第53話 冷静に考えると、セオフロストに溺愛されています

 なんで『せいじょとあいのほん』を読んだときのわたしの寝相が、その場にいなかったセオフロストにばれてるの!

 自分が今いるのが王宮であることも、淑女教育も忘れて大声を出してしまったわたしに。

 

「淑女らしいオーレヴィアもいいけど、大声を出すほうがのびのびしてて好きだよ、オーレヴィア」


 セオフロストは上機嫌。

 

「質問に答えてください!」

「前のお茶会は、オーレヴィアの屋敷で開いたよね。その時に、アンナから聞いたよ」


(そういえば、やけに私の屋敷にセオフロストが来るから、【ほめらぶ】とは真逆だなぁって思ってた!)


 意外な情報元が分かったので。

 

「セオフロストは、アンナのこと……どう思ってますか?」


 アンナは【ほめらぶ】のヒロインだ。

 アンナの命の危機をわたしが未然に防いだから、聖女に目覚めてこそいないものの。

 アンナは乙女ゲームのヒロインに選ばれたのも納得の、明るくて元気でかわいい、誰にも好かれる女の子だ。

 セオフロストとアンナの接触が分かった以上――ゲームっぽくいうと、アンナがセオフロストを攻略するフラグが立っていてもおかしくは、ない。


(もしかしたら、セオフロストがアンナに対して、真実の愛に目覚めていたら……いかに、場を荒立てずに婚約解消してもらうか、考えておかないと)


 そう思ったとき、なぜかわたしの胸の奥がチクリと痛んだ。

 

「いい侍女だね。僕のものを僕の部屋に運ぶ所作もしっかりしているから、王宮でもきちんと働けると思うよ」


 胸の痛みに戸惑うわたしに気づかないまま、セオフロストはにこにこ笑っている。


「僕の部屋って……ヴィラン家の屋敷ですよ?」


 そう。

 来るたびに高級なプレゼントと私物(もちろん王子様の持ち物なので、国宝レベルがごろごろ!)をセオフロストは置いていく。

 というわけで、ヴィラン家の都の屋敷には、セオフロストの部屋ができている。

 日常に降り積もるセオフロストの存在感に、セオフロストがいなかった頃の生活を忘れそうになって、毎日わたしはなんとも言えない気分になる。


「王宮より安心できるよ? オーレヴィアのおうち」

「あははは……それはそれとして、アンナを引き抜きたいの? セオフロスト」

「いいや? オーレヴィアが王宮に来たときに、オーレヴィアが連れてきた侍女やメイドが未熟って理由で追い返されることはなさそうで安心しただけだよ?」

「そうだったの……」


(よかった、婚約解消のことは考えなくてよさそう……よかった?)

 

 セオフロストの答えにほっとした自分に気づいて。


(いやいやいや! 中身はOLだよ? 推しとはいっても13歳の男の子にそういう事を考えるのは、社会人としてはアウトなのでは?!)

 

 でもあの甘い声にときめくのは人間として自然すぎるでしょ! いやいや、オーレヴィアちゃんが同い年だから許されているだけで、精神年齢差的にはロリコンの性別逆転版で、大人としてダメなのでは? などなど、わたしが百面相をしていると。


「オーレヴィア、今日は元気だね。誕生日パーティーからずっと、淑女らしく上品なオーレヴィアばっかりだったから、嬉しいな」

「そうですっけ?」

「うん。なにかオーレヴィアを怒らせたかもしれない、って思って不安だったからね?」

「あははは……わたし、怒ってませんよ?」


 わたしは、笑ってごまかした。

 ゲームでどのようにしてセオフロストが呪われてしまうのか、せいじょとあいのほんで読んでしまってから、セオフロストとどう接したらいいか、よく分からなくなっていた。


(だから、淑女のマナーに従って業務としてお茶会をこなしてたんだけど……ばれてたなぁ)


「わかってるよ。今日も僕が贈った髪飾り、付けてくれてるんだね」

「髪飾りどころか、ドレスや靴までプレゼントされて一式コーディネートできてしまうようになってますよ?」

 

 最近のわたしは、セオフロストからプレゼントされたドレスばかり着るようになっている。

 一回着たドレスは二度そでを通せば、ヴィラン公爵家は貧乏であると公言するようなものだからダメです! とのメイド長のお達しで自前で別のドレスを着たこともあるけど、「なんで僕がプレゼントしたのじゃないの?」とセオフロストにしょげられたので、セオフロストからもらったドレスだけは何度も着ているぐらいだ。

