逃げ道

石上あのは

逃げ道

 川の音が聞こえる。

それに混じって遠くの方から音楽が聞こえる。

まるで川と一緒に流れているように。



 私は草に囲まれた砂利道を歩いている。髪の毛はボサボサで、Tシャツにジーパン、心は空っぽのまま。

今は何も考えたくない。誰にも会いたくない。

学校へ行けばみんなから笑い者にされ、家に逃げても誰もいない。

趣味もなければ、特別な能力もない。

私にはただ、毎日味のしない時間が与えられているだけ。


 学校は嫌いだ。

「金を出せ」「お前のせいだ」「気持ち悪いんだよ」「じゃま」

そんな言葉が頭の中でリフレインする。怖くて、気持ち悪くなる。

無理。もう、何もわからない。


 何も見えなくなって、わからなくなって、恐ろしくて、川まで歩いてきた。

ここなら何もないから。


 上を見れば気味の悪いほどに真っ青な空、下を見れば無気力な砂利道、

両脇にはうるさいほどの草木が生い茂っている。川は、ちゃんと右側に流れている。

川の音をBGMに歩いていると、遠くの方から変に心地の良い音が聞こえてきた。

多分バイオリンの音。


 一本の木の下で、男の人が奏でている。Tシャツとジーパンがやけに似合う、私と同い年くらいの人。


「あなたの音楽、素敵ですね。」

「え、あ、ありがとうございます。」

「名前はなんていうの?」

「ケントです。」

「ねえ、聞きたいことがあるんだけど、」

この人は多分、何かを知っている。

「辛くて自分ではどうしようもできない時、あなたならどうする?」

「僕ですか。そうですね、その場から逃げます。」

「そう、ありがとう。あなたの言葉、信じるから。」


 それから私は家に戻り、ありったけの貯金24万3000円を持って電車に乗った。



 家では誰もいない中で、ラジオが流れている。

「…天才バイオリニスト、一宮賢人さんの行方が二日前からわからなくなっているそうです。警視庁は誘拐事件として捜査を進めています。目撃情報がありましたら警察、またはこちらまでご連絡をください…」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

逃げ道 石上あのは @salt-onigiri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る