8 侵入

 ロボットやボールを吸収する事は地味に見えるがとても大切だ。例えるならば百円玉ひゃくえんだまだ。とても便利で使い勝手が良く、百枚集めれば一万円になるのだ。塵も積もれば山となるというように、こういう地味な事が大切だ。ゴミも集めれば星になる可能性を秘めている。

 基本的にケチな俺は歩きながら守銭奴のように回収した。


「パパ」

「ん?どうしたんだい、我が愛娘よ」


 いつもとは違う返答には反応せず、ダレスは言葉を続けた。ダレスの中ではパパがおかしいのはいつもの事だと思っていた。


「銃に付いてた刃の部分を直して」


 先の戦闘でダレスの持つ刃は反射を何度もしたせいで限界を向かえてしまった。物であるから寿命というのは避けられない事だ。それでも、直そうとするという事は愛着が湧いたのだろう。多分、良いことだ。


「貸して」

「はい」


 二丁あるうちの一丁を受け取ると、俺は刃の部分に手を触れた。刃は俺の身体の中に吸収され、新しい刃を再現した。


「ほい」

「ありがと」


 しかし、武器が壊れるというのは実に厄介だ。確か巨人が出てくる作品ではブレードが何本か装備されていた。あれを参考にすれば、この問題も解消できる。


『難しい事ばかり言って、簡単に出来るわけないんだよ。もっと楽なのにしろよ』


 相棒は何を言っても難しいばかりだ。どうして上手くいかないんだろうな。


「パパ、あったよ」


 ダレスが指を差した先は番号が付いている部屋だ。そこにはグレイが使う文字で[オ]と書かれていた。何の意味があるかは分からない。

 ダレスがそこに手を触れるとぴったりくっついていた壁に亀裂が入り、左右に別れた。みんな自動ドアが好きなようだ。


 自動ドアを通った先には見覚えがある空間が広がっていた。そこにはボタンが付いている台があった。

 忘れない、忘れるはずがない、ここは俺が囚われていた場所だ。惨めにも敗北してしまった場所だ。腹の中で煮えたぎるような怒りが沸いてくる。目はギラつき、拳は硬く握りしめ、ひたすらに歯を食い縛った。


「パ、パ」


 ダレスはリミーが殺された時にしか見せていない表情をしている俺に声を掛けた。その表情は怯えていて、声は震えていて、今にも泣き出してしまいそうだ。

 その姿を見て俺は我に返った。こんな何もない場所に文句をつけても仕方ない事だ。


「大丈夫さ」


 俺はダレスの頭をワシャワシャと撫でる。ダレスは特に抗うことなく素直に撫でられた。どこか安心した表情を浮かべていた。


 俺は改めてこの部屋を見渡した。実験をする為にあるのだろうが、そんな部屋が全ての宇宙船にあるとは考えにくい。おそらく、俺を拐ったのと同じで特殊なタイプの宇宙船なのだろう。

