7 ダレスが思っていたよりも強かった件

 宇宙船を停止させたことでダレスは鼻と目から血が出てしまった。流石にやり過ぎてしまったと反省したのだが、奇妙な事に気が付いた。それは傷の回復速度が早いという事だ。


 人間の感覚が微妙に分からなくなってきているのだが、あんな速度で落ちたら、昔の俺なら気絶してしまうと思う。やはりダレスは人間とは異なるようだ。




『あれは片付けないのか?』




 唐突に何だよ。




『ほら、吐いただろ』




 そういえば宇宙船を落下させた時に、ダレスは気持ち悪そうにしながら吐いていた。本当に悪いことをしてしまった。


 俺は補助席にあるボタンを押す。すると、人型ロボットが床から現れる。俺は立ち上がりロボットに指を突っ込んだ。そうすることでロボットに目的を与えたのだ。口頭でも問題はないが、何となく止めておいた。




「パパ!?何やってるの」


「え?」




 何だよ急に、何か驚かせるようなことでもしたのだろうか。




『ロボットに指を突っ込んだら誰だってびびるよ』




 そうか?しかし、操縦してるのによく気付いたな。




『補助席のボタンを押せば、気になるよ』




 そうだな。




「ロボットのプログラムの設定とか、そんな感じのことをしてるのさ」


「指を入れる必要があるの?」


「別に」




 ダレスは再び操縦をした。


 目的を得たロボットは掃除を始めた。まず、嘔吐物を拭き取り、その後は消毒をした。ロボットはどんな命令でも忠実に従う非常に便利な道具だ。


 しかし、ロボットは処理を終えるとその場で停止した。




「あー、戻れ」




 すると、ロボットは水を得た魚のようにイキイキして元の場所に戻った。もしかしたら、こういう細かい所の調整が上手くいかなかったから生き物を利用しているのかもしれない。




『何はともあれ、環境を破壊するこいつらは悪だ!なんて言って反逆することはなさそうだね』




 人工知能の能力を制限しているのか、そういうことが起きた試しがない。世の中はそんなに上手く回らないものだ。




 ダレスは見てみぬフリをして、操縦を続けた。レバーを握っている手には絆創膏が貼られている。ダレスが包丁で指を切ってしまった時に俺が渡した物だ。




「ダレス」


「ん?」


「指痛むか?」


「別に、何で?」


「いや、ちょっと絆創膏とってみて」


「?分かった」




 ダレスは疑問に思いながらも、操縦をオートに切り替えてから絆創膏を外した。そこにはにじんだ血の跡が残る絆創膏と傷のない綺麗な指があった。




「治るの早いな」




 怪我をしてから二時間も経っていない。人間基準で考えるなら、明らかに異常だ。もしかすると、リミーの方の遺伝子が影響を与えているのかもしれない。純粋な俺の遺伝子はほんまに無能や。




「そうかな?パパのほうが早いし、私は遅いんじゃないの」




 常識というのは住んでいる環境によって変わるものだ。比べる相手が俺とリミーくらいしかいないのだから、こういう感覚になるのかもしれない。俺はすぐに治るし、リミーは怪我なんてしなかった。難しいな。




「ほら、俺のは実験で生まれた能力だから、比べるのはよくないだろ」


「そう、だったね。ごめんなさい」


「大丈夫だよ」




 素直に謝れる子に育つなんて、実に鼻が高い。嘘を吐くあの人形よりも高い。俺は何もしていないような気がするけど、実に素晴らしい。


 俺の顔は自然とにやけていた。




『何もしてないのかよ。駄目じゃないか。威張るなよ』




 はい、すみません。これからも精進いたします。




「パパ」


「どうした」


「私って変なの?」




 変、その言葉には次々と移り変わるとか、普通ではないとか、そんな意味がある。そして、俺は思った。普通って何?




「うーん、治る時に痛みとかあるか?」


「痛いのは怪我した時だけだよ」


「急に飢餓感を覚えることは?」


「無いよ」




 色々と吸収したことにより多少の知識はあるのだが、こういう時の対処法は分からない。研究者なんかの知識があったほうが圧倒的に便利かもしれないな。




「大丈夫だろ。多分」


「分からないんだね」




 俺は沈黙した。確か裁判とかでは黙秘権が認められている。そう、黙ることは全ての日本人が持つ平等な権利であり、何者にも侵すことのできない領域なのだ。




『領域展か……』




 止めいっ!関係ないやろ!




