6 料理

前書き

アニメ化作品を読んでたら時間が過ぎてた


本文

〈ダレス〉


 今まで家事をした事なんてなかった。出された料理を食べて、美味しくなかったら文句を言って、ずっとママに甘えていた。




「痛っ」




 慣れない刃物を使ったせいで指から赤い液体がでてくる。意味はないかもしれないが、何となく口にくわえて舐める。


 一度だけパパが料理をしてと言ったことがある。でも、断られた。それどころか料理を覚えなきゃいけないのは私だからって言って私に任せている。酷い親だ。


 


 料理は工程が多い。まず、野菜やお肉は水で洗わなければならない。土がついていたり、菌がついていたり、意外と汚いんだ。洗うときも物が傷まないように注意する。洗っていると虫が落ちる事がある。虫だって食べないと生きていけないんだ。


 


 切るときも大変だ。野菜の皮は硬いので難しい。それに猫の手なんてのも意識しなければならない。油断するとすぐに血がでる。


 でも、一番はお肉が大変だ。ぶにょぶにょしていて切りにくい。だから、ちょっと力をいれないといけない。とても面倒だ。




 そんなこんなで乱切りにした食材と水を鍋に入れて火をつける。


 ここで注意しなければいけないのが先に肉を入れる事だ。前は、先に野菜を入れたせいで不味かった。硬いし野菜の味もしないし散々だった。




 いい感じになったら、水を取り除いて食材を皿に盛る。あんまり美味しくなさそうだ。


 パパの話では、お湯を入れて3分待つだけでラーメンが食べられるらしい。ママの話では、そもそも配給制だから料理をしなくても良いらしい。羨ましい。




「怪我大丈夫か?」


「わっ」




 驚いた。音がしなかったので気がつかなかったけど、そこにパパはいた。パパの手には絆創膏がある。その絆創膏を受け取って指に貼る。




「ありがと。でも、パパが料理してくれたら怪我しなかったと思うよ」




 これはほんのちょっとした皮肉だ。でも、パパがやってくれれば怪我をしないのも事実だ。




「料理を覚えなきゃいけないのはダレスだろ。いつか一人になった時に困るのは俺じゃない」




 まるで自分は死んでしまうような言い方だ。




「パパはどこかに行っちゃうの?」


「別に、俺じゃなくてもダレスがお嫁にいくことだってあるだろ」




 親以外の喋れる存在なんて見たことがない。自分と同じような外見をしているかも分からない。とてもじゃないけど、自分の見た目も良くないと思う。多分、一生独身だろう。




「ずっとパパと一緒にいるよ」


「寿命があるから、ずっとは無理だろ」


「パパの寿命はあと何年?」


「さあ」


  


 本当に分からないからなのか首を傾げている。 


 私は皿をテーブルに置いて座った。そして両手を合わせる。




「いただきます」




 これはパパの国の文化らしい。命をもらっているから、それに感謝するとか何とか言っていた。死んでしまったら、意識はどうなるんだろうか。




「パパは食べる?」


「余ってるなら貰うよ」


「自分で盛ってね」


「分かった」




 パパの国では箸と呼ばれる二本の棒を使ってご飯を食べる。しかし、これが難しい。持ち方が特徴的で覚えるのに苦労したり、物をつかんだりするのは大変だ。特に丸い物はコロコロするので面倒くさい。




「パパ、何でこんなのを使うの?フォークじゃだめなの?」


「俺の国の文化を否定するなよ。俺の国では自分の子供に箸を覚えさせる伝統があるんだ。文句言うな」


「えー」


 


 理不尽だ。日本に生まれた人は皆苦労したんだろうな。


 箸を使って料理を口に運ぶ。最初はお肉だ。ママは植物しか食べないからあまり食べたことがない。口の中で肉を噛む。とても柔らかくて食べやすい。しかし、美味しくはない。出汁とか調味料があるわけではないので肉汁だけが残る。


 次に口に入れるのは野菜だ。乱切りにしたので形がバラバラで食感が悪い。でも、硬すぎるという事はなくほどほどだ。食べれないことはない。


 


 パパは料理を皿に盛ってテーブルに座り箸を使って食べた。




「まあまあだな」


「そうだね」




 料理なんてママから少しだけ習った程度だ。簡単にできるわけがない。食べれる物を作っただけましだ。


 頭では分かっているけど悲しい。少しだけ俯いた。




「でも、調味料がないにしては良いんじゃないか」


「そう?」


「ああ、これなんて野菜の甘さが出てて美味しかった」




 パパは器用に箸を使いながら赤色の野菜を食べる。


 パパは食事をしなくてもエネルギーを得ることができると言っていた。だから、味わうとかそういう事はパパには意味がないのかもしれない。そんなパパがわざわざ使い勝手の悪い箸を使って食べているのだ。




「そっか、ありがと」




 少しだけ笑った気がする。 


 誰かに自分の作った物で喜ばれるのはとても嬉しい事なんだ。そして、私はこんな事が出来るようになったんだよってママにも言いたかった。贅沢かもしれないけど、ママにも褒めて欲しかった。




「どうした?」


「え?」


「いや、涙がでてるだろ」




 手を自分の頬に当てる。少しだけ濡れているのが分かった。




「あれ、おかしいな」


「嬉し泣きか。このくらいの出来で満足しちゃ駄目だぜ。常に精進しなきゃな」




 少しだけ私をからかった口調だ。パパは私を笑わせようと努力しているのかもしれない。もう手に入らないと分かっていても失ったものを取り戻そうとしている。




「そうだね。お店が開けるように頑張るよ」




 少しだけパパは驚いた。でも、すぐに言葉を返した。




「そうか」




 パパは少しだけ苦笑いをした気がする。でも、目はとてもドス黒い。まるで自分の目を見ているようだ。




「ごちそうさま」




 パパから教わった何とも不思議な言葉を言う。確か、食事を奢られた時に感謝を示す為という理由だと言っていた。でも、今では挨拶になっている。実に不思議だ。




「御馳走様」




 パパも食べ終わったようだ。箸が上手なパパは私よりも食べるのが早い。きっと並々ならない努力があったのだろう。




「皿は俺が洗っとくよ。座っててくれ」


「分かった」




 パパはどこからかスポンジと洗剤を出して皿や鍋や包丁を洗う。汚れが落ちるとバケツに入っている水で洗う。そして、かごに入れた。




「そう言えば、UFOに入って動きの練習してただろ。大丈夫そうか?」


「場所は把握したからいつでも大丈夫だよ」


「たった一日で良くできるな」




 基準なんてないから何が凄いかなんて分からない。きっと親は簡単に褒めてしまう生き物なんだ。とても心地がいい。




「ところで何でUFOって呼んだの。未確認でも何でもないでしょ」


「気まぐれさ」




 パパには困ったものだ。




「さて、そろそろ行くか。ダレス、荷物の準備をしとけよ」


「どこに行くの?」


「だいたいこの時間帯に奴らが通る場所があるんだ。そこを狙う」


「そっか。いってらっしゃい」


「いいや、ダレスも行くんだよ」


「えっ」


  


 きっと聞き間違いだ。私が行くなんてまだ早い。とても危険だ。




「パパだけで言ってよ。まだ私は動けるようになっただけで役に立たないよ」


「やってみなきゃ分からないだろ。大丈夫、危なくなったら助けるから」


「嫌だよ、まだ怖いよ」




 嫌いな物を食べる時のように駄々をこねる。どうしても心の中に不安が残る。




「俺も怖いんだ。だから一緒に行こうぜ」


「私なんて、これっぽっちも役に立たないよ」


「どうかな。俺はダレスが凄いって知ってるからな。俺の考えが及ばないところで助けてくれるはずだ」




 確かにパパは情けない。でも、誰かに頼るような生き方はしてなかったはずだ。少し変だ。




「本当のところは?」


「ここに一人だけ残ると不安だから」




 その可能性は考えていなかった。




「分かった。私も行くよ」


「良かった」




 椅子から立ち上がり、バッグを確認する。


 今いる場所は廃墟になってしまった家の中でも比較的無事な所だ。テーブルや食器などの生活に必要な物は揃っている。でも、火は使えたが水は出なかった。見た目もボロボロだ。ちゃんと使える物は少ない。


