第30話 聖女になったら、特大の破滅フラグに求婚されました

更新が遅れ、大変申し訳ありません!

お詫びに、普段の2話分の文字数でお送りいたします。

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 わたしのオタク全開の願い事に、女神はうなずいた。

 

「……わかったわ。現品は渡せないから、ファイアフォックスに写本を作らせるわ。セイント王国で待っていて」

「そういうことなら、わたし以外が『せいじょとあいのほん』を読んでも『なんだかつまらない本だった』と興味をなくすような祝福も追加で」


 預言書を、魔女裁判がある世界線に持ち込むのだ。

 保険は必要だろう。

 

「いいでしょう! いいのですけれど……」

 

 女神はわたしを不思議そうに見ている。

 

「あなた、オーレヴィアよ? お屋敷の奥で厳重に守られてるはずの公爵令嬢よ? なんで死にかけてるの? 私は、誰かを守って死にかけている魂だけに、聖女の力を渡せるから、きっと聖女になるのは、アンナだと思っていたんだけど……」

「誰も死なせたくなかったからですね」


 悲しい出来事を乗り越えるのは、感動的なドラマだ。

 最高に面白い物語だろう。

 だが、当事者からすれば、ただの理不尽な苦難でしかない。


「本当のことを言うと、タイミングよく悪役令嬢になりたいと祈っていただけのあなたを、わたしたちの都合でセイント王国に送るから、あの世界で命の保証が出来るオーレヴィアに転移させることが出来て、正直ほっとしたの。イナカ村は、村人が魔物に襲われるのが日常茶飯事の村だから」

「女神、セイント王国は王太子のはずのセオフロストにも暗殺者が差し向けられる世界ですよ? オーレヴィアにも、人間の暗殺者が差し向けられないなんて保証は、ないでしょう?」


 私が指摘すると、女神ははっとした表情に。

 

「そうだった……人間は、人間同士で争うものでしたね……」


 この女神、魂の取り替えを本の並び替え感覚でやる時点で、人間離れした感覚をしていると思った通り、人間についての理解が足りていないようだ。

 

「というか、オーレヴィアが破滅した直接の原因はゲームの……未来のオーレヴィア自身の問題ですけど、オーレヴィアがそうなったのは、オーレヴィアなりに、クリストさんがいなくなったヴィラン家を必死で支えようとした結果だとわたしは思うんですよ!」


 きちんとした跡継ぎのクリストさんが亡くなって実家は弱体化し、15才の女の子が王太子と結婚できるかどうかに家の存続さえかかっている。

 とんでもないプレッシャーだろう。大人のわたしでさえ、耐えられるかどうかわからない。

 それなのに、王太子は自分のことを嫌っている。教えられた通り、貴族として誇り高くふるまっているのに。

 だから王太子にまとわりつく身のほど知らずをわからせなければ――多少痛い目に遭わせたとしてでも。

 貴族社会しか知らないゲーム中のオーレヴィア悪役令嬢は、ただ教えられるがまま誇りある貴族としてアンナヒロインを差別することが、家の繁栄につながると信じ込み――破滅したのだろう。

 

 それが、悪役令嬢の末路。

 狭い世界の信念に従い、部下にさえ見放され。

 ハッピーエンドの裏側で、人知れず死んでいく。

 ざまあみろと、画面の向こう側からあざ笑われながら!

 

「だったら、変えるしかないじゃないですか! クリストさんがいなくならないように! わたし、ブラック企業で死んだと思ってましたからね! 女神から職場の様子を見せられるまでは! まあ、魔王に取り憑かれて大暴れして、社会的に死んでますけど! ともかく日本でもそんな目に遭ってるのに、異世界でも二十歳になれずに死ぬなんて、絶対に嫌! それに、自分によくしてくれた人間が悲しい目に遭うと知っていて、『放っておいた方が面白くなるから』放置するなんて、人間として絶対出来ません!」


 わたしが言い切ると。

 女神は、穏やかに微笑んでいた。

 

「そんなあなただから……力を貸せる……お願いね」


 と、【ほめらぶ】の開始シーンで流れるセリフを、女神は言った。

 

 あっ、これ、直後に燃えさかる村が映し出されるから意味不明なセリフ扱いされてたけど、聖女の力を女神から託されたシーンだったんだ!