 一人で楽しい楽しい脳内会話をしていると、ダレスは少しだけ暗い表情をしていた。自分の身体のことで不安を感じているのだろう。思春期の少年少女にはよくあることだ。もっともダレスの問題はそんなちっぽけなものではない。下手すると命に関わる。しかし、俺には何もできない。こんな自分が情けない。


 こういう時は話題を変える、つまり現実逃避をした方が上手くいく。そんな希ガス。


 早速、何か良さそうな話題を探す。右から左、上から下とありとあらゆる所を見た。そして、あることに気が付いた。




「ダレス、操縦上手いな」


「そう?」




 ダレスの周りには比べる相手がいないから、自分がどの程度か分からない。だから、上手く出来たら褒めて、失敗したらどこを直せばいいかを考えれば良い。俺にできることなんて、その程度だ。




「ああ、速度を一定に保てているし、どこかにぶつけるなんてへまもないからな。初めてなのに凄いな」


「ふふん」




 ダレスは上機嫌になった。やっぱり誰だって褒められた方が嬉しい。そして、もっと褒められたいから頑張るという幸せのループが生まれる。ダレスはまだ子供だから、そういうことが大切だと思う。




「そういえばパパ」


「どうした」


「ワープで行けばいいんじゃない」


「あっ、あー」




 自分のミスを覆い隠すためにメリットとデメリットの両方を考える。どちらが安全でどちらが危険か、奇襲にはどちらが向いているか、などだ。そして、一つの結論にたどり着いた。




「場所次第ではバレるかもしれないだろ」


「ルートから少し外れた所にワープすればいいんじゃない。そっちのほうが早く着くよ」




 俺は再び黙秘権を使用した。もはや、乱用と呼んでも過言ではないのかもしれない。




「あー、うん、良いと思うよ、うん」




 視線がキョロキョロと動き周り、そこには一切の落ち着きと冷静さがなかった。


 生き物である以上、完璧に何かを行う事は不可能だ。仮にそれが機械だったとしても、完璧にはほど遠いのでどこかでボロがでてしまう。つまり、失敗とは必然なのだ。




『あー、うん、そういう事もあるよ、うん』




 俺と同じように、その可能性に気づけなかった間抜けな相棒は、俺の言葉の真似をした。なんか、少しだけやまびこに似ている。


 ヤッホー




『ヤッホー』




 怪訝な表情を浮かべたダレスは、呆けたような俺の顔を見て何かを察した。 




「パパ」


「ん?」


「もしかして、私を試したの?」




 どうしてそのような考えにたどり着いたのかは分からない。しかし、その表情はどこか馬鹿にしているような気もした。




「そ、そうそう、ダレスは気づくかなーって。よく気づけました」




 俺は称賛するように拍手をした。しかし、俺の顔は笑顔とはほど遠く、筋肉が痙攣を起こしていた。




「ふーん」




 あれは俺を怪しんでいる目だ。まずいな、早く空間に歪みを空けなければボロがでる。




「ほ、ほら、やってみたらどうだ」


「でも操縦しないと」


「オートにすれば良いだろ。何も教えなくてもダレスはできたし大丈夫さ」




 その言葉を聞いて、ダレスは操縦をオートに切り替えて補助席に座った。そして、座標を指定するところで指が止まった。




「そう言えば、場所を聞いてないね」


「そうだっけか?じゃあ、そっちは俺がやるか」


「いいや、私がやるよ。やらせてください」




 ダレスは俺の方に身体を向けると、真剣な眼差しで俺に訴えかけてきた。


 しかし、どこか言葉が卑猥だなと思う自分がいる。




『どうでもいいことを考えるなよ。それだから毎回毎回失敗するんだ。ちょっとは反省しろよ』




 はい、すみません。




 ダレスの熱意に応えるべく、俺は手から天体の模型を出現させた。模型は重力に逆らって宙に浮いた。そして、そこが自分の定位置だとでも言うように移動し、やがて停止した。




「手短に説明するから聞き逃すなよ」


「安心して、私の耳は凄いんだよ」




 そう言って尖った耳を自慢してくる。異世界とかにいるエルフに耳が良い設定なんか無かったので実に不思議だ。やはり宇宙は広いな。




「そうか。まず宇宙船の移動経路を教えるぞ」


「はい」




 そして、俺は手から一機の宇宙船の模型を出した。宇宙船も自分で移動して定位置に着く。他と違うのは光の線があることだ。




「これが今の宇宙船の位置で、光の線がこれから進む軌道な」


「うん」


「で、宇宙船が回るように移動している中心、つまりこの星に基地があるんだ」




 そう言いながら俺は星を指差した。




「基地は小さいって言ってたけど、見れば分かるの?」


「地下にあるから見ても分からないな。ま、場所は分かるから心配するな」


「パパは凄いね」




 もしかしてこの能力を手に入れて以来、初めて褒められたのではないだろうか。しかし、一歩間違えば俺は奴らの奴隷として酷い目に逢わされたのだ。微塵も喜べない。




「意外と不便なところもあるし、まあまあだよ。未だに使いこなせていないしな」


「難しいね」




 そう言いながら、ダレスはどこにワープすれば良いかを考えていた。しかし、名案が思い浮かばないのか、腕を組み、首を傾げていた。


 


『小さいコピーを数センチの距離にワープさせれば良いじゃないか。そうすればすぐ終わるよ』




 中に囚われている生き物がいたらどうするんだよ。




『中に侵入して助ければ良いじゃないか』




 言葉は話せても、上手く会話できるかは別の話だ。そう上手くいかないだろ。




『だから、ダレスなのか?』




 思考が分かるんだ。何となく気づいてるだろ。




『そうだな』




 ダレスはどっかの彫刻みたいに長い間考えを巡らせていたが、答えが出たのか顔を上げた。その表情は実に晴れ晴れとしたものだ。




「ここに空間の歪みを空ければ良いよ」




 ダレスが示した場所は恒星と宇宙船の直線上であり、宇宙船の影になっていて目視で確認できない所だ。




「どうしてそこが良いと思うんだ」


「直接光が反射しないから、あいつらには見えにくいはずだよ」




 長考した割には地味な作戦だ。




「で、その後はどうする」


「パパが宇宙船まで送ってくれるって言ってたでしょ。移動したらすぐにお願いね」




 俺がここから送った方が早い気がするな。




『実際に見ないと細かい調整ができないよ』




 俺はダレスの案に頷いた。




「良いと思うけど、ここから撃ったりはしないのか」


「もしも中に囚われている生き物がいたら大変でしょ。そういうのはできるだけ助けてあげたいの」


「そうだな」




 ダレスの犠牲者を減らしたいという気持ちが伝わってきた。その思いに応えれるよう頑張らなければならないな。




「もう移動して大丈夫?」


「ああ、いつでもいけるさ」




 返事を聞くと、ダレスは補助席に座り直し座標を操作した。本来は機械がやってくれる事を手動で行っている。ダレスも遠い距離の入力に最初は戸惑ったが、すぐにコツを掴んだ。




「行くよ」




 最後の確認をしてから、俺に向けて合図した。


 ダレスが入力し終えると、宇宙船の前に稲妻が迸る。そして、ひび割れるように空間がゆがんだ。ダレスは流れるように操縦席に座りレバーを前に傾ける。宇宙船は空間の歪みの中に消えた。






 空間の歪みの先には広大な宇宙と大きな惑星、そしてポツンと一機の宇宙船がいた。


 ダレスはバッグから灰色の球体を取り出す。それを皮膚に当てると一瞬でダレスを包み込み、服のように変化した。それは宇宙服で、無重力空間での圧力の変化に耐えたり、酸素の供給ができたりする。




 俺はダレスの腕を握り、離れないようにした。そして、足を水のように変化させ一瞬で宇宙船を覆い吸収した。これでエネルギーの消費は抑えられた。


 宇宙服は光の速度には耐えられないので、敵の宇宙船の入り口付近に歪みを空けて移動した。そして、宇宙船の中に入った。 






「じゃ、後は頑張れ」




 そんな無責任な事を言い、身体を蚊ほどの小ささにして、あたかも姿が消えたように見せた。


 ダレスはこうなる事を予想していたのか、気にせず宇宙船内を進んだ。




『思ったんだけど、俺達がダレスを送るのは非効率なんじゃないか』




 光の速度で動ける宇宙服を作れば良いだろ。




『何言ってんだ、そんな難しい事できないよ』




 まあ、なんとかなるだろ。




『適当だな』




 チートみたいな能力の癖に、戦闘以外ではあまりにも役に立たない。鍛冶職人なのに最強な作品もあるのだ、何でも作れる寄生生物だっていても良いじゃないか。




『酷いな、泣いちゃいそうだ』




 心にもないこと言うなよ。


 


