4 墓

 どうして葬式をするのだろうかと考えた事がある。お亡くなりになられたら何も伝える事が出来ないし、相手の思いを知る事も出来ない。俺の宗教では、お亡くなりになられた方は異世界に行けるという狂った教えなので葬式は無駄だ。そう思っていた。


 


 よくよく考えてみれば、俺の周りでは誰か大切な人が死ぬなんて事はなかった。ひいじいちゃんやひいばあちゃんは俺が産まれる前にお亡くなりになっているので悲しいとは思わない。じいちゃんとばあちゃんはまだピンピンしているから大丈夫だ。あの調子なら百歳まで生きるだろうと笑っていたのも覚えている。


 クラスメートとかは、病気とか事故でお亡くなりになられた人はいない。そもそもクラスメートという関係だけで友達はいないから悲しいとは思わないだろう。


 


 今までは考えた事もなかったが、人間以外の動物ならどうだろうか。家にはペットはいないし、欲しいと思った事もない。犬や猫、カブトムシやクワガタムシ、金魚や亀、色々なペットが世の中にはいるが、俺はふれあった事がない。


 ここで一つ思い出した事がある。それは子供の頃に面白半分で蟻を殺した事だ。指でお腹を摘まむと緑色の液体が出てきて、少しの間は動くけど、しばらく経つとお亡くなりになる。あの時は汚いとか気持ち悪いという感情が俺の頭の中にあった。他にも水を巣の中に入れたりだとか、花火で燃やしたとか、そういう記憶が残っている。




 理不尽じゃないか?俺が宇宙人に拐われた時のように、なす術もなく蹂躙されたのだ。蟻が他の仲間の死を嘆くのか分からない。もしかしたら、そんな暇もなくせっせと餌を探すのかもしれない。


 でも、人間は………俺は脆い。ガラスのような心は小石一つで簡単に割れてしまう。もっと何かしてあげられたのではないか、とか、自分の思いはちゃんと伝わったのか、とかそういう事を考えてしまう。無駄だと分かっているのに、あの時ああすれば良かった、と振り返ってしまう。




 葬式というのは一種の自己満足なのかもしれない。


 死者の国には自分たちの思いが伝わっていると考える事で、確かに救われる。死者の国が存在しない事を証明できた人物はいないから、もしもという憶測だけで心が安らぐ。人は単純な生き物だ。




 そういえば、俺はもう人間ではない。宇宙人に誘拐されて、よく分からない生命体と融合させられた。俺は一体何者なのだろうか。人間だったら、人ではない生き物に恋なんて感情は芽生えないだろうし、ずっと童貞のままだ。昔の俺なら、こんな目に合うくらいなら童貞の方がましだと思うだろう。俺自身望んだわけでもないが。


 まあ、俺の事なんてどうでもいいか。






 今、俺がいるのはリミーの故郷だ。ここは奴らに侵略され、クレーターや廃墟が無数にある。相棒の記憶にある昔の景色には、街には作業用ロボットが溢れており誰もが楽な生活を営む文明的な世界が広がっていた。


 しかし、今では見る影もない。立ち並んだビル群も、日常に溶け込んだドローンの姿もない。寒い風と荒れ果てた荒野だけが俺たちの視界に映っている。




 もしかしたら、こんな所に埋葬されるのは嫌なのかもしれない。彼女は昔の事を多くは話さなかったし、俺も触れないようにしていた。それが今となっては後悔しかない。


 一つだけ、彼女の思考を読み解く術がある。それは俺の力で吸収する事だ。そうすれば、記憶、知識、思考、その全てを理解する事ができる。でも、それは出来ない。正確にはしたくない。頭の悪い俺は論理的な判断ではなく、感情論で動いている。いいや、これは言い訳だ。本当はただ知りたくないだけなんだ。もしかしたら、俺を嫌っていたのではないか、と考えてしまう。俺は貧弱だ。




「パパ」




 ダレスが俺の服の裾を握り、声をかける。




「ああ、分かってる」




 リミーの故郷には宗教が一つしかない。本来ならば宗教とは地域によって様々な種類が生まれるはずだ。宗教には生活の知恵や死とは何か、世界の終わりはどういうものなのか、という事が記されている。しかし、この星には歴史的に見ても、国単位で見ても一つしかない。おそらく他の宗教は消されたのだろう。その宗教の名は闇教あんきょうだ。