 私がそう悟ったときには、女神も、オタクグッズだらけの部屋も消えていて。


 ただ、真珠のような光沢がある七色の淡いパステルカラーのもやが私を包み――全てが、闇へと溶けていった。


 ひとりぼっちの闇の中、唇に柔らかい感触がして――唇に?

 どういうこと?!


「オーレヴィア!」


 わたしが目を開くと。


「セ、セオフロスト?!」

「よかった! 目を覚ましたんだね!」


 私の目の前にセオフロストの顔があったとおもったら、がっしりと抱きしめられた。


「く、苦しいです!」


 ちょうど、わたしのあごの下にセオフロストの鎧の肩の金具が食い込んで、息苦しい。


「ご、ごめんね?」


 セオフロストに放された拍子に。

 わたしの目に、歯を食いしばったクリストさんが映った。

 

「下半身を復活させるとは、いったいどんなじゃほうを使った!」

「あれはエナジードレイン! 小娘から奪った命により、我は復活した! 更には、魔王様よりいただいた剣の召喚も叶えるとは、なかなか小娘はよい仕事をしたな!」

 

 下半身が復活し、その上紫色の寒気がするオーラをまとった剣を持った、明らかに強化されているノワールと。


「妹を……よくも……!」

 

 クリストさんはケガこそしていないものの、鎧の一部が紫色にむしばまれている上、兜は脱げてどこかに行ってしまって、防御力が下がっている。

 攻撃の方も、明らかに勇者の剣が刃こぼれし、ボロボロになっているなど、どう見てもクリストさんが不利な状況だ。

 

 他の騎士たちは、と周囲を見回すと。

 

「森から……煙……?」


 地面が濡れていることによって燃え広がりこそしないものの、くすぶる炎が森のあちこちに立ち上っている。


「オーレヴィア嬢が預言なさった、バーサークグリズリーにございます。聖女の泉に残した者を転移させ、消火活動に当たらせておりますが……毒にやられた者が、出ております」

 

 森に倒れ伏す騎士たちと、彼らを運ぶ騎士たち。

 わたしたちの周りは、さながら野戦病院だった。

 そんなわたしたちを狙うバーサークグリズリーと、最前線で戦い続けているレインナイツの姿が見えたが、木々の影にレインナイツの姿は隠されてしまった。


「ここは、オーレヴィア嬢とセオフロスト殿下はお逃げください。オーレヴィア嬢は奇跡的に息を吹き返しましたが、いつ亡くなってもおかしくありません。お二人が結婚すれば、クリストさんがお亡くなりになったとしても、ヴィラン家を保つことは、充分出来ます。ですから、いまからでも」

「じいや、魔力は足りるの?!」


 鍵を掲げようとするじいやさんの手を、セオフロストが押さえる。

 その時セオフロストの腕が緩んで、わたしは、わたしのドレスが血まみれで、胸元の傷が治っていることに、わたし自身以外の誰も気づいていないと、わかってしまった。

 

「この命に代えてでも、王太子殿下とその大切な人を守るのが、じいや、いえ、じゅうの役目にございます。セオフロスト様、オーレヴィア嬢をお離しになりませんよう」

「……わかった」


 セオフロストの顔は見えないが、その声には、諦めが色濃くにじんでいた。

 それもそうだろう。

 彼らには、わたしが奇跡的に息を吹き返しただけで、わたしがクリストさんたちを、まとめて助ける力を得たことを、知らないのだから――!

