第50話 ベラドンナの不穏な情報がどんどん集まってきます
私の屋敷に押しかけてきたソルラヤンを論破したら、なぜかわたしは今、ソルラヤンに熱視線を向けられている。
どうしてこうなったんだろう?
(ソルラヤン、セオフロストの側近だから、わたしのことを恋愛的な意味で好きになったわけじゃないはず、だよね?)
「あら、一緒に王国を支えましょうね」
恋愛的な意味でないなら、臣下としての忠誠心をセオフロストの未来の奥さんになる予定のわたしに認めてほしいのだろう。
と、わたしはおもったのだけれど。
「そうじゃないんですよ……」
ソルラヤンはとんでもなくすっぱい梅干しを食べたときのような顔をしていた。
「お茶にレモンを入れすぎたの? すぐにカップを取り替えさせるわ!」
「お茶は美味しいし、レモンも入れていません。お気遣いなく。オーレヴィア様がこの調子では、セオフロスト殿下の苦労もよく分かる……」
わたしの気遣いに、ソルラヤンは頭を抱えた。
両手をつむじのあたりにおいて、物理的に頭を抱えている。
「頭痛いの? お医者様を呼びましょうか?」
「この頭痛は医者では治らないですね……人間関係のたとえなので……」
「そう……」
セオフロストの結婚は、ソルラヤンにとっても大事なのだろう。
(セオフロストはわたしのことが好きみたいだけど、セオフロストのことが好きな令嬢に対して、ソルラヤンはどう思ってるのかな?)
セオフロストが王太子であることだけに注目し、王太子妃になって権力をむさぼるために贈り物にとんでもないものを混ぜる令嬢たちはソルラヤンにとっても論外だろうけど。
と、考えていると、わたし以外にひとりだけ、贈り物に何も混ぜていない令嬢がいるのを思いだした。
「ところで、ソルラヤンはベラドンナについてどう思ってる?」
ベラドンナの名前を口にした瞬間。
ソルラヤンの表情が、真剣になった。
「セオフロストからどうやって引き離すか、考えていますね」
「宰相の娘でしょ? 王太子の結婚相手候補として、不足はないと思うけど」
「ベラドンナという名前は、貴族名簿にはない」
「え?」
「セオフロストの誕生日パーティーの日、彼女は突然現われて、宰相の娘として振る舞い始めた。不自然極まりないが、それを不思議に思っている貴族はほとんどいない」
ソルラヤンは真剣を通り越して、怒っているかのような鋭い視線をわたしに向ける。
「セオフロストの誕生日に、宰相家に魔人が侵入した形跡があった。だから、ベラドンナは魔人の関係者で、貴族全体に彼女を宰相の娘だと思わせる魔法がかかっている事が確認されている!」
(つまり、あの肖像画にベラドンナの姿がなかったのは、わたしの目がおかしかったわけじゃなかったんだ……)
衝撃の事実に、わたしが言葉を失っていると。
「――ダメだ、こう話すだけでも認識阻害の魔法のせいで分かってもらえていない」
ソルラヤンは、諦めた様子で、笑顔を顔に貼り付けた。
「申し訳ない、取り乱しました。オーレヴィア様、おれがなにを言っていたのか分からなくなったので、よければ教えてもらえますか?」
(ソルラヤン……苦労してるんだなぁ)
自分の言葉が通じないのは、本当に苦しいことだ。
だから。
「ソルラヤン様、ベラドンナのお茶会の時、宰相閣下から、家族の肖像画は紹介されましたか?」
「はい」
「あの絵には、誰が描かれていましたか?」
「宰相夫妻だけが描かれていました」
「わたしも。笑顔のベラドンナなんて、あの絵にはいなかった。それに、カーミラの様子も変だった。彼女、ここにいたときは、都に流れていた噂通りの悪女だったから、多分ベラドンナになにかされて、真面目なメイドになったんだと思う。ソルラヤン様がベラドンナのことを魔人の関係者だと考えていること、信じるわ」
