特異点 フェーズファイナル

百円

闇の世界

1 邂逅 with THE 宇宙人

 逢魔が時、それは昼と夜が移り変わる時間帯であり魔物が出る恐ろしい時分だ。


「ゲーム♪ゲーム♪」


 そんな中、一人の少年は学校が終わり帰れるという事実に喜んでいた。鼻歌を歌っている様は実に間抜けで、下手くそなスキップをしている様は実に滑稽だ。


「それにしてもストーリー終わらないな。早く伝説欲しいなぁ」


 怪物をボールで捕獲するゲームにおいて彼はいわゆる伝説厨だ。それもそのはず。まだ、中学三年生の由緒正しき伝説キッズなのだから。

 攻略本を片手にプレイするのでまだまだ廃人の域に達していないがいつか一位になる事を目指しているただの伝説キッズだ。


「はっ」


 呑気な鼻歌と独り言が恥ずかしくなり周りを見渡す。だが、辺りには住宅があるだけで同級生はいない。なお、洗濯物を取り込んでいる近所のおばさんにはいつもの如く見られたが慣れたので気にしない。


「今日も一人かい。相変わらず、友達を作れって言ってるだろ?」


 近所のおばさんが話し掛けてくる。友達、友達って今は画面の中にたくさんのフレンドがいる時代なのだから別にそんな事どうでも良いだろ。

 そう彼は由緒正しきボッチで陰キャでコミュニケーション障害で中二病な友達ゼロの男だ。童貞は……まだ中学生だから来年に期待(ゼロに近い)。悪口を言えば無限に近い数が出てくるが良いところも一応ある。それは犯罪をしない事だ。うん、普通だね。


「心をえぐる一言ありがとうおばさん」

「まったく」


 そう言って再び道を歩く。この角を曲がればもう家の前だ。さて、問題は宿題という人類共通の敵として立ちはだかる壁だが、明日は土日。つまり今日はやらなくて良いのだ。


「ただいまー」


 ドアを開けようとした瞬間、奇妙な事が起こる。ドアが開かないのだ。


「おっと、そうだった。母が歯医者だって言ってたっけ」


 我が家族構成は実に単純。父と母と我が輩のたった三人だ。母はパートで父は会社。我が輩は学校なので今日は一番だったようだ。

 普通の場合はここに可愛い妹がいて、我が輩は超シスコン的な立ち位置にいるべきなのだが、何故かいない。サンタさんにお願いしたのにいない。せめてもの弟すらもいない。両親の仲は悪くないように見えたけど気のせいかな?

 流星群や物語のような主人公補正が欲しい。


 そんな事を考えながらカバンを下ろして鍵を探す。


「お、あったあった」


 ちょっとぐちゃぐちゃで整理整頓がされていない男子の象徴みたいな奴だが、無事に見つかり一息つく。これで家に入れるぜ。


「あれ?」


 そう思ったのもつかの間。何故か鍵が上へと吸い込まれていくような違和感に襲われる。否、鍵だけでなく服、カバン、そして自分自身全てが上へと落ちていく様な感覚だ。


「何か変だな」


 それだけでなく、いつも下を向いて歩いているので分かる。地面が普段と違い青白く反射している。こんな事は今までに一度も無かった。

 光の発生源であり、違和感の源に目を向ける。そこにいたのは巨大な光る円盤。今の地球の技術では再現する事が出来ないような見た目と形をしながら謎のオーラを纏っている。これはいわゆる未確認飛行物体あるいは未確認航空現象だ。


「何で俺なんだよ。犯罪者とか長生きした老人とかで良いだろ」


 自分の置かれている状況を直ちに理解し泣き言を言う。宝くじが当たるとか課金ゲームのガチャが当たるとか良い方の偶然はない癖に悪い方の偶然は起こる確率が高い。

 人の生きる道はクソゲーだ。


「アブダクションされてたまるか。そういう事は陽キャにしやがれ!」


 人ではないから非人道と言うのもおかしいが、人体実験はせめて良い人生を送った奴にすれば良いだろ。何で俺なんだよ。

 荷物を置いて逃げた。その方が速く走れるからだ。このまま死んでたまるか。逃げて逃げて逃げて………あれ?


「進んでない?」


 気付けば、俺は宙に浮かんでいた。もう駄目だと悟りを開き、死んだ魚のような目をする。


「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」


 呪文のように唱える。宗教とかはアニメに出てくる駄女神とかパンツの神様を信仰していたが、何を唱えれば良いのか分からないので仏教の言葉を唱える。せめて痛みを感じないように殺して欲しい。

 だが、実験をするのだから絶対にこの世の物とは思えない苦痛を体験するだろう。


「ああ人類もこんな技術を身に付ける日が来るのかな?」


 一人で吸い込まれながらそんな事を呟く。既に諦めた人間のやる気のなさが手に取るように分かる。

 声を出しても光の中で反射して助けを呼べない。そもそも、助けを呼んだ所で俺が助かる可能性はゼロに近い。きっとロボットアニメによくある謎のフィールドが展開されているから銃が効かないだろ。そもそも日本人に銃を持ってる人間なんて警察とか自衛隊とか協会の人ぐらいしか思い付かないのだから詰んでいる。最後の抵抗も出来ないではないか。


 そして、吸い込まれると同時に気を失った。




 目を覚ます。俺は何をしていたっけ?だんだんと記憶のもやが晴れてくる。思い出した、未確認飛行物体と遭遇したんだ。

 辺りを見渡す。どこかアニメでよく見る感じのボタンとかで操作するであろう機械があった。レバーはないから実験に使うのだろう。だが、周りに地球外生命体はいない。そして、何故か拘束具が着いていない。


「ラッキー」


 このまま逃げれるかは分からないが、取り敢えず地球に戻るのを目標に小型の操縦が簡単そうなボートを探すか。ここから主人公補正ありまくりの大バトルが始まるぜ。


「あれ?」


 おかしい、身体が動かない。目や口は動くのにどうしてだろうか?いや、俺が馬鹿だった。宇宙人がそんなに間抜けなわけが無い。きっと何か薬的な電気的な何かで動けないようにしているのだろう。補正が無い人生だった。


「動け!動け!」


 それでも諦めたくないのでひたすら抵抗する。今は誰もいないからチャンスのはずだ。いや、人類の叡知には監視カメラなる物がある。ここからは確認出来ないが、小型化したり透明にしたりすればこちらの情報だけ筒抜けだ。きっと今頃は大爆笑して腹を抱えているに違いない。


「おかしい、おかしい」


 俺の人生は間違っている。俺はもっと長生きして、適当に仕事について、たくさんゲームをして、孤独死する予定だったのに何故俺がこんな目にあわなければいけないのだ。

 俺は一般的なその他大勢のモブで、こういう事は人生で幸せそうな陽キャのバカップルでも拐えばいいのに、そして男の前で犯すとかすれば良いのに、人を虐めてる奴に裁きを与えれば良いのに何で俺なんだ。

 目から汗が滝のように流れる。


 ガシャッ 


 そこに切れ目とかがあるわけでも無いのに突然ドアが開いた。中からは目が大きく腕や足が細い頭でっかちな宇宙人が現れた。しかも二人だ。


「あっあぁあ」


 恐怖によって俺の股間から大量の水が流れる。見た目だけならば爪も牙もなく立っているだけでやっとに見える存在に対して恐れを抱く。時に、未知とは恐怖の対象となるとのだ。


「ギギギ、ギガギギ」

「ギゲゲ、ギガギガ」


 俺を見た瞬間、何か話し始めた。だが、矮小な俺という人間にはほとんど聞き取れない音を出している。聞き取れた所で言葉を理解する事は出来ないのだから意味は無いのだが、会話で解決という可能性が消えたのは悲しい。


「ギギ」

「ゲゲ」


 会話が終わったのか機械の方へと向かう。やはり実験の為の道具だったようだ。非常にまずい。後悔しかない人生に幕が降りそうだ。

 生きていれば俺は何をしていただろうか?伝説を捕まえて、海賊のアニメや異世界系のアニメを見て、ラノベや漫画を読んで、やりたい事がたくさんだ。ゲームは百歩譲って攻略本を読んだから良いが、完結してない作品は悲しい。もしも、死後の世界があったら後から来た人に教えてもらおう。でも、一番は


「童貞は卒業したかった」


 思わず本音が口から漏れてしまう。

 こんな事になると分かっていたら法律を守るとか善人ぶるのは止めて誰かをレイプしていただろう。どうせ老衰で死ぬ時も童帝で大賢者だろうが、若いうちに死ぬのは嫌だ。


「ああ、こんな事を考えるから拐われるのか」


 どうせ死ぬならレイプするとか完全に危ない人だ。俺みたいな奴が人類にとっての悪なのかも知れない。実験の後は記憶が消されて元に戻る可能性が一番高いが、催眠術で記憶を取り戻して自殺しよう。俺みたいな人間は地球に必要ないだろう。


『ギギギガガガ』

『ゲゲギ、ガグゲギガガガ』


 突然の機械音に俺は正気に戻る。俺は絶対に自殺しない。


 宇宙人達は機械のボタンを押して何かの音を出している。きっと記憶を消す催眠術か何かだろう。明日には記憶が綺麗さっぱりなくなり日常という名の退屈で憂鬱な日々が俺を待っている。


「ありゃ?」

『ギガ』


 眠くならない。記憶もある。あれは何かのマニュアルか人工知能の言葉だろうか?だが、俺の言葉に反応して声をあげている。翻訳機だな。


「あいうえお」

『ガギゲゲガ』


 うん、翻訳機だ。やっぱ宇宙人は凄いな。何故に人類に攻撃しないのだろうか?まだデータが足りないのかな。まあ、考えたところで可能性はほぼ無限だから意味ないか。


「ギギガ」

「ゲゲガ」


 二人の宇宙人は何か会話を始めた。そして、何か結論が出たのか一人は俺の方に来て、一人は機械を操作している。


 ガシャッ


 嫌な音とともに異形の怪物が姿を現す。それの足は一、二、三……二十四本もある。その見た目は巨大なワームという感じだろう。色は黒っぽくて、口は丸く牙が生え揃っている。大きさは十メートルくらいで俺なんて一口だろう。


「えっ!食われんのかよ」

『ギ、ガガガゲ』


 くそ、逆の翻訳も出来れば会話出来るのに何でないんだよ。それはそうと、実験すると思っていたがこんな事になるなんて、どうやら俺は死ぬらしい。


 スルッ


 俺のジャージが脱げる音がする。怪物ばかり見ていたがこちらに来ていた宇宙人が俺のズボンを脱がしているようだ。


「ちょっ!何してんの!え!」

『ギ、ガゲ、グ』


 だが、俺は冷静に考える。怪物は服を食べるのだろうか?否だ。多分食べたくない。だから服を脱がしているのだろう。下半身から脱がしているのは、怪物が下半身の方が好きだからかも知れない。あるいはこいつの性格だろう。


 ヌルリ、ヌルリと怪物の足音が聞こえてくる。よく見ると怪物には首輪のような物がされている。首輪には何かの文字らしき物がある。こいつは家畜かペットなのだろう。

 宇宙人が俺の服を全て脱ぎ終わった。もう良いよ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ。でも、殺してから食べて欲しい。いや、絶望の音色を聴くのが趣味なのかも知れない。


 俺の股間から大量の水がナイアガラの滝のように流れ落ちる。目からは大量の汗がトナカイの育て親が死んだ時と同じくらい溢れ出す。鼻からは大量の粘液が三リットルは放出される。口からは声が音として放たれないほど恐怖し大きく開く。

 こんな状況なら全人類が不細工な顔になるだろう。だが、怪物は何故か口とは反対の方をこちらへ向けた。


「へあ?」

『ギガ』


 助かったのか?きっと俺から放たれる不味いオーラを感じ取ったのだろう。こんな事なら風呂に入らないで汚くなる方が良かったか?と思ったがそんな心配は無さそうだ。

 だが、怪物は何故か元来た道を戻ろうとしない。そして、宇宙人が何やら注射器みたいな物を俺に刺し液体を体内に入れる。すると何故か俺の股間に付いているエクスカリバーが本来の輝きを取り戻し抜刀した。


「えっ、えっ、えっ!」

『ギ、ギ、ギ』


 こんな状況では余程のマゾでない限り勃起する事はない。だから、あの液体に特殊な物が入っていのだろう。そして、怪物が未だに戻らずこちらを向いている事実、これらを察するに嫌な予感がしてくる。


