第3話『社長15階 殺し屋30階 警察・ヘリ到着まで25分』

 社長が頑張りのおかげで十五階まで降りることができた。だが、急いだせいか、社長室でくるくる回っていたせいか息も絶え絶えであった。


「ねえ、まだエレベーターは使っちゃ駄目かい?」


「駄目です」


「もう動けないよぉ」


 その場でへたり込む社長を無視し、殺し屋の様子を確認する。


 殺し屋は今三十階に到着した。エレベーターが移動しないように短い杖状の何かをドアに挟まるようにして置いていた。扉が開け閉めを繰り返している中、殺し屋は社長室に押し入る。だが、そこには誰もいない。殺し屋はそれを認識すると走り出した。向かう先は非常階段。殺し屋も社長が階段から逃げたと認識したらしい。


 幸い、二つあるうちの社長がいない方を駆け降りた。社長の三倍近く早く駆け降りる。赤い彗星の如き速さであった。対してうちの社長は白い悪魔どころか、棺桶と名高い方がお似合いだろう。


 もっとも主戦場から離れているため、このままならしばらくは大丈夫だろう。


 そう思って社長に視線を戻すと、社長は勝手にエレベーターホールに移動していた。


「社長! 何やってるんですか!」


「だってぇ、もう歩けないよぉ」


「歩けないかどうかは関係ありません。今すぐ元いた場所に戻ってください」


 殺し屋はその速さで社長と同じ階に辿り着こうとしていた。


「断るね! 僕はもう歩きたくないんだ!」


 それはよく通る大声であった。インカムを思わず外してしまうぐらいに声量があった。それはつまりビル内にも響き渡るということであり、殺し屋が社長の位置に気づくには十分過ぎるものであった。


「社長! 今すぐ元の方向へ走ってください!」


「言っただろう。僕はもう歩きたくないって」


「殺し屋が来ます!」


 非常階段から出た殺し屋と社長の目が合った。


 社長は逃げ出すも足腰はボロボロでまともに走れていなさそうだった。それどころか非常階段の前で転んでしまう。殺し屋もそんな社長を追い込むのに走ることはせず、ゆっくり歩いて近づく。


 どうする。


 ここから社長を逃す手段はないだろうか。


 俺のいる部屋からはなんでも見えるだけでなく、社内システムにハックしているため、設備を起動さえることもできる。


 考えろ。


 社長はエレベーターホールの外で、殺し屋はエレベーターホール内。


 それぞれ区切りが存在する。


 ならばあの手が使えるかもしれない。


 俺はとある設備に命令を送る。


 防火シャッターだ。エレベーターホールの区切り、避難階段の前にそれぞれ存在する。今降ろせれば殺し屋の動きを一時的に制限できる。あとは間に合うかどうか。


 防火シャッターは落ちるように降りる。


 安全装置が働いていないのか、もしこれが本当に火事が起きていて避難する人がいたら確実に二次災害が発生するような勢いであった。


 しかし、そのおかげで間に合った。


 社長と殺し屋の間には防火シャッターを挟んでいた。


「社長、今のうちに逃げてください」


 社長は立ち上がり、這々の体で逃げ出す。


「これは君がやったのかい?」


 肯定で返すと社長から笑みが溢れる。


「ははっ、すごいや君。やるじゃないか」


 この会社で勤めてきて初めて褒められた。

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