 宇宙船にもタイプがあり、捕獲用や侵略用といった風に使いわけているのだろう。目的に応じて手段を変えるのは当然だが、なんとも小賢しいことだ。


「次の部屋に行くか」

「パパ、本当に大丈夫?この部屋に何かあるんじゃないの」

「何もない、だからもう行こう」

「……うん」


 ダレスは納得していないような表情を浮かべたが、少しの沈黙の後、頷いてくれた。

 自動ドアは通過すると勝手に閉まるので再びドアに手を触れる。しかしドアが開かなかった。


「およ?」

「パパ、どうしたの?」

「いや、開かなくて」


 ちゃんとドアに触れているのに開かない。ダレスの時は開いたのに、何故だろうか。

 確認するように何度も触れるが、一切反応しない。


「もう、どいて」


 ダレスはしびれを切らしたのか、俺を押し退けて代わりにドアに触れる。しかし、ドアは無反応だ。


「あっれれーおっかしいぞー」


 俺はどっかの見た目は子供、頭脳は大人と言っている人物の真似をする。


「何それ」


 ダレスには呆れられてしまった。


『今はそういう事を言っている場合じゃないよ。さっきまでの雰囲気はどこいったんだよ』


 はい、すみません。

 ふざけるのは良くない。心に刻んでおこう。


「パパ」

「はい、すみません」

「そうじゃなくて、この部屋から空気が抜けてるよね。なんかスーツが反応してるよ」


 俺は機械のような生物のようなヘンテコな身体の構造をしているので気づくのに遅れた。

 何でこんな事をしたのだろうかと考えるが、答えは簡単だ。


「なるほど、だから開かなかったのか」

「閉じ込めるつもりだったんだ」


 ドアが開かなければこの部屋は密室だ。毒を撒くなり天井を下げて押し潰すなり何でもできる。いわゆる悪あがきというものだ。

 特に急ぐわけでもないが、ダレスは刃でドアに傷を付ける。しかし、道ができるほどのものではない。ネコの爪研ぎの跡のような切れ込みができた。


「駄目か、パパ開けて」

「面倒だな」


 そう言って再びドアに手を当てる。そして、手を液体の様に変化させ人が通れるぐらいまで広げたら壁を吸収する。


「ほら、これで良いだろ」

「そうだね」


 下には少しだけ段差ができたので、ダレスは少しだけ足を上げながらくぐり抜ける。その後を俺は段差を吸収しながら一直線に通る。


「さてと、次のドアを探すか」

「探そうと思わなくてもすぐ見つかるよ」

「まあ、そうだな」


 ここは蟻の巣のようにいくつも部屋があるわけではない。のんびりと移動しても獲物は逃げれない。


「うわっ」


 部屋の中には重力があったので忘れていたが、通路は無重力空間に設定されている。それに抗うことができずダレスは宙に浮いた。


「ああ、そうだそうだ」


 思い出したかのような表情を浮かべて、コピーを一つ展開する。コピーは上から光を重力を操る光を当てる。

 スーツにも重力を操作できる装置を着けた方が良さそうだ。


『無茶ばかり言って、こっちの身にもなってくれよ』


 頑張れ!


『全く、お気楽なものだよ。緊張感がなくなると駄目だな』


 糸が切れたら元には戻らない。それはまるで赤い糸のようだ。


『はぁ』


 呆れながらため息を吐くと相棒は沈黙した。

 しばらく歩くと、新しい文字を目視で確認した。そこには[ビ]と記されていた。特に何かを言う事もなくダレスはドアに手を触れると音もたてずに開いた。


「ここも違ったか」


 周りには鉄格子で仕切られた檻がある。捕まえてきた実験体を閉まっておく為の場所だ。おそらくだが、ここにリミーは閉じ込められていたのだろう。


「誰もいないね」


 破壊せずに侵入した理由として、囚われている生物を助けるという事が挙げられる。しかし、その必要もなかったので無駄な時間を過ごしてしまった。

 そもそも、偵察の目的がある宇宙船だから何かが囚われている確率は低い。


「まあ、もしもがあるから良いだろ」

「そうだね」


 無理やり自分を納得させて部屋を出た。

 しばらく歩くと[ィ]と書かれた部屋を見つけたので俺は手を触れる。しかし、ドアは開かない。


「何だよ、今度は毒ガスでも撒くのか」


 そんな事を考えて通路を確認するが、これといって変化はない。


「もしかして、ここにいるんじゃないの?」

「なるほど」


 今までの部屋は罠を仕掛けた事もあって簡単に開いたが、今回は自分たちがいるから開けられない。なんというか、露骨だな。

 手を当てたまま変化させ薄い膜のような物がドアを包む。そして、ドアは吸収された。


 部屋に入ると、宙に浮く赤い液体の中にグレイはいた。

 この液体の中に入れば身体の中のフェーズ3とシンクロが簡単に行えたり、呼吸や食事、排泄などの生命維持活動をやってくれたりする。その代わり、作り出すのが難しいので兵器以外にまわす余裕はない。