「うぐっ、ぐぐぐ」

『ガガ、ゲゲギ』


 無理矢理逃げようと身体を動かすが首から下は動く気配がまるでない。薬で勃つ癖に何で動かないんだよ。おかしい、絶対におかしい。

 怪物はこちらに尻を向けてくる。そこには穴があった。


「あああぁぁぁーーー」

『アアアァァァーーー』


 何でだよ。機械を埋め込むとかそういうのじゃ無いのかよ。もしかして、この怪物はメスしかいなくて、でもこいつらの星にはオスが生物的に役立たずになったから他の星から白いのをもらうって事か。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。せめての人型の生き物、エルフとかいないのかよおおおぉぉぉーーー。俺の初めてが何で怪物なんだよおおおぉぉぉーーー。誰か誰か誰か助けてくれえええぇぇぇーーー。こんな事ならずっと童貞で良いよおおおぉぉぉーーー。卒業したいとか我が儘言ってすいませんでしたあああぁぁぁーーー」

『ギギギ ガン』


 あまりの声の大きさと言葉として聞き取りにくい音が重なり機械がエラーを起こす。それほどの恐怖と絶望を見て宇宙人は焦りを感じる。何度も行われてきたがエラーはこれが初めてだからだ。まだ研究が足りないと改めて痛感する。






「うっ、うっ、うっ」

『ギ、ギ、ギ』


 賢者タイム、それは人類の男が至る最高の境地であり誉れである。だが、例外は何処にでもある。

 とても残酷な時間だった。おそらく一秒が一年とも思える程の感覚で無限とも思える時間がようやく終わった。まさか、男なのにレイプされるとか誰も思わない。お陰で俺の純血は消えてなくなった。後に残るのは涙と鼻水と尿だ。

 気付けば怪物は退出していた。


「何で、俺なんだよ」

『ガギゲゲガ』


 なんの変哲もない人生を送ってきた俺がこんな目にあうなんて。世界が退屈だとか言う奴に同じ事したら今が一番幸せだとか言うぐらい誰もこんな目にあいたくない。 

 そして、死に間際の時の言葉としてあれは間違っていた。


「童貞を卒業じだいどが言ってずみまぜんでじだ。時間を元に戻しでぐだざい」

『ギギギ ガン』


 涙と鼻水で顔面は不細工になり、叫びすぎたせいで声はまともな音として認識されない。再びエラーを起こす。

 こんなに凄い技術があるのなら時間をも超越しているだろうという淡い期待を込めて言葉を送る。だが、一人の人間の言葉は無力に儚く散った。


「ギギギ」

「ギ」


 まるでYESとでも答えるような言いぐさを理解し、俺がこの状況に慣れてきてしまったのだと戦慄する。

 一人の宇宙人が機械を操作すると天井がガパッと開き金属で造られた触手のような物が出現する。先端にはさっきの注射器が取り付けられている事から察するに、俺に刺すのだろう。

 何故、宇宙人は俺に直接刺したのだろうか?という疑問が残るが、おそらく人間の恐怖に染まる顔を直接見たいと思ったのだろう。いい趣味してやがる。


  ブスッ 


「痛っ」

『ガガ』


 まだ動かせないが賢者タイムに至った辺りから身体の感覚が戻りつつある。時間経過で何とか行動出来るかも知れない。しかし、動けたところで身体能力が低く、武器すら持ち合わせていない俺が勝てるのだろうか?いや、勝てない。精神は諦めモードに突入しつつある。

 注射器が刺され中の液体が体内に侵入する。しかし、さっきとは何かが違う。固体のような液体のような、まるで意思があるような生物らしき物が入ったのだ。


「ぐっ、げがっ」

『ガ ガン』


 生物らしき物が入ったせいで全身に血管が浮かび上がり、目は充血する。まるで病気にでもなったかのようにめまい、吐き気、倦怠感、頭痛が俺を襲う。


「ギギギ」

「ギガ」


 宇宙人共が何かを話しているがそれどころではない。全身の器官、組織、細胞に何かが侵入していく。しまいには幻聴まで聞こえ始めた。


「奴隷、家畜、嫌だ、殺す、奴ら、殺す、全て、殺す、自由、正義、希望、求む、だから、奴ら、殺す」

「うがあああぁぁぁーーー」

『ギギギ ガン』


 こいつの中にある記憶が入り込んでくる。前にいるのとはまた別の宇宙人であり、侵略された事、家族を失った事、故郷が破壊された事、それらが鮮明にフラッシュバックされる。まるで自分が体験したような奇妙な感覚だ。

 いつの間にか涙が流れた。


「実験は成功のようだな」

「ああ、やはりこの星にいる生き物、ニンゲンが計画に最も適しているな」

「?」


 どういう事だ。計画とかそういうのは置いといて、何故言葉が分かる?これも寄生虫みたいな宇宙人の仕業なのか?これなら会話出来るか?いや、会話したところで助かる見込みはゼロに近い。無茶は止めよう。


「殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す」


 頭の中に声が何度も鳴り響く。それと同時に俺の右足が前へと勝手に進んだ。


「えっえっえっ」

『ギギギ』


 身体の支配権が奪われたようだ。何故か勝手に動くので、俺には何も出来ない。ただなされるがまま、身を任せる。

 俺の両腕を前に突き出したかと思ったら変形し始めた。黒と青が混ざったような濁った色になり、細胞が増殖したのか丸太のような巨大な腕が生えている。それに対応するように全身が変化をする。足は何本にも別れタコのような吸盤が何個も姿を現す。胴体には触手が無数に生え敵を殺さんと殺気を漂わせる。しかし、頭は特に変化しなかった。

 正直に言うとキモい。


「先にチップを埋め込むべきだったか。これは初めてだな」

「ああ、まさか暴走するとはな」 


 触手が宇宙人目掛けて襲いかかった。


「システム起動」


 掛け声と同時に宇宙人がボタンを押す。


 ガシャッ


 天井が開きロボットが出現する。ロボットは人型で天使の福音を感じさせるような造形をしている。

 構わず触手は宇宙人を襲うが光線のような物に焼き切られた。


「いっつぅー」


 指を紙で切った時と同じくらいの痛みがする。そして、翻訳機は作動しない。システムを起動した時に切ったのだろう。

 ロボットの方を振り向くとこちらに手を向け再びエネルギーの充填をしていた。


「まずいな」


 だが、ロボットならばエネルギー切れで終わるはずだ。この身体に機動力と持久力が備わっていれば勝てるだろう。……無理だな。だってタコの足だし。


 エネルギーが充填し終わりビームが俺を襲う。だが、俺の身体は見た目とは裏腹に物凄い速度で回転しながらよけた。

 もしかして、勝てるんじゃね?と思った時期が僕にもありました。

 光とは本来、質量を伴わず条件が揃わなければ物質を破壊する事が出来ない物だ。だが、光の光線ともいうべきビームは壁にぶつかると同時にすぐさま反射した。しかも、加速した状態になって。


「えっ、ヤバい」


 更に、ロボットがこちらに再びビームを放った。前と後ろで挟み撃ちとなったこの状況、逃げられるのは横しかない。寄生虫もそう思ったのか身体を急回転させ向きを無理矢理変える。その反動で勢いについてこられなかったタコの足が一本ビームによりかき消された。


 足を挟んだビームとビームの衝突により物体が破壊され途轍もないエネルギーの放出がされる。


「うぐっ」


 物体の破壊により爆風が生まれ、俺達は吹き飛ばされた。


 ドンッ、ガンッ、ゴンッ


 金属と硬い皮膚の衝突で鳴り響く衝撃は俺の身体に確実にダメージを与える。


「うげっ、ごほっごほっ」


 口から鉄の味がする。どこかを噛んで血が出てしまったようだ。首から上までも変形させてくれれば良いのに。


「同意したな?」

「え?」


 心の中で会話する。何か良くない事が起こりそうだ。っていうか腕とか足も同意なかったのに何で頭だけ必要なんだよ?


「頭にはその者の自我が残っている。故に簡単には操れない」


 もう良いよ。死にたくないし何でもやってくれ。


 ニヤッ


 寄生虫が笑った気がした。それと同時に頭が変化していく。どこか映画で見た怪獣を思い出すような、ティラノサウルスのような顔だ。だが、羽毛はなく鱗で覆われた硬そうな皮膚がそこにはあった。


「ガアァァァ」


 本来なら雀のような鳴き声をするはずだが、どちらかと言えばライオンに近い鳴き声だ。聴覚、嗅覚、味覚、視覚、あらゆる感覚が寄生虫と共有され不思議な気分だ。

 タコに似た足は四本ずつに束ね二本の太い足になる。そして、バネのような作りになり凄まじい跳躍力でビームを回避した。


「フェーズ2移行」


 ビームが終わった後、ロボットは停止する。すると、身体が正方形に分裂していく。多数の四角形は宙に浮くと形を変形させ凹凸のある金平糖のような姿になった。


「まずいんじゃないか?」


 だが、こちらに相手が変身するのを待つお約束は存在しない。変身する前に倒すのが最も賢い手段なのだから攻撃するのは今しかない。

 丸太のように大きな巨人を彷彿させる腕を振り下ろす。特に武術の心得もない不格好な拳は未だ変形しきれていないロボットを木っ端微塵にした。

 だが、不思議な形をした物体(これからはボールと呼ぶ)はそれぞれが意思を持つかのように散り散りになって回避した。


「これって倒せるのか?」


 弱音を吐く。実際、触手がボールを追いかけるが速度が違うのか一向に追い付かない。何度も腕を振り下ろすが当たる気配はない。

 ボールは回避しながら確実にビームを当ててくる。これでは勝てる見込みがまるでない。避けたと思っても壁や違うボールに当たり速度を増して反射する。だが、この腕ならば宇宙人も倒せるのではないか?そう思い最後の力を込めて振り下ろす。


 ジュッ


 ビームにより腕が消し飛ばされた。普通の一発ならこんなに威力はないが反射に反射を重ね数十発分の威力を有したビームに更に他のビームを重ねたそれは太陽を思い出させる熱量で腕を消した。


「うわぁぁぁーーー」


 足の小指をタンスの角にぶつけた時のような痛みが俺を襲う。やはり、寄生虫のお陰で痛みが和らいでいるのだろう。でも、痛いもんは痛い。


 俺が感傷に浸っているのを宇宙人が待つわけもなく、ボールから次々とビームが放たれる。触手やタコの足、片方の腕をそれを防ごうとするが、数には勝てず無数の穴だらけになった。もはや、抵抗する力は残されていない。


「これは凄いな、想像以上だ」

「ああ、これを制御出来れば奴らにも勝てる。念願の宇宙制覇に大きく貢献してくれるだろう」


 奴ら、宇宙制覇、その単語から誰かが猛攻を必死に耐えている事が分かる。そいつらが今まで頑張っているから地球はせめられなかったのだろう。ありがとう、そしてごめん。俺はどうやら君達と戦争しなければならないようだ。

 何とかしたいが、身体が動かない。このまま戦争の道具として扱われて死ぬのか。


 一つのボールが俺の方に向かってくる。そして、頭に取り憑いた。意識が消えていく。目が虚ろぎ全身が痙攣する。そして、寄生虫の言葉を思い出す。

 家畜、奴隷、嫌な言葉だ。人間は何者にも囚われず自己中心的に環境を変化、破壊する素晴らしい種族なのにこいつらにいいように使われるなんて。正義という言葉は嫌いだが、自由と希望は大好きだ。俺は信じてるぜ。主人公補正ってやつを。純血を失った俺の深い悲しみならばこいつらを殺す事ぐらい出来るはずだ。