 

「嫌!」


 わたしはセオフロストの腕を振り払い、深呼吸。


「オーレヴィア様、重傷なのですから、立ち上がってはなりません!」


 じいやさんの声。

 血まみれのドレスを浄化して、自分はなんともないと見せなければ、とも思うが、そんなどうでもいいことは後回しだ。

 聖女の力の使い方は、女神からは教わらなかったが。

 

「魔の者に立ち向かう者たちへ、女神の力を持って祝福を!〈複数同時治療ワイドヒール〉!」


 ゲームの中で、ヒロインがどんな風に聖女の力を使っていたかは、知っている。

 わたしの詠唱と共に、夜明けの光のような温かく、柔らかい光が森を包み。


「動ける! 加勢するぞ!」


 傷つき、わたしたちの周りで倒れていた騎士たちが、再び立ち上がる。

 

「頼んだ! 不思議なことに、バーサークグリズリーがただのクマに戻った! だが興奮状態の野生動物だ! 油断せずかかれ!」

「おう!」


 と、騎士たちがわたしたちの周りから駆けだしていって。

 森がよく見えるようになると。

 

「森の火が……消えてる?」

「オーレヴィア嬢の力が、森までも癒やしたというのですか?」


 動揺するじいやさんの声。

 だがその声は、すぐにかき消された。


「小娘! 自然のことわりさからい、よみがえった上に聖女にったか! 許さない許さない魔王様がお許しになるはずがない! 死人は、大人しく死んでおれ!」


 ノワールが力任せにクリストさんの剣を折り、クリストさんを突き飛ばして、わたし目掛けて走ってきた。

 

「オーレヴィア、僕の後ろに!」


 セオフロストが、わたしとノワールの間に立ちはだかり、剣を抜く。

 

「セオフロスト様、その宝剣は、聖女の祝福もなく、やいばさえついていないれいけんです! お逃げください!」

「でも、王太子が、令嬢に守られるばかりなんて、そんなのかっこ悪すぎる!」


 じいやさんに言い返すセオフロストに、わたしも腹をくくった。

 

「うるっさい! 聖女の祝福があったらいいんでしょ!」


 セオフロストの剣に手をかざし、目一杯力を込めるイメージを。

 

「聖女の名において、この剣に浄化の力と、最高の切れ味を与える!」


 まばゆい光が剣を包み込み。


「そんな手品、我には効かぬ!」

 なおも踏み込み、闇に包まれた剣を童たちに振り下ろそうとするノワールに。


「やあああああああああああっ!」

 

 セオフロストが振りかぶった光の剣は、ノワールの剣を紙か何かのように切り裂き――そのまま、ノワールの首をはねた。


「やっ、た?」


 地面を転がるノワールの首を、セオフロストは剣を振り下ろした、崩れた姿勢でぼんやりと眺める。

 

「首だけになっても、魔人は生きております! 確実に浄化を!」


 じいやさんの警告。

 わたしが聖女の力を振るうための詠唱をしようと、息を吸い込んだ、その時。

 

「こんなところで、我は死なず! 〈転移〉!」


 首だけになったノワールが、呪文を唱え、転移魔法の目に痛い光が現れる。

 セオフロストは慌てて剣を構え直すが、間に合いそうもない。

 

「させるか!」


 剣が折れても諦めず、聖女の祝福のある矢をナイフのように握ったクリストさんが、ノワールめがけて矢を振り下ろすが――矢が輝く空間にたどり着いた次の瞬間、光は消え、ただの地面に矢は突き刺さった。


「くそっ! また取り逃した!」

「ですが、バーサークグリズリー……なんだか途中からただのクマになりましたけど――の討伐、全頭完了しました」


 森の奥から、レインナイツたちが戻ってきた。

 

「ご苦労だった、レインナイツ」

「騎士の先輩方と……王立騎士団の皆様がいたからですよ。大怪我を負った者もいましたが――オーレヴィア様のおかげで、全員、健康に歩ける状態です」

「……よかった」


 わたしが山道から村を見下ろすと。

 転生主人公がスローライフを送っていそうな、平和な村が、燃えることなく、平穏にあった。


「オーレヴィアも、よく生きていたな」

「お兄様こそ」

 

 わたしの横では、クリストさんが笑っていた。


「クマと戦いながらだったんですけど、あの方でも苦戦するんだなぁ、って思いましたよ、あの魔人、なかなかの使い手でしたね、クリスト様」


 クリストさんの横では、レインナイツがしみじみとそう言っていて。

 ゲーム開始シーンの惨劇は、未然に防げたんだ。

 破滅フラグは、折れる!

