第35話 全力で悪役令嬢を演じて、不届き者を追い出します
騎士たちに囲まれた、公爵家の一員用の食堂より、明らかに家具や飾りの質が落ちている食堂にわたしはカーミラを案内して。
「馬鹿にしているの?! わたしはこの屋敷の女主人になる女よ! ああやっぱり、あなたがあたしをいじめてるのね! オーレヴィア! 覚悟なさい!」
と、カーミラは右手を振り上げ、わたしを叩こうとしたが。
「お嬢様になにをする!」
「離して! 娘を教育するのは、母親の役目よ!」
と、暴れるカーミラを。
「暴力は教育じゃない!」
「そうだ! 騎士の研修でも習うことを、どうして知らないんですかぁ? 無知な女主人なんて、私たち、願い下げです!」
正論と腕力で騎士が押さえ込む。
「そういえば私が班長になる前の班長、家庭内暴力で降格と減給されてましたよね? 絶対やっちゃダメなのに」
「先輩、頭硬いですね。絶対にやっちゃいけないことは、やったアホとルールで決めてもやらかすバカがいるから、禁止事項入りするってわけよ」
というか、カーミラを楽々押さえ込めたらしく、カーミラを押さえている騎士たちはおしゃべりを始めた。
「雑談していいの? 逃げるかもよ?」
カーミラを離れた場所から見張る騎士の真面目な言葉には。
「「いやー、弱いから別にいいかなって……」」
「そっか……ならいいや……」
うーん、暴力は教育じゃないと知っているけど、根っこは体育会系のようだ、この人たち。
見張りの人まで「減給処分といえば、不倫がバレたあの班長の話聞いた?」なんて言い出したから。
「あの、そろそろお兄様が来る予定なので、格好よくしてた方がいいですよ」
「「「了解」」」
異世界版OLトークを止めるため、わたしは口を挟んだのだった。
上司の悪口で盛り上がる気持ち、わかるなぁ、とわたしが思っていると。
「どうかしたのか、オーレヴィア?」
クリストさんが、やっとやってきた。
わたしは、ゲームで見た上品で黒い悪役令嬢スマイルを全力で再現した。
「ヴィラン家の方ではないカーミラさんが、夕食を食べたいとおっしゃっていたから、適切なところにご案内していましたの」
「ここは、騎士や外部からいらっしゃった平民の方をもてなす場所……だな。カーミラの格好には似合わないが」
と、いうクリストさんのセリフに。
「似合わないでしょう! なら、華の間に連れていきなさいよ!」
「華の間だって?」
クリストさんの表情が変わる。
「身の程知らずもいい加減にしろ。あそこは、王家の方がヴィラン家を訪れた時にだけ使う、最も格式が高い場所だ!」
「クリスト様、それなんすけど……クリスト様の前の当主様、こいつに華の間、ちょくちょく使わせてましたわ。自分の報告を元に、執事が前当主様にやめろと忠告したらしいですけど、前当主様は聞き入れなかったです」
と、カーミラを抑え込んでいる騎士の報告に、クリストさんの顔は、怒りの赤を通り越して真っ白だ。
「あのバカ父上……」
「お兄様もいけませんわ。ヴィラン家と関係のない方を、ずっと屋敷に住まわせるなんて。この方のやりたい放題で、ヴィラン家の名誉に傷がついていますよ?」
「どういうことだ」
「この方、ヴィラン家のスノウネージュを連れて、夜な夜な身分の低い方々の夜会に行っているんだとか。ヴィラン家の馬車を使って」
「なんだって! 誰が馬車を出した! クビにしてやる!」
クリストさんの剣幕に、騎士たちの後ろで野次馬をしている召使いたちがひいっと飛び上がった。
これは、ちょっとまずい。
カーミラの次に、クリストさんが召使いに嫌われたら……革命ルートにつながる、平民の不満が増えるんじゃないの?!
「お兄様、偽の女主人とはいえ、この方はいっとき、ヴィラン家の屋敷の実権を握った人。きっと、今まで通り自分に仕えなければ給金を出さない、と下々の者を脅したのでしょう。罪は、この方のみにあります。給金がなければ飢えて命を落とすほかない、下々の者を思いやりくださいませ」
「そ、そうか」
「それに、この方の行動を、今日までお父様の心をお慰めするために領地に向かう準備を都でしていると考え、放置していたわたしも悪いのです。ですが、この女、領地に向かう気はない、と言った上に、厚かましくもヴィラン家すら許されていない、王家のための食卓に着こうとしました」
わたしは、人差し指でカーミラを指す。
平民の召使いのギャラリーもいる。
指で人を指すっていう失礼なこと、平民にする令嬢という噂が流れれば、きっとセオフロストに嫌われて、婚約解消につながるはず……!
「お兄様、この女、もう捨て置けませぬ。今すぐ追い出す許可をくださいませ。ヴィラン家当主、クリスト・ヴィラン様に、聖女オーレヴィア・ヴィランが願います」
「許そう。スノウネージュも追い出すか?」
「無礼を行ったのはカーミラだけです。カーミラだけ追い出しましょう」
「あの子を母なき子にするつもり?!」
まだ暴れる元気があったらしく、カーミラが叫ぶが。
「あんたが同居してる方が、スノウネージュ様の教育上悪いと思う」
押さえつけられた騎士に切り捨てられていた。
「マリカ、カーミラを、彼女の持ち物の中で、一番安くて派手なドレスに着替えさせなさい。それだけが、ヴィラン家がカーミラに贈る手切れの品です」
「承知いたしました」
「騎士、カーミラを指示した着替え場所に」
「男二人にか弱い女を抑えさせるの?! ひどいわ! 乱暴と一緒よ!」
「オルトリンデ、メーヴ、兜を脱いで。ナオミはその間、カーミラを取り押さえる用意を」
「このナオミが、二人の兜を脱がせます」
わたしの指示に、見張りをしていた騎士が進言する。
「よろしく」
「女ですって?!」
「はい。女騎士の皆様を、お兄様からお借りしました。ついでに言うと、オルトリンデさんは伯爵令嬢、メーヴさんは平民出身の女男爵、ナオミさんは子爵家の跡継ぎなので、言葉遣いには気をつけてくださいね、カーミラ。いつでもあなたを無礼討ち出来る身分と、実力をお持ちの方々です」
騎士につけた
「公爵令嬢としてあなた方に命じます。連れて行きなさい」
「「「了解!」」」
カーミラは、どこかに引きずられていった。
「スノウネージュを残すの……いいの? あの無礼者の息子だよ?」
「スノウネージュは、わたしがカーミラに仕掛けた言葉遊びのからくりを、見抜きました」
夕食がある、と事実を言っているだけで、誘っているわけではないこと。
夕食の招待を受ける、とうっかり言ってしまったあとでも、病気だから遠慮する、と言えば、無礼者に対する制裁は行われず、ただの世間話として場を収められること。
家庭教師が教えてくれた、貴族流の言葉遣いだ。
「スノウネージュは、母親に似ず賢い。ヴィラン家の一員として、学園に通わせたらいいかと。それに、お父様がヴィラン家の子として認知してしまっていますし、追い出すのは世間体が悪いですよ? って、家庭教師さんなら、言うと思います!」
だいたい、中身の二十ウン歳OLのノリで生きているけど。
クリストさんの前では13歳の妹を演じる路線だった!
と、わたしが取りつくろうと。
「オーレヴィア、先生たちの言うことをしっかり聞いてるね、えらいえらい」
クリストさんは、わたしを全く疑わなかった。
レインナイツに対しては鬼軍曹なのに、妹のことになると、激甘になるって落差激しすぎないか。
「で、スノウネージュを学園に通わせる方法ですけど……」
「お父様とカーミラが贅沢しすぎて、オーレヴィアとアンナの学費を出すので精一杯なんだけど……アンナには、学園を諦めてもらう?」
「それはダメです! アンナのいない学園なんて、行きたくないです!」
アンナは【ほめらぶ】のヒロインだ。
わたしとは全く違う性格のおひとよしで、感情移入はできなかったが、推しだった。
「スノウネージュは騎士団に入れ、見習い騎士の枠で、王立学園に通わせましょう」
「一応あの子、おもかるの剣を抜いているから、出来ると思うよ。王立騎士団なら確実に通えると思うから、なんとかしよう」
「騎士団でのスノウネージュの面倒について、一つお願いがあるのです、お兄様。スノウネージュは、お兄様自ら、一人前の騎士になれるよう、しごいてください。どれだけぶっ飛ばしてもいいので、食事と休息は、充分とらせて」
「わかったよ。それにしても、スノウネージュを騎士団に入れるなんて、よく思いついたね?」
「お兄様が、騎士になっても勉強はしなきゃいけないって言ってたから」
半分は本当で、もう半分はゲーム知識のおかげだ。
レインナイツに憧れる騎士見習いのスノウネージュが、レインナイツと話したいけれど勇気が出なくてもじもじしているところに、レインナイツに差し入れを持ってきたヒロインがやってきて、二人が仲良くなるきっかけを作るのが、スノウネージュルートが解放されたことを示すシーンである。
そして、スノウネージュはレインナイツと話した感想として、「レインナイツさんは僕に『かわいがり』といって過酷なしごきを課してくる騎士どもとは違う」と言っているのだ。
スノウネージュの過酷なしごきルートもセットしたし。
これで、ドレス姿で追い出されるカーミラの姿を見た平民には、義理の母親を冷たく追い出す令嬢という噂が流れるだろう。
そして、貴族たちには身分が低い母親から生まれた弟を過酷な訓練に放り込んだ姉、という悪評が立つだろう。
これ、いい感じに差別感が出ているのでは?
これで、セオフロストのわたしに対する好感度も下がるのでは?
――そう思っていた時期も、ありました。
「セオフロスト王太子殿下の誕生日のお祝いを、謹んで申し上げます。ではわたしはこれで!」
7月23日、セオフロストの誕生日パーティーで。
わたしが、お祝いを述べてそそくさと立ち去ろうとした、その時。
「オーレヴィア、お祝いありがとう。意地悪で身の程知らずな継母をどう追放して、弟のまっとうな騎士としての素質を引き出すことに成功した、って都じゅうで、貴族から平民まで、オーレヴィアのことが大人気になってるよ」
「え」
わたしがあっけにとられていると。
「誕生日プレゼントとして――詳しく、聞かせてほしいな? 僕のオーレヴィア」
わたしの一連の行動は。
セオフロストの誕生日パーティーを、盛り上げるネタにしかなりませんでした!
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