 自分の意識を保ちながら天高く拳を掲げる。渾身の力を振り絞り再生された腕はもはや殴る事は出来ないが、一つの行動は出来た。


「くたばりやがれ、エイリアン共」


 中指を立てるだけという少し煽るだけのみすぼらしい行為。それでも、最後の抵抗としては百点満点だろう。


 ズガンッ


 かつてないほどの衝撃に宇宙船は揺れた。その時、重力を発生させていた装置が壊れ無重力空間になる。


「うおっ、何だ?どうなってんだ」


 突然の事に状況が理解出来なかった。もしかしたら、運転が下手くそで小惑星にでもぶつかったか俺の行いにキレてこんな事をしたのだろう。だが、どうやら違うらしい。


「おい、どうなっている」

「まずいぞ、奴らが攻めてきた。くそっ、ステルス機能が見破られたのか?」


 会話をした後、二人の宇宙人は扉を開けて外に出た。

 奴ら、と言っていたから希望が舞い込んできたのだろう。俺が助かる可能性が出てきた。主人公補正万歳。


 ドコンッ


 再び衝撃が船を襲う。まだ回復しておらず身動きが出来ない俺の身体はそのまま壁に衝突した。

 壁に衝突した事により頭に付いていたボールは粉々に壊れる。だが、頭の中には既にチップがある気がする。逃げても位置がばれそうだ。


 ズガガガ ボンッ


 三度目の衝撃はどこかに緊急着陸したような音だった。その時、俺は気を失った。






「ここはどこだ?」


 周りの景色は我が家に近いが少し違う。何て言えばいいか、ぼやけている。目が、ではなく物体そのものが原型を留めていない。


「ここは君の夢の中さ」

「うおっ、お前は誰だ!」

「分かっているだろ?」

「まあ、確かに知ってるな」  


 何たって俺達は記憶と意識と性癖を共有した同士なのだからな。


「いや、性癖は共有してない。流石に失礼すぎるだろ。ていうか、君の性癖ヤバいじゃん。異常すぎ。せめて同種にしてくれよ。あれはちょっとうけるわ。草はえる」


「ぐぬぬぬ、俺だって好きであんな事されたわけじゃないから。だいたい俺が好きなのは異世界ファンタジーによく出てくる幼い耳長のエルフだから。あんな怪物じゃないから」


「いや、ヤバいって。ロリコンだし同種じゃないじゃん。俺は別にワームみたいな奴だとか一言も言ってないけど?ねぇどうなの?ねぇねぇ」


 こいつ、滅茶苦茶煽ってくるじゃん。くそっ、犯罪をしてないという俺の唯一の良いところがあるのだから別にいいだろ。ほっといてくれよ。


「ほっとけないって、俺と君は運命を共にするんだから。一緒にあいつらを滅ぼそうぜ」

「言ってる事が怖い」


 まあ、俺も百歩譲って滅ぼすのは賛成だ。もう既に人間じゃないから倫理とかどうでもいいし。でも、あいつらに勝てなかったじゃん。無理だろ。


「そんなすぐに諦めるなって。チキン野郎なのか?」

「その通り、人類史上最高のチキン野郎だ」


 夢のお陰で人とは思えないほど気持ち悪い振り付けをして右手を顔の前、左手を対照の位置に置く。


「アハハハ」


 寄生虫モドキは苦い笑いをこぼす。たった一人の人間の力など数という絶対的な暴力には勝てないのだ。人間は知恵によって力を得たが奴らもまた、技術を持つ者。小細工が通用するとはとても思わない。


「なあ、本当に勝てると思ってるのか?確かにお前の記憶を見たから許せないのは分かる。それに間違って東京に侵略されて好きな作品の作者がお亡くなりになられたら辛い」

「だったら」

「でもな、現実的に考えようぜ?俺達が今どこにいるか分かるか?」

「いや」

「生存すら怪しいのにそんな残党狩りなんてヤバいって冷静になろ」

「でも」

「俺は何も復讐を止めろとか虚しいとか言ってるんじゃない。勝算を考えて仲間を増やしてこっそり後ろから刺そうって言ってるんだ。だから、起きた時に近くにいても絶対に攻撃すんなよ。やるとしても騙し討ちだからな」

「………分かった」


 ようやく理解してもらえた。考えている事がお互いに丸分かりだから交渉も駆け引きもない感情のぶつけ合いだ。そして、俺は勝利した。無駄に死にたくないんじゃ!


「でさ、今どうなってんの?」

「分かるわけないだろ、俺達は気絶してるんだから」

「何で起きないのさ?」


 と言いつつ理由なんて既に知っている。だが、俺はこの寄生虫モドキの口から直接聞きたいのだ。夢の中だから直接というのもおかしな事だが。


「はぁ」


 大きな溜め息を吐く。許してくれ、これは俺のロマンの為なんだ。異世界転生とか転移が出来なかった俺の胸の中にくすぶる残念な気持ちを癒す為の自己満足でしかないんだ。


「魔力をとりこんでいるんだよ」

「フォッフォー」


 悪魔の証明、それは存在がある事を証明するのは簡単だが無いと証明するのは困難だという事だ。そして、それは実在した。いつか人類が証明出来る事を願っていたがその必要はなさそうだ。さあ、燃えろ。


「ふっ、エクスプロージョン」


 大声ではなく淡々と冷静に声を出す。

 それは俺が一番最初にラノベで読んだカッコいい最強の魔法。それを使えるなんてこの上ない至福だ。


「あれ?」


 おかしい。大地をえぐる爆発音とクレーターが出来るはずなのに。まさか詠唱をしていなかったからか?あっ、ここは夢の中でした。

 こいつの記憶を見るに魔力とか言ってるだけで実際は何かよく分かっていない。生命の神秘的、未だ解明されてない謎パワーで変化しているから今は魔力と呼んでいる。なお、身体は未だ修復中だ。


「全く、何をやってんだ。見ているこっちが恥ずかしい」

「てへペロ」


 片目を閉じて舌を少し出す。


「うわっ、キッモ」


 止めて、考えている事が分かるから余計にキモさが伝わってくる。これがイケメンとブサイクの違いか。ちなみに寄生生物の身体は俺とそっくりのぶちゃいくだ。


「よし分かった。俺の身体から出てけ」

「逆ギレはよくないよ?」


 うぐぐぐ、いや待て。そもそも一つの身体に二つの意識があるなんておかしいだろ。しかも寄生なんて。普通は乗っ取られるはずだ。

 そもそもこいつの種族は色んな生物に寄生してその情報を読み取ると同時に生物そのものを支配する恐ろしい存在だ。死にそうになったら新しい奴に寄生するという事をするから基本は寿命でしか死なない。


「で、お前は今までの生物の情報を用いて俺の形を変えられると。チートかよ」

「いや、再生能力を越えた攻撃食らうと死ぬよ」

「逃げる手段も考えないとな」


 それにしても、意外と口調が軽い奴だな。もっと復讐に燃えているデンジャラスマンだと思っていたのに少し残念だ。


「いやぁ、何かおかしいんだよ。普通は共生なんてあり得ないし俺自身はもっとダークな感じのはずなんだけど、君に寄生してから何かがおかしい」


 こいつの記憶を見るに、宇宙人に寄生して操りバンバン殺してたようだ。でも、ばれて宇宙人ごと殺されそうになっている。そして俺に寄生されたと。

 他の寄生生物はこいつと同じように捕まったか、宿主ごと殺されてる。その宿主の中にこいつの家族がいたわけか。


「チップのせいで思考が操作されてんじゃねえの」

「いや、壁にぶつかった衝撃で壊れてるよ。それにもっと前から入っていただろ」


 チップってそんな簡単に壊れんのかよ。


「いや、頭ごともげただろ。その程度の衝撃じゃないよ。ってそんな事より思考が」

「はいはい分かった分かった。俺が特別だったって事でいいんじゃないか」

「はぁー。思考放棄は良くないし、自分が特別だと調子に乗るのも良くないって」


 うーん、あっ!


「ワームとヤッたからとか?」

「何でだよ。そんなわけないだろ」


 呆れるような口調で否定される。本来はトラウマものだがチートを得たから怪物は許す。あいつも被害者かも知れないし。でもエイリアン、お前は駄目だ。絶対にぶっ飛ばす。

 ここで宇宙人達の言葉を思い出す。言葉が分かったのは情報を手に入れたからだったが、あいつらニンゲンが適しているとか言っていた。


「単に俺達が相性良かっただけじゃないか?」

「うーん、今はその答えが一番適している、か?」

「で、俺の身体からは出ていけないのか」

「そりゃあね。こんなに簡単に身体を変えられる生き物は初めてだから、代償はあるよ。もう出られないし、君が死んだら俺も死ぬ」


 記憶を見る限り嘘は言ってない。つまり、こいつの許可があればチート使い放題の無双生活だぜ。ひゃっほう。


「起きたら地球に戻って夢を叶えて良い?」

「えー、どうしよっかなー。さっき出てけとか酷い事言われたしー、でも土下座とかしたら許そうかな」


 チラッとこっちを見る。

 あっ、こいつ足下見やがって。仕方ない、こうなったら。


「これで良いですか」


 俺は地面に頭を擦り付ける。既に幾多のラノベ、漫画、ゲーム、アニメで再現された土下座の価値なんて一円よりも低いわ。自分に言い訳して媚びを売る。


「うーん、まあ自分でエネルギーを作れるから働かないってのは別に良いけど、ハーレムはよくないって」

「うん、自分を慰めようと思ったけどそう言うなら諦めるよ」


 寄生生物なのに倫理観とか気にするのね。


「違うよ。『お前がお母さんを捨てたんだ』とか言って同じ能力持った子が生まれたらどうするのさ。俺は同種を殺せないよ」

「まじで」


 えっ、でも寄生だろ。俺の遺伝子から作られるんだからお前の遺伝子が入るわけないだろ。だから、俺のように寄生された奴以外には最強だろ。


「いや、寄生よりも合体?の方が表現としては正しいかな」

「あー、やっぱ人間止めてたか」

「意外と驚かないね」

「文字が読めて手があれば漫画もラノベもゲームも出来る」


 寄生、いや合体生物は呆けた顔をする。


「だいたい、見た目は変わんないだろ」

「まあ、そうだね」

「あっ、でもあれだよ。君が他の生き物を食べて情報を取り込むとかなら別に良いよ」


 急に何を言うかと思えば、こいつも侵略者だな。そんな発想は怖いわ。それに核兵器とか水爆とか撃たれても生きている自信ないから駄目だろ。


「別に体内に取り込めば普通に大丈夫じゃない?何か今なら星すらも食べれそう気がするよ」

「もしかして、お前がラスボスか?っていうかそれはあの宇宙人達と同じじゃないか。良いのかそれで」

「あっ、そう、だな」


 自分がやろうとしている事が分かったのか項垂れる。だから俺はそっと背中をさすった。


「まあ、大丈夫さ。弱肉強食って言葉があるし、結局強い奴が勝つ。でも弱い奴は努力して関係が変わる。だから好きな事をすれば良いのさ。結果、恨まれて死ぬのなら止めればいいだけだしな。お前が奴らを殺そうと思うのも、同じ事をしたくないのも決めるのはお前だ」


「………心が読めるから俺には分かる。何かカッコいい事言いたかったんだろ」

「実際その通りではあるがスルーしてほしかったよ」


 もう少しデリカシーという物がないのだろうか。人が頑張って慰めようとしたのに止めてほしいな。


 パキッ


 夢の空間に亀裂が生まれる。どうやら目覚める時間のようだ。宇宙人に捕まっていない事を祈る。


「そういえば、身体の主導権はどっちなんだ?」

「宇宙人を殺す時以外は君で良いよ」

「おう、サンキュー。あっ、アドバイスはちゃんと聞くし、聞けよ」

「ああ、お互いにな」


 


 目がパッチリと開く。だが、視界がぼやけている。仕方ないので腕で目をごしごしと擦る。お陰でだんだんと周りの景色が分かってきた。

 とりあえず、腕を動かせるから近くに宇宙人はいなさそうだ。だが、俺の視界にはおかしな物が映った。それは巨大なワームだった。


「あああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 ヤバい、まずい、危険、おい合体生物、変形だそして奴を倒さなければ。早く、主導権を渡すから、同意したから、頼むから助けてくれ。


『落ち着けって。冷静になろうぜ』


 冷静になれとか何言ってんだこいつ。頭がおかしくなったのか?くそっ、俺が戦うしかないのか。こうイメージで変形する姿を思い浮かべて解き放つ。


「駄目だ」


 触手も巨体な腕も何一つ出現しない。やはり合体生物が手伝ってくれないと無力なのか。でも、合体生物だって俺が許可しなきゃ身体使えないんだから力貸せよ。


『いやいやいや、未だに食べられていない事実と周りの様子を見ればこの子が助けてくれたって分かるじゃん。君の気持ちも分かるけどさ、取り敢えず話を聞いてみようよ』


 言われて気づく。周りには未確認飛行物体の残骸が無い。そして、俺の近くには草が集められていて一時的なクッションになっている。そして、何故か怪物に首輪がない。

 いやでも、会話は無理だろ。


『大丈夫だよ。この子と同種の奴に寄生した事あるから言語は理解出来るよ』


 こいつの記憶は多すぎていまいち全て把握仕切れていないが、確かにあった。なになに、元は人型だったけど色々と進化して今の姿になったのか。だから知能もあると。

 というかこいつ、何でも寄生するじゃん。本当に危ないな。


『君は失礼だね』


 そこはお互い様だから。


「あ、あの大丈夫ですか」


 うわっ、喋った。でも大丈夫。合体生物の記憶によればこいつは草を食べる低燃費の安全モンスターなはずだ。そして、見た目とは裏腹に会話が出来る。記憶で見たがやはり衝撃的だ。


「一応、大丈夫です」

「!?言葉が分かるんですか」


 多分、衝撃を受けてビックリした顔をしている。残念ながら見た目では判断出来ないが。


「まあ、色々ありましたから」

「あの実は謝ろうと思っていたんです。首輪が着いていて命令には逆らえないとは言え私がやった事は酷い事だと思いまして、その、すみませんでした」


 確かに首輪はないけど、信用出来るのか?実は近くにエイリアンがいたりして。


『疑いすぎだって。普通は素直に謝らないだろ。危害を加えない限りは温厚なんだよ。ま、許すかどうかは君が決める事だから俺は何も言わないよ』


 うーん、取り敢えず合体生物の言葉は信じるとして、許すかどうか、か。心情的には許したくないが俺達を助けてくれたのも事実なんだよな。それに操られいたなら仕方ない、か?


