第32話 隠し攻略対象の母親のキャラが濃くて、疲れます
【ほめらぶ】の隠し攻略者、スノウネージュ。
彼は、悪役令嬢オーレヴィアの一つ違いの弟なのだが、オーレヴィアの父親の愛人、カーミラの子だ。
てっきり、カーミラが平民だからスノウネージュは貴族たちにいじめられていて、スノウネージュの重い過去は、悪役令嬢が発生するような、セイント王国の貴族社会の陰湿さだけを原因にしているとわたしは思っていたのだけれど。
「カーミラって……確か、オーレヴィアのお父様の愛人、だっけ。傲慢で派手好きで、自慢話ばかりで場の空気を壊してばかりの上、恋多き人だから近づかないように、ってじいやに警告されたよ」
セオフロストのセリフの通り。
スノウネージュの母親が、とんでもない上に、貴族社会でどれだけ嫌われても全くめげない人間だったのも、スノウネージュが虐げられる原因だったようだ。
スノウネージュはゲーム中では気配りが出来るキャラとして描かれ、ヒロインのちょっとした表情の変化からヒロインの欲しいものを的確にくれることから、【ほめらぶ】ファンの中で定着したスノウネージュのあだ名は「スーパー執事系後輩」だ。
貴族の言質を取らせない陰湿な悪意に、スノウネージュは気づくのに、カーミラは気づかないからスノウネージュの気持ちをわかってくれる人はいない、という地獄が容易に予想がつく。
これを知ったとき、わたしが「【ほめらぶ】、真タイトルはヤバ親これくしょん~ヤバこれ~じゃない!」とうっかりつぶやいて、マリカに変な顔をされたけど、しかたがないと思う。
というか。
「わたしの弟の母親なのに、弟より一つ上のセオフロスト様も守備範囲なんですか?!」
「僕が聞く限りでは、権力さえあれば誰でもいい、って女性に思えるな。権力がある人と結婚して、好き勝手がしたい、みたいな?」
「当たってますよ、それ。わたしがカーミラに初めて会った……というか、カーミラに突然押しかけられた時のことから、話しますね。予備知識として、わたしが都に来てから、セオフロストのお茶会に呼ばれてないときの話を一番最初にすると――」
と、わたしはセオフロストに、都に来てからのわたしの暮らしを話しはじめた。
「ヴィラン家の領地に魔物が出た以上、オーレヴィアを城に住ませ続けるのは危ない! オーレヴィアの妃教育のためにも、オーレヴィアには都に行ってもらう!」
イナカ村から、ヴィラン家の城に戻ったとき。
クリストさんはそう宣言し、わたしの都行きが決まった。
「じゃ、私は国王陛下に魔物出現と魔人について報告しなければいけないし、当主交代の儀式があるから、セオフロスト殿下と一緒に転移する!」
と、クリストさんはじいやさんの魔法でさっさと都に行ってしまったので。
わたしはいろいろな準備を整えて、マリカやアンナと一緒に、馬車で一週間かけて都に着いたときには。
6月22日の私の誕生日も、7月7日の星祭りも終わった、微妙な時期だった。
都のヴィラン家の屋敷に着いたわたしを出迎えたのは、クリストさんと、クリストさんの後ろにずらりと並んだ家庭教師たちだった。
「今までずっと放置でごめんね、最高の教師を用意したよ」
クリストさんの言葉で、ナーロッパ系ゲームや小説を読んでいたわたしの背筋に、氷で
こ、これはお妃様教育!
ハードな内容で、なまっちょろい真実の愛で王子様と婚約した平民出身のぶりっこヒロインが即脱落し、悪役令嬢として追放された貴族令嬢がヒロインへの逆ざまぁを成功させるきっかけになる、貴族の教養であり、品位を詰め込まれることをウェブ小説でこれでもかと描かれたアレだ。
小説ではだいたい、3行から3ページで、この主人公はははありとあらゆるマナーを学びました、とか、この主人公は幼い頃から高貴な立ち居振る舞いが身についていたから大丈夫でした! と設定を語って、読者を納得させるだけのわずかな時間なのだが。
実際受けた感想としては。
難関校を目指すスパルタ受験勉強に、英会話教室と社交ダンス教室が追加され、食事中もマナーを勉強する時間になる、自衛隊さながらの一日中分刻みのスケジュールで。
メイドさんたちが身支度を手伝ってくれているのに、しんどさが前世のサービス残業の日々並みにしんどい!