ソルラヤンは目を見開き、わたしに向かって深く頭を下げた。
「オーレヴィア様、ありがとうございます。どうか、ベラドンナにはお気をつけを」
そう言って、ソルラヤンは去った。
「オーレヴィア様、どうしましょうこれから」
「予定通り、聖堂で勉強するよ。アンナ、お出かけの準備を手伝ってくれる?」
少し遅くなったが、聖堂に行くと、ちょうど収穫祭が終わったところらしく、人でごった返していた。
「お祭り、逃しちゃったかな?」
「オーレヴィア様、聖堂では聖職者によるありがたいお話があるだけですよ? 庶民の街なら屋台とかたくさんあって、面白いと思いますけど……」
と、アンナと話しながら、いつも通りに図書室へ向かっていると。
さっと、波が引くように目の前の混雑が二つに分かれた。
その向こう側からは。
「オーレヴィア?」
「……セオフロスト王太子殿下。ご機嫌うるわしゅう」
忘れられない声がして、わたしは反射的にスカートをつまみ、淑女としての最敬礼の姿勢を取った。
「オーレヴィア!」
セオフロストは、小走りにわたしに近づいてきた。
「ま、まさかとは思うけど、僕との結婚、やっぱり、嫌? マギクラウドから、よく聖堂に来てるってことは聞いてる。シスターになりたいって、思ってるの?」
(そう思われてもしょうがない対応だったよね、あれは)
不安にふるえるセオフロストの声に、わたしは首を横に振った。
「い、いいえ! 神託がどれほど信頼できるか調べるために、聖女について調べていただけなんです」
「本当のことは言えないよね、のびのび困舎でくらしていたのに都のハードコア教育を受けたらノイローゼになっちゃうよね、気晴らしのために君がヒマな日は会いに行くから聖堂にこもらないで!」
ずいずいと私に近づくセオフロストに。
(けなげだなぁ……)
なんだろう……攻略対象の顔がよすぎて忘れていたけれど、セオフロストも13歳、小学生か中学生ぐらいの男の子だった。
そりゃ、気になる女の子が自分より自分の友達と仲良くしていたらケンカもするだろう。
持ち出したのが凶器の真剣だったのは、よくないけど。
「わかりました、わかりましたって!」
「オーレヴィア、僕とずっと一緒にいて!」
もはや必死なセオフロストに、わたしの中から、むくむくと疑問が湧き上がってきた。
「ところでセオフロスト、なんでわたしのこと、好きなんですか?」
「混ぜ物をしてないクッキーをくれることと、真面目に国のことを考えていること」
セオフロストは、本気でそう言っていた。
「何ですかそれ! あっはははははは! 普通、明るくて優しい人、とかでしょ!」
へんてこりんすぎる答えだ。
結婚相手というより、臣下としての好感度ポイントのような気がする。
外ではおしとやかに、という淑女教育を忘れて、わたしが笑ってしまっていると。
「オーレヴィアは、明るくて優しいよ?」
(彼氏いない歴イコール人生のオタクだよ! 中身! どこが明るくて優しいんだろう?)
と、わたしが首をかしげていると。
セオフロストが、すっとわたしの耳に顔を近づけて。
「それに、かわいい」
(っ……!)
セオフロストの甘い声が、私の
どきどきと鼓動がうるさくなり、鏡がないから、わたしの顔がどうなっているかは分からないけど――顔が、熱くて仕方ない。
こうやって、わたしの13歳時代の大イベントたちは終わり。
妃教育とセオフロストとのお茶会の毎日を過ごしているうちに秋が過ぎ冬となり、いつしか春の花も散って──わたしは、デビュタントを迎える14歳になり。
「オーレヴィア、お誕生日おめでとう!」
「ありがとう、セオフロスト」
誕生日を、わたしの屋敷で、セオフロストに祝われていた。
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