『悩むねぇー。男ならズバッて決めなよ』


 いや、お前と合体したから既に俺は男でも女でもない最強生物だろ。だいたい、俺は男女平等主義者だぞ。そういうのはよくないぜ。


『ラノベの影響うけすぎだって』


 人によっては聖典と崇められ、一つの宗教とすら数えられる存在なんだから仕方ないだろ。


「うーん」


 裏切るかどうかは後で考えるとして、取り敢えず許して今の現状を聞くべきか。


『うーわ、お前ヤバいな。裏切る発想がある時点でただのクソ野郎じゃないか』


 世の中は聖人よりも悪役の方が生きやすい環境なんだよ。


「確かに操られていたなら仕方ないですね。別に良いですよ。俺は優しいんで」


『どの口が優しいって言ってんだよ』


 うっさい。


「あ、ありがとうございます」

「良いって、助けてくれたんでしょ。そんな事より周りの状況を教えて」

「は、はい」


 怪物、いやワームは足の一本を伸ばし、ある場所を示した。このワームという種族は足を伸ばして木に生えている葉っぱを食べたり地面にある雑草を食べる器用な生き物だ。

 示された場所には円盤の残骸と死体があった。だが、見た目がトカゲをしている二足歩行をしているリザードマンみたいな奴だ。そして、エイリアンはリザードマンが乗っていたであろう飛行船に乗り空を飛んでいた。


 届きそうか?


『無理だよ。遠すぎる』


 希望の光は途切れ、俺は呆然とする。どうやって帰ろう。


『流石に宇宙空間には耐えられないよ』


 あああああぁぁぁぁぁーーーーー


『ホームシックかよ』


「お家に、帰りたい」


 俺は体育座りでうつむき声をもらす。しかし、涙や鼻水は出てこない。もう枯れてしまった。


「あ、あのすいません」

「いいよ、あなたのせいじゃないでしょ」

「まあ、そうなんですけど何となく謝ろうと思って」


 何となくかよ。


「ところでここは宇宙のどこら辺なの」

「いえ、その、分かりません」


 使えねぇー


『いや、分かるわけないだろ。酷い奴だな』


 イチイチ心の中の声にツッコミやがって。暇なのかよ。


『暇だよ。合体して生物かすら怪しい今では食べ物を探す必要がないから危機感はないし、奴らを追いかける事も出来ないし、やる事ないだろ』


 えっ、食べなくても生きていけるの!?確かにエネルギーを作れるとか言ってたけど。


『そうなんだよ。これで宇宙でも飛べればもはや神だな』


 めっちゃ調子乗ってるじゃん。


『と言いつつニヤケ顔をしているね。あの子が引いてるよ』


 ワームの方を見ると俺から後ずさりをしていた。


「あの、大丈夫ですよ。救助が来る事を祈りましょう」


 どうやら帰れなくて正気を失ったと勘違いされているらしい。違う、そうじゃないんだ。


「うん、地球の技術はそんなに凄くないから無理だね」

「でも、あそこにお亡くなりになっている仲間の人が来るかも知れないじゃないですか」


 確かにその可能性はなきにしもあらず。しかし、この合体生物はあのリザードマンっぽい奴にも寄生している。ばれたらって思うと少し不安。


『だってそうしなきゃ死んでたんだもん』


 生きる為の生物の考えとしては正解だが、俺個人の考えとしては不正解だ。まったく、同種以外だと分かり合う事が出来なさそうな種だ。もう少し会話というものをだな………


『分かった、分かった。でも、そんなに重く捉えなくても良いじゃないか』


 まあ、そうだな。さて、考えもまとまった。


「確実性が欲しいんですよ」

「そう、ですね」


 相手の方もしょぼくれてしまった。話題を変えるか。


「そういえば、名前聞いてなかったね。教えてよ。俺は………あれ?」


 どっちの名前を使えば良いんだ?


『佐藤蓮とインセクタだからサ·レセクタで良いんじゃない?』


「サ·レセクタ、俺はサ·レセクタ。レセクタって呼んでくれ」

「あ、はい。私はプロディジミーです」

「プロディジミーか。長いからリミーって呼ぶね」

「分かりました、レセクタさん」


 取り敢えず今から決めるのは目標と計画かな。何か困ったらその都度相談すれば良いか。


「リミーは生き残る為に俺と協力してくれるんだよね」

「はい、一応はそう考えています」

「目標はお互いの星に戻る事だとして、今は食糧を集めるって事でいいかな」

「はい、あのレセクタさんは何が食べれるんですか?」


 何を、そういえば俺もよく分かっていない。どんな感じなの?


『肉でも草でも星でも機械でも、食べようと思えば何でも食べれる』


 じゃあ、あそこの機械も食えるのか。

 俺は残骸の方へ歩みを進めた。


「レセクタさん?」


 残骸の所に来ると右手を掲げる。すると、手は形状が変化し液体のような、固体のような恐ろしい形になる。それは残骸を包み込むように覆われ、中にある物を全て飲み込んだ。そして、再び元の人間の腕に戻る。


「ひっ、あっあ」


 リミーはその姿を見て怯えていた。俺が怪物だと思っていた存在が怯えているのだ。

 俺はもう人間じゃないのか。


『当たり前だろ。今さらビビったって元には戻れないぞ。たとえ、お前の意志じゃなくてもな』


 これが最強の力。全ての生き物に恐怖される存在か。異世界の主人公が少し羨ましい。恐ろしい能力を持ってるのに何故人と会話が出来る。人柄とかか?


『俺達は取り敢えずの名前で名付けた魔力だが、存在も認識されていない未知の力なんだから仕方ないだろ。あの世界にはマジもんの神がいるが、この世界で見た人間は誰一人としていないのだから恐怖するのは当たり前さ』


 あっ、こいつまた自分を神だとか言ってる。俺とお前みたいにこういう力持った奴がいたらどうすんだよ。油断大敵って言葉を知らないのか。


『そうだね、気を付けるよ。でも、君も最強とか言ってるじゃん』


 分かったなら良いって、おい。確かに言ったけど止めてよ。

 さて、ここからは俺のコミュニケーション力が試されるな。


『友達ゼロのボッチは頼りないな』


 何言ってんだ。お前がいるからボッチじゃないだろ。


『君と俺は同じ存在だからノーカンさ』


「ふぅー」


 大きな溜め息が出る。

 別にコミュニケーション力がなくても残骸から宇宙を渡る技術が手に入れば地球に帰れるんじゃないか?


『所詮は残骸。せめて壊れていない状態なら何とかなったけど流石にあれは無理だよ。金属を加工しただけの物なんかには情報なんて無いさ』


 いやでも、なんかこう、一つ一つを組み合わせて大きな宇宙船が出来たりとかするじゃん。


『そこまでチートじゃない』


 くそっ、自分を怖がっている人と会話とか難しいだろ。


『頑張れ』


 応援ありがとな。変わってくれてもいいんだぜ。


『俺はバトル担当だから』


 普段は何もしねぇなこいつ。こうなったら、覚悟を決めて会話するか。


「俺はこんな感じで何でも食べれるから大丈夫だよ」

「へっ?あっ、はい。分かりました」


 俺は周りを見渡す。見た感じはライオンがいそうなサバンナだ。リミーが食に困る事は多分ないだろう。

 しかし、太陽の色が少し違う気がする。後なんか見た事ない変な虫がいる。サソリに羽が生えてカブトムシみたい角がある奴だ。やはり地球ではなさそうだ。


「リミーはお腹すいてる?」

「いえ、大丈夫です」


 さて、大事なのは衣食住だから、取り敢えず家でも作ろうかな。


『木の上で寝ればいいだろ』


 えー、何か物足りないな。でも、それも面白そうだな。


「あの!」

「ん?どしたの」

「その力は、どういうものなんですか」

「あー」


 確かに正体不明の生き物で何でも食べれる存在なら怖い。しかし、どう説明したものか。


「何か宇宙人に実験されてこうなった」

「そう、ですか」

「リミーは食べないから大丈夫だよ。助けられた恩があるからね」

「ははは、そうですか」


 リミーは苦笑いをしてそうですかを繰り返す。リミーは美味しくなさそうだから食べないが少し疑っている。俺は信用されてないのかも知れない。


『美味しそうだったら食べるのかよ』


 的確なツッコミありがとう。別に食べないよ。


 ぐうぅー


 ん?


「あっ、すいません。やっぱりお腹がすいたみたいです」


 そう言うと、俺が寝ていた草のベッドに足を伸ばして少しずつ食べ始めた。もしかしたら、あれは俺の為でなく食糧を集めただけなのかも知れない。


「あっ、レセクタさんもよかったらどうぞ」

「いや、さっきので結構もつから大丈夫」

「そうですか」


 そう言うと、再びムシャクシャ食べ始めた。しかし、記憶で見たものよりも多くの量を食べている気がする。大丈夫だろうか?


『これはあれだな。でも、異常に早いな。薬でも射たれたのか?』


 あれれ、とても嫌な予感がしてきました。悪寒がして身体と精神と脳が身震いす………脳が震える。


『ハイハイ、面白い面白い』


 考えている事が分かるから正直に言っても良いんだよ。そっちの方が余計傷つくからね。


『君、ツマンナイね。元ネタになった作品が可哀想だよ』


 人ってさ素直に言われると心がえぐれるんだよ。もうちょっとさ、優しい言葉を使うとかさ、工夫という物が必要なんだよ。


『うっわ、面倒臭』


 あああああぁぁぁぁぁーーーーー


『あははははは。前言撤回、今は面白い』


 人の不幸は蜜の味ってか。良い性格してじゃないか。


『褒めてくれてありがとう』


 くっ


「あの、レセクタさん。何故かお腹が痛くなってきたんですが、どうしてでしょうか?」


 お腹の方を見ると少し膨らんでいる。これはあれだね。


『妊娠しているみたいだね』


 いや、待て。一回冷静になれ。まず、俺以外ともヤらされたのかについて質問しなければ。いや、失礼か。

 違う、そうじゃない。流石に早いから俺ではないはず。だから、きっと病気だな。


「何か病気の心当たりは?」

「いえ、多分病気ではないと思います」

「………ちなみに俺以外で誰かとヤりましたか」

「いえ、ヤって、ないです」


 気のせいかな、気のせいだな!気のせいだよね?