 私が持つ荷物はそんなに多くない。二丁の銃は常に腰に掛けている。バッグの中身も特に変わらない。トランシーバーが入ってたり、ワイヤーが入っていたり色々だ。




「終わったよ」


「そうか。それじゃ行くか」




 パパが出口まで歩き始めた。しかし、その歩みは止まった。




「どうしたの?」


「これ、似てないか?」




 パパは棚に置かれている一つの写真立てを指差した。




「どれ」


  


 そこに写っていたのは三人だ。みんなママに似ているが一人だけ小さい。その子の後ろに両親らしき二人がいる。背景はどこかの公園なので多分家族旅行だろう。


 パパが似ていると言ったのは小さい子供の事だ。




「確かに、似てるね」




 怒ってばっかりだけど、とても臆病で心配性で優しいママに似ている気がする。雰囲気で分かった。




「念のため、バッグに入れといてくれ」




 パパは疑心暗鬼になりながらも写真立てを手に取ると私に渡した。




「うん」




 私はそれを受け取ってバッグに入れた。


 もしかしたら私達の見間違いかもしれないけど、この家族の思い出は残ったと思う。




「行くか」




 私は無言で頷いてパパの後を追った。パパは円盤があるところまで歩いた。




「それで行くの?」


「そうだ」




 パパは返事をすると中に入っていった。私も後ろを着いていく。中に入ると狭い部屋に出る。そして、パパはドアを開けた。そこには幾つものボールやロボットが転がっていた。




「凄いな」




 パパの目は見開かれていた。どうやら私の実力を低く見積もっていたようだ。




「そうでしょ。次はもっと早く終わるように頑張るよ」


「まあ、目標があると何をすれば良いかが明確に見えてくるからな。好きなようにやればいいさ」




 少しだけ放任主義みたいな言い方で、不安になった。


 転がったボールなどを吸収しながらパパは一つの部屋に向かった。それぞれの部屋には番号が振り分けられているが規則性は分からない。迷わずに歩けたのはパパがこの円盤の製作者だからだ。


 操縦室の前に着くとパパはドアに手を触れた。すると塞がっていたはずの壁がなくなり道ができた。




「自動ドアか。結局どこの星でも考えることは一緒なのか」


「パパ、自動ドアって何?このドアのこと?」


「あー、俺の故郷にも触れただけで開くドアがあったんだ」


「触ってるなら自動じゃないと思う」


「近くに行くだけで開くドアもあるから、そっちが自動ドアかな」




 あいつらが作った円盤にはそんな機能はない。ドアを開けるのにだって、いちいち手を触れなければならない。もしかすると、パパの故郷は凄い場所なのだろうか。




「自動ドアって凄いね」


「そうか?奴らだって作ろうと思えば作れるだろ」




 私は少しだけ不機嫌になった。




「じゃあ、何でそうしないの?」


「予算とか構造上の理由とかだろ」


「そっか」




 何となく近くに落ちていたボールに足をぶつけた。ほんの小石を蹴るような軽い気持ちだった。




「痛っ」




 つま先がちょうどぶつかってしまった。ジンジンして動かすのも辛い。立つことも困難になり、そのままうずくまってしまった。




「大丈夫か?」


「分かんない」




 自然な流れで靴を脱ぎ血が出てないかを確認した。幸い、怪我はなかった。少しだけ足が赤くなっているが、爪が剥がれることもない。痛みも引いてきた。なんとか歩けそうだ。




「良かった、なんともないな。これからは気を付けろよ」


「うん」




 靴を履いてから立ち上がり、そのまま操縦室に入った。パパは椅子に座っていた。しかし、操縦席ではない。いわゆる補助の人が座る席だ。




「パパが運転するんじゃないの?」


「いいや、今回はダレスにやってもらう」


「えー」




 心臓がいつもよりも早く鼓動を刻んでいる。もしも変な方向に移動して小惑星にでも衝突したら、この円盤が爆発してしまうかもしれない。それに高い所も怖い。地面から離れている瞬間を自分の目で見ただけで嫌になってくる。