 闇教とは一人の予言者によって伝えられた教えと言われている。予言者は宗教と共に、産業革命のきっかけを与えた天才でもある。故に予言者はこの星において英雄とされている。しかし、本名は誰も知らないというミステリアスな部分もある。謎多き人物だ。


 闇教における死とは、魂と肉体の解離である。解離した後の肉体はやがて土となり、「再会の日」に全ては闇へ還元される。魂は生命の誕生、すなわち物質的な構築と同時に融合し、物質が限界を向かえると解離する。




 つまり、俺がしなければならない事は土へ還す事だ。 


 俺は手を前に出し火を放つ。一瞬で骨になり、遺体からは異臭がたちこめる。ダレスは耐える事ができないのか、手で鼻を覆う。目からは一筋の涙が零れていた。俺は鼻を手で覆うような真似はしなかった。臭いも気にならないし、身体に害を与える事もない。目は焦点が合わないだけだ。




 その後は骨を土に埋めた。場所は大きな木の下だ。何か深い意味があるわけではなく、単なる目印だ。木にはプロディジミーと掘った。




「はぁー」




 深いため息が出る。


 俺はこれからどうすれば良いのだろうか。何も見なかった事にして地球に帰る事はできる。しかし、感情的にも奴らの危険性からも見てみぬふりは出来ない。最悪、地球に攻められる可能性もあるのだ。洗脳された下っ端兵には侵略の理由を教えられていないので、全てが未知数だ。


 何故、宇宙制覇したいのだろうか。結局、どんな生き物でも欲望は海水のような物なのか。飲んでも飲んでも渇いてしまう。




「パパ」




 地球に帰ったとして、この子はどうすれば良いのだろうか。日本は肌の色とかで差別するような国ではないし、見た目もほとんど似ている。でも、耳は長いし口には鋭い歯がある。ばれたら、どこかの研究所の職員が来て誘拐してしまうかも知れない。


 それに親にはどう説明すれば良いのだろうか。何日もいなくて心配をかけただろうし、警察だって出動しただろう。そこに突然現れて、宇宙人に拐われたんだ、とか、娘ができたよ、とか言えるわけがない。信じてくれるのは俺と同じ経験をした者だけだ。


 


「私に戦い方を教えて」




 ここで俺は言葉に詰まる。


 普通の親なら、お前はまだ小さいから駄目だ、と言うだろう。実際、数日前の俺なら危険な所に行かせるような真似はしなかった。しかし、俺は弱い。自分だけなら守れるかもしれないが、誰かを守れるとは思えない。自分で自分を守れた方が俺も安心できる。




「どうしてだ?」




 それでも心の中では、本当に良いのかと考えてしまう。優柔不断で情けない。イエスでもノーでもなく理由を聞いた。




「あの時、私こっそり外に出ようとしたの」


「え?」




 リミーが庇ったと聞いたから家にいたはずだが、どういう事だ。




「初めて見た時はとてもすごかった。土と岩ばかりでずっと先まで広がる大地、ポツンとたたずむ森林、見たこともないような不思議な生き物、全部が新鮮でワクワクした」




「大丈夫か?怪我してないか?」




 怒る事よりも先に心配してしまう。母親が死んでしまったのだ。ダレスの心は俺と同じで真っ暗なはずだ。そんな状況でこんな事を言えるなんて、おかしい。




「大丈夫だよ。森には行ってないし、危険なのもいなかったから」


「そうか、良かった」




 俺には怒る資格があるのだろうか。最初は良いと言ったのに、途中で手のひらを返した。俺が原因だとしたら、何も言えない。




「でね、私、分かったよ」


「何に?」


「外に出るなって言った理由」


「………」




 理由なんて、外には危ない動物がいるだけなのだが。




「あいつらに見つからない為でしょ」




 俺はいつも暢気に外に出ていた。警戒なんてしたことないし、もう会う事もないと思っていた。




「それでね話は戻るけど、家に帰ってしばらくしたら、青白い光が見えたの。そしたら、ママが私に覆い被さってね、気付いたら家は壊れてて、私は変な光の中で空を飛んでたの」




 そういえば、何故ダレスは拐われそうになったのだろうか。




「私ね、船に乗っている時に考えたんだ。あの時、外に出たからあいつらに見つかったんだって。もしかしたら、あいつらの目的は私なんじゃないかって」




 両手で頭を抱えた。




「分からない」


「パパ?」




 声が小さかったのか、ダレスの耳には届いていなかった。




「あいつらが他の星を侵略するだけなら、まだ理解出来る。でも、俺が拐われたり、お前が拐われそうになったりした理由は分からない。外に出るなっていうのは外が危険だからだし、お前が外に出たから見つかったってのもおかしい。きっとあれは偶然だ」




 道を歩いていたら、突発的な雷に打たれるように、急に隕石が落ちてきて道路に穴が空くように、これは偶然だ。


 俺には観測できていなかった数値のズレによって起こった、ただの偶然だ。




「希望的な考え方はよくないよ」


「外に出たくらいで見つかるはずがない」


「………理由は分からないけど、パパと私は狙われているんじゃないの。それが偶然あの時だったんじゃないの」




 あの星には奴らの宇宙船が墜落した。何か大切な資料が残っていたから、戻ってきたのかもしれない。ダレスが拐われそうになったのは偶然かもしれない。




「パパは強いよ。実際に私を助けてくれたし、あいつらも倒した。でも、ママは助けられなかったでしょ。あいつらの数は三機なんて少ない数じゃない。何千、何万、もしかしたら、何億もいるんじゃないの。そんな数に襲われた時、私を守れるの」




 思えば、奴らは計画と言っていた。実際に俺は身体を操られそうになった。宇宙船だけならまだしも、俺と同じ能力を持った者では勝てない。おまけに、相棒は同種と戦えない。




「随分と信用がないな」




 ため息が出る。


 私達は狙われている。でも親では勝てない。だから、自分で自分を守るしかない。


 俺を納得させたいなら、その回答は完璧だ。




「俺に教えられる事なんて限りがあるぞ。それに俺の事は教えらただろ。ちんけな島国の生意気な学生だったんだ。軍人志望でもなかったし、本当に些細な事だけだ」


「それでも、無いよりはましでしょ」




 その目は憎悪に満ちていた。俺が言葉で止めた程度では、進む事しかしないだろう。




「分かったよ、降参だ」


「やった」


「まずは体力作りだ。あそこまで走ってこい」




 俺は一キロ近くある地点を指で示した。




「うん」




 ダレスは元気に返事をして、走っていった。


 俺はそのまま木にもたれ掛かった。




「これで良かったのかな、リミー」




 闇教における死とは魂との解離である。そして、その魂は循環する。でも、まだ彼女が新しい生命になっていなければ声ぐらいは聞こえるはずだ。


 娘に言われたように、俺は希望的観測が多い。でも、止める事は出来ない。俺は何かに支えられないと生きていけない、弱い男だ。




 


 なあ、相棒。何で俺に突っかからないんだ。




『悪かった』




 どうしたんだよ。




『ボールを置いておけば助かったはずだ。危機感が足りていなかったんだ』




 それに気が付かなかったのは俺も同じだ。お前だけを攻める事なんて出来ないさ。




『それだけじゃない。奴らに融合させられた時のように暴走してしまった。そして、一つの星を食べてしまった』




 そうだな。




 星を丸ごと吸収したのだから、当然そこに棲んでいた生き物も吸収したことになる。その生き物の記憶がとても痛い。


 主なものが何故自分が、という記憶だ。俺の多少の抵抗が効いたのか進行速度は遅かった。故に死の直前が鮮明に残っている。




『チップの欠片が残っているなんて思わなかったし、あそこまで支配されるなんて………俺は怖いよ』




 感覚を共有しているせいで、恐怖が伝わってくる。恐怖によって俺のチキンハートがビンビンに警鐘を鳴らす。奴らに近づいては駄目だ、と。




 怯えたまま暮らすのか?




『え?』




 人間という生き物はとても残酷なんだ。自分の命を脅かす者がいれば排除する。蚊とか狼、人を食べた熊なんかも殺す。もちろん、俺は人間を辞めた。でも、考え方は残っている。これは復讐じゃない。最も最初に行われた食べるか食べられるかの戦いだ。


 お前は草食動物のように逃げるのか?




『…俺にとっては復讐だ。親を殺された敵だからな』




 それも良いと思うぜ。復讐は何も生まないなんて言う奴もいたが、俺達は違う。心の中に安らぎを与えてくれる最高のデザートだ。




『でも、同種は殺せないぞ。本当に奴らに勝てるのか?』


 


 あの後、チップはどうしたんだ?




『破壊したよ。当たり前だろ』




 同種のも破壊すれば良いのさ。殺せないだけで戦えないわけじゃない。




『無茶だよ。身体の中にある物を取り除けるわけがないよ』




 そうか?




『そのくらい分かってるはずだよ。君は大丈夫なのか?妻が殺されて、娘のように憎悪に満ちた目をしているよ。君は冷静な判断ができていないよ』




 俺が?




『君の目はあの時の俺と同じだ』




 親が殺された時と同じ目か。親愛、友愛、恋愛。愛というものは、一種の呪いなのかもしれない。




 俺は自分で思っているよりも、薄情な生き物ではないようだ。お前と同じだ。




『分かっているのか?俺達は二回も負けたんだ。今度は、ダレスだって失うかもしれないだろ』




 もう一度だけ聞くぞ。怯えたまま暮らすのか?




『そうだ。その通りだ。俺達の選択肢は影に潜む事だけだ。奴らには勝てない。俺達は、弱いんだ。どこかでひっそりと暮らせば、奴らは来ない。平穏に悠久の時を過ごせる。負けないコツは、戦わない事だ』




 地球には蚊という、それはそれは小さな生き物がいるんだ。




『何だよ急に、それがどうしたって言うんだ』




 蚊はな、地球上で最も多く人間を殺した生き物なんだ。 




『君の記憶で見たよ。そのくらい』




 なら、俺が言いたい事が分かるだろ。人間は大きな建造物、空を飛ぶ乗り物、一発で何万もの人を殺す兵器、そんな技術を持っているにも関わらず、手で叩けば倒せる生き物に、簡単に殺されるんだ。面白いだろ。




『確かに笑えはするが、もう一度だけ言うぞ。それがどうしたって言うんだ』




 まあ、焦るなよ。地球最強の人間様は、日々虫けらと馬鹿にしている蚊に殺されるんだ。弱い奴が強い奴に勝つ方法はいくらでもあるんだよ。




『………』




 相棒の目に再び光が宿った。とてもドス黒い光だ。相棒はそのまま、黙って話を聞いた。




 力とは何か?単純なる筋力か?いいや、少し違う。正解は、全てだ。数、知恵、知識、金、地位、見た目、大きさ、ありとあらゆる物を利用すれば良いのさ。所詮、この世は弱肉強食のクソみたいな世界なのだからな。


 俺達は手段を間違えていたんだ。強大な力を持っているからって、馬鹿正直に真っ正面からやりあうから負けるんだ。俺達の足りない頭で考えようぜ。確実で簡単な方法をさ。




『だから、蚊なのか?』




 え?




『とぼけるなよ。俺達なら蚊のように小さくなって、奴らの拠点に侵入できる。あの星には小さい虫もたくさんいたからな』


 


 あっ、ああそうさ。忍者のようにササッと侵入して一気に全てを吸収するんだ。なかなか良いとは思わないか?




 そんなつもりではなかったので、焦って早口になった。額からは汗が流れ落ちる。




『そうだね。ところで、俺達はお互いに考えている事がばれるんだよ』




 俺は親指を立てた。




 結果オーライだ。細かい事は気にするな。




『全く、馬鹿な俺達らしいな』




 


 いつの間にか、ダレスが戻っていた。




「パパ、終わったよ」




 俺達の戦い方だけでなく、ダレスの事も考えなければならない。奴らを殺す道のりは遠いようだ。


後書き

再開の日


物質の世界と魂の世界が重なる日。闇教における世界の終わりであり、再び始まる日。

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