2・王太子殿下の愛が重いですが、わたし悪役令嬢ですよ?

第36話 平民の継母を追放したら、王太子の誕生日パーティーで、素晴らしい婚約者として扱われてしまっています

 たくさんの貴族と、その子供たちの前で、セオフロストは、カーミラを追い出した話を聞きたい、と言い出した。


「誕生日祝いに、わたしのつまらない話でよろしいのなら……」


 振り返ると、挨拶待ちの列は長い。

 そりゃデビュタント結婚相手探し可能年齢前とはいえ、王太子の誕生日だ。


 お祝いをきっかけに王家と縁をつないで自分の家の発展を図りたい者。


 お祝いすることで、謀反の意図が無いと示したい者。


 色々と思うところはあるとは思うけど──待たせ過ぎたら悪いなぁ。

 でも、ここで自分が、カーミラが身分をわきまえない振る舞いをしたことを理由に追放したことを悪びれずに言えば、差別が嫌いなセオフロストに嫌われるのは間違いない。


「と、いうわけで、我が家に住み着く不届き者を追い出しましたの」


 出来るだけ簡潔に、わたしがありのままのことを言うと。


「カーミラは宰相の屋敷に駆け込んだらしいけど、知ってる?」

「わざわざ不届き者の保護先なんて、手配しませんわ。使用人の仕事を無駄に増やしたくはありませんし」


 初耳だったので、適当に私が答えると。


「使用人のことも、しっかり考えた上でカーミラを追い出したんだね、オーレヴィア」


 セオフロストの口から出てきたのは、予想外の感想だった。


「不届きな平民を追い出しただけのことですが……」


 嫌われたいのに、風向きが怪しい。

 わたしがあえて平民を強調すると。

 セオフロストの瞳は、【ほめらぶ】で見た好感度最低のときの光の消えた目になるどころか、【ほめらぶ】の好感度「恋人」のような、とろけた様子で。


「カーミラは、使用人をこき使っていただろう? 使用人を発信地とした平民の口コミで、カーミラは同じ平民なのに、平民の自分たちに対して酷いことばかりするから、ヴィラン家の屋敷に勤めるな、メイドを折檻して血を流させる事なんてしょっちゅうだ、若いメイドの血をすすって美貌を保っている、なんて悪い噂がが流れていたそうだよ」

「つまり、都中の平民がカーミラのことを嫌いだったってことですか?!」


 つまり、わたしのやったことは。


「うん。だから、平民は見かけ倒しのドレスだけを着せられてヴィラン家の屋敷から追い出されたカーミラに同情するどころか、カーミラの追い出しを断行したオーレヴィア様はまさに清廉潔白せいれんけっぱくな聖女! って、オーレヴィアの人気が上がっているよ」


 平民にとっては、最高のスカッと展開だったらしく。


「僕の婚約者が国民に支持されていて、嬉しいよ」


 嫌われるためにやったのに、好感度上がってるんですけどー!


「で、でもそれは平民のことで、過酷な訓練をさせられているスノウネージュを見た貴族の方々では、違う意見ですよね?!」


 暴力は教育じゃない、という令和な価値観は騎士団でも共有されている。

 平民に人気、ということは貴族には大不評だから、わたしのことを褒められるところだけ切りとったんだろう。セオフロストは。

 と、わたしが祈る中。


「それはね、僕が騎士の訓練でスノウネージュを見かけた時の話なんだけどね──」


 ちょうど、スノウネージュが王立騎士団の訓練の説明をクリストさんから受けていたところに出会った、とセオフロストは語り始めた。


「訓練では、強さが全て! 身分も、先輩後輩も、全て関係ない! 何か質問はあるか!」


 というクリストさんに対し。


「質問です!訓練で、妾の子だと、ぼくの悪口言ってた連中、ぶっ飛ばしていいんですか?」

「ぶっ飛ばしてよし!」

「次の質問です!ぼくに父親がヴィラン家だからって調子に乗るな、と嫌がらせしてきたやつら、ぎったんぎったんにしていいんですか?」

「ぎったんぎったんにしてよし!」

「最後に、ぼくを本当にヴィラン家当主が父親だと確定できないって理由で、ぼくを弟だと認めなかったクリストさんを、ぶっ飛ばしてぎったんぎったんに負かしていいんですか?!」

「やれるもんならやってよし!」


 と、クリストさんは容赦なく言い放ち。


「スノウネージュ、城のレインナイツよりクリストさんにしごかれてるよ。スノウネージュが王立騎士団の訓練場の周りで走り込みをしているのが日常風景になってるぐらい」


 よし!

 この体育会系、昭和までしか許されないノリだ! 令和に発売された乙女ゲーム、【ほめらぶ】の世界なら、なんごうごう待ったなしだ!

 と、わたしは思っていたが。


「王太子殿下は、クリスト様とスノウネージュの関係を、よくわかっていらっしゃいますな!」

「何度聞いてもよいものです。母親の身分が違うにも関わらず、あのように美しい兄弟愛が見られるとは……」


 わたしの背後から、本気で感動しているおじさんたちの声。

 振り返ると、ハンカチで涙を拭っている──ヒグマみたいなおじさんと。


「どうして武の者たちは、王太子殿下が語られた美談を耳にした瞬間に、みっともなく感情をあらわにするのでしょうか……」

「あれらには教養が足りず、感動を言い表す術がないからああなるのです。我らは、後で王太子殿下に、王太子殿下とクリスト様とスノウネージュを讃える詩を贈りましょう」


 その様子にドン引きしている、シュッとしたおじさんたち。


 そして親の奇行にきょとんとしている子供たちの3勢力で。


 ヒグマみたいなおじさんたち、あれクリストさんに紹介してもらった騎士さんたちとクリストさんの友達の武闘派貴族と……【ほめらぶ】本編でヒロインを引き取る男爵までいるじゃん!


「騎士のみなさんや武闘派貴族に、クリストさんとスノウネージュの関係性、大人気ですね……」


 そうだった。

 セイント王国って、ナーロッパ系異世界だから。

 価値観が、19世紀以前なところがあった!

 しごきを美談にするとか、極道漫画かな?

 とんでもない肉体言語要素を、乙女ゲームの語られない裏側に仕込むな、駄女神シナリオライター

 それに、「せいじょとあいのほん」がまだ届いてないの、契約不履行で怒っていいかな?


 と、わたしがセオフロストに背を向けて、女神に対する怒りを溜めていると。


「官僚たちの心にも、オーレヴィアの兄弟たちの絆は響いているよ? でも、僕以外の男の声に気を取られないでよ、オーレヴィア」


 じっとりと冷たい声が、わたしの後ろから、聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る