「パパがやれば良いじゃん」


「どうした、怖いのか?」


「うん」




 自分ができるイメージが湧かない。それどころか、どうしても死を連想させてしまう。気分はとてもネガティブだ。




「どうして?」


「落ちるんじゃないかとか、ぶつかるんじゃないかって考えちゃうの。このままだと死んじゃうような気がするの」


「う~ん。そうだな」




 そのままパパは考え込んでしまった。腕を組み、目を瞑りながら首を傾げている。パパにもそういう経験があるだろうから理解してもらえたのかもしれない。


 しかし、私の予想とは違う言葉が返ってきた。




「今日は料理してただろ。あれはどうなんだ?」


「何が?」


「言葉足らずだったか。火とか刃物はどうなのかってことだ。あれだって少し考えれば、鋭くて痛そうだとか熱そうだとか考えちゃうだろ」


「そう、だね。何でかな」


「それにダレスは指まで怪我したのに、今は恐怖とかはないだろ」




 言われてみればその通りだ。




「慣れた、からかな。それとも、見慣れていたから?」


「さあな、そこまでは分からない。苦手なものなんてのはそれぞれ違うからな」




 結局、曖昧な答えだ。本当はその場しのぎで適当に話しているのではないだろうか。 




「でも、一つだけ確かな事がある。それは死を恐れるという事だ」


「当たり前だよ」


「不思議なんもんだな。自殺する生き物がいるのに、ダレスは死を恐れるのか」


「ん?」




 よく分からない。もしかしたら自己完結した独り言だったのかもしれない。


 パパは補助席から立ち上がると、操縦席に座った。どうやら私の思いは伝わったようだ。パパが操作をすると円盤は宙に浮いた。




「良かった。パパがやってくれるんだね」


「さあ、それはどうだろうな」


「え」




 大気圏を出るという所で円盤は停止した。ここはまだ星の重力に影響を受ける。もしもそんな所で停止なんかさせたら、どうなるかは目に見えている。




「あっ」




 円盤は星に吸い寄せられるように落下した。




「何やってるの、ねぇ何やってるの」




 叫び声が部屋の中で木霊する。


 シートベルトなどの安全装置を着けていない状態で落下しているのだ。身体にかかる重圧は並大抵のものではない。目や鼻からは血が流れた。




「うっ」




 そもそも、今までに何かの乗り物に乗った時には悲惨な目にしか遭っていない。それゆえに一種の車酔いのような状態になっていた。




「おぇぇーー」




 食後の後だというのに、こんな状況に陥れば誰だって口からキラキラした何かが出てしまう。




「どうした?操縦しないと落ちるぞ。やり方は、見れば分かるだろ」




 どうしてこんなに酷い事ができるのだろうか。泣いてしまいそうだ。


 私は無理やり身体を動かして操縦席に乗った。そして、オート機能にして宇宙船を停止させた。




「ふぅ」


 


 自分にもできたことで少しだけ安堵した。


 実際にやってみると、高くて怖いなんて考えている暇はなかった。そして、わりと簡単だった。




「パパ酷いよ。何でこんなことするの」


「操縦できたほうが便利だから」




 少しの悪いという気持ちもなく言葉を返された。




「酷いよ」




 服の袖で血を拭いながら言葉を発した。




「確かにいきなりは良くなかったか。悪かっな、次からはやらないよ」




 少しだけ反省しているようなので許すことにした。




「ところでパパ、操縦する必要ってあるの?」


「ん?どういうこと?」




 少しの言葉でコミュニケーションを取ろうとすると伝わらないことがある。本当に難しい。




「機械が勝手にやってくれるなら、誰かが操縦するなんて無駄なことだと思うの」


「ああ、無いよ」


「え?」




 私のパパというだけはある。きっと親に似たんだろう。言葉の取捨選択が下手くそだ。




「奴らの場合は身体の中に機械が入っているから、それが操作してくれるんだ。だから、ダレスは操縦を覚えないといけないのさ」


「どうして生き物の身体を使うの」




 この質問をしたらパパは少しだけ沈黙した。何かを考えているような、記憶を探しているような、そんな感じがする。そして、何かに閃いた顔した。




「機械と生物、この二つが交わることに意味があるのかもな」


「どういうこと?」


「それはまだ俺にも分からない」




 あいつらの目的も行動の意味も全てが不明瞭だ。


 パパはまた難しい顔をして悩み始めたが少しして考えるのをやめた。




「これから行く所でその理由が分かるかもな」


「えっ、この時間帯に通る円盤を落とすんじゃないの」




 記憶が間違っていなければそう言っていたはずだ。




「その近くに小さい基地があるんだ。とりあえずそこを潰す」


「聞いてないよ」




 やることが増えて少しだけショックだ。同時にママを失うような悲劇を終わらせることができると思った。




「そっちは俺だけでできるから大丈夫。ここに乗ってていいよ」


「私も付いてくよ」




 パパと一緒にいたほうが安全な気がした。別に独りが怖いとかそういう理由ではない。




「そっか」




 素っ気ない返事が返ってきた。


 


