第49話 お茶会去ってまたお茶会
宰相閣下は家族の肖像画といったのに、そこにはベラドンナの姿はない。
(どういうことなの?)
わたしが戸惑っていると。
「奥様、ご主人様、お茶をいれてまいりました」
うつろな瞳のカーミラが、メイド服に身を包んで、お茶やお菓子がのったカートを押して奥から出てきた。
「ありがとうカーミラ、会場の空のお皿は下げておいて」
「はい」
カーミラは、宰相の奥様の命令にしずしずと従い、大人しく空になった皿を下げている。
(え、あれ、本当に同一人物?!)
我こそはヴィラン家の女主人! と高飛車だった、あのカーミラが?!
「奥様、あのメイドは……いえ、カーミラは、なにか奥様に、迷惑をかけていないでしょうか……?」
「いいえ。最初は私もカーミラの悪い噂を聞いていたから心配だったけど、真面目に仕えてくれているわ」
「そうでしたか。我が家の女主人になろうと調子に乗っていた頃とは全く様子が違っています。本当に同じ人間とは、信じられなくて。なにか奥様から特別な指導をなさったなら、勉強したいくらいです」
「私はなにもしてないわ。門の前で騒いでいるのをベラドンナが見つけて、かわいそうだから宿を貸してあげましょうって。カーミラがちゃんと仕事をしているから、ベラドンナになにかしたのか聞いたけれど、なにもしてないって。あなたに追い出されて、心の底から反省したのでしょう」
と、奥様は言うが。
カーミラの目は、単純に反省したというより、何かに生気を抜き取られきり、指示に従って動くしかない操り人形に作り替えられたかのように、わたしには思えたのだった。
(絶対、ベラドンナが何かしてるよ! カーミラと話、できないかな……)
と、わたしはカーミラをお茶の残りの時間の間、ずっとカーミラを追いかけたが、カーミラは真面目に仕事をしていて、全く話せないまま、お茶会は終わってしまった。
次の日。
わたしがよそいきの準備をしていると、アンナがわたしの部屋に駆け込んできた。
「オーレヴィア様! ソルラヤン様の馬車が来ております! オーレヴィア様と約束があるそうです!」
「わたし、これから聖堂に行く予定なのですけど……」
今日は休みの日だ。
いつも通りの行動をわたしがしているのは、アンナにも分かったらしく。
「お妃様になるための勉強がお休みだから、オーレヴィア様は聖堂に向かう予定だ、とお伝えはしたのですが……ソルラヤン様いわく、オーレヴィア様に招待された、と」
「……そういうことなら、お茶の用意を」
(いつでもいらしてくださいね、に本当にアポなしで来ちゃったの? そういう社交辞令とか詳しそうな、ソルラヤンが?!)
わたしの家に、攻略対象が襲来しました。
「マイスさんはお暇なのですか?」
お茶会の開始と同時に、わたしは思わず言ってしまった。
「美しいオーレヴィア様にお会いすること以上に優先することなどありません」
「まぁなんてさわやかな笑顔。婚約者がいる令嬢にそんな顔をして、婚約者に誤解されても知りませんよ」
「わたしは自分のすべきことをする人が好きです。まあ、ヴィラン家の内情を探ることがソルラヤン様のやるべき事、とおっしゃるとしても――チャラチャラ女の子を口説いてるサボりヒマ人にしか見えません。今のソルラヤン様は」
そう。
ソルラヤンがチャラ男なのは、貴族教育のストレス発散のため、女遊びをしているから。
マイス家は義賊を先祖に持つ公爵家。現在は、セイント王国の暗部としての役割を担っており、その次期当主となれば、並みの貴族以上の知識と教養、そして特殊な訓練を全て身につける必要がある。
(がんばれてしまうハイスペでもあるのよね、ソルラヤン)
チャラ男の外見に反して、実は人一倍の努力家なのがソルラヤンだ。
だから、【ほめらぶ】頑張って学園についていこうとする平凡なヒロインを応援したくなって、ソルラヤンはヒロインと恋に落ちるのだ。
あと、ソルラヤンがヒロインを好きになった理由として、ソルラヤンは暗部の家で生まれ育ったという関係上、
