第43話 マギクラウドに色々教えてもらいましたが、それはそれとして初対面で説教されるのは嫌です

 わたしが、ずっと気になっていることは。


「異世界から転移してきた初代聖女と、セイント王国を作った勇者について聞きたい」


 女神と会ってから、誰にも言えずにいたことだった。

 わたしの前に、日本からセイント王国のある世界にやってきた日本人、ふたり。

 

「実は――初代聖女の時代には、魔術士はいなかった」

「え?」

「初代聖女は、不思議な言動がある人だったが実力は確かで、人間の軍隊と魔王の軍隊を同時に相手して、自分が最強であることを証明し、魔王と古代王国の間に、自分が生きている限り戦争しないこと、王国の人間と結婚し、ヴィラン公爵家を作る代わりに、魔王国と古代王国の間に自分の土地を認めることを約束させた。これは、第一世代の魔術師が、自分の父親から聞いたこと」

「古代王国って?」

「勇者が魔王によって奪われた初代聖女の領域に、セイント王国を建てる前にあった、南の果てにある王国だ。交流が絶えて、久しいけれども」

「そんな彼女が亡くなり、そして魔族との戦いが再び始まった。そしてセイント王国になる地域も魔王国に取り込まれた。そんな乱世の中で生まれた二代目聖女が、魔王軍を押し返し始めたのと同時期に――ある日突然、魔人のような力を使えるようになる人間が現れ始めた。二代目聖女の時代が第一世代の魔術士の時代だ」

「そうだったんだ……」


 意外だった。

 だいたい、聖なる力と魔力ってファンタジー世界では同時に発生してるのに、セイント王国では発生に時間差がある。

 なにかからくりがありそうだ。

 

「あの、魔力が人間に発生するきっかけって――」

「わからん。さっぱりわからない。聖職者にさえ魔力が発現し、火あぶりにされた。だから、人々は日記を付け始めた。自分が人間として生きてきた証明として。それらの日記を元に、魔術士の歴史書が作られた。自分たちが人間の味方だというあかしとして。そして、聖女の登場によって追いやられた、祈祷によって女神の力を使う神聖術士にならって、魔術士と名乗った。そして、魔術士たちの運動は実を結び、勇者パーティーの一員として、我が先祖が選ばれるほど、魔術士は社会に認められるようになった。これが、三代目聖女の時代で、大体四百年前」

「そして、勇者が現われた、と?」

「そうだ。女神の力により、天から降臨した黒髪黒目の男だったそうだ。その名は、ユウキ・タカムラ。セイント王国の国祖だ。セイントは、タカムラが婿入りした古代王国の王女の姓だ」

 

(日本人っぽいけど、どっちが名前でどっちが名字なの?!)

 

「ん? そうなると、」

「貴族は勇者パーティーと血のつながりがある人々。平民は、古代王国から流刑された犯罪者が先祖にいる。だから貴族は尊くて、平民は卑しい、と教えられた」

 

(なるほど、そういう感じで差別意識が)


 と、わたしが納得していると。

 

「だがな、そうでもないらしい。もともとセイント王国があったのは、初代聖女が治めていたヴィラン公国の跡地。初代聖女のモットーは停戦だったため、魔人と共存する形の人間の集落があったそうだ。イナカ村も、そのはずだ。元は《サンジュウハチドセン》という、初代聖女の造語で停戦境界という意味の村だった。それとか《ヘイワノイエ》とかいう、魔人との停戦が行われていたことを示す地名が山ほどあったが――前の王が、王妃を魔人に殺されたことをきっかけに全て変えてしまって、旧ヴィラン公国の実態は、さっぱりわからなくなってしまった」

「へ、へー」

 

(初代聖女さん、ネーミングセンスがとんでもないよ!)


 わたしがあきれていると。


「また面白い顔をしているな。初代聖女の話をしようか?」

「そ、それよりも、古代王国ってどうなったの?」

「セイント王国を建国してからはしばらく交流があったらしいが、300年前、古代王国につながる道から魔物があふれ出てきて、魔物を撃退した後に道を確認したところ、全て土砂で埋まっていたそうだ。工事をしようとしたが、強力な魔物が住み着いてしまっていたから諦めたらしい。ついでに言うと、古代王国側から道が開通することもなかったから、古代王国は滅びたのだろうと考えられている。これだけしか自分は知らない。他の質問は?」

「この世界の時間の単位って、誰が決めたの?」


 ゲームの世界だから、日本と同じなのだろう、と思っていたが、ここは本物の異世界だ。

 初代聖女か勇者のどちらかが日本と同じ時間にしたのかを知っておくのは、大切な気がした。

 