 この胸の奥でざわつく嫌な予感は一体何だろうか?でも、俺は勘違い系だと勘違いしてる男だからきっとこれも勘違いだ。


『もはや何を言っているのか分からない』


「あっ」 

「えっ」








〈十日後〉


「パパ、これ嫌いだから食べて」


 そう言って丸くてトゲのある実をこちらに差し出す。



「自分で食べろよ」

「嫌だー」

「じゃあ、自分で明日からご飯用意しろよ」


 すると、少女は顔を膨らませた。

 少女は人間なら七歳くらいの見た目だが、何個か違う所がある。その一つはエルフのような長くて尖った耳をしている事だ。きっと母の家系にエルフのような人がいたのだろう。


「何でそんなに意地悪なの」

「それは俺が狭量だからだよ」

「えー」


 二つ目は年齢が一歳未満である事だ。にも関わらず言葉を流暢に使えているのはこの子の頭が良かったからだろう。あるいはそういう種族なのかも知れない。


「ふぅー、仕方ない。じゃあケチなパパの代わりにママが食べて」

「駄目です。ちゃんと食べなきゃ大きくなれないですよ」


 ワームのような女性が言葉をかける。


 俺はあの後もしかしたら、人型になるのではと色々工夫した。だが、人化して美少女が出てくるとかそんな事はなかった。異世界ではドラゴンやスライムが簡単に出来たのに、この世界では出来ないようだ。チートだと思っていた俺の能力も万能ではない。

 でも、リミーは優しかった。何故か俺の事を心配してくれるし気もきく。そして本音で話せるという今までボッチだった俺に家族以外では無理だった事に革命が起きた。なお、インセクタはノーカン。そして、俺は思った。愛って何だろうと。金、顔、地位、もちろん大切だ。でも、イケメンでも大金持ちでもない俺はそんな事はどうでも良かった。どうせ無理だから。嫁といってもせいぜい画面とにらめっこだ。

 思春期で人間をやめた俺は気付いた。見た目は大切ではないと。地球でもないこの場所では金もいらない。ここで必要なのは信頼だ。互いを認める心、それが愛なのではないかと俺は思う。愛には種族も年齢も性別も関係ない。お互いが楽しいと言える環境こそが大切なんだ。


『急にどうした?悟りを開いたのか?』


 その通りだ。


『そっか。良かったな』


 ああ、これは人間には至れない究極の境地だ。


「パパ大丈夫?ボーとしてるよ」

「大丈夫。ちょっと心と会話していただけさ」

「どういう事?」

「うーん、二重人格みたいな感じさ」

「へーそうなんだ」


 二重人格という回答に興味を失うように見せかけ少女はコッソリと俺の皿に不味い実を入れる。


「おいダレス、何やってんだ」


 本名はドライアダレスだから、普段はダレスと呼ぶ事にした。名前は俺が決めたもので、こう名付けた理由はラテン語だからだ。深い意味は無い。だから検索しても何も出ない。


「ぶー」


 またもダレスは頬を膨らませた。


「ふぅー、仕方ない」


 俺は実を手に取り立ち上がった。そして実を持った右手を変化させる。それはまるでタコの触手のような吸盤があり、ゲジゲジのような毛が生えていた。だが、見た目に意味は無い。その日の気分だ。


「えっ、ちょっ、どうしたのパパ」


 声とともに逃げようとダレスが立ち上がった。だが、遅い。

 左手を海賊で麦わら帽子を被った男のように伸ばし、ぐるぐる巻きにして拘束する。これで逃げる事は出来ない。


「止めて、ちょっと、ストップだって、ギャァー」


 そして、気持ち悪い右手で口をこじ開け実を放り込んだ。口の中を見るとリミーのような鋭い歯と人間のような弱そうな歯が別々にある。不思議だな。

 実を放り込んだ後は無理やり水を飲ませ、吐く前に飲み込ませた。


「うぅ、不味いよ」

「はっはっはっ、味なんて二の次、贅沢は敵だ」


 これが戦時中に贅沢してる奴が作ったクソみたいな言葉だ。そしてクソ野郎は猿の物覚えとでも言うように引用する。そう、奇妙な冒険から分かるように超能力者と超能力者は引かれ会う。つまり、クソとクソも引かれ会う。


『大丈夫?』


 いつでも俺は大丈夫じゃないぜ。


 ここでリミーが触手を伸ばし俺の頭を叩いた。


「痛い、何するのさ」

「何するのさ、はこっちのセリフです。まったく何やってるんですか」

「そーだそーだ」


 ここでダレスが会話に参加するが、リミーはダレスをきっと睨む。


「ダレスもよ。ご飯を探す苦労をあなたは知らないからそんな我が儘が言えるのよ」

「はーい」


 反省していないような声で返事をする。しかし、そんなに食事を得るのに苦労した事はないから心が苦しい。それもこれもインセクタがいるおかげなので感謝しなければならないな。


『もっと崇め奉れ』


 しかし、俺達はすぐ調子に乗るから駄目だ。人生で油断して良いのはチェンジしている時だけだ。


『おかげで油断し放題』


 代わってくれても良いんだよ?


『いや、疲れるから』


 肝心な時にしか役に立たないやつだ。


「ごちそうさまでした」


 反省したのか、ちゃんと不味い実も全部食べ終わっている。


「頑張れば出来るじゃないか」

「うん、その代わりどのくらい大変か分かるように今度連れてって」

「駄目です。危ないでしょ」

「ぶー」


 ダレスは頬を膨らませ自分の思いを訴える。だが、リミーに通じないと分かるやいなや俺の方に向きを変え口を開いた。


「だめ?」


 上目遣いと両手を口に当てる仕草はぶりっ子のようだ。だが、俺は人の形を保っていない宇宙人にすら恋してしまうチョロい男だ。そんな事をされて断れるはずが無い。

 守りながら移動出来るか?


『余裕だよ』


 返事を聞き俺の答えは一つに絞られた。


「良いよ」


 親指を立ててカッコよく告げた。


「やったぁ、パパ大好き」


 ダレスは満面の笑みを浮かべて俺に抱きつく。何の因果か過去の自分の性癖にドンピシャなダレスだが、自分の娘だからか人間を止めたからか俺のエクスカリバーが抜刀される事はなかった。


『きっとマーリンがアーサーを抑えてくれているんだよ』


 第三の選択肢が生まれたが残念ながら正解は第四の選択肢だ。恥ずかしいから何かは考えないようにしよう。

 抱きつかれたからではないが俺の頬が少し赤くなる。だが、察する事が出来ないように顔を無理矢理変化させる。見た目は素面、頭脳は煩悩。これでは死神も真っ青だ。


『おっ、今度は人が死なないのが珍しいアニメか』


 それにしても、こいつは日本の文化が分かっているようだ。鬼を滅ぼせと叫んでいた奴がえっ、アニメ見てんの?陰キャですか、と煽ってくる豹変ぶりには驚いたがインセクタさんはご理解があるようだ。


『当たり前だよ。違う星の文化は面白いし、君の記憶には娯楽がいっぱいだからね。暇な時に見るのはニートのような快適さが味わえるよ』


 常に暇人なヒキニートは異世界でスローライフをする奴が異世界人に漫画を見せたかのような共感がある。やはり、文化は対立するものではなく分かりあっていくものだ。適当に踊りを覚えろとかいう学校の害悪な伝統とはわけが違う。


『記憶を見る限りでは大変そうだね』


 見る限り、つまり俺以外の視点も必要だと言いたいようだ。例えば、ニュースなどの一部分を切り取るのを鵜呑みにせず他の可能性も考えるような事か。難しいな。


「ちょっと、どうするんですか」


 リミーが焦りながら俺に話しかけてくる。どうしたのだろうか?


「え?」


 思わずすっとんきょうな声が出る。一体何の話をしているのだろうか。話題を明確にしてほしい。

 困った顔をしていると俺の心情を察したのかリミーは口を開いた。


「本当に連れていくんですか」


 呆れながら伝えられる。しかし、俺の自然の法則を破るがごとき謎パワーがあればどんな障害からも守る事が出来るだろう。


「安心してくれ。大丈夫だ」


 さっきと同様に親指を天に向けてカッコよく立てる。

 その言葉を耳にし表情を見てリミーはホッと胸を撫で下ろした。


「では連れていかないんですね。それを聞いて安心しました。あの子にはまだこの星は危ないですからね」


 どうやらうまく伝わらなかったようだ。いわゆる勘違いというやつだ。リミーはあれ俺何かやっちゃいましたか?とかを言う系の人ではないのにどうしてしまったのだろうか。


「いや、連れていくんだよ。俺がいれば安全だと思うし」

「え?」


 その言葉を理解出来なかったのか数秒の間リミーの世界が止まる。やがて、意味に気付くと怒りながら俺に考えを訴えた。


「もしもがあったらどうするんですか。それにあの子はまだ生まれて間もない赤子なんですよ。まだ早いです」

「赤ちゃんじゃないもん」


 ダレスの言葉はスルーされる。

 言われて見ればダレスは生まれて十日の赤子だ。しかし、何故か成長が異常に早いのでそんな事は些細だと思う。


「生き物という強いのさ。地球にいたシマウマなんかは生まれたその日に立てるようになる。これはライオンなんかの肉食動物から逃げる為だけど、ダレスはその恐怖をまだ知らない。だから自主的に行こうとしてる今が良い機会なのさ」


 ダレスは食べ物の大切さを理解していないがそれをちゃんと知れば我が儘も言わなくなり一石二鳥だ。

 中学三年生な一人の男の考えは実に浅はかで一人の女性の心を動かす事はなかった。


「ダレスはシマウマでもライオンでもないから別に良いんです。それにその恐怖のせいでダレスの心が壊れたり怪我したりしたらどうするんですか」


 俺は押し黙った。今は反論する言葉が出てこない。数分してからああ言えば良かったという案が思い付く事は良くあるが時間を移動出来ないので無意味だ。


「大丈夫だよ。それにずっと家にばっかりいたら引きこもりになっちゃうよ。そっちの方が心が壊れちゃうよ」


 日本の引きこもりは引きこもったから心が壊れたのでなく心が壊れたから引きこもったのだ。順序が違う。オマケに大臣とか警察とかの息子だから証拠を潰すクソみたいな社会だ。ターゲットにされれば終わりという黒いスーツの人が追いかけるミッションありの鬼ごっこも真っ青なクソゲーだ。いや、漫画やラノベの見すぎか。

 とりあえず俺は口を固く閉ざし状況を見守った。


「怪我をしたらどうするんですか。あなたはパパみたいに簡単に治らないんですよ。私はあなたが心配です」

「大丈夫だよ。怪我をしないパパが守ってくれるんだから。いざとなったら肉の壁にでもなって助けてくれるよ」


 もしかしてお父さんの洗濯物と一緒にしないで、とか言う精神年齢なのだろうか。俺を肉の壁にするとか正気の沙汰じゃない。なんか別に連れていくとかどうでもよくなってきた。何であんなに頑張ったのだろうか。馬鹿らしいな。


「リミーの言う通り怪我したら危ないし止めとくか」

「え」


 リミーの表情には安堵がみられる。しかし、ダレスの表情は明らかに曇った。そして言葉という名のナイフは俺に向けられる。


「何でよパパ、さっきまで俺がいれば安全だとか、俺に任せろとか言ってたじゃん。急に手のひらを返すなんて酷いよ。もしかしてビビっちゃたの?ねぇ何か言ってよ」


 早口で言葉を捲し立てる。そこに煽りも加わった凶器は俺のハートをグサグサと抉る。だが、俺は挫けたからそんな事は別にいいのだ。


「その通りだ。冷静になった俺のチキンハートがビンビンに警告音を鳴らしているからお前は連れていかない。いつだって正しい判断をするときは冷静になった時だけだ。お前は熱くなりすぎ」

「熱くなってないもん。冷静に判断してるもん」


 アニメはツマンナイとか言う奴が急に呪いだ呪いだというぐらいの鮮やかな手のひら返しが炸裂する。人間はいつだって勝ち馬に乗る為に人を裏切るせこい種族だ。これは過去の戦争や日々の生活が証明してきた。


「ではここで問題デデン2+3×0の答えは?」

「えっと、0」

「違いまぁす」


 俺は両腕を使い大きな罰マークを描く。続けて右手の人差し指と中指を立てる。


「正解は2。これでダレスが冷静かどうかの証明は終わり。ご理解頂けたかな」


 普段のダレスならば間違う事はないだろうが今回は間違えた。その事実があるからダレスは否定が出来なかった。


「興味半分で行くとすぐに死んじゃうような恐ろしい生き物がわんさかいるから今回は諦めな」


 返事はなくただうつ向いていた。下を見る様は自信を失くした元優等生の成れの果てみたいだ。


「じゃ、俺は行ってくるからダレスをよろしく」

「分かりました」


 リミーの返事を聞き安心した俺はドアを開けて家を出た。

 そこに広がる光景は砂や岩で埋め尽くされた大地だ。水という生物に必要な物がまるでない。そして、近くにいる生物も何かがおかしい。トゲで覆われた皮膚と六本の足があるトカゲや薄い皮をした歩く魚だ。こいつらはこの星の生き物だが逃げるのが異常に速い為、基本的に狙う事はない。それに数もあまり多いとは言えない。俺という名の外来種のせいで絶滅させるのは気が引ける。


