第40話 話し合わなかったせいで、とんでもないことになりました

 クリストさんのお芝居に対して。

 

「いいね、店まで案内して。じいやもいるけど、大丈夫かな?」


 セオフロストも、真顔の棒読み対応だった。

 よく見ると、セオフロストの後ろにじいやさんもいた。お久しぶりです。


「では行きましょう」


 わたしたちがクリストさんについていった先は、個室の喫茶店だった。


「従者の方々も同席なさいますか?」

「おう」


 わたしたちは平民の格好をしているのに、店員さんはわたしたちを貴族として扱っている。

 不思議なところだ。


「なにここ?」

「オーレヴィアは初めてかな。貴族がお忍びで街を訪れる時の隠し部屋の一つだよ」

「へぇ……」

「お兄ちゃんも、嫁ちゃんとのデート出よく使ったな」


 とクリストさんが、余計なことを言うから。

 セオフロストが、闇のオーラを放ち始めた。

 

「僕がデートに誘っても来ないのに、レインとなら出かけるんだ?」


 じっとりとした視線に、わたしはなにも言えない。

 ううっ、婚約解消してほしくて「お妃様教育が忙しい」で断って、手紙に返事さえしなかったのは……わたしが、悪い。

 

「きっと、手紙もレインあたりが握りつぶしていたんだろう?」


 とんでもない流れ弾がレインナイツに着弾した。


「オーレヴィア様の手紙など、一介の騎士が手に触れられるものではございませんが……」


 レインナイツは、困惑した表情で本当のことを言っただけだった。

 まずい。

 レインナイツ、本当に心当たりがないから、頭が真っ白になって、最悪の受け答えをしてる!

 本当のことしか言ってないのが、さらにたちが悪い!


「殿下のお手紙は、全て侍女の私が、オーレヴィア様にお届けしています! 当家の騎士には、指一本触れさせておりません!」

「アンナ、それは違うの、お誘いを受けず、返事も書かなかったわたしが悪いの!」


 と、アンナとわたしがセオフロストに頭を下げる中。

 

「殿下、オーレヴィアと会わせなかった責めは、このクリストが負いましょう。后教育の都合を殿下に合わせられず、大変申し訳ございません。今日は、王妃になろうと頑張るオーレヴィアが明らかに疲れ果てておりましたので、無理に休みを取らせたのです。ヴィラン家として。……手紙も、返信できないほど、后教育を詰め込んでおりました。ですから、レインナイツは関係ありません!」


 と、クリストさんが弁解しても。

 

「……そういうことにしておこう」


 セオフロストは、もはや憎しみのこもった目でレインナイツをにらみつけるだけだった。


 と、明らかにセオフロストとレインナイツの仲が悪くなってしまった8月が過ぎ。


「王立騎士団の訓練見学? に、わたしが行く?」


 ゲームにはなかったイベントを、レインナイツが知らせてくれた。

 

「ええ。クリスト様の企画で、騎士団の活動を広く貴族の皆様に知ってもらうため、騎士団見学を始めることにしたんです」

「お兄様の……」


 なるほど。

 本来の【ほめらぶ】女神の未来視の流れであれば、クリストさんは既に亡くなっている。

 でも、わたしが行動したから、未来が変わって、出来事も変わっているのか。

 

「まずはご家族の方かつ高名な方に見学してもらおう、と聖女のオーレヴィア様に来てほしい、とのことです。護衛には、私が」

「レインが? レインはヴィラン家の騎士だから、王立騎士団のスノウネージュに頼んだ方が、案内人としてはいい気がするんだけど……」


 最近は全く会えていないが、レインナイツによると、過酷な訓練を耐え抜いた結果、はかなげな顔をしているのに脱ぐと全身ムキムキというギャップをスノウネージュは獲得したそうで。

 面白そうだから、会いに行きたいな、という軽い気持ちでわたしは言ったのだが。

 レインナイツは、渋い顔をした。

 

「そうなると、セオフロスト殿下が絶対にオーレヴィア様の護衛の枠を代わるようにスノウネージュにお願いしてくる気がしますが……」


 王子様のお願いなんて、騎士見習いのスノウネージュにとっては命令と一緒だろう。

 推しの胃を、無駄に痛めたくない……セオフロストにはヤンデレ化するダメージを与えてしまってごめんなさい! でも破滅回避のためなんです!

 

「レイン、よろしくね!」

「お任せください! 王立騎士団との合同訓練にも週一で参加しているので、道はばっちりわかります!」

 

 王子様に手伝ってもらうのは元OLとしておそれ多い。

 というか、セオフロストに嫌われたいから距離を置きたい――とも違う、とにかく、セオフロストのことを考えると、なんだかモヤモヤするから、二人きりでいるのは、なんだか気まずい。

 

 と、いうわけで。

 レインナイツと二人、王立騎士団の訓練場にわたしはやってきた。

 何があっても対応出来るよう、レインナイツは真剣を持ち、よろいに身を包んでいて、なんだかものものしい。


 と、思っていたのも最初のうちだけで、トレーニングでよろいを着ている騎士たちがたくさんいたので、レインナイツはすっかり風景に溶け込み――ドレスのわたしが、悪目立ちしているんじゃないか、とおもえるほどのよろい密度だった。


 設備も、立派なもので。

 小中学校の運動場のようだったヴィラン家の城とは違って、奥には広々としたコロシアムまである。


 さすがは王宮、格が違うなぁ、とわたしがキョロキョロしていると。


 明らかに、闇のオーラを放つ人影を、見つけてしまった。


「レインナイツ!」


 その人影は。

 

「オーレヴィアからの寵愛があるからといって調子に乗るなよ!」


 嫉妬に燃える、よろいに身を包んだセオフロストだった。

 

「私は、オーレヴィア様に、一切のやましい気持ちを抱いておりません! 剣にかけて誓えます!」

「ならば、剣で証明してみせろ!」


 セオフロストは剣を抜き――近くの丸太を、両断した。

 

「ええ、望むところです」


 レインナイツも、負けじと別の丸太を斬ってみせる。


「二人とも、刃こぼれなしで丸太を斬るとは、なかなかやるな!」「まだ無駄のある動きだ、若いね」と、騎士のギャラリーはやんやの大喝采だが。


 わたしの背筋を、嫌な予感が冷たく走る。

 二人とも、持っているのは真剣だ。

 そして、二人とも、訓練用の刃を潰した剣に取り替えようというそぶりはない。

 騎士の訓練って、真剣での決闘は禁止されてたよね?!


「ねえやめて! 二人とも! 危ないよ!」


 わたしの願いに、セオフロストは表情をゆがめ、レインナイツはにっこりと笑う。

 

「オーレヴィア……そんな顔もするんだな」

「オーレヴィア様、心配には及びません」

「そうじゃなくて! わたしにとって二人はどっちも大切な人だから、死んじゃうような危ないことはやめてほしいの!」


 わたしの言葉は。

 

「レインより、僕の方が、強い」

「その言葉、そっくりお返しいたします、殿下」


 火に油を注いだだけでした!

 

 二人の言い争いは、騎士たちのざわめきを呼び。

 訓練場からどこかへと、飛び出していく人影もありで。


「場所はコロシアムだな、ここはうるさい」

「仰せのままに、殿下」

 

 二人がにらみあいつつ、コロシアムに足を踏み入れた瞬間。

 

「何をしている! 馬鹿! 死にたいのか!」


 息を切らしたクリストさんと、真っ青な顔をしたスノウネージュが、レインナイツとセオフロストの間に割り込んだ。


「クリスト卿!」

「師匠!」

「お兄、様?」


 驚くわたしたち三人に対し。

 

「事のあらましは、スノウネージュから聞いた」

「真剣での決闘は禁止と伝えたぞ! 殿下であってもこれは見逃せん!」

「ですが、剣にオーレヴィアへのやましい気持ちがないと誓ったのはレインの方です!」


 セオフロストの抗議に。

 

「当たり前であります! 本当になんのやましさもないから、騎士としての誇りに誓う時の文言を用いたに過ぎぬ! 真剣を決闘で使う根拠にはならんのでございます!」


 雷が、落ちた。

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