第45話 悪役令嬢の取り巻きも、ワガママお嬢様のようです

 へ、変なところで待たされることになった……。

 手を洗いたくないというベラドンナのわがままに、礼拝堂のシスターさんも困り顔だ。


「女神様がお決めになった礼拝の手順に、礼拝堂で必ず手を洗うこととありますので、少し手を浸けるだけでいいのです」

「礼拝中、濡れた手のままだと風邪を引いてしまいそうです」

「こちらに手を拭く布がございます」


 悪役令嬢のオーレヴィアが懐かしくなるわがままだ。


「はぁ……」

 

 と、生暖かい視線で、ベラドンナがいやいや聖水に指を浸ける様子を見ていると。


(あれ?)

 

 一瞬、ベラドンナの指先が、青紫に変色した。

 しもやけの色ではなく、【ほめらぶ】のケミカルな青ざめた色に見えた。

 

「奥でお休みになりますか?」

「いえ、気枯けがれた姿を女神様にこれ以上おみせできません。家に帰ります」


 そう言い捨てて、礼拝が始まってもいないのに、ベラドンナは礼拝堂から出て行ってしまった。

 

 このわがままさに派手なドレス、まさにゲームのオーレヴィアの取り巻きだなぁ……と思いながら、わたしも聖水が入った盤に手を浸す。

 夏にちょうどいい、ひんやり気持ちいい水だった。


 礼拝は司祭の方によるいい話だったので、睡魔と戦っていた以外の記憶がないが。

 

「本当にたんこぶが治っている……人間の傷を癒やし、魔人のごまかしをはぎ取るという礼拝の言い伝えの半分は、実証されたようだ」


 というマギクラウドの声で。わたしは礼拝が終わったことを知った。

 

「よかったね、マギクラウド。ベラドンナの気分が最後までよくならなかったのは心配だけど」


 図書室に戻る間、マギクラウドと話していると。

 マギクラウドが、変な顔をした。

 

「ベラドンナか。妙な噂ばかりある女だ」

「セオフロストが大好きってこと以外にも?」

「ベラドンナという令嬢は、ある日突然話題にのぼりはじめた。候爵の娘ともなれば、生まれた時から婚約者が決まっている方が普通なのに、ベラドンナにはいない。おかしなことだとは思わないかい、オーレヴィア?」

「でも王家やヴィラン家に、小さい頃からの婚約者はいないよ? マギクラウドもそうでしょ?」

 

 クリストさんだって自由恋愛で結婚している。

 【ほめらぶ】でも、略奪愛になるのはセオフロストルートだけだから、生まれた徳から婚約者がいる方が普通、という貴族価値観は、少なくともセイント王国に来てからは初耳だ。

 

「それは、勇者パーティーに先祖を持つ貴族家は、基本的に誰と結婚しても揺らがないほど力が強い。王家以外で騎士団のような実力組織を持っているのは、聖女のヴィラン家、我らがウィズ家魔術士団、義賊のマイス家ちょうほう集団だけだぞ? 貴族社会の全てを知っているマイス家ちょうほう集団のスパイたちは王家のスパイの実力だともっぱらの噂だ。ウィズ家は……ここ10年、王国魔術士団に負け続けだが、他の貴族家のお抱え魔術師なんかよりも、強い。だから、そんな家の者にとって、結婚は同盟になる」

「だったら、それこそ早く結婚相手を決めそうな気がするんだけど」

「だから、王家とこの三家は、結婚を単なる結婚だ、とわざわざ示す必要があるんだ。王家と勇者パーティーの子は、デビュタント後に自分の意思で結婚相手を見つけること、もしそれが王家や同じ勇者パーティーの家でも、二人の結婚は家の同盟ではなく、個人一代きりの友好、という規定が設けられている」

「や、ややこしい……」

「まったくな。結婚相手探しの時間を研究に費やしたいから、父上に相手を決めてほしかったのに!」


 と、マギクラウドは言うけれど。


(そうは思えないんだよなぁ)

 

「でも、それだったら研究なんてしないでわたしをずっと見て! みたいな女性と結婚することになるかもしれないよ? 手間はかかるけど、一緒に研究をしたいと思える研究者の女性を選ぶ方が、決められた結婚相手と義務的に結婚するより、研究が進みそうでいいんじゃない?」

「たしかに」


 ゲームの通り、研究のため、と言えばマギクラウドは素直に納得した。

 

(マギクラウドがゲーム通りの性格すぎて、どうしてセオフロストがヤンデレてるのか、謎が深まってるんだけど!)


 マギクラウドルートに進むには、マギクラウドと一緒に研究をする実力がなければならない。

 ゲームシステムの話をすると、錬金術のステータスをカンストさせないと攻略できないのだ。

 アンナが錬金術をやりたいって言ったら、全力で支援しよう。

 と、わたしが考えていたら。

 

「それなら、オーレヴィアを選べたらよかったのかもしれないな」

「何か言った?」

「なんでもない」


 それから、いつも通り調べ物や議論をして家に帰ると。


「オーレヴィア様……」


 げっそりした顔の、アンナが真っ白の上等な封筒を手にしていた。

 

「どうしたの? アンナ、浮かない顔ね?」

「カーミラが逃げ込んだ宰相の家から、娘さんのベラドンナがお茶会を開くから、オーレヴィア様にもいらしてほしい、って招待状が……」


 どうも、わたしを新展開が待ち受けているらしい。

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