第2話『社長30階 殺し屋1階 警察・ヘリ到着まで30分』
社長に連絡を入れる。
社長には何かあった時にすぐ連絡が入れられるようインカムが渡されていた。今もくるくると回る社長の耳にはインカムがつけられている。
社長は俺の呼び出しに気付くと、ピタッと止める。ハンカチで汗をぬぐいながら呼び出しに応じた。
「どうしたんだい。僕がいないと会社回らないから来てほしいとかそういう連絡かい?」
「いいえ、違います」
「なんだ違うのか……」
がっくり肩を落とす様子が監視カメラに映る。
「ですが緊急事態です。慌てず心を静めてよく聞いてください」
「いいとも。僕は凪のような何事にも動じない心の持ち主だからね」
胸に手を当て、フフフと笑みを浮かべる。きっとこの人の中では緊急事態に助けを求められたヒーローのような立ち位置なのだろう。
「それは安心しました」
心にもないことを置いて続ける。
「社長の命を狙う殺し屋が新社屋に侵入しました。俺の指示に従い、速やかに避難を初めてください。いいですね?」
数秒の沈黙が流れる。社長の手からハンカチが落ちた。
「――うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
先ほどまでの余裕磔磔な態度はどこへやらエレベーターへ向けて必死な形相で逃げ出した。
新社屋の構造はシンプルなもので、中央のエレベーターホール、それを囲むようにオフィスがあり、東西それぞれに非常階段がある。その構造は三十階全てに共通している。
つまりエレベーター、東西の非常階段、三つのうちいずれかから逃げるしかない。だが、殺し屋側も同じ条件である。三つのうちいずれかから逃げる社長を追い詰めなければならない。
一点、こちらに不利な条件があるとするならば、稼働しているエレベーターは一つしかない。他は全て点検中となっている。
社長はエレベーターのボタンを押して、まだかまだかとエレベーターを待つ。
殺し屋も同じ状況でエレベーターを待っていた。
先にエレベーターを要請した殺し屋の方が優先されたらしく、エレベーターは下っていく。
「社長! 落ち着いてください!」
「お、お、落ち着いていられるかね君ぃ! 僕は命を狙われているんだぞ!」
「ですから! 俺の指示に従ってください!」
「指示に従うまでもないだろう! エレベーターで一階まで降りる! それが最速だよ!」
「社長! そのエレベーターには殺し屋が乗り込んでいます!」
あれだけ騒ぎ立てていた社長は「え」で止まった。
凪どころか大しけな心境の社長に伝わるようにゆっくりと伝える。
「エレベーターは一本しか開通しておらず、先に殺し屋のもとにエレベーターが到着します。そのままここで待っていては出くわすだけです。今は非常階段で逃げましょう」
「で、でも、非常階段で追いかけてくるかもしれないじゃないか」
「安心してください。俺は全ての監視カメラの映像を見れます。社長と殺し屋が今どこで何をしているのか全て手に取るようにわかります。だから俺の指示に従っていれば逃げられます。いいですか、俺の指示に従ってください」
「う、うん、わかったよ。君の指示に従う……」
「お分かりいただけたようで幸いです。では指示を出します。社長から右手に見える非常階段で下ってください。できる限り急ぎつつ、けれど階段で転ばないように気を付けてください」
社長は俺の指示に従い、小走りで階段に向かう。
ようやく俺の指示に従ってくれた社長に安堵していると社長から「そういえば君のことはなんて呼べばいいんだい?」と訊かれる。
「今はオペレーターとでも呼んでください」
殺し屋が映るモニターに目を遣ると、エレベーターが到着したようだった。
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