 と、わたしが心強く思っていると。

 

「オーレヴィア・ヴィラン、どうか、僕と結婚してください!」


 わたしの右手を取り、セオフロストがにっこにこでわたしにひざまずいている。

 ぞぞぞ、とわたしの背筋を寒気が走り、わたしは手を振り払い、森の奥へと逃げ出した。


「オーレヴィア・ヴィラン、君との婚約を申し入れる!」

 

「はい? ねえ待ってセオフロスト王太子殿下ー?!」


 森という走りづらい場所の上、そこら中聖水をまいたせいでぬかるんでいる。

 わたしとセオフロストの距離は、近づくばかりだ。


「ありがとう! オーレヴィアは聖女に覚醒し、なおかつ僕の命を救った恩人だ! 家柄も公爵令嬢で王家の次にえらい貴族。だから、オーレヴィアがはい、と言ったことに、誰も文句は言えないよ。安心して」


 王子様スマイルのセオフロストが押し切ってこようとするのに、ただ恐怖しかない。

 さっきから早さを増すわたしの心臓の鼓動は、王子様スマイルにときめいているのか、それとも激戦と女神に会ったことで忘れていた、最大の破滅フラグがわたしに近づいてきている恐怖なのか、もうわからない。


「殿下、さっきのはいは、疑問で、申し入れを受けたという意味ではないのですが……」


 と、わたしがぐずぐずしていると、セオフロストがどんどんわたしに近づいてきて。

 わたしたちがいる森の大木の前にわたしは追い詰められ、壁ドンのような状況になってしまった。


「王太子殿下、顔が近いですわ! くちびるがくっつきそうですよ!」

「オーレヴィアが他人行儀だよ……しょぼん」


 というかゲーム中ではぶっきらぼうな性格の中の優しさで人気だったセオフロストが、なんでしょぼんって口で言うような甘えたキャラになってるの?! 性格どころか見た目も違うし?!


 セオフロストの見た目がゲームと違うのは、今のセオフロストが12歳で、ゲーム中でセオフロストに寿命を奪い、彼の髪を白銀にし、瞳の色をせさせる呪いが降りかかるのが14歳の時だ、という設定で説明がつくとしても。


「ねえオーレヴィア、あんなに親切にしてくれたのに、僕のこと、嫌い?」

「嫌いというか……」

「そのオーレヴィアの目、僕じゃない人のこと考えてるよね? ねぇ、今の僕を、見て?」


 悲しげでありながら有無を言わせない甘い声がに触れ、わたしは頬が熱くなるのを感じる。

 頬だけでなく、ドッドッ、と耳から心臓が飛び出しそうな気がするほど鼓動の音もうるさい。

 

「ひゃい……」

「オーレヴィア、僕の声を、もう聞きたくないなら、二度と近づかない。オーレヴィア、僕の声、嫌い?」


 なんでかわからないけど、わたしがセオフロストの声に弱いことは、セオフロストにばれていて。

 

「きらいじゃないです……」

「ずーっと一緒だよ、オーレヴィア」


 なんて、推し声優と全く同じ声で、セオフロストにささやかれたわたしは。

 

「と、特大の破滅フラグが立ってしまった……」

 

 そんなセリフを残して、気を失ったのであった。


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 ここまでの十万字を読んでくださり、ありがとうございました。

 これにて第一部終了です! 少しお休みを頂いてから、次回、12月22日の更新からは、都を舞台にした第二部が始まります。


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