 音を立てずにフワフワと浮遊していると、突然前方にロボットが現れる。そして、ダレスを侵入者として確認すると同時に手を挙げビームを放つ。


 その瞬間、ダレスは二丁の銃を素早く抜き、ロボットの腕と頭に当てて機能を停止させた。


 ビームはダレスに直撃する事はなく、円を描くようにして腕は回り、天井にビームが当たった。天井に当たったビームが反射した所でダレスは引き金を引いた。ビームとビームの衝突により音もなく消えた。




『凄いな』




 ダレスは侵入して誰かを助ける事に向いている。これはコピーには難しい事だ。コピーはどこまでが助ける、ということが分からない。超文明でも未だに生き物の頭脳が必要だ。




 ロボットを破壊したせいなのか、ぞろぞろと他のロボットが現れ始めた。上や下、あるいは横から出てくるそれは道が狭いのか蟻の行列みたいになっていた。




「ふふ」




 ダレスは笑みをこぼした。そして、通路を走り始めた。


 ダレスを確認したロボット達は次々に手を挙げビームを放った。光の速度に到達しているそれはダレスに1発も当たらなかった。


 ダレスはビームが放たれると気づいた瞬間に壁を走りながら天井に移動し、通路を回るように移動した。




『今、何したんだよ』




 ダレスが落としたロボットやボールを見たから連れてこようと判断したが、想像以上のダレスの能力に俺達は開いた口が塞がらなかった。




 ダレスは地面を蹴ったと同時に、身体を捻りながら向きを変え天井に着地した。そして、重力に従って落下し銃に付いている刃で人型ロボットの首を切り裂いた。




 ボトッ




 首が地面に落ち、ロボットは立ったまま機能を停止した。


 しかし、そこは多くのロボットがいる危険地帯だ。他のロボットは先ほどとは逆の手を向けてビームを撃った。


 ダレスは銃をしまい、バックから何の変哲もない石を取り出すと、ビームに当たるように投げた。




 ビームと物体の衝突により、石は破壊された。その時に石本来のエネルギーが放出され、爆発音と共に小さくて神々しい光が辺りを照らした。




 ダレスは再び銃を抜くと、引き金を引きチャージが遅いロボットにビームを当てた。外部からの破壊により、中にある回路に異常を起こしたロボット達は機能を停止した。


 ロボット達が倒れる中、ロボットの後ろから無数のビームが撃たれる。ビームを撃ったのは、フェーズ2になった元ロボットだ。敵は目的の為だけに思考し、常に最善の選択を取り続ける。前方のロボットを囮にして自分達が変形する事に何の躊躇いも持たない。誰かを助けようともしない。それがアイアンハートだ。




「痛っ」




 ダレスはビームにビームをぶつける事で対処するが、あまりにも数が多い。個の力など数の力には無力だという事だ。致命傷は防いだが、ダレスの身体には生々しい傷ができた。


 しかし、ダレスの傷はみるみるうちに治った。まるでエリクサーでも使用したかと思うぐらい、短時間で元に戻った。




『何でだよ。どうなってんだよ』




 不思議だな。


 疑問には思うものの、何か困る事があるわけでもないので見守る事しかできない。俺は実に頼りない。




 ダレスはボールの存在に驚きはしたが、かまうことなく引き金を引いた。しかし、相手は反射を得意とする戦闘の為に作られた兵器だ。ボールの反射したビームは壁に当たり再び反射する。的確に計算されたそれはダレスがいる場所だ。




「くっ」




 威力の上がったビームでは簡単に相殺する事ができない。身体を無理やり捻りながら宙を舞い、壁に向けて銃を乱発する。適当に撃たれたように見えるそれは、通路の中で壁に当たり乱反射した。


 ビームが飛び交う中で、超光速で動けるボールは瞬時にダレスの背後に回り込みビームを放つ。それを理解しているのか、ダレスは壁を蹴りビームの乱反射のような動きで回避する。しかし、所々で身体に当たったのか血や肉片が飛び散る。




 ダレスは歯を食い縛りながら忌々しいようにボールを観察した。何か弱点やクセなんかを見つけようとした為だ。しかし、相手は機械だ。そんなものは存在しない。


 ビームが飛び交い、ボールが移動し続けるのでダレスは攻撃に転じる事が出来ず、ただ回避する事しかできなかった。攻撃は最大の防御なんて言葉があるが、相手を先に倒してしまえばこれ以上の怪我を負うこともない。攻撃が出来なければ負けてしまうのは当然の事だ。


 


