具を使うはめになるとはな」




 本当は薬を使うのに抵抗があっただけだが、真実を言う必要もない。ここにいる連中はどいつもこいつも信用してはいけない。




「手錠か。よくもまあ、フェーズ2の魂形態すら破壊した奴に使えたな」


「僕も、驚いているよ。あの作戦は、ちょっと無謀だったかもしれない。でも、殺されるかもしれない以上、そんな事も言ってられない」




 謙虚で気弱で怖がり、そんな奴ならば過去のトラウマなんかを思い出しただけで呼吸が苦しくなってしまう。こいつは昔もそんな経験をしている。実に自然だ。




「お前、よっぽどそいつが怖いのか。まだ子供だろ」


「アリアンは、知らないんだ。本当に、駄目なんだよ」


「しかしな、装備ぐらいは外せよ」


 


 色々とやる事があって忘れていたが、ダレスは腰に銃を背中にバッグを背負っている。これを取り忘れたなんて言うのは、流石に怪しい。


 ダレスも一瞬だけ驚いたような顔をするが、再び絶望の表情を浮かべた。




「これは、だって」




 まずい、非常にまずい。ここは何かそれっぽい事を言って誤魔化さなければならない。しかし、良い言葉が思い付かない。自分の頭脳が情けない。




『ほら、あれだよ。こいつは怖がりだから、一度取ろうとしたけど暴れたから無理だったで騙せるよ』




 いいね。高評価プラス1だ。




「ぼ、僕だって一度は取ろうとしたんだけど、凄い暴れるんだよ。もう、怖くて怖くて」




 ダレスは俺の言葉の意味を理解し、いつでも暴れられるよう準備をした。心の準備だ。




「仕方ない奴だな。それなら、俺が取ってやるよ。そうしたら、俺の手柄にもなるだろ」


「それだけで手柄なんて」


「ハハハ、冗談に決まってるだろ」




 そう言いながら豪快に笑い飛ばした。ばれないようにする為に記憶を探ったが、こいつの冗談は昔から分かりにくい。脳筋だと馬鹿にしたが、胸の内は野心に溢れた奴なのかもしれない。 


 まあ、出世なんてフェーズ3の前では意味がない。手柄をたてても休みが貰える程度だ。




「それでは、お願いします」


「うむ、任せろ」




 アリアンは自信満々に返事をして、ダレスのベルトを触ろうとする。


 あれ?ちょっと待って。つまり、アリアンがダレスに触れるという事か。俺の娘に男が触れるということか。生まれて一ヶ月も経たない娘に他人の手で触られるのは、なんか嫌な気がしてきた。




「うおっ」


 


 俺はアリアンの細い身体を全力で引っ張った。それと同時に中空をダレスの蹴りが空振りした。




「あ、ありがとよ」


「まあ、うん」


「暴れるっていうか、的確に狙ってきたな」


「だから、言っただろ。単純な肉弾戦なら勝ち目はないよ」


「ああ」




 アリアンは子供だと侮っていた相手にノックアウトされそうになり、種族的な弱さを実感した。このグレイという宇宙人は機械がなければ何も出来ない無力な存在だ。




「仕方ない、ロボットに任せるか」


「それが賢明だよ。まあ、僕達が取らなくても研究なりなんなりするときに外すだろうから、そのままで良いと思うよ」




 それなら俺も安心だ。




『君は、面倒臭い性格だね』




 止めろ。演技に集中してるんだ。




「着いたぞ」




 そこには、立ち入り禁止の文字が記された厳重に鍵がかかっている扉があった。俺はそこに手を触れると、何かを認証したのか勝手にドアが開いた。そして、中からロボットが出現した。




「後はこいつに引き渡すだけだな」


「通路の距離が長いから、歩くのが辛かったよ」


「もしもに備えてワープを重ねる仕組みにしているんだ。文句言うな」


「はぁ」




 そう言いながら俺は出てきたロボットにダレスを渡した。


 ここでダレスだけを連れていかれる訳にも行かないので、俺本体はノミほどの小ささになり空を飛びながら後を追う。ここで正体がばれてもまずいので、今まで会話していた身体にはコピーとして目的を与える。ばれないことと自爆だ。多少は撹乱できるだろう。




