第34話 カーミラを追い出すために、言葉で罠を仕掛けます

 カーミラの後ろには、本気で気まずそうにしているスノウネージュがいたが、影のように黙り込んでいて。

 気の毒だなぁ、とわたしが思っていると。

 

「だから! あたしの夕食はどこにありますの!」


 またカーミラが、とんちんかんなことを叫んだ。

 

「夕食って……わたし、料理人じゃありませんよ?」

「あたしは、今日の昼にメイドに夕食を用意するよう命じたのに、用意されていなかったの! あなたが邪魔したんでしょう! オーレヴィア」

「わたし、今日の昼からさっきまで、ずっと王宮にいましたけど……」

「あなた自身じゃなくても、前もってメイドに命じたんでしょう!」

「マリカ、今日何してた?」


 こんな時でも、わたしの近くにいてくれるマリカに確認すると。

 

「オーレヴィア様、わたしは一日中、オーレヴィア様の衣装の整理をしておりましたので、食事関係のことは一切しておりません。アンナも、侍女教育としてマリカの隣で衣装の整理をしておりました」

「と、わたしが命令できるメイドは言っていますが……」


 マリカの証言に。


「じゃあ、あたしの夕食を邪魔してるのは、アンナね!」


 カーミラは、どうしてもわたしのメイドに意地悪されていることにしたいようで。


「アンナは、現在メイド長の下で縫い物をしております」


 と、マリカに切り捨てられても。


「そんなの、いくらでも口裏を合わせられるわよ!」


 カーミラはキンキン声で決めつけるばかり。

 心当たりなど全くないことで責め立てられて、わたしは、頭にきた。

 

「ところでカーミラさん、夕食を食べるために、どこに行ったんですか?」


 怒っていても、ヒステリックになってしまえばカーミラと同じだ。

 冷静に、沈着に、カーミラを罠にかけるための、手がかりを探す。

 カーミラをぎゃふんと言わせる、平民差別要素マシマシの、セオフロストに嫌われそうな事件を起こすために……!

 

「それは屋敷の主人にふさわしい食堂よ!」

「そこにはないと思いますよ、カーミラさんの夕食。カーミラさんは、あくまでもお父様のお客様なので、客人用の食堂に用意されていたのでは? そこは、確認しなかったんですか?」

「あんな騎士ばかりがいるむさくるしい所を?!」

「夕食はあったんですね? そこに」

「というか、あなた、スノウネージュがお腹をすかしているのを、かわいそうだとは思わないの?!」

 

 カーミラはわたしに答えず論点をずらしてきた。

 

「それは……来客と騎士が使う食堂でカーミラさんが夕食を食べなかったからでは?」

「あんな冷めきったものを? スノウネージュがお腹を壊したら、どうするの?!」


 カーミラの言葉だが──冷めたもの、つまり作ってしばらく置いた料理を食べてお腹を壊すことは、セイント王国の衛生状態では、よくあること。

 スノウネージュは、なんだかんだ言って推しだ。


「ではすぐに食べられる物を、離れに手配しましょう」


 カーミラ対応としては、甘いかもしれない。

 でも、推しがお腹を壊すのは、カーミラに都合よく使われるよりも、嫌だ。

 

「さっさとそうすればよかったのよ! グズね!」


 わたしが料理担当のメイドを呼んで指示をしている間、カーミラはわたしの悪口ばかり言い続けていた。

 聞くにえない言葉ばかりの、パワハラ上司に負けない罵倒のデパートをやり過ごし、わたしはカーミラと向き合った。


「カーミラさん、聞きたいことがあります」

「まぁ、いいわよ」

「あなたはお父様の愛人。ですから、お父様に付き従い、領地に行く予定は?」


 他人の恋愛関係に、あれこれ言う気はわたしにはない。それがオーレヴィア自分の父親でも。

 いまのヴィラン家の当主はクリストさんだから、私の保護者はクリストさんなので、オーレヴィアの父親が誰と付き合ってめっちゃくちゃになっても、わたしの知ったことではない、といった方が正確だけれど。

 

「あんな文明のないところ、いや!」


 カーミラはおそろしい! と身体をわざとらしく震わせる。

 

