第39話 なんだか婚約破棄作戦、うまくいかなそうです
ベラドンナは、まるで恋人のようにセオフロストに寄り添っていたから、二人は知り合いなのだろう。
会ったことはなくても、セオフロストと手紙のやりとりぐらいはしているのだろう、というわたしの予想に、反して。
「もらったこともないよ。手紙すらもない。だから、なんで今日初めて会ったのに、あんなになれなれしいのか、不思議なんだ。初対面のときから、ずっとあの調子だ」
「ベラドンナとどんな感じで会ったんですか?」
「最初に会ったのは、誕生日パーティーの前。パーティーはまだ始まらないのに、僕にしつこくまとわりついてくる貴族がいたから、王族以外知らない道を通って、庭園で一休みしていたら――何の気配もなくベラドンナは僕の横にいた。そして、『フロスト様! あたくし、フロスト様に一目惚れしました!』って。あとは……『フロスト様があたくしの手を取ってくれるなら、あたくし、任せられた仕事を放り出してもいいですわ!』とか、わけのわからないことを言うから、僕にはオーレヴィアがいること、仕事は恋で放り出していいものじゃないことを伝えて送り返したのに……パーティーが始まってからも接触してきて、なにを考えているんだか」
これは予想外すぎた。
初対面からあの距離感だったら、誰でも困惑する。
でも、初対面だからこそ、セオフロストに惚れ薬入りのプレゼントを贈った事がないから、セオフロストがベラドンナを選ぶ可能性は――他の令嬢よりも、高い。
なんて考えても、婚約者であるという事実は揺るがないわけで。
「これは、セオフロストの婚約者である聖女オーレヴィアである!」
ベラドンナについて考えていて上の空のうちに、わたしは国王によってお披露目されてしまった。
埋められた外堀に破滅フラグが建設される音がする。
ベラドンナ、どうか頑張って。
わたしの祈りは、国王陛下を讃える声に、かき消されていった。
と、いう破滅フラグに――セオフロストヤンデレ化フラグが立ちまくった誕生日会を乗り越えて。
セオフロストに迫られて、ドキドキしなかったと言えば嘘になる。
というか、人前でセオフロストに贈り物をされたりして――正直、モテないオタクには一杯一杯になってしまって、どんな顔で会えばいいのか分からなくなってしまって、セオフロストとのお茶会は、誕生日以来、お妃様教育を口実に、断っている状態だ。
セオフロストから寂しい、という内容の手紙が毎日のように届くけれど――返信は、していない。
心は痛むけれど、セオフロストに嫌われるためだ。
推しに寂しい思いをさせるより、自分が破滅しない方を優先できてしまう冷たさが自分にあることに気がついて、自分が嫌になっていた、8月のある日。
「オーレヴィア様、お迎えに参りました!」
「レインナイツに、アンナ?!」
お妃様教育が今日もはじまるのか、と
「クリスト様からの命令です。最近、オーレヴィア様の元気がないから、気晴らしにお忍びで城下観光したらどうか、と」
「お忍び用に、私の私服、持ってきました」
「ありがとうね、二人とも」
なんだかんだで、仲良くなれた友達に気にかけてもらえるのはうれしい。
「お兄ちゃんも一緒だよ」
と、平民の服に身を包んだクリストさんもやってきて。
4人で、城下町を観光することになった。
「人がたくさん!」
城下町には、日本の花火大会かお祭りのように、屋台が建ち並び、人でごった返していた。
「はぐれないでくださいよ、オーレヴィア様にアンナ」
と、レインナイツに気遣われつつ、街を進む。
「本当はドレスの新調でもしてやりたいんだけど、お金が厳しいから、こんなことしかしてやれなくてごめんよ」
「いいえ、お兄様。お兄様はお兄様で、結婚式の準備があるでしょう?」
「ありがとうね」
と、クリストさんと話しているうちに。
ぐうう。
「おなか、すいちゃいました……」
すっかり太陽も高くなり、ちょうどお昼時に。
屋台も、料理を扱う店が増えてきた。
「なにか買ってきましょうか、オーレヴィア様」
「じゃあ、あそこの焼き鳥かな」
「では、毒味も」
と言って、レインナイツは焼き鳥を買ってきて一口かじり――固まった。
「レイン、毒味は終わったんでしょ? じゃあその串、ちょうだいよ」
「このタレだらけの串でオーレヴィア様の手を汚せと?!」
「だったら、レインにあーんしてもらおうかな?」
城下町に連れ出してもらって。
やっと、こんな冗談を言えるぐらいに、わたしの気分は上向いていた。
「オーレヴィア様、わたしの串から直接って……はしたないですよ!」
「冗談よ。でも、わたしの手をタレで汚したくないんでしょう? それなら、レインナイツにあーんしてもらうしかないじゃない。嫌なら、早く手渡して?」
「どうぞ、オーレヴィア様」
レインナイツに串を差し出してもらって。
「はむっ……もぐもぐ。甘辛いタレが、最高ね!」
串に豪快にかぶりついて、行儀が悪いのは許してほしい。
でも、公爵令嬢として毒味が終わった、冷え切った食事ばかり食べてきたから、焼きたてのなんて、日本ぶりなのだ。
わたしが、焼き鳥に感動していると。
「間接キス……」
ドサッ。
わたしが顔を上げると。
サンドイッチが、地面に落ちていた。
そして、サンドイッチの向こう側に、立っていたのは。
「オーレヴィア?」
お忍び中の、セオフロストだった。
(どどどどうしよう、お互いお忍びだからなぁ)
私が困っていると。
「これはグレイス商会のおぼっちゃまではありませんか! 実は私たち、これからお茶会に行くのですが、弟が突然の熱で寝込んで、ひと席空いてしまっているのです。おぼっちゃまがよければ、ご一緒しませんか?」
と、クリストさんが突然棒読みのお芝居を始めた。
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