「さて、飯にでも行くか」


「そうだな」


「今日は手柄をたてたお前の奢りな」


「何を言ってるんだよ。決められた食事なんだから奢りも何もないだろ」


「ジョークに決まってるだろ。ノリが悪いとモテないぜ」


「本当にジョークばかりだね。僕達に恋愛なんて自由はないはずだよ」


「いつ死ぬかも分からないんだ。笑わなきゃ、やってられないだろ」




 コピーには記憶を与えたので、完璧に目的を果たせそうだ。しかし、思っていたよりも下を向いて話していた。なんというか自分に自信が持てないような奴だった。


 引渡しが済んだので扉は閉まり、鍵が自動で掛けられる。最後にロボットが手動の鍵を掛けた。




「………」




 ダレスは何も言わず、ただただロボットの後ろを付いていった。この場所は先ほどの通路に比べて明かりがやや暗い。他の物にエネルギーを割いているからなのか、暗い方が都合が良いのか、理由は不明だ。下っぱの宇宙人の記憶ではこの場所の事が一切分からない。


 俺はこの場所を調べる為に小さなコピーを生み出す。通路の把握や研究結果の回収を目的として設定して散開させた。




 そして、一つのドアの前でロボットは歩みを止めた。ロボットがドアに手を触れると、ドアは開いた。




「む?おお、連れてきたのじゃな」


  


 そこには三日月のような口で笑う不気味なマッドサイエンティストがいた。見た目は普通のグレイとあまり変わらないが、少し老けている。顔や腕にはシワがあり、目も半開きだ。


 何となくだが、こいつは赤い機体にいる連中と同じ雰囲気を醸し出している気がする。




「ふむ、装備を付けたままとは、それに薬も打たれていないのか。全く、何をやっておるのじゃ」




 観察するようにダレスを見つめる。




「さて、おい、付けている物を全て外させるのじゃ」




 その命令によりロボットはダレスのベルトから外そうと近寄った。そして、触れそうになった瞬間に後ろへ吹き飛んだ。ダレスよ蹴りが炸裂したのだ。しかし、ダレスも痛そうにしている。


 


「なるほどのー。先に薬を打つべきだったかな。しかし、お主に効くのか不安じゃな」




 記憶にも情報がない、怪しげなマッドサイエンティストはダレスの能力を全て理解していないようだ。勿論、俺も理解していないので何が駄目かは分からない。


 


「お主、言葉は分かるのか?ちなみに、嘘を吐いたら、そうじゃな。腕を切っては再生させての繰り返し、これで想像はつくかな?」




 ナチュラルに拷問をしてきやがった。こいつは危険だ。




「喋れる」




 今ダレスが話しているのは予言者が伝えた言語だ。色々な知的生命体が住む星に転生したとされる予言者は、他の知的生命体との交流をスムーズなものとする為に新しい言語を生み出した。予言者はやべー奴だ。




「どうやって宇宙船に乗り込んだ?お主は宇宙空間に耐えられないし、宇宙船も破壊されたはずだ。もしや、自分で作ったのか」


「………」




 質問に質問を返すな、なんて事を聞いた覚えがあるがダレスは黙りコクった。マッドサイエンティストは嘘を吐いたらとは言ったが、黙った場合は何も言ってない。黙秘権は認められたのだ。