 そんなわけで、セオフロストからもらったドレスたちに対しては、妙な愛着まで湧いてきた。

 

(クリストさんが頑張って財政再建をしているとはいえ、オーレヴィアのお父さんとカーミラが作った借金が残ってるらしいから、ドレスをもらえるのは純粋に助かるからなぁ)


 きっと、胸の苦しさも、セオフロストからドレスをもらえなくなるのが嫌な物欲のせいだ、とわたしが自分に言い聞かせていると。


「セオフロスト様! ごきげんよう!」


 わたしたちのテーブルの横に、音もなくベラドンナが立っていた。


(み、未来の事件の犯人と被害者が顔を合わせてしまった……!)


 どうしよう、とわたしがセオフロストとベラドンナの顔を交互に見ていると、セオフロストが明らかに嫌な顔をした。


「ベラドンナ、呼んでいないのに王宮に来ないでほしいな」

「あら、王宮には呼んでいただけておりますの。親切にも、二の妃様からお呼びいただけまして。二の妃様にうかがう途中に、セオフロスト殿下をお見かけしたので、あたくしはご挨拶をしに来ただけですわ」

 

 いんぎんれいにカーテシーをするベラドンナの横で、一瞬強い光が放たれた。

 

(じいやさんが使ってた転移魔法みたいだなぁ……)


 と、わたしが光を見ていると。

 

「ベラドンナ、いらっしゃい」

 

「二の妃様! 魔法まで使って迎えに来てくださるなんて、感激です!」

 

 美しいけれど、うつろな瞳の女性が、光の中から現われた。

 

(これ、カーミラと同じだ)

 

 わたしは直感した。

 何かに生気を抜き取られたきり、指示に従って動くしかない操り人形に作り替えられたかのような、瞳。

 

「セオフロスト殿下、お邪魔しました。ベラドンナ、お茶にしましょう」


 二の妃はベラドンナを伴って、わたしたちから離れていった。


(げ、ゲームに出てこない人だ、二の妃さん……)

 

「二の妃様って……初めてお会いしたのですけど、どんな方なのでしょう?」


 二人が見えなくなってからセオフロストに確認すると、セオフロストは大きなため息。

 

「父上が、僕以外に子供がいないのはいざという時の不安がある、ということで王宮中の女性と……恋愛して、子供が生まれた唯一の女性らしい。元々は男爵令嬢のメイドだった、って聞いてる」

「じゃあ弟か妹がいるの?」


 セオフロストは、悲しそうに目を伏せた。

 

「ちっちゃい頃に死んでしまって、それから二の妃様は悲しみのあまり、ずっと引きこもってしまったらしいよ。最近は、ベラドンナを話し相手にしてるから、少しは元気になったんじゃないかな? 母上が僕の教育に悪いからって、二の妃様のことは全く教えてくれないから、僕もこれ以上のことは知らないんだ」

「そうですか」


 明らかにベラドンナに操られてるよ二の妃様! とか、国王陛下なにやってるんですか! とか突っ込みたいところはたくさんあるが、わたしは紅茶と一緒にすべてを飲み込んだ。

 わたしの機嫌の急降下を察知したらしく、セオフロストは慌てた表情に。

 

「オーレヴィア、僕はオーレヴィアだけを愛するからね! 父上みたいな事なんてしないで、ずっとオーレヴィアと一緒にいるから!」


(つまりそれって……絶対子供産まなきゃいけないってことじゃない! 結婚したら子供を授かったらいいな、とは思ってたけど……国のために王子を産まなきゃいけないとか、一周回って、保護されて繁殖を促されてる野生動物扱いなんじゃないの、これ?!)

 

 国家の存亡のために身体を酷使するのは、騎士だけではないらしい。はやく民主主義中央集権国家になって! セイント王国!

 純愛だけど、逆に、つらい!

 

「……世継ぎの確保のために側室を持つことは、わたし、否定しませんよ?」

「他の女と一緒にいて、ってこと、オーレヴィアに言われたくない。そんなもしもの話しよりさ、明日はデビュタントだよ。やっと、正式な婚約者になれるね、僕たち」


 浮かれるセオフロストに対して。


「どうしたのオーレヴィア? 顔色が悪いよ?」


(呪い対策……なにもできないままに……【ほめらぶ】でセオフロストが呪われる日を迎えてしまった……!)


 わたしの顔からは、血の気が引いていった。


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