 ビームの乱反射は不規則で計算が容易にはできない。一見すると無駄撃ちに見えるそれは、ある地点で交わり強力な一本の光線となった。不思議な特性を持つこのビームは特定の角度でぶつかれば消え、もう一方の角度でぶつかれば交わり強力な光の刃となる。


 しかし、幸か不幸か強力な一本の刃はダレスがいる場所へと向かった。




「ふっ」




 ダレスはそれを見て笑った。自分の作戦が上手くいった時に調子に乗るのは親譲りのようだ。


 ダレスは強力なビームに身体を向けると、銃に付いている刃をでビームを反射させた。


 刃は特殊な物質で作られている、いや銃その物が特殊な物質で出来ている。しかし、ダレスはあまりこれを使わない。何故なら消耗品だからだ。これも親譲りなのか性根は割とケチだ。 




 ビームを反射させた先はボールだ。目的に支障が出ると判断したボールは当然のようにこれを回避しようとするが、ここで問題が生じた。これを回避した後は壁にぶつかる。そうすれば宇宙船に亀裂が入り中の空気が漏れでてしまう危険性がある。そうすれば、宇宙船を守るという目的は達成されない。


 未だに不完全な機械の演算が行われた結果、回避行動を取ることはなく、そのままビームを受けた。ボールの反射能力を超えた一撃により一体のボールが機能を停止した。






 おお、凄いな。




『訓練用に作った宇宙船でもボールは落ちてただろ』




 もっと驚けよ。




『何となく分かるだろ』




 脳内会話で常に意見が同じになる事はない。自我と知性を持つ故に対立することもあるのだ。






 しかし、ダレスが倒したのは複数いるボールのうちの一体に過ぎない。ボールは多少の計算ミスでエラーを起こしたが、それもほんの一瞬だ。何の情も持たない機械は無心でビームを放つ。


 ダレスは再び回転するように避けながらビームを放つ。先ほどと同じ戦術だが、ボールは目的の為だけに思考する。二度と同じ過ちをしないそれらは壁にぶつかり反射した所でビームにビームを当てて音もなく消した。




「くっ」




 ダレスは苦虫を噛み潰したような顔をした。


 当然の事ではあるが、世の中は上手くいくように出来ていない。一度できたからといって二度目も上手くいくとは限らない。それを今、自分の身体でダレスは体験した。




 ダレスは別の案があるのか、ボールの方に近づいた。ボールにはフェーズ3という身体を乗っ取り支配する能力がある。インセクタの能力に似たそれは、ダレスでも逃げられる事が出来ない。


 ボールはダレスを歓迎するように、まんまと、愚かにも近づいた。唯一の近接能力、それは勝ちを確信してしまうほどに危険な力だ。




 お互いが近づいた事により一瞬でその差は縮まった。ボールは最も近いダレスの銃を持つ手にめがけて突っ込んだ。そして、ダレスの持っている銃に付いている刃によって、意図も容易く真っ二つに両断された。


 本来ならば光の速さに届くボールの動きに合わせて刃をずらすなんて芸当は不可能だ。しかし、ダレスには見えていた。光の速さで動くことこそ出来ないが、些細な揺れと、どこに向かってくるかを見て刃を置いたのだ。


 


 反射する物質と反射する物質、人工的に作られた同じ強度であるそれらがぶつかれば、どちらも壊れてしまうはずだ。しかし、それはどちらも同じ形状をしていた場合の話だ。ボールは球ではなく、不安定で不規則に形を変化させる。さながら金平糖のようにもなれば正三角形にもなる異常な状態だ。


 剣が弾丸を切れるように、ダレスの持つ刃は鋭利にできている。そして特注品故に頑丈に出来ている。反射もできるという魔剣じみた性能を持つ刃だ。持ち主の類い稀なる才能と刃を作った者の執念によって弾丸は切られたのだ。


 もしも、ここに手間を加えればレセクタすらも殺しうる兵器となるだろう。もちろん、近接戦闘自体が異常なのでそんな事ができるのはダレスぐらいだ。




 フェーズ3という能力に圧倒的なまでの自信と揺るぎない勝利への確信を持っていたボールは、破壊されたボールを見て衝撃を受けた。計算というのは与えられた情報だけで行うしかなく、いつだって足りない物がある。乱数とも呼ばれるそれは不確定で不気味で、演算を得意とする機械の天敵だ。




 