「おお、そうか。確かに、何も言わないパターンについては何も言ってなかったの。では、ルールを追加するかな。黙ったままだと、指じゃな」




 切られた後の事を想像したのか、ダレスの顔が青くなった。




「パパです。パパが連れていきました」




 流石に怖かったのか、ダレスは即答した。俺の心配とかは一切していないようだ。




「パパ?お主の力ではないのか」


「はい」


「なるほどのー。ならばお主は予言者ではないな。まあ、捕まるという事は違うという事じゃろうがな」


「予言者?」




 何だ?一体どういう事だ?何となく頭の中で答えはでかかっているが、その真実に辿り着きたくない自分がいる。




「この情報は、いくつもの星を渡って手に入れた物だからの。簡単には教えたくないの。まあ、知らないのはワシらの種族だけじゃったがな」


「簡単には?」


「そうじゃな。お主のパパというのは、あれか?宇宙船から脱出できた運の良い個体か?」




 個体って何だよ。俺を物みたいに扱いやがって。実験をする奴には、実験をされる覚悟があるのか試してやらないといけないな。




「はい、パパからはそう聞いてます」


「で、その個体には不思議な特徴は見られたかな?」


「不思議な特徴?」




 俺の能力は全てが不思議だが、ここで俺が小さくなっているのがばれるのはまずい。声とか文字では伝えられないので、何とか誤魔化してほしい。


 あれ?そう言えば、何故さっさと吸収しないんだ。




『監視カメラとか、死んだら分かる装置があったらどうするんだよ』




 確かにな。コピーの調査が終わるまで待った方が良いな。




「そうじゃな。例えば、魂が二つ存在しているとかかの」




 こいつ、何言ってんだ?




「魂?宗教的なものですか。それとも、信念的な意味ですか」




 ダレスも疑問に思ったのか、質問に質問を返してしまった。テストだったら0点の答えだ。




「なんじゃ。お主も魂が見えぬのか?」




 科学者に見えたが、お坊さんだったのか?ハゲだし。




「闇教には、死とは魂の解離だとかって聞きましたけど」


「そうじゃそうじゃ。お主の母が死んだときに、何か離れていくようなものはなかったかの」


「···は?」




 何つったこいつ。誰に対して何を聞いているのか分かって口にしているのか。こいつは、イカれていやがる。死の恐怖か、元からなのかは知らないが、同情なんて出来ないな。


 ダレスは再び黙り、鋭い目線を送っている。今にも鍵を外して引き金を引きたいようだ。




「おお、おっかないの。じゃが、ワシの寿命も短い。未知のままにはしたくないのでな。まあ、同情してくれとは言わんがな」




 何言ってんだこいつ。ふざけやがって。誰が同情なんてするか。




「で、魂は見たのか?」


「………見てない」


「そうか」




 異常な科学者は残念そうな表情を浮かべた。 




「質問にも答えたし、どうせ皆が知ってる事だ。話しても問題なかろう」


「さっきの予言者の話の続きですか?」


「そうじゃな。予言者は、地球に転生するとおっしゃったそうじゃ」




 地球、その単語はとても聞き覚えがある。俺の故郷である惑星だ。


 しかし、だとすればおかしい。予言者が来たのであれば、こいつらみたいにビームやら宇宙船やらの技術を伝えてくれるはずだ。全ての根元とも呼べる闇の使い方を教えてくれるはずだ。




「じゃが、調査している内に分かった事だが、地球の技術レベルは未だに低い。お主も親から何か聞いたかの」


「パパは、ママの故郷ほどは発展していないと言ってました」


「じゃろうな。つまり、予言者はまだ地球には転生していないという事じゃ」




 転生には、時間がかかるという事か?魂の速さなんてのも分からないし、そもそも見えない。今の俺達はこいつらよりも情報が不足している。




「だとするならば、ワシらの力で予言者を誕生させる事が出来るのではないか、と考えたんじゃ。まあ、死に物狂いで出した自棄糞ヤケクソな提案じゃったし、単純に疑問にも思っていた事じゃがな」




 何を言っているのか、理解してはいけない気がする。こいつがやろうとしたことは、やったことは悪魔のような所業だ。こいつは自分の未知を解明するためならばどんな犠牲も厭わない鬼だ。




「一体、何を言っているの?いや、違う。理解したくないような、拒否しているようなこの感覚は」




 ダレスも混乱していた。自分を囮にするなんていう大した発想をするような秀才なのに、ぐちぐちと言葉を並べ立てている。俺と同じような状況に陥っているのだろう。


 