なお、アンナはわたしの侍女として、王宮に行っても恥ずかしくない教育をする! とクリストさんによってわたしとは別の、侍女ブートキャンプに放り込まれている。
そんな激烈な1日を終え、アンナは暗くなっても侍女研修が終わっていなかったから、マリカにドレスを脱がせてもらおうとしていた、ある夜のこと。
「いつまで経っても、この屋敷の女主人のあたしにあいさつしにこない怠け者に、一言言いたいことがあるわ!」
わたしの部屋のドアが荒々しく開き、毒々しい紫色のドレスを着たおばさんが入ってきた。
化粧が濃いけれど、ほうれい線と目尻の小じわを隠し切れていないのが、なんとも成金のおばさんといった雰囲気だ。
「入室許可もなく入ってくるとは、慎みのないお方ですね。名乗りなさい!」
マリカの鋭い声にもひるまず、彼女は優雅に扇を広げる。
紫色のファーが着いた、マリーアントワネットとかが持っていそうな派手扇だなぁ、と思っていると。
「あら、新入りの田舎娘のメイドね。あたしはカミラ。当主様の妻ですわ! 故にわたしはこの屋敷の女主人ですわ! よく覚えておくことね!」
ウェブ小説の悪役令嬢のような、ピンクがかったシルバーブロンドの髪を揺らして胸を張り、スノウネージュよりも濁った白銀の瞳で、カーミラはわたしをにらみつけている。
というか。
「あなたは平民。公爵家の正妻として認められるには、男爵以上の地位が必要なのですが……」
ちょうど今日、家庭教師から貴族は貴族としか結婚してはいけない、という法律をわたしは習っていた。
【ほめらぶ】のヒロインは平民だったが、村を助けた王立騎士団部隊の隊長の男爵の養子になったから、男爵令嬢の地位があるから貴族の攻略対象たちと結婚できたのだ。
カーミラは、クリストさんもゲームの内容も「平民」と言っていて、なおかつスノウネージュを攻略すると「母親の身分が低くて正式に結婚出来なかった」とスノウネージュが言うので、
「あたしは当主様と真実の愛で結ばれたの! 身分にこだわるなんて、つまらないメイドね!」
「カーミラ、クリスト様を侮辱するのはおやめください! クリスト様は、一途に思った方との結婚式の準備中です!」
「あんな大きくて可愛げの無い義理の息子が当主? ふざけないで! 当主様は当主様よ!」
「だからヴィラン家の当主はクリスト様に交代したから、離れから出て行けと執事からお伝えしたはずですが、カーミラ! いつまでヴィラン家の屋敷に居座る気ですか! この平民!」
「わたくしは、当主交代なんて認めませんわ!」
マリカとカーミラの言い合いは、収まる気配がない。
「こんなメイド、クビにしてやる!」
カーミラのキンキン声に、さすがにわたしも頭にきた。
「カーミラさん。マリカは、わたし専属のメイドとして城から連れてきました。これ以上私のメイドを困らせるなら、わたし、悲しくて、カーミラさんは義理の娘をいじめる
ぐっ、とカーミラが言葉に詰まる。
お妃様教育がない日は、セオフロストに王宮に呼ばれてお茶会をしていることは、カーミラも知っているから、セオフロストの名前の効果はてきめんだ。
「ところであなた、私のお父様の名前、言えますか? 真実の愛で結ばれている方のお名前を言えないなんて、そんな失礼なことはありませんよね?」
わたしが反撃すると。
「当主様は尊いお方。平民のあたしが当主様のお名前を呼ぶなんて、恐れ多すぎますわ!」
カーミラは身分など関係ないという前言をひるがえし、もごもごとそんなことをカーミラは言う。
「本当にそう思っているんですか?」
「……この、かわいげのない小娘……!」
カーミラが、わたしに向かって扇を振り上げたとき。
「お母様、そのぐらいで。夜会に遅れますよ?」
カーミラの影から現われたのは。
絹糸のような長い黒髪をうなじで一本に結び。
白銀の瞳は、憂いにけぶっていて。
幽玄、という言葉は彼のためにある、と思えるような、はかなげな美少年だった。
「スノウネージュ……」
スノウネージュは、まさに雪のように溶けて消えてしまいそうな見た目だが。
【ほめらぶ】で唯一メリーバッドエンドが設定されている、湿度が高いヤンデレキャラである。
──────────────────────
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
この小説を読んで、
「面白い!」
「続きが気になる!」
と思ってくださったらでいいので、♡や☆で応援していただけると、執筆の励みになります。
ネタバレすると、カーミラがざまぁされる展開になります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます