2 最弱の男

 腕をビームで焼き切られた時、既にビームを反射する力はあった。にも関わらず何故簡単に攻撃を受けてしまったのか。その答えが天候操作だ。


 千切られた触手はあのまま上昇を続け、雲が浮かぶ五千メートルの高さまで到達した。その場所で頭を下敷きで擦らせるように氷と氷のぶつかり合いで電気を発生させた。しかし、人為的な雷の発生は自然よりも早いが欠点がある。それは異常な早さ故に気付かれる可能性がある事だ。異変を知れば雲などビームで簡単に蹴散らされてしまう。だからこそ時間がかかった。




 そんな血と汗と涙と努力の結晶とも言える雷の一撃は誤差一メートルのまま宇宙船に激突した、ように思われた。しかし実際はビームのエネルギーを変化させた光の壁によって防がれていた。エネルギーを変換させた事により宇宙船の速度は少し落ちたが関係なく突っ切ろうとしていた。


 もう少しで逃げきれる!そんな感じの事を考えているのかも知れない。




 ガゴンッ




 押さえ付けられたように宇宙船は停止した。その円盤の縁には空間の歪みから現れた俺の触手が絡み付いていた。


 エネルギー不足による減速か、雷の直撃か、狭い道では回避する事が出来ないのでこの二択になるわけだがどちらを選んでも俺の勝ちだ。勝利する為には誰も思い付かないような独自の発想が大切だが彼らにそれは無かったようだ。上から目線で偉そうに状況把握をしているが全てを俺一人で考えたわけではない。相棒に感謝だ。




『任せとけ』




 しかし、俺達は常に調子に乗る愚か者なのであまり褒め称えるのは良くないだろう。適度な精神を保つ事が大切だ。




 一度触れてしまえばもう負けは確定なのだが宇宙船は無駄に回転したり、ビームを撃ったりして触手の進行を遅らせている。その姿は生きる事に必死な生物の本能を具現化したようだ。とても醜い。しかし少しだけカッコいいと思った。


 一本だけでなく何本もの触手が次から次へと襲いかかる。その全てが絡み付き纏わりつき宇宙船は埋もれ吸収された。リミーはいなかった。




 空間の歪みから触手を抜いて人間の形に戻す。ここで頭痛が襲ってきた。記憶が大量に流れ込んでくる嫌な感覚だ。何度経験しても慣れることはないだろう。覚悟を決めても辛いものは辛い。


 しかし、リミーはどこにいるのだろうか?どこかに隠れているのかな?




 俺は急いでダレスの下へと向かいドームを更地にした。




「うっ、うっ」




 そこには涙で顔が汚れている愛娘がいた。




「一人にさせてごめんな。もう終わったから大丈夫だ」




 俺は少女に手を伸ばした。


 ダレスは日の光が差したのを見てここが外だと気付くと、チカチカする目を頼らずに声のする方へ抱きついた。




「パパ、パパ」




 俺の服で涙を拭きながら何度も目と声と匂いで俺の存在を確認した。  


 俺は頭を撫でながら優しく抱きしめた。思えば俺は混乱していた。もっと良い隠れ場所があったはずだ。自分の頭の悪さには失望するばかりだ。




「リミーはどうしたんだ?一緒じゃないのか?」




 ふと疑問に思った事を聞いた。しかしダレスは下を向いて黙り込んでしまった。ここからでは表情が見えないが鼻水をすする音が聞こえる。何故だが胸の奥がざわついてきた。




「ママはね………」




 そこで口を閉ざした。俺が助けた時もこんな調子だった。とても嫌な予感がしてきた。




「ついてきて」




 言葉で言うのを躊躇い、俺の手を握って移動し始めた。俺は黙って歩いた。しばらくして辿り着いたのは俺達が住んでいた家だった場所だ。相変わらず化学薬品のような変な臭いがする。




「あそ、こ」




 ダレスの声は後悔するような、懺悔するような哀しみに溢れた口調だ。目を背けていて信じたくないという雰囲気だ。ダレスの指が示した場所は焼け焦げた臭いがする中央だ。そこに死体になったリミーがいた。




「えっ」




 ちょっと待て。嫌だ。嘘だ。これは夢だ。だって死ぬはずがない。こんな所でありえない。俺の力は大切な存在を守る為にあるんだからこれは起こらない。俺は最強の存在だ。守れない者なんてないはずだ。




「ママはね、光が襲ってきた時に私を庇ってね、私に生きてって言ってね、パパを頼れって言ってね………」




 リミーに触れた。しかし、冷たい。呼吸もしていない。


 何か彼女を助ける方法は、蘇生とか、魂を呼び出すとか、何でもいい。何かないのか。




『………無い』




 その声は冷たく今までの相棒のものとは思えないほど静かだった。しかし、インセクタの記憶を見る事で親を失った出来事が今の状況と重なる。自分の力が無力だと知った事が鮮明に思い出される。そして相棒はどれだけ探しても、もう一度声を聞く方法を見つける事が出来なかった。




「最後にね、愛してるって、言ったの」




 その言葉が何を意味するのか俺には分からない。ダレスに言ったのか、リミーの親に言ったのか、あるいは俺に言ったのか。いや、俺ではないか。


 俺の目からは枯れたはずの汗が流れた。




「あっあ、ああ」




 言葉が正確に出てこない。それどころか胸が痛い。まるで締め付けられているようだ。心が苦しい。まるで白い絵の具に赤と青と黄と緑と、たくさんの違う色を混ぜたような感情だ。




「俺は最強のはずだ。だから何でも守れるはずだ」




 自問自答をして答えを求める。


 実際、宇宙船に乗っていた奴らは倒す事が、吸収する事が出来た。これはルールが死ぬか生きるかの簡単な世の摂理だから俺は勝ったはずだ。相手から知識と技術と記憶を手に入れる事が出来た。


 本当にそうか?俺の勝利条件は三人の無事ではないのか。だとすれば俺は負けた。相手から奪う力に俺は特化しているがそれでは駄目だ。リミーを助けられないなんて、最強でも何でもない。自惚れていた、調子に乗っていた。突然パッと手に入った力に油断していた。俺は守りたい者も守れない最弱だ。




「……私に力があれば」




 悲痛な声が聞こえてくる。確かにダレス自身に力があればこんな事にはならなかったのかも知れない。しかし、生後十日の子供にそんな事を求めるのは間違っている。




「違う、俺のせいだ。俺が弱いからだ」




 どこかの戦闘民族のように一切の妥協なく強さを追い求めれば全てを救えたと思い後悔する。フッと湧いた力に俺は頼りすぎていた。力自体は凄くても使う本人が弱ければ意味がないのだと思い知らされた。




「でも、でも」




 俺はダレスを見つめた。


 これからどうすれば良いのだろうか。一人でダレスを育てなければいけないのだろうか。俺に、出来るのだろうか。無理な気がする。俺は人生経験の浅い中学生だ。宇宙人を吸収した事で日本で習う事とは違う知識を手に入れたが上手く使いこなせるかは別の話だ。俺は自分に自信が持てない。


 なあ相棒、俺はどうすれば良いんだ?




『暴れろ』




 えっ?


 何を言っているんだ。頭がおかしくなったのか?


 


「うっ」




 何故か頭痛が襲ってきた。何かを吸収したわけでもないのに突然めまいと吐き気がし、右手で口を左手で頭を押さえた。意識が離れていく。




『壊せ』




 まただ。まるで何かにコントロールされているような感覚がする。胸が痛い。悲しみからか、物理的な意味か、あるいは両方が心を蝕み締め付ける。


 


「パパ、大丈夫?」




 ダレスが俺の背中を擦る。しかし、その目には涙の跡がくっきりと残っている。ダレスだって苦しいはずなのに、俺はなんて不甲斐ない父親なのだろうか。




『奪え』




 どこで暴れるのかの答えが分かった。それはこの星だ。八つ当たりでもして気分転換しろとでも言うように命令された。


 何を壊すのかの答えが分かった。それは命だ。この星の魂を刈り取れとでも言うように命令された。


 何を奪うのかの答えが分かった。それはエネルギーだ。全てを終わらせる為に命令された。




 まるで意味が分からない。俺の頭が悪いせいなのか、教えるつもりがないのか、理解が出来ない。しかし、何故こんな事を言うのかが分かる。チップのせいだ。どうやら完全に壊れていなかったようだ。




「何故だ!何故お前たちはこんな事が出来るんだ!」




 急に叫んだ事に驚きダレスはびくっとした。しかし、自分の父親の思いが何となく伝わってきた。それと同時に恨んだ。自分の母を殺した存在を激しく憎悪した。そして復讐という考えが頭の中を埋め尽くした。




「あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー」




 ひたすら叫んだ。心が張り裂けそうで今にも押し潰されそうな悲しみと、ありとあらゆる事象に対する怒りが入り交じった複雑な感情が声によって天に響いた。


 


 身体から無数の触手が俺の意思と関係なく何本も生えた。それはとてもどす黒く闇を体現したかのようだ。触手は無作為に何かにぶつかり吸収した。まるで自然の摂理を保つ災害のように全てを壊し、自我を失って暴れていた。


 俺は残る意識の中でリミーの遺体とダレスをドームのように囲った。これで宇宙にでても生きていられるはずだ。




「どうしたのパパ」




 その言葉を最後にドームの中に消えた。


 その質問に答える事は出来なかった。何故なら俺自身も何が起こっているかよく分かっていないからだ。  




「あっ」




 朦朧とする中で意識が途切れた。まるで後ろから石をぶつけられたような衝撃がした。そのまま膝を地面につけ倒れそうになった所で意識が切り替わった。


 倒れそうな所で両手を地面につけてブリッジをする。そこから身体を起こし、腕をプラプラと揺らしながら猫背で前のめりになり周りを観察した。




「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」




 低音で聞こえるような聞こえないような声が漏れた。目はとても濁っていてまるで廃人のようにボーっと突っ立っている。       


 その濁った瞳には色々な物が見えた。 




 ふと、疑問が頭の中に生まれた。この程度の石屑で人を守れるのかという単純なものだ。そして無理だという結論が出る。俺の腕はドームの方に自然と手が伸びた。そしてドーム自体を作り替えていく。


 完成したそれは脱出ポッドのような丸くてシンプルな見た目をしている。そして、ポッドは宇宙に向けてエネルギーを噴出させた。




 ダレスの安全を確認するかのように大空に向けて手を伸ばす。しかし、そこには誰もいない。既に大気圏を突破したのだ。


 指先から全身に向けて黒色へと変色していく。そしてヒトの姿が崩壊していきスライムのような決まった形のない不定形な見た目になる。そこから何本もの触手が伸びる。  




 一本目の触手は大地を抉りながら地平線を目指した。やがて海へと侵入すると海水を吸い込み始める。突然の事で反応が出来なかった魚の群れは次々と吸収された。掃除機がゴミを吸い込むように何もかもが吸われた。




 二本目は土を飲み込んだ。草木や山、川といったそこにあるべき自然が破壊されていった。そこに豊かな大地はなく、ただただ更地だけがあった。




 三本目はプレートを貫いた。星の裏側に行く最短距離を触手は進んだ。ここが日本ならブラジルまでの直通ルートができただろう。    


後書き

 リア充は爆発してほしいけど結婚した人は幸せになってほしい。


 何でだろ?



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