「おえぇぇ」




 ダレスが吐いた。




「そんなに気持ち悪いかの。技術なんてのが発展するのには、綺麗事だけではない。ワシらが生きていくのには必ず他の生物の犠牲がつきまとうのじゃ。現に、予言者が来ていない地球の知的生命体でさえ、人工受精なんかをやっているのだからの」




 こいつの考えを聞くと、自分が間違っている気がしてきた。もしかしたら、他の生物を食べるという行為そのものが動物の過ちなのかもしれない。




「つまり、私は作られるべくして作られた存在ということなの?」


「そうじゃな」




 科学者はそれが当然だとでもいうように平然とした態度で答えを述べた。




「まあ、作られたというのは親の話を聞いていれば分かるとは思うのじゃがな。しかし、大変じゃったの。同じ生命体同士でやっても全然産まれなくてな。気の遠くなるような作業だったの」




 作業って何だよ。ゲームみたいに言いやがって。そして、あの発言からして俺以外にも拐われたのがいるってことか。




「そんな中で一つ疑問に思った事があったの。あの星の中で似た生命体、ヒトとサルならばどうなるのだろうかと考えたのじゃ」




 人間の中にもそういう考えの持ち主はいる。実際に試した人もいるだろう。しかし、こいつも性病を持ち込むような奴と同じ思考回路をしているとは、実験対象に対する感謝や敬意が微塵も感じられない。




「まあ、これは失敗したのじゃがな。ところで違う生き物とヒトの遺伝子を混ぜて誕生した生き物は、ヒトと呼べると思うかの。それとも、全くの別物であるかの。お主はどう思う?」




 哲学的な生物学的な質問をダレスに投げかけた。




「ど、どちらでもあると思う。少なくとも、私の両親は私を嫌っていなかったから」


「ほう。なるほどのー。それもまた、一つの答えかも知れぬな」




 科学者というのは、自分の考えこそが正しいものであり、他は間違っているなんて発言をするようなもんだと思っていたが、こいつは否定しないのか。こいつの中にも、一つのこだわりがあるのかもしれない。




「お主は幸せだったのかもな。ところで、お主の親のように無理矢理身体の構造を変えられていると、出産が早くなる事と成長が著しい代わりに身体のどこかしらに異常がでるのじゃが、何か変な事はあったかの」


「変な事?」


「そうじゃな。例えば、目が見えないとか、火が吹けるとか、身体から石が出てくるとかじゃの」




 竹取物語のかぐや姫みたいに成長が早いと思っていたが、そんな理由だったのか。出産が多ければ多いほど予言者である確率も高くなるのだろう。当たるまで引く理論だ。




「パパが私の身体の回復速度がおかしいとは言ってたけど」


「ほう。それはなかなか便利じゃな。どれ、試してみるかの」


「は?」




 そう言うと、ロボットがダレスに手を向けた。


 まずい、と思った瞬間にダレスは手錠を外してロボットに銃を撃ち込み破壊した。




「何となく怪しいとは思っていたのじゃが、やはり拘束されていなかったか」




 すかさずダレスは科学者に近づき、毒の入ったカプセルを飲ませようとする。しかし、フェーズ2のボールが現れた事でダレスは一旦離れた。




「その手に持っているのは何じゃ。毒か?全く、銃で撃てばよいものを、何故そんなに面倒臭い事をするのじゃ」


「フェーズ3に身体をのっられたら助ける事は出来ない。だから」


「だから、なんじゃ。慈悲のつもりか?」




 その行為を嘲笑うかのような態度でダレスに言葉を投げかけた。




「慈悲の気持ちも多少はあるけど、結局は自己満足かな」


「お主の心はどこか揺らいでおる。それは、ワシらが操られていると知っておるからかの。お主は、実に甘い」 




 ボールのビームが反射し、ダレスを襲う。しかし、一発も当たる事はなく部屋の中で反射が続く。




「ほぉ、その身体能力も異常かの。いや、それは種族的なものじゃな。なるほど、なかなか面白い」




 種族的なもの、ダレスは母親の特性を強く受け継いでいるのだろうか。あんなに行動が遅そうな見た目なのに、おかしな話だ。




「お主は、ワシらがフェーズ3の融合形態によって操られていると思っているのじゃろう」




 ダレスはその言葉に反応しない。今はボールと戦っているのだ。そんな余裕があるはずもない。


 壁に当たり反射したビームとボールから撃ち出されるビームを壁や天井を蹴り、縦横無尽に動いて交わしている。戦いながら会話できるのは達人だけだが、ダレスは達人ではない。