 中に入るや否やダレスが銃を抜き引き金を引こうとする。


「あっ、ちょっと待ってダレス」

「何!」


 復讐に燃えているのかダレスの目は血走っている。目が大きく腕や足が細い頭でっかちな宇宙人はこの状況を見ているのか怯えている。


「こいつらは利用されているだけなんだ。そんなので殺すのは可哀想だろ」

「でも、助ける方法はないんでしょ」

「そうだな。でも、殺し方は変えられるだろ」


 そう言って宇宙人がいる液体の中に青い液体を入れる。赤と青が混ざっていき淡い紫色になる。毒を入れられた事で宇宙人の肉体と魂は分離した。


「赤い機体の奴は元々犯罪者だから残虐でも良いけど、こういうのは安楽死させた方が良いだろ」

「そうだね。やっぱりパパは凄いよ」


 ダレスは武器をしまった。その表情は自分の不甲斐なさを悔いるようだった。


「俺達の都合で死ぬんだ。せめて楽に逝ってほしい。まあ、結局のところは自己満足だけどな」

「難しいね」


 吸収するから、相手が何を考えていたのかも知ることができる。共感はできないが、理解はできる。こんな面倒な能力だからこそ、命は軽いけど思いは重いってことが分かる。


「さてと、いよいよ基地への潜入だな」

「それだとさっきみたいに安楽死させる余裕なんて無さそうだよね」

「まあ、頑張るさ」


 返事をしながら手の中で毒が入ったカプセルを何個か再現する。そして、それをダレスに渡した。


「できたらでいいから、使ってくれ」

「使えたらね」


 ダレスはカプセルを受け取りバッグにしまった。


「うーん」


 吸収した方が情報を手に入れる事ができる。

 しかし、この宇宙人達が信仰する闇教では魂が離れた後は燃やして土に埋める。ならば、そうした方が良いのだろうか。

 でも、情報は大切なので吸収する事を選択した。俺は屑だから、この選択は必然だ。


「よし」

「どうしたの?」

「いや、ちょっとね」


 俺はそのまま手を伸ばし紫色の液体ごと吸収した。そして、頭の中に今までの物語が流れ込んでくる。どうやら、彼らは基地に連絡を入れたようだ。


「ダルいな」

「あー、どうしたの?」


 ダレスは結局吸収するのかと口に出そうとしたが、すんでのところで言うのを止めた。


「なんか基地に連絡いれてたみたいだから、ちょっと危ない」

「どうするの?」

「とりあえず俺が代わりの連絡をいれとくか」


 俺は赤い液体を出して宇宙船と同期する。


「しかし、なんて報告すれば良いんだろ」

「うーん、じゃあ私を捕まえた事にすれば良いんじゃない」

「なるほど。詳しく説明をどうぞ」


 何となく言いたい事は分かるが、念のため考えを共有してもらう。


「パパは吸収した者になれるでしょ」

「まあ、できないこともない」

「だから、侵入者である私を捕らえたことにして中に入れば良いんだよ」


 なんというか、賢いような卑怯なようなやり方だ。一体誰の影響を受けたのだろうか。


『君しかいないよ』


 俺は思いつかなかったんだが?


『考え方を応用させるだけだからね。最初に思いついた者が一番凄いわけじゃないんだよ』


 そういうもんか。


「分かった。じゃあそういう風に連絡を入れるよ」


 敵の捕縛と宇宙船の部分的な損傷を報告する。すると、すぐに帰還命令が下された。

 俺は最初に拐われた時に身体の自由を奪った薬と解毒作用のある薬を再現する。そして、それをダレスに渡す。


「ダレス、これ飲んで」

「これが身体の自由を奪う薬?」

「そうそう」

「水は?」

「あっ」


 間抜けな俺は愚かにも錠剤タイプの薬を渡してしまった。なんたる不覚、恥ずかしい。


「返してくれ、液体タイプにするから」

「はい」


 薬を再度吸収し、コップと液体タイプの薬を用意した。


「思ったんだけど、これってパパの身体の一部を飲んでいる事になるんじゃないの?」

「えっ、あー、えっ」


 特に何も考えていなかったので、頬に拳を受けたような衝撃が身体中を巡った。


「………手錠でいっか」

「そうだね」


 ダレスに手錠をかけ、手に鍵を渡した。

 俺は宇宙船を操縦し基地のある入り口へ向かう。この星は恒星に近い位置にあり、96パーセントが二酸化炭素という星だ。普通の生き物では暮らす事ができない。そこに目を着けたのか地下に広大な施設を建設した。

                                   

 入り口付近に着いたが何もない。石と砂と岩ばかりだ。しかし、一度近づくと亀裂ができて自動ドアのように開き道ができた。宇宙船はその中へと向かった。

                                         

後書き

一万字書けなかった

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