「勇者だ。勇者は時間と暦だけではなく、文字と長さや重さや分量の単位を新たに定めた。その単位を国民に広く知らしめるために、学習場所を作ったのが王立学園の始まりだ」

「なるほどね」

「ただな、これは勇者の起こした奇跡によって定まったものらしい。勇者が1日が二十四時間だ、といった瞬間に、昼と夜の長さが変わった、と星読みの日記から引用されている。それに、月という、30日前後で切り分ける方法も不思議だ。月の終わりに上る星座があるから切れ目がわかるが、それなら、星と呼んだ方がいい気がする」

「え? 月の満ち欠けを知らないの? 空に浮かんでて、太陽の光を反射して輝く大きな星のこと」


 わたしは、一般常識を言っただけのつもりだった。

 しかし。

 

「ツキ? 空にあるのは、昼間の太陽と、銀砂のような小さな星々だけだぞ? 毎日星読みをしているから、星にも詳しいが、そんな星は見たことがない」


 本気で、マギクラウドは月の存在を知らないようだった。

 言われててみれば、転生してから、夜空を眺めたことがないことに、わたしは気づいた。


(え……だったら、革命エンドの日蝕って、どうやって起きるの!?)

 

「しかし意外だな、セオフロストと仲直りする薬の作り方でも質問してくるかと思ったんだが」

「歴史を学ぼうとする令嬢って、そんなに意外?」

「いや、そうではないが……なんというか、オーレヴィアからは、猟犬に追い立てられる獲物のような焦りを感じる」

「死にたくないっていう点では、同じよ」

「死にたくないという思いに囚われているか。なら、危ないな」

「当たり前のことでしょ?」

「だがこの年で、世をはかなんで死を考えるような人間には思えないんだ。オーレヴィアは。もしや──自分が死ぬ神託でも下りたのか?」


 にやり、とマギクラウドは笑う。


(なんだろう、なんだかむかつく笑い方)

 

「……そうよ。セオフロストと結婚したら、追放されて死ぬって神託が」


 でも、マギクラウドは本当のことを言い当てているので、私はうなずくしかない。

 

「ふぅん」


 マギクラウドは大きく息を吸い込み、演説を始める。

 

「不老不死を求める魔術士は全て失敗したが──最も不老不死に近づいた優秀な魔道士は、魔王に魂を売り、人類の敵となり討伐された。一方で、不老不死を求めた中で最も馬鹿だった魔道士は、医術と魔術を組み合わせ、多くの人々を救って讃えられた。この寓話ぐうわは、錬金術を習う前に、必ず教えられる。なぜだと思うか?」

「……魔王は倒すべきってこと?」


 私の答えに、マギクラウドは大袈裟な身振りで首を振る。

 

「違う。望みを、手段を選ばず叶えようとするなら、絶対に叶わない。望みを叶えたいなら、自分の周りの人の様子を観察しろ、ということだ」

「え?」

「王太子のじいさやんから話を聞いた。あの人、ウィズ家の分家の方でね、たまにしゃべる。イナカ村への魔人襲来を予告し、イナカ村を守る計画の中心になっていたのは、オーレヴィアだと」

「ほとんどクリストさんがやったことよ」

「つまり、神託は『村が燃え、王太子と結婚したなら、お前は追放されて死ぬ』じゃないのか?」

「なんでわかったの?」


 もしかして、心を読む魔法でも使っているの?! と、わたしは思ったが。

 

「イナカ村は、前代ヴィラン家当主から過酷な税を課され、今なお、同じ成立が課されていると、じいやさんが教えてくれた」

「初耳よ、そんなの!」

「平民を本当に大事にしているなら、減税をするはずだ。が、減税を行わずに魔物対策だけだからな。イナカ村を守ったのは、平民を意識した手じゃないのが見え見えだ」


 まさかの、行政実績からの推理だった。

 

「村が燃えていないなら、神託とは前提条件が変わっている。神託はわからんが、錬金術は同じ薬を作るとしても、季節、天気、星々の位置、つまりは自分の現在の全てを加味した上で調合を行う。自分の意見だが、神託は、村が燃える前の条件で調合された薬だ。村が燃えなかった現在に、その調合で薬を作って上手くいく方がおかしい」


 マギクラウドは、不気味ににやりと笑う。

 

「現状を再検討しろ、オーレヴィア」


 その顔に。

 

「なーに初対面で説教ぶちかましてんのよ、腹立つ!!!」


 バシン。


「あ痛ぁ!?」


 わたしは、思いっきり平手打ちをかましたのだった。

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