「実際、その通りじゃ。弱い連中は宇宙船に乗せられて、星の破壊やら生物の捕獲やらと死にそうな思いで明日の命を繋いでいる。そこに希望はないじゃろうな」




 何だこいつは。死ぬ可能性が低い俺は他とは違う、なんて自慢でもするのか。


 そうこうしている内に、ダレスがボールの一つを刃で切り裂いた。しかし、既に身体には無数の傷が付いている。これはちょっとまずい。




「じゃが、ワシは違う。ワシは利用されているのと同時に、ワシらを支配する者を利用しておるのじゃ。ワシは、必ず死を越えて見せる。その先にある限りなく永遠に近い力を手に入れて見せるのじゃ。死を受け入れた愚か者とは違うのじゃ」




 この科学者は最終的に不老不死でも目指しているのか。何とも大層な事だ。その夢は儚く散る事になるとも知らずに、哀れだな。


 ダレスはもう少しで負けそうだ。ダレスの武器や戦闘能力といったデータを入手したようで、確実に対策されている。


 こんな事になるなら、ダレスのデータを消しておけば良かった。




『そんな事したら、ばれるよ』




 対策しようがないほどの力があれば良いのだが、絶大な力はそうやすやすとは手に入らない。




「くっ」




 ダレスは足に攻撃を受けた。機動力を失ってしまったら、ダレスの強みを発揮出来ない。確実に敗北が近づいている。しかし、足以外の傷は治っている。しばらく待てば足も再生するだろう。




「なるほどのー。その回復速度の早さは実に興味深い。そして安心するがよい。ワシが死ぬまでにその謎を解明してみせよう。他の生物にその特徴を植え付けること出来るかもしれぬしの」


「さっさとくたばれ。クソ科学者」




 ダレスは親指を下に向けた。ダレスにはそれくらいしか出来る事がない。情けなくて、虚しい行為だ。しかし、何故か見覚えがある。




「全く、口が悪いの。一体どんな教育を受けてきたんじゃ。親の顔でも見てみたいの」


「私の両親を、侮辱するな。何を犠牲にしてでも自分の願いを叶えようとする奴に、馬鹿にされて、たまるか」




 ダレスはふらふらする足で無理矢理立ち上がった。親の死すらも研究として扱う者に対して怒っているのだ。幼い少女は自分が最も信頼している者の罵倒を許すほどの心の広さを持ち合わせていなかった。




「あああぁぁぁ」


 


 最後の力を振り絞り引き金を引こうとした。しかし、それがかなう事はなかった。ボールから撃たれたビームはダレスの手と足に当たり、血が飛び散るとともに銃を手から離した。




「うぐっ」




 痛覚に大きな刺激を与えられ、ダレスはそのまま足から崩れ落ちた。立っている事すらやっとの状態だったのだ。




「最後に、もう一つ質問をしておこうかの」




 おい、まだなのか。調査はまだ終わらないのか。




『待ってくれ。何か、おかしな物を見た気がするんだよ。そう、あれは、でも』




 相棒の記憶にある者と、この施設を探している中で見つけた者は明らかに酷似していた。完全に一緒だと言っていい。しかし、おかしな話だ。相棒の記憶によれば、既に魂は肉体から離れているはずだ。




『死を、越える?』




 あの科学者が目指している理想は不老不死か、それに近いものだと推測できる。もしかしたら、自分には成功していないが、他の生物には成功したのか。死者蘇生という俺には不可能な禁忌の力が、実現できたのか。