 俺は右の方へ歩きだした。そっちには木や草が悠々と生える場所があった。では何故あっちに住まないのか。簡単だ。森の付近にいる生物が恐怖の対象だからだ。砂漠付近にいる生物はこちらが何かしない限り襲われる事はほとんどない。だが、一歩森に入れば状況は一変する。奴らは草食や肉食の動物、果ては植物までもが襲いかかってくる。見た目は楽園に見えるが入れば地獄だ。


 特に何の持ち物もない舐め腐った格好の俺はその右足を草と砂の境界線に置いた。すると風により木々がざわつき始め、目と口と手がはっきりと浮かび上がりお化けのように見えてきた。途端に雰囲気が変わった気がする。まるで死神とダンスでも踊っているような心境だ。


『相変わらずのビビりっぷりだね。そんなんで大丈夫なのかい?』


 任せとけ相棒。もうこれで九回目だ。俺だって流石に慣れたさ。

 大きく息を整える。すると心の中に余裕が生まれた。まるで金持ちにでもなったかのような心境だ。いや、金持ちは心に余裕なんてないから例えとしては不適切だ。偏見しか持ち合わせていないがそう判断する。


 左足を森に入れた所で大きな複数の黒い影が俺に飛び掛かってきた。

 大きさは二メートルほどもあり体毛は半分が黒でもう半分は鱗、四足歩行で直立に伸びたスラッとした足だ。しかし、イヌ科やネコ科の生物とは違い目が四つあり尻尾が二本に別れている。口はワニのように細長いが口には魚を捕らえる為に鋭い牙が並んでいる。


 素早い実のこなしで俺の首に牙を突き刺した。しかし、噛みきるほどの力はない。おそらく出血多量で追いつめて殺すタイプのハンターだ。戦法としてはなかなか良いと思うが相手が俺だから特にダメージはない。

 首には確かに突き刺さっているが血が流れていない。それどころかハンマーは歯が抜けなくなっている違和感に気付いたのか首を揺さぶるが余計に事態は悪化した。


「チェンジ」


『了解』


 口に出す意味は特にないが中二病なので必殺技のように叫んだ。本当は俺が戦っても良かったのだがこういう時だけ相棒は頼りになるから俺は戦わない。これは別に俺が上手く能力を使えないとかそういう理由ではない。

 掛け声とともにハンターは首の中に吸い込まれていく。まるで底なし沼にでも落ちた獣のようにハンターはもがくが命の灯が短くなるだけという情けない結果になって吸収された。

 一体こんな小さい身体のどこにあんな大きな生き物が入っているのだろうか?


『情報を頂いたあとは全部エネルギーに変えるから見た目はあんまり当てにならないよ』


 相棒から返答がくる。それと同時にハンターの遺伝子構造やその生き物の物語が流れ込んでくる。これは機械を取り込む時にはない生き物を取り込む時の唯一無二のデメリットだ。

 ハンターの記憶は壮絶なもので両親が死んだり群れを追い出されたりと散々な物語だ。それでも今では群れのリーダーとなり順風満帆な狩人生活をしていた。

 相手の気持ちを理解出来てしまう為とてつもない罪悪感が生まれる。最初に狙ったのはあっちで弱肉強食の世界だとしても和解は出来なかったのかと考える自分がどこかにいる。何故こんなに面倒臭いチートなのだろうか。


『君は本当に弱いね』


 俺は強がっているだけで本当はどうしようもなく弱いのかも知れない。だからこそ俺には相棒がいる。長年の寄生により慣れたのか一切の躊躇をしない相棒はバトル担当として本当に心強い。


『俺はこんなときだけ役に立つからね。任せなよ』


 脳内会話をしていたがお約束のように生き物は待ってくれない。リーダーが死んだ事で多少の戸惑いを見せはしたがすぐさま襲いかかってきた。

 普通はリーダーが死んだら逃げると思うけどどうしてかね。


『俺達に勝てば次のリーダーになれるからだよ。理由なんて単純さ』


 ハンター達は肉食動物ならではの知能を生かし噛みつく事はせず爪で引っ掻いたり口で器用に石を投げたりしてくる。草食動物は基本的に逃げる事しかしないのでこういうのは厄介だ。

 爪や石が服をボロボロにするがすぐに再生される。服も能力で作った物なので出し入れ自由だからとても便利だ。しかし、粘着性にするとか硬くするとかの工夫をせず剣一本で戦おうとするので効率が悪い。


『常にロマンを追求するのさ。今はピンチでも何でもないから別に良いだろ?』


 確かに銃よりも剣で勝った方がカッコいいと個人的には思う。相棒は俺が納得するのを確認して手から剣を出した。その剣は無駄に装飾がされている。武器というよりも美術品の方が相応しいだろう。


『勇者の武器に見えてカッコいいでしょ』


 相棒は何か興奮している。そしてその気持ちも理解出来る。鎧なしで立ち向かうその姿はまるで西洋の神話のようだ。ゲームのテーマや異世界のベースになるのは剣と魔法で、身体強化した身体で使う剣は光の速度にすら到達し、銃弾を切る様は見ていて興奮する。


『冷静になろうよ。自分の娘に言ったばかりだろ』


 言われて自分の姿を見る。今は代わっているから油断仕切っているがこんな姿を見せたくない。男じゃないから二言はないとか言わないが威厳を保つ為に言った事は守らなければならない。


『そもそも威厳があるのかな』


 前提として痛い所を言われたが俺は挫けない。


 そして、気づけば剣での戦いは終わっていた。剣を持ったままクラウチングスタートをするダサさはあるが音速に到達しているのではと思うほどの勢いで走り全てのハンターを切り捨てた。

 しかし、ここで一つ問題が生じる。こいつらは肉を噛みちぎるのが難しくあまり美味しくない。それに肉はリミーが食べれないのであまり適切ではない。仕方なく手を向け薄い膜のように変化させる。膜が覆い被さると膜は閉じ始め何かを握った拳のようになり俺に吸収された。


「何度やっても慣れないな」


 いつの間にか意識は交代している。そして例のごとく記憶が流れ込んでくる。家族が待つ者やリーダーになろうと企む者など様々だが全員俺の手により殺された。相手から仕掛けてきたのもあるが外来種の俺がこんなに殺して良いのかと自問自答してしまう。


『お互いに生きる為の行動だから別に良いんだよ。子供が面白半分で蟻を殺すのよりよっぽどましさ』


 結局この世界は弱肉強食なのだと理解し嫌になる。全ての生物が危害なく生きられる事は絶対に無理だ。そして、こんな善人みたいな考え方をしている自分にも呆れてしまう。


「それもこれも相手の記憶が分かる能力のせいだ」


『でも結構便利だよ。拷問しなくても情報が得られるんだからね』


 利点を聞いて駄目な事だけではない事も知り何も言えなくなる。メリットとデメリットは状況によって反転する不確かな事だ。一場面だけで判断するのは軽率かも知れない。


『色々な可能性を考える事が大切だよ』


 そうだな。

 俺達の絆と信頼が高まり上機嫌で道を歩いた。こんな事を考えるとツッコミを入れてくるが今回はない。きっと照れていのだろう。




 俺達が持つ不思議なこの能力の源は一体何なのだろうか?確かに他の物体を吸収すればエネルギーは手に入るが、それでは宇宙船が落ちた時の異常な回復速度が説明できない。あの時は何も吸収していないからだ。やはり、この世界には魔力と呼ばれる未だ観測されていない物質があるのだろうか。いや、それも違う。悩んでたどり着いた正解は実につまらない事だ。


「いつ来ても濁りのない水だな」


 そこには幻想的な空間が広がっていた。木々の間からこぼれる太陽の光がその場所を照らし見る者を魅了する。先ほどまでの凶暴な生物がいた場所とは無縁のような池だ。


 手からバケツを出して水を汲んだ。後は家で煮沸すれば飲めるだろう。しかし、汲み終わっても彼が池から離れる事はなかった。それどころか右手を掃除機のような形に変化させ水を吸い込み始めた。


「魔力か。あってほしかったな」


 その目は何かを羨望するように遠い彼方を見つめる。

 彼の人知を越えた力のエネルギー源の半分は水だ。空気中にある水蒸気や氷、液体の水を取り込み身体の中で何らかの化学変化を用いエネルギーを得る。だからあの時は体内の水で身体を変化、再生出来たのだ。

 もう半分は吸収して得られたエネルギーだ。先ほどのハンターがそれに当たる。水に比べれば持続的に作れないが星を吸収すれば爆発的な力を得られるので馬鹿に出来ない。


『森ごと吸収すればエネルギーをたくさん得られるね』


 何か物騒な事を言っているが聞かなかった事にする。


『ひどい』 


 


 次に向かうのは木の実がある場所だ。


「不味い実は止めとくか」


 あそこまで不評だとは思わなかったので少し心が下を向く。しかし、目線が下を向く事はない。周りには常に危険がいっぱいだからだ。

 奥に行くにつれて獣道が小さくなっていく。まるで人間が入るのを拒むかのように草木は生い茂っているので、装飾品がゴテゴテの剣を適当に振り回し道を開拓する。落ちた枝やツタは身体が勝手に吸収してくれた。


「意外と地味だけど楽しいな」


 初日や二日目なんかは意味もなく木の頂上まで登り景色を堪能した。大きな鳥に群がる極小コウモリや、大きな鉤爪と巨大な身体なのに嘴がある羽毛恐竜みたいなヘンテコな生き物を見た時はワクワクドキドキした。

 だからこそ、この地味な作業の先には未だかつて人類がたどり着いた事のない世界が広がっていると考えると根気強く頑張ることが出来る。


『言い訳タイム終了』


 確かにこれは言い訳だ。この奥には行った事があるし、ここら辺のツタは数時間で一定の長さまで伸びる厄介な植物だ。何度切ってもキリがない。かといって火で燃やしたら環境を破壊してしまいそうで罪悪感が生まれる。

 何たって俺はペットボトルを道に捨てるのを躊躇う人間だからな。法律だけは守るスタイルだ。


『この星にルールなんてないよ。自由にやれば良いじゃないか』


 お前や俺は宇宙人、つまり外来生物によって生活を壊されたんだ。そんな奴らと同じ事はよほどピンチじゃない限りやりたくないだろ。


『俺も君にとっては宇宙人だけどね』


 同じ被害者だろ。仲良くしようぜ。相棒だろ。


『ああ、そうだね。君といると無闇に吸収が出来ないよ。俺の考えも変わったのかな』


 それもきっとお互い様だな。


 脳内会話をしていると目標の場所に着いた。ここには酸っぱい野いちごのような実がある。これを前に持っていった時は好評だったので今回はこれで良いだろう。


『好感度でも上げたいの?』


 いや、流石に肉の壁という発言には衝撃を与えられた。何でも再生できそうなのに心の傷だけは癒えないんだなとおもったよ。


『自力で童貞喪失のトラウマを克服した君なら何だって出来るさ』


 あれも良い思い出さ。


 俺の手は野いちごを採ろうとした。しかし、ここで一つ問題が生じた。見分けがつかないので気がつかなかったがこれが意思ある植物だという事だ。

 ツタが急速に伸び俺の腕に巻き付いた。そして引きずられながら更に奥へと運び込まれる。


「ちょっ、えっ」


 唐突すぎて反応する事が出来ないまま地面を滑り泥だらけになる。そして目的地にたどり着いたのか引きずるのを止める。代わりに俺の他の腕や足に絡み付き拷問でもするかのように吊るされた。おかげで普通の状態では身動きがとれない。