「さて、それじゃあ操縦の仕方を教えるか」


「はい」


「まず、重力操作からかな」


「何だか難しそうだね」




 物を落とすと下に落ちる。この常識を覆すのだ。向きや大きさの調整は相当難しいだろう。




「ここの画面で確認するんだ」




 パパはそう言いながら指を指した。左側には数字とNという記号があり、右側には矢印があった。




「こっちの数字は見ての通りだ。何の変哲もない。問題はこの矢印だな」


「何が問題なの?」


「向きを示すのが前後ろ右左上下、更には斜めまである。ほんの小さなズレですら変な動きをしかねないから、面倒なんだ」




 イメージをするなら球だろうか。正確に活きたい場所を思い描いても、角度の調整が難しい。




「パパはどうやってるの?」


「俺か?あれだよ、ほら、二重人格のがやってくれるんだ」


「そうじゃなくて、アドバイスとかはないの」


「そうだな。ずれたと思ったらすぐ調整、だな。だから気負いすぎないほうが良いだろ」




 今、オート機能が調整している重力の大きさは丁度この星の大きさと同じで、向きは上だ。だから宙に浮くことができる。しかし、宇宙は無重力な空間だ。そこならばあまり使う必要もない。




「あー、あともう一つあるな」


「これ?」




 私は画面の近くにあったボタンに触れた。




「そうそうそれそれ。ダレスが連れてかれそうになった変な光があっただろ」




 何故か分からないが私は謎の光に捕らわれて逃げることができなかった。どうやら謎の光は、重力を操って何かを捕獲するためにあるようなだ。




「これは調整とかはないかな。まあ、クレーンゲームみたいなもんだ」


「クレーンゲームって何?」




 パパが住んでいた日本には面白い物がたくさんあるようだ。でも、たまに知らない言葉を使うので本当に厄介だ。




「うーん。景品があってそれをクレーンで取るんだ。クレーンは前と後ろ、右と左に動いて景品の上まで来たらクレーンを下ろすんだ。クレーンが景品をある穴に落とせば景品が貰える」


「面白そうだね」




 私も日本に行ってみたい。全て終わったらそこで暮らすのも良いかもしれない。




「いいや、これが全然駄目なんだよ」


「えっ」




 夢が、幻想が、理想が、ひび割れる音と共に崩れ去っていくような気がした。人の夢はどうしてこんなにも儚いものなのだろうか。




「お金をつぎこんでちょっとずつ動かしても穴に落ちなかったり、余計に遠くなるなんてことがあるんだ。それに、おっこれ落ちそうだなってやつは大抵駄目なんだよな。気付いた時には財布の中がスッカラカンなんてこともある。ゲームセンターに入った時には重くてチャリチャリ鳴っていた財布が帰るときには紙のように軽い。しかも、手に持ってるのは何で取ったのかなと思うような景品だ。ゲームは一瞬しか夢を見せてくれないんだよ」