『いや、あり得ない。そんなはずはない』




 確かにそうだ。ただ似ているだけかもしれない。世の中には双子という瓜二つの存在がいるのだ。聞かなかっただけで、いたのかもしれない。






「お主のその手錠、その武器、その服、簡単に作ることができる代物ではない。加えて、あの宇宙船の中で起きた不可解な出来事じゃ」




 ダレスは鋭い視線を送りながら黙って話を聞いていた。もはや、抵抗する力は残っていない。




「生物形態や魂形態が破壊されたのは実に困ったものじゃが、まあお主なら不可能ではないだろう。しかし、宇宙船の中には残骸が見当たらないと報告が来たのじゃ。これは実に不思議じゃな」




 やっている時は気づかないが、本当にボロばかりだ。叩けばもっと出てきそうだ。




「それは、私が銃の中に取り込んだから」


「ほう」




 ダレスはこんな時でも俺の正体を隠すことに専念した。ダレスも無駄だと分かっているはずだが茶番を続けた。




「どれ」




 科学者はダレスの近くに落ちている銃をボールに拾わせた。そして、ボールのビームで銃を分解して中身を調べた。




「なるほどのー。やはりというべきか、お主の発言には嘘があるのじゃな。まあ、それも当然かの。ワシのような得体のしれない輩に情報をみすみす渡すなんて事はせぬだろうな」




 未だに俺の頭は混乱している。あの状況を理解できていないのだ。




「しかしのー、融合形態なんてのは使いたくないのじゃよ。あれはワシの言う事を聞くようにもなるが、同時に王の命令も聞く事になる。優先順位は王の方が上だから、制限なんてのをかけられると厄介じゃしな」




 王、この宇宙人達を操っている存在か。そいつを殺せば、こいつらも解放されて自由を教授できるのかもしれない。しかし、このマッドサイエンティストは解放しない方が良い気がする。




「のー、素直に話してはくれぬか?お主のパパは今どこにおるのじゃ」


「まあ、そうだね。冥土へ行く前の土産としてなら、教えられるよ」


「冥土か。かの予言者はこの地こそが地獄だと言っておっしゃられたが………それで、どこにいるのじゃ」




 ダレスは勝利を確信したように笑って答えた。




「後ろだよ」




 俺は科学者の後ろに立ち、肩に触れた。




「お主、いつからそこにいた。それになんじゃ。その不気味な腕は」




 科学者はとっさに俺から離れようとするが、液体のように絡み付いた俺からは逃げる事ができなかった。




「なるほど、お主には魂が二つ存在しているのか。よくそれで肉体を維持できているの。それとも、魂を操れるのか。あるいはワシが求めいた死を越えた存在になれたのか」




 いくつもの疑問を俺にぶつけてくるが、俺が答える義務や義理はない。こいつには、死という運命が待っているだけだ。




「遅いよパパ」


「悪いな。ちょっと変なものを見つけたんだが、もう何ともないから大丈夫だ」




 ダレスは安心したような笑みを浮かべていた。




「お主の話も聞きたくなったの」




 そう言うと同時にボールが俺にビームを放とうとする。その瞬間に俺のコピーがくっつき、ボールを吸収した。




「な、なんじゃ。何が起きたのじゃ」




 その一瞬の出来事を科学者は理解する事ができなかった。ただ、自分の運命を悟ることはできた。




「どうやら、ここまでのようじゃな。残念じゃが、まあ、こんなもんじゃろうな。フェーズ4、死形態」




 科学者は最後の最後に自爆を試みたが、俺に一矢報いることはできなかった。全身にまで広がった俺によってそのまま吸収された。




「うっ」




 嫌な予感というものはいつだって的中するものだ。




「パパ?大丈夫?」




 頭がズキズキする。耳に入った音が、そのまま片方の耳から出ていくような感覚がする。




「いや、大丈夫なわけ、ないだろ」




 ダレスの方を見て答えた時、不思議なものが見えた。ダレスの身体の中に球体のような四角形のような不思議なものが一つだけ存在していた。それは金平糖のようにぼこぼこしたり、三角形になったりと形を思うがままに変えるフェーズ2のボールに似ていた。