ガパッ


 木の間が大きな音をたてながら横に裂ける。その口の中にはさっきまで消化していた動物の骨と何でも溶かしてしまいそう強烈な匂いの酸があった。

 その酸の中に一匹の虫が近づいてきた。サソリに羽とカブトムシの角がついたような生物だ。アンモニアのような匂いにでも釣られたのか酸の中に入る。


ジュッ


 それは一瞬の出来事だった。酸に入った瞬間に全身がドロドロになり溶けてなくなった。

 そして次は俺の番だとでも言うように吊るされた状態の俺を酸の中に入れようとする。


「チェンジ」


 アニメには必殺技を叫びながら攻撃をするお約束があるのでそれに習い俺も大声で叫んだ。


『ラジャー』


 常に面白い事とロマンとこの星からの脱出を考えている相棒は掛け声を変えてきた。やはり、人生には楽しい事がなければやってられないという気持ちは宇宙人でも持ち合わせているのだ。

 掛け声とともにツタを身体の中に吸収しながら引きちぎる。


「ウォ?」


 意思ある植物は自分の身体が消えた違和感を覚え疑問に思う。だが、痛いという感情は抱いていない。いくら意思があっても動物とは違って恐怖は無いのかも知れない。


 俺は装飾品ゴテゴテの剣を両手に持ち上段に構える。

 剣の極意なんてこれっぽっちもないし、あっても実用性は低いので要らないが、構えはかなりダサかった。少しだけ必要なのではと思うほどだ。その姿は剣を頭の上で腕を真っ直ぐ伸ばしていて、天にでも捧げているようだ。とてもこれから戦うとは思えない。クラウチングスタートよりは少しマシ程度なんて見ているだけで恥ずかしい。


『そこまで言わなくても良くない?』


 悪い事を自覚していないようだ。これならもっと動画や漫画を見て学ぶべきだった。俺の記憶が鮮明だったらこいつの構えもカッコ良くなっていただろう。


 技の名前を叫ぶお約束はやったが待ってくれるお約束は存在しない。意思ある植物は俺にツタを弾丸のような速さで伸ばしてくる。そのツタも先端が尖っており、返しまで付いている。どうして生き物はこんなに頭が良いのだろうか。


ブスッ


 地面に穴が空き衝撃が生まれる。だが、そこにカッコ悪い構えをした男はいない。ツタはその人物を探すようにあらゆる場所を貫き凪払う。それにより動物は逃げ、他の木は破壊され、土埃が舞う。しかし、獲物は見つからない。

 突如世界が闇に覆われる。目でもあるのかと疑いたくなる顔を上に向けた意思ある植物が感知したそれは異様なものだった。


 太陽に重なるようにして十回転フリップを決めながら重力に逆らわず落ちてくる。その姿はまさしく先ほどまで捕らえていた獲物だが、どうしてあんなに高くにいるのだろうという疑問が生まれる。しかし、それは些細な事であり獲物を捕らえる事を優先させた。

 地面に突き刺しているツタを上空に向けて一斉に放つ。まるで砲弾の雨が重力に逆らいながら標的を串刺しにしようとするが、先に剣とぶつかった。


「弱いな」


 回転しながら衝突した剣はツタを真っ二つに切り裂いた。しかし、数は一本では無い。次々とツタの嵐が襲い掛かる。その一本一本を光の速さで凪払った。


パキン


 剣が割れる。それもそのはず。力とは速さ×質量で求められるがツタには質量こそ無いが速さは弾丸並と尋常ではない。加えて剣の振り方にも問題がある。まるでこん棒でも振り回しているかのように無理矢理振り回され限界がきたのだ。

 音速で迫る豆腐をフライパンを振り回しながら破壊してたらフライパンが壊れたという事だ。


 しかし、未だ到達していないツタは速度を落とす事なく迫りくる。その全てが獲物の身体に接触した瞬間飲み込まれるように吸収された。そこに穴や血の痕はなくボロボロになったツタだけが残った。


「もういいかな」


 地面に足が着き少しの砂埃が宙を浮いた。そして剣を見る。そこには持ち手だけの無様な武器があった。

 やはり自分はカッコいいヒーローにはなれない。そして勇者なんて者は幻想だと理解してしまいロマンを捨てた。


 左手で回転しながら落ちてくるバケツをキャッチする。幸い水は溢れていないがこんなに危ない事はするべきではないだろう。一歩間違えばもう一度戻らなければならない。それは少し面倒臭い。


「そろそろ終わりにするか」


 何も持ってない右手を意思ある植物に向ける。その時いつの間にか再生して俺の身体を貫こうとしていたツタが急停止する。それは未だ不老不死になれない全ての生物が持つ死への恐怖だった。

 意思ある植物は踵を返し根を土から無理矢理引っこ抜く。そして根の一本を前へと動かしまた別の根を前へと出す。歩いた事がないのか生まれたばかりの小鹿のように震えながら、しかし全力で逃げた。


「ヴォワァァァァァァァヴォォォォォゥゥゥゥゥゥゥゥゥ」


 意思ある植物はこの世の終わりでも見たかのような断末魔を響かせる。その姿は実に不恰好で足が絡まりそうになった時は笑ってしまった。生への執着が強いがもう助かる事はないだろう。


 右手が黒色へと変色していきヒトの形を止めながら膨張する。そして何本にも枝分かれしながら割と万能な触手になる。その速さはジェット機並で音速の領域にまでたどり着いていた。それをさっき初めて歩いた奴が避けるわけもなく身体に無数の穴を空けながら串刺しにされる。


「手を出す相手を間違えたな」


 ロマンは捨てきれずカッコいいセリフを吐く。しかし言っている人物がイケメンではないのでダサく感じる。世界はいつだってイケメンと美女が優遇される差別社会だ。


「ヴォッ、ヴォォォ」


 意思ある植物は何とか逃げようとツタで触手を動かそうとするが力が弱く押し返せない。必死な抵抗も無駄に終わった。

 触手は再び形を変形され植物を覆うように液体のような膜が包み込んでいく。途中で何度も突き破ろうと抵抗されるがその度にツタは吸収された。全てが包み込まれ植物が吸収された。


「終わったか」


 黒い物体は収縮していき色を変え元の人間の腕に戻った。軟弱で不便だが最も愛着がある見た目だ。やはり十五年間を共に過ごしたのだから戦闘以外ではこれが一番落ち着く。

 いつの間にか意識は交代される。そして例の如く記憶が流れ込んできた。何を食べたとか、あれは美味しかったとかいう感想が生々しい光景と共に脳内をザワツカセル。しかし、罪悪感や同情は生まれなかった。生きる為の捕食は俺の中で当たり前になってきた。


『食べなきゃ死ぬんだから当たり前だろ。何言ってんだよ』


 いや、食べ物はお店に行ってお金を払えば手に入るからこういう野生っぽいのは理解しきれていないんだよ。だから、ここに来て弱肉強食という言葉の意味がようやく分かった。


『文明が発展する欠点だね。命を奪って生きている事を忘れるのは良くないよ』


 そうだな。こういう命や魂という概念があるから人々は神を創造し宗教を作ったんだ。そして例の如く、金を求める強欲な者にいいようにされる。嫌な世界だ。


『宗教という文化は難しいね。今は文明が発展して神はいないと言われたから誰も信じなくなって命は粗末にされる』


 チートを持っているのに食べ物の有り難みを考えさせられるとは思わなかった。あるいはこんな能力だから理解出来たのかも知れない。


「さて、帰るか」


 こんな命だ宗教だなどと考えた所でこの星では何の役にも立たない。生産性のない無駄な事よりも今この一歩を歩く事が大切だ。


 しかし、その歩みを止め身体を亀のように変形させて身を守る。今、家の近くで大きな爆発音と共に衝撃と爆風がここまで押し寄せたのだ。しかし、何故こんな変化をしたのかは分からない。まるで本能が恐怖と認識したような奇妙な感覚だ。


「早く帰った方が良さそうだな」


 地面を蹴り音の速度に迫ろうとして石につまづいた。そのせいでバケツの中の水が溢れる。普段ならこんな事はあり得ない。だが、確かに足が震えていた。まるで先ほどまでの意思ある植物のようだ。この心の中に刻まれたトラウマは今でも鮮明に記憶している。


「奴らだ」


 あの目と頭が大きくて不気味なエイリアンの姿が脳裏に浮かぶ。地球での平和な暮らしを壊した張本人であり憎むべき敵だ。宇宙制覇は無理だという事を叩き込んでやる。

 しかし、本当に勝てるのだろうか。暴走していたとはいえ俺は一度負けている。また何もかも失ってしまうのではないかと考えてしまう。


『弱気になるなよ。俺達は最強なんだろ』


 気付けば足の震えは止まっていた。そして、意識も交代されていた。


『後は任せろ』


 頼んだぜ、相棒。

 人間の足とは思えない速度で大地を蹴りあげる。今まではセーブされていたから土煙は空を泳がなかった。しかし、全力で蹴られた地面には大きな衝撃と共に土が爆散する。


 


 音よりも速い速度で家があった場所に帰る事は出来た。しかし、辺りにはクレーターができていてる。地面は焼け焦げ、家があった場所には者が焼けたような臭いがする。化学薬品でも嗅いでいるような臭いだが、家にそんなものはあっただろうか。知らず知らずの内に家に入れたのかも知れない。


「ママァー、パパァー、うっ、助けて、うっ、嫌だ、連れていかれる、ぐすっ、助けて、誰か、お願い、うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 一人の少女の悲痛な叫びと泣き声が聞こえる。

 そこには三機の砂漠には相応しくない超機械文明な光る円盤があった。その内の赤い特徴的な円盤が青白い光を出して少女を誘拐しようとしていた。


「うっ」


 自分の記憶がフラッシュバックし目眩がする。吐き気が俺を襲いよろめきながら右手を地面に落としながら座りこんでしまう。左手を頭を抑え体調を安定させる。


『精神が乱れているぞ。立て!俺達の力は何のためにあるんだ』


 決まっている。あいつらを殺しダレスとリミーを助ける為の力だ。

 ギラついた眼光が円盤の光が出ている部分を睨み付ける。円盤全体の大きさは半径二十メートルだが簡単に吸収出来そうだ。


 腰をあげると音を越える速さで宙へと跳び円盤が浮かぶ真上で停止し落下する。落下すると同時に身体を変化させる。先ほどは腕だけだったが今度は全身が黒く変色しスライムのような見た目になっていく。そこから薄い膜を広げるように円盤に着地し全てを包み込んだ。


「死ね」


 一瞬で吸収を終える。その中で記憶も流れ込んでくるが怒りで全てを認識しきれなかった。だが、自分達は正義だとか宇宙の為だとかまるで洗脳でもされたように断片的なものが流れる。こいつらは自分達が他の星を襲う理由を理解していないようだ。

 光が消えた事でダレスは重力に引っ張られる。


「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 下へと落ちていきどんどん声が小さくなる。必死に腕や足をジタバタさせ空を飛ぼうとするが無意味に体力を消耗させるだけだった。


「助けて!パパァァァァァァァァァ」


 もっと上手く助ける事が出来たのではないかと思案するが今ではない。奴らの技術を奪う方が先だ。解析は終わったか。


『全ては終わってないが光の速度なら出せる』


 その答えと同時にブラックホールからも逃れられる速度で空を駆けた。そしてダレスが落ちる地点に行き両腕を出す。そこへ予測通り落ちてきた彼女を抱える。これがお姫様抱っこというものかも知れない。


「大丈夫か?」

「うっ、うっ、パパァ」


 そう言いながら俺の首に手を回し抱きついてくる。その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになり、元々綺麗というわけでもなかった服は土で汚れ、布はほつれていた。


「怪我はしてないか?」


 いつもの狭量な人物とは違い、まるで家族想いの優しい父親かのように接する。その姿に少し戸惑いを見せるが自分の父親だと分かり安堵したのか、あるいは悲しい事を思い出したのか涙を流す。


「うん、うっ、大丈夫、でも、ぐすっ、ママが………」


 言葉はそこで途切れる。

 さっきから探しているが確かにいない。あの赤い宇宙船にもいなかったのでおそらく別の宇宙船に連れ去られたのだろう。


「大丈夫だ。すぐ助ける」

「でもママは………」


 何かに恐怖して言葉を繋げる事を躊躇う。

 ダレスを抱えた俺は重力を操る光の光線を再現し、ゆっくりと地上に下りた。そしてダレスを覆うようにドームを生成する。これにはビームを反射する壁を使ったので安全だろう。