「お父様個人に付き従う気はない、ということですね」

「ええ、だってわたくし、仮とはいえ、当主様に愛されている以上は、ヴィラン家の女主人でしょう? スノウネージュが跡継ぎになれば、完璧なヴィラン家の奥様ですわ!」


 カーミラは胸を張るが。


「貴族の奥様になるには男爵令嬢以上の地位がいる、とオーレヴィア様が教えたことを、忘れているようですね。カーミラは、爵位を買うお金はない平民。そして、貴族には嫌われているから、男爵に推薦してくれるような人などいないのに……こうなると、一周まわってあわれですわ」


 と、マリカがわたしに耳打ちする。


「マリカ、今は大チャンスなの。わたしに任せて」


 だから、わたしはにっこりと笑う──悪役令嬢らしく。


「カーミラさん、明日はクリストさんと、ヴィラン家一家の夕食があります」

「もちろんご一緒いたしますわぁ」

「明日、カーミラさんの案内は、わたしがします」

「あらぁ親孝行な子ねぇ。お母様って呼んでもいいのよ?」


 お母様とか、呼ぶはずがないよ。

 カーミラの笑顔に、わたしの顔がひきつる。

 そもそも、わたしは夕食があると言っただけであって、夕食に呼ぶとはひとことも言っていない。

 それに、カーミラの同席も許可していない。

 案内すると言っただけで、案内する場所がどこかも、言っていない。

 まあ、単純な罠にカーミラが引っかかって、計画通りではあるけど、ちょろすぎない? と思うくらいだ。


 ただ。

 カーミラは全く気づいていないが。

 スノウネージュはわたしがやろうとしていることを察したらしく、顔が真っ青だ。

 

「スノウネージュ、顔色が悪いわよ? 大丈夫?」


 と、わたしがスノウネージュに顔を向けただけなのに。


「ネージュに近づかないで! あなたも、ネージュのことを虐める気でしょう!」


 さっ、とカーミラがわたしとスノウネージュの間に割り込み、わたしからはスノウネージュが見えなくなってしまった。


「そんな……悲しいですわ。わたしたちは慈悲深いので、体調が悪いと一言伝えてくだされば、夕食の席に顔を出さなくても怒らないと伝えたいだけでしたのに」


 なんだかカーミラの口調が、わたしにも伝染してきた。


「オーレヴィア様、ぼくは体調が悪いので、明日の夕食には行けません」


 カーミラの向こうから、スノウネージュの声。


「わかりました。お大事に。でしたら、明日もメイドにスノウネージュの好きなものを、スノウネージュの部屋まで持って行くように命じます」

「だったら今すぐ食べ物をここに持ってきて!」


 何が起きているかは分かっていないらしいが、会話の外側に追い出されたことをカーミラはわかったらしく、的外れなわがままを言い始めた。


「この部屋には食べ物はございません。離れでごゆるりとお過ごしなさいませ。ご機嫌よう」


 これ以上、カーミラたちに部屋に居座られても、面倒なだけだ。


「ご機嫌なんてよかないわ! ああ、当主様がわたしを正妻と認めてくだされば、こんなかわいげのない娘、ひっぱたいてやるのに!」

「その時はセオフロスト王太子殿下、失礼、セオフロストと呼ぶように命じられておりますので、セオフロストに継母ままははが意地悪だと弱音を言ってしまうかもしれませんわ」

「ご機嫌よう!」


 カーミラはスノウネージュを引きずるように去っていった。


 それを見届けてから。

 

「マリカ、騎士の手配ってできる?」

「ヴィラン家ならば、クリスト様のお許しを得られればできます」

「だったら、お兄様にわたしの作戦を伝えた上で、明日の昼までに、いくつかの条件を満たす人を連れてきてほしいの──」


 と、わたしはカーミラをぎゃふんと言わせる作戦の、下準備を始めた。


 翌日の夕方。

 作戦開始時刻。

 わたしはマリカと一緒に、離れへと向かう。


「準備しましたわよ!」


 離れの前に、豪華で派手で品がないドレスに身を包んだカーミラが、ひとりで立っていた。


「スノウネージュは?」

「かわいそうに、ベッドの中よ。あなたの悪口で繊細なスノウネージュが傷ついたからよ!」


 スノウネージュの悪口は、言っていないんだけどなぁ。

 と、言い返したい気持ちをぐっとおさえて。


「お大事に。では、カーミラさんの夕食へご案内します」


 わたしは笑顔で、カーミラをカーミラにふさわしい場所へと連れて行った。


「場所が違いますわ!」

「いいえ、ここで合っていますよ?」


 鎧兜よろいかぶとで完全武装した騎士たちが並ぶ、来客用の食堂へと。

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