 部屋にある重力は機械によって操作されている。そして、それを操作しているのは地球外生命体であるグレイと、その生物の中に入っているフェーズ3だ。


 グレイはロボットが壊され、ボールが幾つか破壊されたという事実に恐怖し、星の地下にある基地に連絡を入れると同時に重力を切り替えた。






「うわっ」




 突然自分の身体が宙に浮いた事により、ダレスは少しだけ驚いたが、冷静に判断し重力が切り替えられた事を理解した。




 えっえっえっなになになに。


 一方、ダレスほどの冷静さを持たない俺は事態を理解出来ず困惑した。




『落ち着けよ、重力を切り替えて無重力にしたんだよ』




 なるほど。しかし、重力の大きさを大きくした方が良いと思うけどな。




『そんなにエネルギーがあるわけじゃないんだよ』




 そっか。確かにその方が消費は少ないか。




 無重力空間に放り出される事は想定内だとでもいうように、ボールはダレスにエイムを合わせビームを連発する。しかし、その姿勢は先ほどまでとは違い、遠くから撃つようにしていて、とても弱腰だ。


 一方、ダレスは先ほどのように三次元的な軌道が出来ず何発か被弾してしまった。宇宙服には重力を操る力はなく、地に足が着いていないダレスが移動する事など出来ない。そもそも、今までの命中率の方がおかしかった。まるで0点を取る眼鏡の小学生並みだ。




 ダレスは、そんな事が起こるとは夢にも思わなかったのかビームにビームを当てる事しかできなかった。しかし、それではジリ貧だと理解しているので後方に向けて引き金を引いた。


 この宇宙船の形状は円盤であり、通路は輪投げの輪のように繋がっている。反射を繰り返す事でやがてボールに当てる事が出来る。


 しかし、そんな事は理解しているとでも言うようにボールは後方へ的確にビームを放った。結果、ボールにはビームは一発も当たらなかった。


 演算が得意な機械はこういう簡単な事であれば、誰よりも早く正確に答えを導く事が出来る。ダレスはその能力を侮ってしまった。




 ダレスは苦笑いを浮かべた。心の中では苦しく、どうしようもない状況だが、それでも結果を変えようとしたからだ。


 苦渋の末、ダレスは宇宙服の空気を放出した。もちろんその程度の空気で得られる機動力などたかが知れてる。そして、ダレスは壁にめがけて攻撃を加えた。


 宇宙船を守る為に侵入者を排除しようとしているボールにはこれを見過ごすという選択肢がない。それ故に光の速度でダレスに迫りビームを何本も連射した。




 ビームが自分に向かってくる事を確認したダレスは自分の腕を引っ込めた。


 放たれたビームは重なり、強力な一本になって壁にぶつかった。壁にある特殊な素材でビームは反射されたが壁には亀裂が入り使い物にならなくなった。


 反射した事で異常なまでに強力になったビームはダレスにむかった。それを銃に付いている刃で反射させてボールへと放った。その一撃で刃はボロボロになった。




 ボールには選択肢があった。避ける事と自らがぶつかる事だ。演算により反射すら出来ずに自らのボディが破壊されるのは理解したが、それでは目的が果たせない。しかし、宇宙船が破壊された場合、中の空気が漏れでて同時に自分達も宇宙空間に押し出されてしまう。


 一秒にも満たない計算の結果、ボールは自らの身体を盾としてビームを防いだ。計算の通り、反射すら出来ずに粉々に砕けて消えた。


 ボールはどちらを選んでも目的を達成する事は出来なかったのだ。




「ふうっ」




 幾度も傷つき、再生を繰り返したせいか、戦闘にようるものか、いずれにせよダレスは疲労していた。




「大丈夫か?」




 蚊ぐらいの大きさから一瞬で人間サイズに戻った俺は決まり文句を言った。




「問題ないよ」


「本当に?結構ビーム当たってただろ」




 ダレスの服は血まみれだ。いつだって俺は選択を間違えいる気がする。今回はダレスを連れてくるべきではなかったかもしれない。




「もう治ったよ」




 そう言って身体をくるくると回転させる。服が所々破れてはいるが怪我はなかった。




「そうか」




 疑問と不安を心に残しながら、とりあえずは納得した。




「でも、途中で助けてくれてもいいんじゃない」


「ダレスが一人で戦えなきゃダメなんだよ。一人で何でも出来ないと、いつか困る事になる」




 自分の力に自信がないから、ダレス一人で戦わせた。ダレスが一人で自分の身を守れれば、俺は安心できるはずだ。




「そうだね」




 ダレスの声はどこか悲哀が感じられた。




「ほら、行くぞ」


「うん」




 ロボットを足で踏むごとに吸収しながら俺達は宇宙船の中を進んだ。

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