(女の子と軽々しく付き合っては捨てるのも、女の子を……言い方は悪いけど「傷もの」にして女の子の実家に嫌がらせをする、という彼なりの貴族社会への復讐なのよね、うまくいっていないけど)
侯爵以上の子供は、極端な例だと生まれた直後に婚約者が決まる。そこまで極端ではなくても、結婚できる年齢になった事を示すデビュタントの前には、有力貴族同士の子供の縁談はまとまっている。
だからソルラヤンが侯爵令嬢以上を口説こうとすると、【ほめらぶ】では、必ず彼女の婚約者に阻止されていた。
「ついでに言わせてもらいますと。あなたになびく女の子は、伯爵家や子爵家、男爵家の令嬢が玉の
「そんなことは」
ない、とソルラヤンは言いたそうにしているが。
「家庭教師から聞かなかったんですか? というか、家庭教師の授業を抜け出して公爵令嬢のところに遊びに行った、ってばれたら。さすがにソルラヤン様の親も、ソルラヤン様を怒るのでは?」
ソルラヤンは、女遊びを「下級貴族の実態を暗部として探る」というお題目で、貴族教育から逃げている。
なんせこんなことを知ってるかって?
ヒロインのけなげさでソルラヤンが心を入れ替えて猛勉強して、平均ちょっと下の成績から学年一位になるんですよ、ソルラヤンルートでは!
ソルラヤンが真面目に勉強をするきっかけが。
ワル自慢をソルラヤンはヒロインにするのだが、その中には「勉強をサボって女遊びをした」というのがあり、ヒロインはそれを聞いて「そういうのよくないので、しばらくソルラヤン様とは話しません」とマジレスするのだ。
つまりは、ゲーム知識だ。しばらく役に立たなかったけど見直したぜ、
「そん、な……」
図星だったらしく、ソルラヤンは真っ青になっている。
「お話がわたしを口説くことだけなら、そろそろおしまいにしていい? わたし、今日は休みだけど、やることがあるの」
「聖堂じゃなくても、おれでもオーレヴィア様の悩みは聞けますよ!」
「ざんねん。わたし、悩みを告解してるんじゃなくて、聖女として何が出来るのかを過去の聖女の伝記から学ぶために、聖堂に通っているの。――魔王が出現したと証言する魔人を、この目で見てしまいましたもの」
「イナカ村での魔人出現を?」
「よく調べていらっしゃるのね。さすがは義賊。それなのに、どうして聖堂でわたしが何をしているかを知らなかったの?」
「あきらめていました」
ソルラヤンの声は、軽く高いものから、低く、落ち着いたものに変わっていた。
「……聖堂には、歴代聖女によって、聖堂の内部で行われた祈りの内容を第三者が明かすことが出来ないような結界が張られている。それに、聖職者は祈りについて口外しないという誓いを立てていて、何をやっても聖堂の中で邪悪以外のことをしている限りは、何も情報が出てこない」
「あら、何をやっても?」
ソルラヤンは、気まずそうに目を伏せる。
「……ありとあらゆる方法で責め立て、それでも口を割らなかったので、最終手段として義賊のスキルで口外させようとしたら、天から白い光が降りてきて、聖職者は体ごと天に召されてしまった、とマイス家の古文書にある」
(こ、怖っ! 暗部怖っ!)
「ま、まあ、わたしは王国のために聖女としての力を生かすために聖堂で調べ物をしているだけなの。マギクラウド様とも聖堂でよく会うから、マグクラウド様にも証言していただけます」
「それなら証明できるな」
(マギクラウドが聖堂に行ってることも調べてるんだ……)
貴族全部のストーカーか。ソルラヤンは。
「だから、やましいことも、わざわざあなたに話したい悩みもないの。今日は、あと一杯お茶を飲んだら聖堂へ行くわ」
「つれないですね。だがそれがいい」
ソルラヤンの瞳は。
「オーレヴィア様、いつか貴女に認められる男になります」
気づけば、ゲーム中で、ヒロインを見つめるスチルのような、ギラギラした光に満ちていた。
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