第42話 聖堂の図書館で、新たな攻略対象に会いました
お手洗いの後。
「シスターさん、図書室って、何があります?」
なんとなく気になったので、シスターさんに図書室について聞いてみた。
「歴代聖女様の伝記がございます。他には、歴史書なども」
歴代聖女の伝記に歴史書?!
【ほめらぶ】で描かれなかったセイント王国について調べるチャンスだ!
「聖堂の図書室って、わたしでも使えますか?」
大学図書館とかみたいに、一般人が使うには特別な登録がいるのかな、と私が思っていると。
「聖女のオーレヴィア様ならいつでも歓迎です。この図書室はヴィラン家のご寄付により、聖女の皆様を讃えるために作られておりますから、家だと思っていくらでもご利用くださいませ」
金の力ー!
わたしが固まっていると。
「でも、オーレヴィア様のお父上からのご寄付はささやかでしたので、司書たちが苦労しております。どうか、お兄様によろしくお伝えください」
ぬ、抜け目ない!
「あははははは……」
わたしは、笑うしかなかった。
なにはともあれ、図書館が使えることがわかったので。
后教育のレッスンがない日は、私は聖堂の図書館で聖女について調べるようになった。
ただ。
歴史書も、聖女の伝記も。
九割が、女神と聖女をたたえるポエムで。
例えば。
聖女の伝記によれば、女神は異世界から聖女を降臨させたほか、セイント王国の女性の献身とまごころに応えて聖女にすることがあった、という記述。
女神、死にかけの魂にしか干渉できないって言ってたよね?
つまり、女の子が死にかけるようなしんどいことがセイント王国にはあった、という表現だよねこれ?
うーんポエムすぎる。
具体的に書いてよ――いや、やっぱりポエムでいいです。異世界だから容赦ないエグい記述の嵐になりそう!
でもそれはそれで、どこがポエムでどこが本当のことかわかるから、心は削れるけど情報は得られる。
動画で見ていたTRPGで。アイデアを成功させると情報が出る代わりに、0になるとゲームオーバーになる数値が減る判定って、こういうことだったんだろう。
そんな日々を過ごしはじめた、ある日。
「面白い顔をしながら本を読むんだな、オーレヴィア・ヴィラン?」
【ほめらぶ】で聞いた、癖のある声がした。
顔を上げると。
金髪で三白眼の少年が――黒と紫の二色の瞳で、わたしを見下ろしていた。
それは、前世で何度も見た。
SNSでジャガイモ警察騒ぎを巻き起こして炎上し、「未プレイ勢が【ほめらぶ】を語るな! 買ってから燃やせ!」という書き込みがきっかけではあったが――なにはともあれ【ほめらぶ】のプレイ人口を増やした、裏の【ほめらぶ】の看板と呼ばれる攻略対象。
マギクラウド・ウィズだった。
(生マギクラウドだ……というか、その前に!)
「ウィズさん! いえウィズ様! あなたが作った魔導オーブン、本当に便利だったわ! ありがとう!」
わたしは、マギクラウドに頭を下げた。
あの魔導オーブンがあったから、レインナイツにブルーベリークッキーを贈ることができ――破滅フラグを折れたのだ。
命の恩人と言っても過言ではない。
そんな私の勢いに。
「そうか……そうか……落ち着いてくれ……あとマギクラウドでいい……魔導オーブンかぁ……」
マギクラウドは、なんだかたそがれ始めた。
遠い目をして、なんだか不本意そうだ。
思い出した。マギクラウドって、錬金術の研究がしたいから魔導オーブンを作ったのであって、あくまでも魔導オーブンは、目的ではなく手段だ。
目的を達成できたかどうか、聞いた方がいいだろう。
「メイドから、調理場で実験をする時間を作るために魔導オーブンを作ったって聞いたわ。実験、はかどるようになった?」
すると。
「あれなのだが」
マギクラウドは複雑な表情を浮かべた。
こころなしか、マギクラウドのたそがれ具合が一段階、闇に近づいた気がする。
「料理長が魔導オーブンによって火加減を完璧に調整できると分かってから、究極の料理を目指すと空いた時間に研究を始めて、結局研究時間が延びるどころか、逆に調理場から、料理の研究の邪魔だと追い出されるようになってしまってな……父にも、錬金術禁止令を破って調理場で錬金術をしていたことがばれて、とんでもなく怒られた」
マギクラウドは怒られたときを思い出したのか、夕焼けが消えた夜空のような青い顔になっていた。
「おつかれさまでした……」
マギクラウド、もうすでにマッドサイエンティストだが、なかなか苦労しているようだ。
そりゃ、親と料理長から開放された学園ではっちゃけて、【ほめらぶ】では理科室を一室占拠して、ポテトサラダだけを食べるトンデモ生活を送るわけだ、この人。
「マ、というわけで実験は諦め、文書の研究に切り替えたところだ」
「このポエムの群れから? 正直、死にかけて聖女になることを知っている身からすると、全てを美しく書き換えすぎていて、美しい言葉の裏になにが隠されているのか、それともただの祈りの言葉なのかわからなくて、諦めかけているんだけど」
わたしのグチに。
「なかなか、よくわかっているではないか」
マギクラウドは、にっちゃあ……と口をゆがめた。
「ここは、王家と聖堂にとって、都合のいい歴史だけを集めた場所」
マギクラウドの顔は、狂気に満ちていて。
単にマギクラウドは笑っているだけで、彼が上機嫌だとわかったのは、ゲーム知識があったからだ。
「ゆえに、魔法が安全な力であることがわかるまで、人間が魔人に突然変異した扱いを受け、それでも生き延びなければならないから、教訓を得るために必死で綴った魔術士の歴史書とは、全く違う」
「だから、視野も違えば、それぞれの持つ偏見も違うってこと?」
「そうだ! だから、それそれの
マギクラウドはわたしに大きくうなずき、両手を広げる。
「王国の歴史書や聖女の伝記からは、地を這い勇者パーティーの一員となるまで、人でなしとして差別されてきた魔術士たちには見えない貴族たちの苦悩があり」
マギクラウドは、まるで詩の朗読のように朗々と言葉を続ける。
「そして、魔術士の歴史書には、王国と聖堂が隠してしまいたい、残酷な国の側面と、どろくさい人々の暮らしがある」
マギクラウドは、息を吸い込む。
「両者があるからこそ、なんとか聖堂の
(【ほめらぶ】でめちゃくちゃ演説するキャラなのは、今でもそうなんだ)
と、微笑ましく思う一方で。
「すごい! わかりやすい!」
素直にわたしはそう思ったので、マギクラウドにパチパチ、と拍手した。
わたしたち以外には、他の利用者どころか、シスターさんさえいないから、もうおしゃべりしほうだいだ。
図書館では静かにしましょう、という注意書きは、人間がどうしてもおしゃべりしてしまう生き物だからあるのだ。
「ところでさ、マギクラウド、魔術士の歴史書って、貸してもらえる?」
ポエムとその本の記述を突き合わせれば、真実が明らかになるすごい本だ。
早速読んでみたい。
と、思ったのだけれど。
マギクラウドは、私から視線を逸らした。
「……実は、王家の支配の正当性を揺るがす書物として、公式には燃やされたことになっている禁書だ」
い、異世界ー!
早く表現の自由を保障しろセイント王国ー!
と、わたしが思っていると。
「最高に面白い顔だな」
くすり、と、マギクラウドが笑った。
「まあ、本は貸せないが、内容についての質問は何でも受け付ける。なにが聞きたい?」
「だったら――」
わたしは、一番気になっていることを口にした。
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