 私はゲームセンターというよく分からない単語を聞いても口には出さず、ただただ沈黙した。それはパパの失敗した経験であり悲しい過去だ。私まで辛くなってくる。


 思えば、日本は箸などという面倒臭い道具を産み出すような場所だ。何も知らずに憧れれば後悔してしまうような気がしてきた。日本には行きたくない。




「まあ、とりあえずそんな感じだ。でも、このボタンを使う事は少ないだろうから大丈夫だろ」


「そうだね」




 クレーンゲームの話は私の一つの教訓として胸の中にしまっておこうと思う。それは、夢は儚いという事だ。




「で、ビームはこれね。まあ、枠に重なったら撃てば良いだけだから」


「いや、それが難しいんでしょ」


「ん?まあ、そうだな。ちょっと感覚が狂ってきたな」


「大丈夫?」




 パパは宇宙船がなくても空を飛んだり、ビームを撃てたりする。だから、感覚のズレが生まれるのかもしれない。




「俺が使う事は少ないから、問題ないさ」


「そっか」


「んー後は、ボールとかを出すボタンがこっちで、しまうのがこっちのボタンだな。それとバリアはあっちだ。まあ、バリアを使う機会は少ないだろうけどな」




 そう言いながらパパは一つ一つボタンを指差した。




「移動は?」




 重力操作はあくまで浮かせるだけであり、どこかへの移動手段ではない。そして、パパはタキオン粒子という光の速度で移動する粒子を使うと言っていた。つまり、それぞれ別のものが必要ということだ。




「ああそうそう。それはこれだな」




 今思い出したような素振りをして二つのレバーを示した。




「全方位を動くわけだからな。一つじゃできないんだよ」


「ふーん」


「左のレバーで右左前後を操作して、右が上下だ。で、そこにあるのがメーターだな。傾きで速さの調整ができる」




 何となく、レバーを握ってみた。




「動かしてみな」


「いいの?」


「ああ」


「コツは、早めに傾けることだ」


「分かった」




 左のレバーを前に倒すと、そのまま宇宙船は前に進んだ。傾ければ傾けるほど速度はどんどん上昇していく。しかし、外の世界が線のようになってきた所でだんだんと怖くなってきた。




「これってどうやって止めるの?」


「逆向きにぐっと傾けるのさ」




 言われるがままそうすると、宇宙船は急停止した。


 突然止めたことにより身体が前へと傾く。本当に気持ち悪い。




「ワープは?」


「ん?それはこっちだな」




 そう言って助手席の方を示した。




「場所を特定すればできるけど、エネルギーの消費も多いし奇襲とか逃走ぐらいでしか使わないだろ」


「分かった」




 早速、場所を入力してみた。そこはほんの五百メートル離れた所だ。すると、稲妻のような物が迸りながら空間が歪み穴が現れた。そこを通ると宇宙船は五百メートル離れた先に移動した。




「面白いよな。少し遠くにある物を取る時に便利そうだ」


「そんなのがなくても身体が伸びるから大丈夫でしょ」


「求めているツッコミと違うな。やっぱり暮らしによって常識なんてのは違うか」




 もしかしたら、パパの故郷に伝わる一子相伝のギャグだったのかもしれない。しかし、生まれた場所も環境も違うのだ。教えられていないことなどできるはずがない。




「それにしても、操縦する数が少ないね」


「そりゃ、これが予備だからな」


「どういうこと?」


「さっき身体の中の機械がやってくれるって言っただろ」


「うん」




 何ともおぞましいことだ。生き物の中に機械を埋め込むなんて狂っている。しかも機械によって身体が操られているのだ。実に恐ろしい。




「特殊な部屋で、その機械と宇宙船を同期させるんだ。だから、まるで自分の身体のように自由に動かせるんだ」


「便利だね」


「そうか?じゃあダレスも身体に機械を入れるか?」


「えっ」




 とても驚いたような、恐怖したような、そんな顔をした。




「何だよそんな顔して、やっぱ止めとくか」




 少しだけふざけたような口調になりながらパパは私の気持ちを察してくれた。表情一つでそんなに分かるものなのか。




「怖いからね」


「そういう所は日本人みたいだな」


「日本人も身体に機械を入れてないの?」


「そうだな。まあ、新しい物に抵抗があるんだろ。変な所ばっかり俺に似たな」


「変な所?」




 パパの変な所と言えば二重人格や酷い発想を実行すること、それぐらいしか思い付かない。




「昔は高所恐怖症だったのさ」




 パパの丸みを帯びた耳とは違い、尖った大きな耳は小さな声もちゃんと聞き取ることができた。一瞬した後その言葉の意味を理解して私はニヤニヤした。




「聞こえなかったから、もう一回言ってみて」




 酷いことをするパパも、もしかしたらパパのパパ、つまりお爺さんに同じ事をされたのかもしれない。少しだけおかしくなった。




「さて、操縦の仕方はもう良いだろ。ほら、行くぞ」


「はーい」




 パパは話を無理やり終わらせた。私は素直に従いレバーを前に傾けた。

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