第48話 攻略対象に、王太子をどう思うのか深掘りされています

 わたしがあたりを見回すと。

 

 侯爵令嬢が、自分より格上の公爵令嬢に挑んでいるのだ。

 とはいえ、侯爵令嬢のベラドンナは行政の最高位の宰相の娘で、公爵令嬢のわたしは行政職としては宰相より一段格下の騎士団長の妹で。

 つまり、わたしたち個人の実質的な政治的影響力は同じなので。


(どちらが勝つのか興味津々で見るよね……)


 動物園のパンダになった気分だ。


「ベラドンナ嬢、ここはおれに任せてください。おれとオーレヴィア様の長話に付き合わせてしまったから、喉もかわいたでしょう。向こうのテーブルに、ちょうどベラドンナ嬢のお好きな飲み物が補充されたようですし」

 

 マイスはさりげなくベラドンナの腰に手を回し、耳元でささやく。

 

「このパーティーが終わったら、いつもの二人だけの場所で、ね?」

「ええ、マイス様!」


 ベラドンナの瞳はあっという間にマイスだけを見つめ、すっかりオーレヴィアのことなど忘れたかのようだった。

 

(うわー……女慣れしてる……しかもわたしとベラドンナの対決じゃなくて、自分とわたしの長話にすることでうやむやにしてる……)

 

 ベラドンナが去って行ったあと。

 ソルラヤンもベラドンナと一緒に行くのかと思ったら、まだわたしの隣にいた。

 

「ところでオーレヴィア様、正直なところ、セオフロスト殿下とレインナイツ、どちらに心ときめきますか?」

「なにをおっしゃっているのか、よくわかりませんわ。二人は比べようのない存在だと先ほど申し上げましたわ」


(うーん、一難去ってまた一難)


 話しているうちに思い出したのだが。

 誕生日パーティーでセオフロストに魔人の痕跡がある、と報告していたのソルラヤンだった!


(これ、もしかしてマギクラウドと同じく、わたしがセオフロストをもてあそんでいると思い込んでるタイプ?!)


 わたしとしては、セオフロストに好かれようと意識したことはほぼない。

 ゲームに登場しない人間だと思っていたときに、結婚しようかなと思ったことはあるけれど、それは破滅したくなかったからだ。


「殿下がオーレヴィア様を愛していらっしゃるのは周知の事実ですが、オーレヴィア様が殿下をどう思っていらっしゃるのかは、いろいろな噂がありまして。直接ご本人に聞くのが一番確実かと」


 と、ソルラヤンは笑顔でわたしに圧をかけてくるが。


(もてあそぶもなにも、なんで好かれているのか分からない……)

 

「貴族は親が決めた政略結婚をする方がほとんどの中、殿下が私のことを選んでくださっているだけで幸せですわ。わたしの結婚は、王国を盛り立てるための手段に過ぎませんので」


 わたしの口から出てきたのは、貴族教育の模範解答みたいなつまらない答えだけだった。


(婚約なのか、セオフロストに嫌われることなのか、どちらが死亡フラグになるのかがわからないから、うかつなことは言えないのよね)


 ただ一つ、間違いないのは、セオフロストが呪われることが死亡フラグに関わっているということだ。

 ゲーム内の情報では、「デビュタントの前に呪われた」とあるだけで、具体的な時期が分からない。

 わたしが聖女になったから、すぐに解呪できるのは――できるのだが。


(クリストさんやスノウネージュ情報だと、まだ金髪のままらしいのよね。というか、呪いをきっかけに誰も信じられなくなってしまうって……呪われた時、かなりトラウマになることがあったみたいだから、呪いの予防、やっときたいんだよね)


 今こそセオフロストの婚約者ということになっているが、中身は日本のOLだ。

 自分の破滅の回避を抜いて考えると、セオフロストは守るべき弟で推しだ。

 え、息子じゃないかって?

 二十ウン歳と13歳は、ま、まだ年の離れた弟の範囲……だと、信じたい。

 セイント王国だと親子として成立するのは、異世界の闇ということにしておきたい。

 

「頑張っていらっしゃるのですね」

「それほどでも」

「ごけんそんを。王国を支える王妃となるため、努力する中で苦労もあるのでは?」


(なんだか深掘りされるの、疲れてきちゃった)


 ソルラヤンの慇懃無礼いんぎんぶれいな態度に付き合わされているのだ。

 ちょっと、ゲーム知識でやり返そう。


「それはソルラヤンさんも同じでしょう、

 

 わたしの言葉に、ソルラヤンは一瞬真顔になった。

 そりゃそうだろう。ソルラヤンがセイント王国国内の反乱分子を探すスパイの元締めとして使う合い言葉を言ったのだから。


 これは、ソルラヤンルートの終盤、クライマックス直前で、最愛の人に秘密を明かすという形で初めて出てくる、秘密の言葉なので。

 つまりこのゲーム知識は――普通の公爵令嬢なら知らないはずなのだ。

 動揺したのも一瞬、ソルラヤンはすぐに甘い笑顔を顔に貼り付けなおした。

 

「よくご存じで。国に尽くすのはなかなか大変で。吐き出したいこともたくさんあります。ですが、ここは人が多すぎる――二人きりのお茶会で、色々とお話ししたいです」

「あら、それは大変。いつでもいらしてくださいね」


 と、わたしはあくまでも社交辞令としてそう言った。

 

「では、また明日」


 爽やかな笑顔で、ソルラヤンは去っていった。



「え?」


(さすがに、冗談だよね?)


 わたしから離れた後、ソルラヤンはベラドンナと仲よさそうに話していた。

 パリピ恐るべし。

 というか、ソルラヤンがいなくなってわたし、パーティーでぼっちなんですけど!


 でも、おしゃべりの間にお菓子は食べ切ってしまった。


(追加を取りに行くから1人なだけ!)


 と、ぼっちではないと自分に言い聞かせながら、スイーツが並べられたテーブルに近づくと。


「オーレヴィア様、私どものお茶会は、楽しんでいただけているでしょうか?」

「あ……宰相閣下に、宰相夫人!」


 ベラドンナの父親と母親がわたしに話しかけてきたので、わたしはスカートをつまんで、優雅に礼をした。


「かしこまらないでちょうだいな。気楽なお茶会、というしつらえなのですから。私も助言しましたの、ベラドンナのために」

「宰相夫人とベラドンナの仲がよろしいようで、喜ばしいことです。家族仲がいいのは、よいことですから」


 と、わたしが夫人に対し、あたりさわりなさそうな事をいっていると、宰相が「そうだろうそうだろう」と会話に入ってきた。


「家族で、色々と記念の品なども残していてね。ほら、この家族全員の肖像画、愛らしく笑うベラドンナがかわいいだろう?」


 宰相は、壁にかかっている肖像画を指さした。

 それを見て、わたしは驚きで顔色が変わりそうになるのを、必死でおさえた。


「え、え――」


 宰相が指さした肖像画には。

 貴族らしく優雅に微笑むが描かれていた。

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