「魂形態か。なるほど、これを元にして作られたのか」




 ロボットとかボールなどと呼んでいたが、あの科学者達は生物形態やら魂形態やらと呼んでいた。フェーズ4が死形態だったことから、あの科学者は更にその先にある新しい形態を模索していたという事だ。




「パパ、何を言ってるの?」




 ダレスは俺に質問をした。しかし、科学者の記憶と今見ているものの整理で精一杯なので、俺は回答をしなかった。


 あの科学者は他の生物の死を目の当たりにした時に、身体から離れていく魂を見て確信を得たようだ。そして、今の所は魂に触れる事は出来ないようだ。死者蘇生なんかも無理だろう。




「どうしたの、私を見て。何かついてるの?それとも、何か見えてるの?」


「待ってくれ。頭の整理ができていないんだ」




 俺はダレスに手のひらを見せて落ち着くように促した。実際に落ち着いていないのは俺だというのに、おかしな話だ。


 そして、流れるように自分の身体の心臓辺りに視線を送る。そこには、二つの魂が混じる事も離れる事もなく共鳴するように存在していた。




「魂が二つ存在している、か」




『俺達は、とてもおかしな存在みたいだね』




 俺達はどこまでも現実逃避を続ける。あの科学者の記憶にあったものは、嘘であると思い込みながら魂を観察する。しかし、それは避けて通る事は出来ない。




「悪いな心配かけて。ちょっと魂が見えるようになっただけだから、何の問題もないよ」


「それは、凄く危ない気がするけど」


「安心してくれ」




 俺は手を振ってダレスをなだめた。




「そんな事より、足は大丈夫そうか?」


「うーん、全然駄目だね。一歩も歩けないよ」




 ダレスは首を横に振りながら答えた。




「そうか。先にその怪我を治療した方が良さそうだな」


「いいや、大丈夫だよ。骨をやられたわけじゃないし、しばらく経てば治るよ。それよりも、パパは何か確認したい事があるんじゃないの?なんかそわそわしているように見えるよ」




 どうやら、俺は思っていたよりも早く行きたいようだ。しかし、ダレスの怪我を治さずにいくほど愚かになるわけにはいかない。それにいくら治るとはいえ、時間や治る範囲は分からない。




「いや、やっぱり治してからだな。それに、なんていかうか、悪かったな。もっと早く助ければそんな怪我は負わなかったのに」


「本当だよ。今まで何してたの?」


「探索したり、ここにいる奴らを吸収したり、そんな感じ」




 ダレスは頷きながら話を聞いた。




「そっか、それでさっき変なものを見つけたって言ったんだね。変って何が変だったの?」


「この場にあるべきではないというか、ただの記憶違いというか。とにかくおかしいんだ」


「それは、何かこう、危険なものなの?」


「別に、そんな事はない」




『確かに、危険ではない』




 ダレスに対しては、怪我をするとか心が抉れるとかそんな事は起きない。多少の衝撃は受けるかもしれないが、大した事はない。


 とりあえず、あの科学者が言っていた切断した指すらも治せる治療用の液体を準備した。




「よし、これでいいだろ。ダレス、ここに足を入れて」




 それは宇宙人が入っていた赤い液体に酷似している。




「何これ?宇宙船にあったやつだよね。本当に大丈夫なの?それに濡れるけど、タオルとかはないでしょ」


「大丈夫大丈夫。ちゃんと治るよ。それに、濡れないからタオルは必要ないさ」




 ダレスは首を傾げながら傷ついた部分を赤い液体に浸した。赤い液体はその魂に呼応するように馴染み、身体に染み込んでいった。それによってダレスの身体にあった傷はみるみるうちに塞がった。




「本当に大丈夫だ。なんだか、怖いね」




 身体を赤い液体から出すと、何度か跳ねたり伸ばしたりしていた。ダレスは自分の身体がどこまで治ったのかを確認できたのだろう。そして、自分の異常性やこんな物があるグレイの技術力の高さに驚いていた。




「歩けるか」


「うん、何の問題もないよ」


「そうか」




 多分、俺は少しだけ微笑んだ。


後書き

今さらだけど異世界テンプレって凄いね

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