「しばらくここで待っていてくれ。必ず迎えに来るから」

「うん、分かった」


 そしてドームを閉じた。しかし、中にある酸素は有限だ。穴から攻撃される事を恐れて念のため空気孔を付けなかった。だから早く終わらせる必要がある。


 右手を空高く上げ中指を立てる。しかし、これはあの時の惨めな最後の抵抗ではない。殺してやるという、倫理観も日本人の持つ常識も失った元人間による殺気を込めた。


「くたばりやがれ」


 声を放つと同時に光の速度を超えて十本の触手を伸ばす。しかし今までとは違い丸い穴が空いている。まるで銃口のような形をしたそれからは本来は質量を持たず特別な条件をクリアしなければ物体を破壊出来ないはずの光の光線が撃たれる。


 一方、宇宙船からは丸のような四角のような不定形な形をしたボールが複数展開される。前とは違いロボの形ははさまないようだ。その一つ一つから熱を帯びたまるで太陽のようなビームが放たれる。


 ビームとビームの衝突はどちらも消滅する結果になった。このビームは一定の角度までは混ざり強力な一本の光線となる。しかし、それを過ぎるとどちらも消滅する。爆発音でも起きそうなものだが、あれは土や木などの物体が破壊された時に生まれるエネルギーの放出でありビーム自体には音を生み出す性質はなかった。


「死ね」


 そのまま触手の先端は槍のように変化させ全てのボールを追いかける。だが、速度が同じなので追いつかない。光の速度によるボールとの鬼ごっこ、合理的に考えて無駄だ。

 飛び跳ねながら重力の方向を変えて光の速度で空を駆ける。狙いは円盤の形をした宇宙船だ。しかし、あと一歩という所で旋回し雷のようにジグザグになりながら避けられる。同じ速度というのは厄介だ。


「クソッ」


 失敗した今がチャンスだとでもいうように複数のボールが展開され回転し始める。回転する円の中央には稲妻が迸り空間が歪む。そして、そのままこちらに迫ってきた。おそらく俺を別の場所に飛ばそうとしているのだろう。



フッ



 敵の愚かさに笑いが込み上げるができる限り抑える。俺は手を回転する円に向けながら変形させる。円よりも大きな底なし沼のように変形された手にボールは吸い込まれる。空間の歪みごと吸収し終えたが、この情報は既に持っているので数を減らせただけだ。

 しかし攻撃が止む事はない。宇宙船からは複数のビームが何本も射出される。その一本一本が交じり重なりながら太い光線となり空気すらも消滅させながら突き進んだ。


「無駄だ」


 かろうじて人間の形を保っている状態から何本も新しい触手が生え始める。その全てが絡みながら形を変えていく。それはまるで戦艦に取り付けられている大砲のような重厚感がある。腹の辺りから生えた大砲からは光が凝縮していきミサイルが放たれるように重い一撃が撃たれた。

 同じ威力のビームが衝突し光の塵となって消える。そこへ追撃をかけるように何本もの触手を伸ばし敵に向けて飛ばす。


 ジグザグに飛行する宇宙船は光の速度で迫る触手を不規則な動きで翻弄する。突然の上昇に触手も直角に動いて対応するが右から左、果ては下降までしまるで遊ばれているようだ。

 そこへ再び複数のボールがビームを撃ち放つ。しかし、狙いは俺本体ではない。ゴムのように伸びた触手はビームが当たると同時に簡単に焼き切られる。


「痛っ」


 ヒールで足を思い切り踏まれたような激痛が全身を駆け巡る。だが、耐えられる痛みだ。ショック死をするほどではない。まだ、戦える。

 千切れた触手は勢いを失う事なく重力に逆らいながら遥か彼方へと飛んでいく。だが、それを見送る暇はない。ボールからビームが放たれる。


『全ての解析終了』


 重力の方向と加速度を変える力、光の速度を超えて移動する力、エネルギーをビームに変換する力、ビームを反射する力、この四つの解析は終了していたが空間を曲げる力や宇宙空間でも耐えられる力、フェーズと呼ばれた段階ごとに姿を変える力などは未だ解析が出来ていなかった。それが終わったようだ。   


 普通の人なら恨みがある武器や技術は使いたくないものだ。核兵器なんかが良い例だ。非核三原則という法律で縛られ人々は二度とその恐怖を味わいたくないと考える。だが、今の俺に平和が訪れていない以上そんな贅沢な事は言えない。使える武器は全て使わなければ奴らには勝てないのだ。だから俺は全てを利用して勝つ。


「フェーズ2移行」


 奴らの真似をする。何となくカッコいいと思ってしまった。

 俺の身体から大量のボールが生成される。敵には物質的に有限だろうが俺ならば周りの物を吸収すればその数だけ多くのボールを生み出す事が出来る。

 ボールは敵が放ったビームの威力を倍にして反射する。それを再び敵が反射する。反射と反射の繰り返し、これでは拉致があかない。搦め手なんかも使うべきだな。


 右手が鉄で覆われながらネジやボルトが締まっていく。新幹線が連結するような音をたてながら、まるでロボットの腕のように四角くてオイルの匂いがする形になる。そして肉と機械の節目に当たる関節部分が外れ重力に従いながら落下していく。


「食らえ」


 数十センチ落ちた所でエンジンに火が付いたように爆発音を出しながら空を飛ぶ。それはリアルではとても非効率的で無駄のように見える。ロケットパンチと呼ばれるそれは勢いよく宇宙船に突っ込んだ。

 しかし、ビームを撃つような超機械文明相手にこんな旧文明のオモチャなどまるで意味が無いだろう。宇宙船は当然のように回避行動をしなかった。それが愚策であるとも知らずに。

 右手の肉を再生させて手のひらを開きながら宇宙船に向ける。


「散れ」


 一機の宇宙船に当たると同時に機械の腕は爆ぜる。その爆発により赤い粉が大量にばらまかれる。通常兵器や粉塵爆発などは意味が無いだろうが、狙いはそこではない。粉は宇宙船を覆うように振り撒かれる。だが、視覚を奪ったところで熱感知により攻撃や居場所は瞬時に分かるだろう。だからこその熱を帯びた粉だ。音以外の感知を絶った。しかし音の伝わる速さも光には届かない。

 宇宙船は突然の煙幕により行動が一歩遅れた。戦場ではその一歩が命取りになるとも知らずに。


 光の速度で空を蹴りながら重力の向きを変えつつ宇宙船の上に飛び乗る。一度触ってしまえばこちらの勝ちだ。足が沼のように広がっていき宇宙船全体を包み込み飲み込まれた。そして俺は元の人間の形に戻る。この宇宙船にリミーはいなかった。

 一機をまるまる飲み込んだ事で何人もの記憶が流れ込んでくる。やはり、自分の行いを正当化するような内容だ。それ以外にも家族、友人、恋人など親しい者との記憶が流れたり、略奪に反対したら捕まるという記憶があった。


「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 頭が張り裂けそうなほどの強い罪悪感と無力感が伝わってくる。それにより俺は頭を抱えてうずくまった。

 止めて欲しい。悪いのはお前達なのに事情があるというのは俺の復讐の邪魔になる。自分が相手の立場だったら、どうすることも出来ないと考えてしまう。


『しっかりしろ!意志を強く持て!まだ終わってないぞ』


 そんな事を言われても無理だ。人をやめたから同情なんてしないと思ってたのに、こいつらは俺と同じだと考えてしまう。なんの変哲もない退屈で平和な日常を奪われた自分と同じなんだ。あの赤い宇宙船にいた奴らは元々過激な発想の上に正当性を得たと言わんばかりに全てを奪うから迷わなかった。でも、こいつらは俺と同じなんだ。


 未だビームの反射を行っているボールだが反射の限界がきているのか一部にひびが見える。どんな物でも使えば減るということだ。そして、俺のボールがビームを反射し敵が反射しようとした所でパキパキと音をたてながら崩壊する。最後の反射を終えた意味のない無様な姿だ。

 その何回も反射された強力な一本の光線に宇宙船からほぼ全てのエネルギーを込めた光の一撃が合流する。光と光は重なりながら一本の光線となり俺のボールの反射限界を超える。ビームはボールを破壊しながら俺へと向かってきた。


『危ないぞ!早くしろ』


 それを聞いて自然と右手が前にでる。それが変化しコンクリートでできたような分厚い壁が現れる。そこへ一本の光の線が衝突する。今までとは比べものにならないその一撃に壁は反射すらできずにボロボロと崩れていく。壁を次々と展開させるがまるで皿が割れるようにパリパリと壊れる。


 もしかしたらあの宇宙人には何かの事情があるのではないかと思い始めてしまったらもう駄目だ。彼ら、あるいは彼女らも必死に生きているだけなのかも知れない。しかし、俺は見ず知らずの他人を助けるほど人間性は良くないし、そこまでの強さも持ち合わせていない。ようやく覚悟が決まった。


『長かったよ』


 待たせて悪かったな。でも、この時間のおかげで自分の中にある偽善的な考え方を理解する事が出来た。あの時間は無駄じゃなかったと信じる。

 俺の右手から淡い光の粒が落ちたが出現しながら、それを纏うように巨大な光線が解き放たれる。ビームとビームの衝突は同じ威力の相殺に終わった。


「俺の勝ちだな」


 上空を見ると同時にそんな言葉が口からこぼれ、口角が少し上がる。両手を鳥の羽のように広げながら上空を見つめる姿はまるで空を飛ぶかのようだ。しかし、今はロマンと幻想を求めるほど余裕はない。

 空気しかないはずの空間に雷のような電気に似た何かが迸る。その稲妻は次第に大きくなりながら空間に穴が開く。その先にはエネルギーを使い尽くしたのか全く動きが無い宇宙船の姿があった。それは上空に浮かぶ宇宙船の近くにもある。


「終わりだな」


 穴に向けて触手を伸ばす。

 字面がエッチなので余計な事を考えてしまう。こういうのはくっ、殺せ!とか言う女騎士が実はドMだったという展開が脳内で再生される。見た目は巨乳で可愛いのに中身が残念なタイプの人だ。


『油断するな!』


 すみません。

 勝利が確定してしまうと人は調子に乗ってしまう。だから詰めが甘いとか、油断大敵とか言う言葉がこの世界には溢れている。逆転されたら笑えないな。

 曲がった空間を超え触手がまるで空から生えているような光景が映る。実に不気味でグロテスクだ。まるで空飛ぶ芋虫のようだ。


 触手は空間を超えあらゆる方向から宇宙船に襲いかかる。しかし、宇宙船の中にいる人も死にたくないのだろう。触ると思った瞬間に速度を一時的に上昇させて全ての攻撃を回避する。それは今まで写真に幾度となく納められてきた不規則でジグザグな軌道だ。何度か止まる分その不気味さが分かる。地球で見かけるUFOは燃料切れなのかもしれない。


「クソッ」


 同じ速度というのは実に厄介だ。初めて使う速度なので技量が最新技術に全く追いついていない。原始人が携帯電話を見るぐらいの衝撃だ。もう少し練習する時間があれば相棒も上手く出来ただろうがぶっつけ本番は辛い。


 触手と宇宙船が飛び交う中で宇宙船の前方の空間が曲がる。それが宇宙船を中心に円になるようにいくつも現れる。気付けば周りは囲まれ逃げ場の無い状況だ。それでも宇宙船は全速力で突っ切ろうとするが、それよりも先に空間の歪みから漆黒の槍が現れ地面に突き刺さる。ならば後ろへ、と方向を転換されるが時既に遅し。まるで牢獄のように周りは固められた。


「頭は良くないからゴリ押しで終わらせたかったな」


 相手から情報を頂くから知識だけはバカみたいに増えるが、発想力は中学生程度しかないのでこういう戦いは得意じゃない。ロケットパンチは成功したが、相棒の頭も俺と同じくらいで平凡なのでこの作戦は運頼みだ。


 空間の歪みは中央に向けて動き出した。この技は触れれば勝ちなので有効だと思う。しかし、宇宙船は上空へと飛行した。頂上には空間の歪みが無いのでそこから抜け出すつもりなのだろう。

 雲は黒く覆われどこかで雷が鳴る音が響く。雨がひしひしと降り注ぐ中で一機の船は生きたい、という想いを乗せて空を駆けた。その想いを阻むように一本の雷が鳴る轟音と共に降り注いだ。


 しかし急に天候が変わるのは明らかにおかしい。主人公補正にしてもできすぎだ。つまり理由があるという事だ。


後書き

 七万字書こうと思いましたが四万字くらいで字の入力速度が遅くなったので諦めました。

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